表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/32

【現】16.好きな人

 誰かが私の腕を揺すっている。ゆっくりと目を開けると、香織の顔があった。なぜか驚いた顔をしている。

「らむ大丈夫?……なんで泣いてるの?」

「えっ?」

 思わず目元に手を当てると、確かに濡れていた。私は誤魔化すように笑った。

「うわ本当だ……はは、なんで泣いてたのかな」

 私は慌てて手で涙を拭った。香織は笑う私に安心したのか、ふぅと息を吐いた。

「……それで気分はどう?かなり寝てたようだけど」

「えっ?」

 ベッドから身体を起こし、腕時計を確認すると午後七時を差していた。

「ええ!もうこんな時間なの?」

「……おまえ、ここに泊まるつもりだったのか」

 ベッドのカーテンの隙間から顔を覗かせていたのは池口だった。私の顔をじっと見た後ため息をついた。すると、いきなりカーテンが開けられた。見ると新拓がカーテンを開けているようで、カーテンの後ろから出てきた。

「お、顔色が良くなってるね。木元さんが寝ている間、ドリームフィールドパークの城の迷路に行ってきたんだよ」

「あ、そうなんですか。おもしろかったですか?」

 すると、香織が苦笑いを浮かべながら言った。

「三人で入ったんだけどね、みんなバラバラになっちゃって。……おまけにかなり長い迷路でほとんどの時間迷っていたの」

――どれだけ複雑な迷路なのよ。

 どうやらこの三人の間には特に何もなかったようだった。会話もそこそこに私たちはフードエリアで食事を取ることにした。


 大きな道の両サイドにはいくつもの店が隙間なく立ち並んでいる。時間も時間のせいか、フードエリアにはたくさんの人がいた。私たちは話し合って、洋食バイキングの店に入ることにした。その店は木造で、中は人でごった返していた。広い店内で空いていたテーブルを見つけると席を確保し、それぞれ交代で食べたいものを取りに行った。

「ふぅ、人多すぎるね。取りに行くだけであんなに並ぶなんて」

 重いお盆をテーブルの上に置いた。一緒に取りに行った香織も隣の席に座った。

「でも席があってよかったよ。さ、らむも体調良くなったことだし食べよ」

 ざわざわと賑わう中、私たちは談笑しながら食事をした。

 食べ終わると同時に池口が立ち上がった。

「……静山さん、ちょっといい?」

「え。あ、うん」

 池口に誘われ、香織はそのままテーブルから離れたところまで池口の後ろを付いて行った。

「……どこ行ったんだろ、二人とも」

「まさかあの男静山さんに……こ、こ、告白するんじゃないのか」

「あーそうですね。そうなのかな」

 すると、いきなり新拓は立ち上がった。ずれる眼鏡を直しつつ、落ち着こうとしているのか鼻息が荒い。

「ちょ、ちょっと見に行ってくる!」

「えぇ!駄目ですよ、邪魔しちゃ!」

「……離してくれ!のんびり座ってなんかいられるもんか」

 私が捕まえている袖を振りほどこうと暴れている新拓だったが、そこへ二人が帰ってきた。

「……何やってんだ?」

「え、いや……おかえり」

 二人は変わった様子もなく、席に座った。しかし、新拓は乱暴に座るとジロっと池口を睨み言った。

「おい、池口君。静山さんを連れて何をしに行ったんだ?」

「なんであんたに言わなきゃいけないんだ。別に、静山さんに話があったからしただけだよ」

「だったらここで言えばいいじゃないか」

「ったく、あんた合流してからしつこいな。……おい、木元」

 うんざりした様子で少し私を睨んでいる。

「な、何よ」

「店出ようぜ。人も多いしな。……出たら頼んだぞ」

 ちらっと新拓を見る池口。

――二人きりにさせろってことね。

 うなづいて答えた。一方、香織はぼーっとテーブルを眺め、新拓は不審そうに私の顔を見ていた。


 店を出る頃には時計の針が午後九時を差していた。閉場時間まであと一時間だ。新拓曰く、閉場時間後の一時間が会員特典なので、それまで時間つぶしをしなくてはいけない。と言っても私の時間つぶしは、隣でジッと池口を睨んでいる新拓を香織から離すことだった。

「……新拓さん、私と一緒にどこか行きましょうよ」

「え?いや、僕は……」

 目を離した一瞬を池口は見逃さなかった。香織の腕を掴むと足早にその場を去っていった。なかなか大胆な奴だ。

 香織は驚いている様子だったが、長い髪をなびかせながら池口と一緒に駆けていった。

「……あ!あいつ、静山さんをどこへ連れて行くつもりだ!」

「まぁまぁ、さぁ私たちもどこかへ行きましょうよ」

 新拓の腕を掴み、反対方向へ足を進めようとした。が、新拓は私よりも強い力で池口たちが進んでいった方向へと歩き始めた。思いっきり力を入れても、新拓の力に勝てない。どうやら興奮しまくっているようで、息が荒い。

「木元さん!追いかけるよ!」

「だ、駄目です!ちょ、ちょっと何なのよこの馬鹿力は!」

 私の抵抗も空しく、新拓の歩みは止まらなかった。


 木の茂みに隠れ、周りには誰もいない。新拓と一緒に木の向こうにいる香織と池口をじっと見ている。

「……もういいじゃないですか、ほっておきましょうよ」

「黙って。何か静山さんに変なことでもしたら、な、殴ってやる」

 小声で互いに言った。どうやらあの二人は気づいていないようだ。お互い向き合っている。

 少しの間沈黙が流れた。しかし意を決したように、池口が頬を赤らめながら口を開いた。

「……俺、ずっと静山さんのことが好きだったんだ」

 香織は目を見開き驚きの表情を浮かべながら、頬を赤らめた。隣では新拓の鼻息が余計にひどくなっている。

「俺と付き合ってほしい」

 香織を見ると頬を赤らめているが、徐々に顔をうつむかせていった。

「あの朝の時……池口くんが私をかばってくれて本当に嬉しかった。でもね……私クラスのみんなから嫌われちゃったの」

「え?」

「今までのように、みんなとうまく付き合えないかもしれない。もしかしたら、私といるせいで池口くんまで巻き添えにしてしまうかもしれない。……だから」

 顔を上げた香織の目元には光るものがあった。

「ごめんね」

 そういうと、香織はその場から走り去ってしまった。

 唖然とする私をよそに、隣にいた新拓がその後を追いかけていった。池口はその場に立ち尽くしたまま、動かなかった。どちらへ行くべきなのか迷ったが、香織が心配だったので新拓より遅れて香織の後を追いかけた。

 息を切らしながら捜していると、人気のないところで新拓と香織を見つけた。向かい合っている。

――まさか、新拓さん便乗して告白するつもりなんじゃ……。

 慌てて近寄ろうとしたが、会話が聞こえてきた。

「静山さん申し訳ないんですが、さっき、見てしまいました」

「そ、そうですか」

 やはり香織は泣いている。鼻をすする音が聞こえてくる。新拓はその様子を悲しそうに眺めていた。重々しい雰囲気に、私は物陰に隠れ様子を見ることにした。

「僕は静山さんのクラスの事情までは知りません。でも……彼の告白とそのクラスの事情が何か関係あるんですか?」

「私、迷惑をかけたくないんです。だから……」

 新拓はため息を漏らした。

「静山さんがクラスで無視されているからって、好きじゃなくなるやつなんて初めから好きじゃないですよ。でも彼は、それを知っていて尚且つ静山さんをかばってくれたんですよね?それだったら、彼は迷惑がかかろうが、同じように無視されようが関係ないんじゃないでしょうか。……つらいときにつらいと言えて、それを受け止めてくれる人がいるなんて幸せじゃないですか。きっと彼……池口君は、静山さんの支えになりたいんですよ。それに、静山さんも池口君のこと……好きなんでしょ?」

 鼻をすする音が治まっていく。香織は黙ったまま、新拓を見つめている。

「好きじゃなかったら、普通そんなに泣きませんよ」

 口元が笑っている新拓だったが、頭を強く掻いた。気持ちをごまかしているように見える。

 香織は手で涙を拭うと「すいません」と言い、踵を返した。一方、新拓はその場から動かず去っていく香織を見ていた。が、大きく息を吸い吐くと突如叫んだ。

「あぁ!くそ!もう!」

 頭をぼりぼりと掻きまくり、髪がぼさぼさになってしまった。私は恐る恐る新拓に近寄っていった。

「あの……ありがとうございます。私すっかりまた告白するのかと……」

 私に気づいた新拓は、じろっと私を睨んだがすぐにため息を吐いた。

「……あのね、僕もそこまで非常識じゃないんだよ。静山さんの様子を見たらわかるよ。……はぁ」

 新拓は再び大きくため息をついた。そんな新拓の背中を私はぽんぽんと叩いた。

「でも、ちょっと見直しましたよ。きっと新拓さんだったら、別の女の子とすぐ出会えますって!」

「……そ、そうかな」

 新拓は照れ笑いを浮かべた。と、突然アナウンスが流れ始めた。

『本日もドリームフィールドパークにお越しくださいましてありがとうございました。間もなく閉場となります。またのお越しを心よりお待ち申しております。なお、会員の方のみ閉場後一時間程度のイベントがございます。もうしばらくお待ちくださいませ。本日も……』

 繰り返し流れるアナウンス。腕時計を見ると午後九時五十分だった。

「じゃあ城に行こうか。静山さんたちにも連絡してくれないかな」

「お城?……今から迷路行くんですか」

 首を横に振った新拓は、にやりと歯並びの悪い歯を見せながらこう言った。

「違う違う。……城からの眺めが一番場内を見渡せるんだよ。行けばわかるさ」


 香織にメールをし、城の前で待ち合わせをした。私と新拓のほかにも、ちらほら人も見える。閉場時間が近づいているのに、この辺りにいるということは会員の人たちなのかもしれない。それにしても、気のせいかカップルが多い気がする。

「おまたせしました。……ごめんね、待った?」

 声のするほうを見ると、手をつないでいる香織と池口がいた。二人とも照れ笑いを浮かべている。どうやらうまくいったようだ。

「いいよ。……なぁに、二人とも。嬉しそうな顔しちゃってさ。よかったわね、この!」

 池口の腹をどつくと、池口は嫌な顔もせずニカッと笑い「バーカ」と言った。目を細め、試合にでも勝ったような顔をしている。

 と、新拓がわざとらしく咳き込んだ。

「……集まったし、城に入ろうか。行くよ木元さん」

「え、は、はい」

 すたすたと歩き始める新拓。まさか呼ばれるとは思わなかったので、少しびっくりしてしまった。ひとまず私たち四人は城の中へと入っていった。

 城の入り口は大きな扉が二つあった。左の扉は閉まっている。右の扉は開いていた。その右の扉のほうへ集まった人たちが流れていく。

「この扉は閉場時間を過ぎてから開くんだ。こっちは会員にしか入れない入り口なんだよ」

「へぇ、そうなんですか」

 中は真っ暗で手すりを持っていないとよく前が見えないほどだった。前を歩く人たちなのか、暗さに驚く声が聞こえる。階段を上っている様で、上に行くようだった。ひたすら階段を上っていると、外が見えた。

 階段を上り終え、見えたものは場内をぐるりと見渡せる展望場だった。どうやらお城の外壁の部分らしく、思った以上に広い。上ってきた人たちも、驚きの声を上げている。

「わぁすっごい。やっぱりドリームフィールドパークって広いんだ」

「すごいね、らむ。お昼に来たときはこんな場所があるなんてわからなかったよ」

 香織と一緒に外を覗いた。思った以上に高く、地上にいる人が米粒ほどにしか見えなかった。すると、再びアナウンスが流れた。

『おまたせいたしました。これより、会員様限定のイベントを開始いたします。本日は、天文ショーを行います。素敵な夜をお過ごしくださいませ。これより開始いたします。おまたせいたしました……』

 繰り返し流れるアナウンス。

「じゃ、僕は木元さんとあっちで見るから。終わったらさっきの場所で待ち合わせをしよう。じゃ、行くよ」

 眼鏡を直しつつ、新拓は私の腕を掴んだ。

「え、ちょ。……か、香織あとでね!」

 いきなりのことで池口と香織は唖然とした表情だった。


 二人の姿が見えなくなると、新拓は私の腕を離した。

「……いきなりでびっくりしましたよ。気を遣ったんですか?」

「せ、せっかくいい雰囲気なんだからね。……し、静山さんのためさ」

 悔しそうにため息を漏らす新拓を見て、思わず笑った。

「わ、笑うなよ。……あぁしかし、せっかくの天文ショーを見る相手が君か」

「それはこっちの台詞ですよ」

 するといきなり場内全ての明かりが消えた。真っ暗になった。

『それでは皆様、天井をご覧下さい』 

 アナウンスが終わるとともに、広い天井にいくつもの明かりが輝き始めた。それは、星空だった。屋内とは思えないほど美しく、散りばめられている。真っ暗な空間に輝く天井は、優しい光りを私たちに降り注いでいた。

「わぁ!きれい!」

 あちこちから感嘆の声が聞こえてくる。周りを見てみると、カップルばかりだった。どれもいい雰囲気で、天井を見ているのかと言いたくなるほど相手を見つめている。

「……木元さんには、一緒に見たい相手はいないのかい?」

 私の様子に気づいたのか、いきなり新拓が口を開いた。

「え?……一緒に?」

「だって、今日わざわざあの池口君を誘っただろ。木元さんが一緒に行きたい相手を誘えばよかったのに、静山さんに気を遣って彼を誘うなんて」

「あ、す、すいません。新拓さんには悪いと思ったんですけど……」

「ま、まぁそれはいいんだ。ただ、人にばっかり世話を焼いているみたいだからさ。僕が言うのもなんだけど、木元さんにそれらしい人がいるならいるで、他人のことばっかり手を焼かないで自分の方もしっかりしなきゃ」

「それらしい人?」

 ずれた眼鏡を直すと、笑いながら新拓は言った。

「はは、好きな人だよ。僕のように当たっていかなきゃ……あ、砕けちゃ辛いかもしれないけどね」

 力なく笑うと、再びため息を漏らした。そして、再び天井を見上げた。

――好きな人?……好き?一緒にいたい?今、一緒にいたいのは……。っていうよりも、話したいやつならいる。

 浮かんだのは時人だった。今思えば、文句を一つも言っていない。これが好きだからなのか、一緒にいたいからなのかはわからない。ただ、会って文句を言ってやりたい。

「……新拓さん」

「え?なに?」

 見上げていた顔を元に戻した。それを確認すると、私は近くある空いているベンチに横になった。

「すいません、ちょっと横になります。終わったら起こしてください」

「え?今寝るのかい?……もったいなぁ見れば良いのに」

「おやすみなさい」

「はいはい、おやすみ」

 なぜ今寝ようと思ったのかよくわからない。ただ、早く会って文句を言いたい一心だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ