【夢】15.突然の嘘
静けさに気づき目を開けると、真っ暗だった。無音の世界、あれだけいた人は誰もいない。どうやら夢幻郷のようだ。先ほどまでの吐き気は治まり、楽になっていた。
医務室から出てみるとやはり誰もいない。遊具は止まったままだ。しかし、止まっていながらもそこに人はいない。何か奇妙な風景だ。
歩いてみると改めて一人きりだと思い知らされる。自分の服がこすれる音と呼吸する音だけが聞こえる。しん、とする空間に耳が痛くなりそうだ。
「へぇここが噂の遊園地ですか」
後ろから突然声が聞こえ振り返ると、時人が立っていた。きょろきょろと顔を忙しそうに動かしている。
「……いつからいたの?」
「今来ましたよ。入場ゲートをくぐるのに苦労しました。……屋内なのに広いですね」
天井を見上げたり、首を右に左に動かしながら私の目の前に歩み寄ってきた。
「今日はここでお友達と来たんじゃなかったんですか?……どうしてこちらへ?」
いつものようににっこりと時人は笑っている。
「新拓さんに付き合ってジェットコースターに乗ったら気分悪くなってさ。医務室で横になってたら……こっちに来たの」
そう言った途端、笑っていた顔が見る見る真顔になっていく。
「……そうですか」
張りのない声だった。どことなく残念そうな表情をしている。そして、そのまま空中へ浮きあぐらをかいた。
「でしたら早く目覚めた方がいいんじゃありませんか?きっとお連れの友達が来夢さんを待ってますよ」
そういうと私に背を向けた。わけがわからず、思わず首をかしげた。
「まぁ戻るけど……なんでこっち向いて言わないの?」
「そういう気分だからです」
どことなく怒っているような雰囲気が、空気を通して伝わってきた。わけのわからない態度に、私は走って時人の前に回りこんだ。
「なんで怒ってるのよ」
見上げて見ると、時人は腕組みをし眉間に皺を寄せむすっとした顔をしている。数秒間私を見つめた時人は、ゆっくりと口を開いた。
「その……新拓さんっていうのは男の方ですよね」
「え?そうだけど。それがどうしたのよ」
すると再び黙り込んだ。そのまま黙ったまま再び私に背を向けた。
「もう、何なのよ!はっきり言いなさいよ」
すると、時人はあぐらを解き、立ち上がるとそのまま地面へと足をつけた。後ろ姿しか見えないが腕組みをしたまま、なにかを考え込むように頭が少し下がっているように見える。しかし、何かに気づいたようにぱっといきなり顔を上げた。
「……馬鹿だ」
そう聞こえた気がする。耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな声だった。
「え?何?」
私の声に反応したのか、時人はゆっくりと振り向いた。振り向いた顔は先ほどのような険しい表情ではなかった。かと言っていつものにっこりと笑っている顔でもない。どこか悲しげに弱々しく微笑んでいた。
「ど、どうしたの?おかしいよ、時人さん」
ころころと変わる時人の表情に私もどう対処すればいいのかわからない。ひとまず、近くに寄ろうと一歩踏み出した。しかし、時人は腕を前に突き出し、寄るなと示すように手の平を見せた。
「……来夢さんすいません。私、嘘をついていました」
「え……嘘?」
時人は表情変えずそのまま続けた。
「……前に現実のことは思い出せないと言いましたが、実は名前以外のことは覚えているんです」
「え、そうなの!」
思わず頬が緩んだ。そうなるとどこに住んでいるのかわかる。直接起こしに行ける。再び一歩踏み出すと、時人が珍しく大声で言った。
「まだあるんです!最後まで聞いてください!」
「ちょ、ちょっと……いきなりどうしたの?」
立ち止まり時人を見つめた。いつも夢幻郷に来ると近く時人がいたのに、今は遠い。ほんの五歩ぐらいなのに遠く感じる。
態度が急変した時人は、目線を下向きにし、いつものような明るい声ではなく呟くような声でしゃべり始めた。
「……私にこの指輪と腕輪をくれた前の住人はこの夢幻郷にはいません。……私と住人を入れ替わったのです。夢幻郷の住人は一人しかいることができないからです」
突然話が変わったことに首をかしげた。しかし、何か冗談を言う雰囲気でもないのでひとまずうなずいた。
「そ、そうなんだ……。じゃあその人は現実の世界に戻ったんだね」
「……そうでしょうか」
力なく言うと、時人は白く輝いている指輪をじっと見つめた。
「来夢さんはわからないと思いますが、この夢幻郷では時間は存在しません。皆さんの意識でできている世界ですので、時間が存在し得ないのです。……ですからきっと、来夢さんが現実で感じる時間の流れと夢幻郷で感じる時間の流れが違っていると思います」
「確かに……言われてみればそうかも」
「……現実での生活に嫌気が差していたとき、たまたま夢幻郷へ招待されました。初めて見た夢幻郷は本当に魅力的でした。雑音のない自由な世界。自分の思い描く通りに作り出せる力。私は喜んで住人を引き受けました」
時人は指輪から目を離し、そっと私のほうを向いた。その目に哀愁を感じた。
「でも、一人きりの世界は自由でもなんでもなかったのです。いくら作り出せる力を持っていても、それを誰かに自慢することもできない。食事をするために料理を出しても一緒に食べる人もいない。……真っ暗で無音の世界に魅力を感じていたはずなのに、いつしか私の中で地獄と化していたのです」
時人の声は空しく静かな空間にかき消された。私は立ち尽くしたまま時人の言葉を聞いていた。
「……耐えられなくなった私は、前の住人と同じように誰かと住人を交代してもらおうと思いました。……それが来夢さんだったのです」
「え……」
予想外のことに、力なく言った。時人は目を瞑り顔をうつむき加減となった。
「話し相手に来夢さんを呼んだんじゃないんです。初めから来夢さんに住人を押し付けようとしてこちらへ呼んだのです」
初めて時人に会った日からの出来事が頭の中でフラッシュバックした。自分でどこを見ているのかわからない。ただ、時人の顔は見れなかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしたのいきなりおかしいよ!……じゃ、じゃあ信用しろだの信頼しろだの言っていたのはどうして?」
「この夢幻郷を怖がらせないためです。私しかいないので、言った言葉を信じてもらうためにはまず信頼してもらわないといけません」
「……私の前で力を見せたのは?」
「夢幻郷の魅力を実際に見せるためでした」
「……笑っていた顔も全部嘘……だったの?」
時人はそっと目を開けた。少しそのまま黙っていた。そして、ゆっくりと目を上げていき、まっすぐと私を見つめた。
「……すいません」
時人の顔がぼやける。きっと夢から覚めるのだろう。いつもの感覚のはずなのに、いつも以上にぼやけて見えていた。
――どうしてそんなことを……私に言うの?
お読みいただきましてありがとうございます。
感想を下さいと書いてきましたが、本日より物語が完結するまでの間、評価感想を受け付けないことにしました。
読者様の助言やエールは、のどから手が出るほどほしいのが本音です。
しかし、一回自分だけの考えで完結させてみたいのです。もちろん、そうなると間違いだらけになると覚悟しています。ですがそれも私の努力不足です。
物語が完結したあと、いくらでも間違いを直せるので今感想や意見をいただけなくてもいいかなぁと思っています。
感想来ないかなぁなんていう気持ちは捨てて、面白いストーリーになるように頑張っていこうと思います!
……ただ、アクセス数はかなり気にしています。アクセスが減ってきたら面白くないんだろうなぁと思うことにします……。