【現】14.ドリームフィールドパーク
ドリームフィールドパークは思った以上に広かった。黙り込んだ新拓を連れて適当に歩いていたが、自分が今どこにいるのかさえわからない。ひとまず適当な店を見つけ、中へと入った。
入った店は喫茶らしく、コーヒーやジュース、ケーキやパフェなど軽めのメニューばかりだった。コーヒーと頼むと新拓も同様にコーヒーを頼んだ。
「……静山さんと周りたかった」
どこを見ているのかわからなかったが、遠くを見つめる目はうつろだ。私は無視して持っていたパンフレットを開いた。
「……静山さん、かわいかったな」
見るとドリームフィールドパークは、大きく三エリアに分かれているらしい。一つは入場ゲート付近のショッピングエリア。衣服から生活雑貨まで、普通のショッピングモールと変わらない品揃えと銘打ってある。それぞれの店には二階もあり、店内は広いらしい。
「……静山さん楽しんでくれるかな」
二つ目はアトラクションエリア。入り口から見えたお城の周り全体のエリアだ。このアトラクションエリアがほとんどの敷地を占めている。ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランドなど定番のアトラクションから、プールまである。どうやら温水プールらしく、冬でも楽しめると書いてある。他にも、バンジージャンプ、やたらコースが長いゴーカートなど一風変わったアトラクションも数多くある。お城は迷路になっているらしく、ドリームフィールドパークの看板アトラクションらしい。
「……はぁ静山さんともっとしゃべりたい」
三つ目はフードエリア。アトラクションエリアにも軽食はいくつかあるが、それとは別らしい。アトラクションエリアを囲むようにフードエリアがある。見ると、アトラクションエリアにある軽食とは違い、扱っている食べ物はイタリアン、フレンチ、中華、日本の郷土料理、アジアの国の食べ物など多種多様の店が並んでいる。エリアには三十店舗以上あるらしく、それらを全て周りスタンプを集めると記念品がもらえるらしい。
「……静山さんって今好きな人いるのかな」
パンフレットの裏を見ると、会員募集という字が大きく書いてあった。読んでみると、特典としてチケット購入が優遇されることと閉場後限定のイベントに参加できることと書いてあった。他にもあるらしいがそこまで詳しくは書いていない。入会費は一万円で年間費はないらしい。高いのか安いのか、よくわからない。
「おい、木元さん聞いてるのか?」
はっとして顔を上げると、眉間に皺を寄せていた。するとタイミングよくコーヒーが運ばれてきた。さっそく一口飲んだ。
「……聞いてますよ」
「どうして無理やり僕を連れてきたんだ。……せ、せっかく静山さんと二人になれるチャンスが……」
新拓はため息を吐くと、コーヒーに口をつけた。眉を八の字にし、落胆しているようだ。
「そ、そんなに落ち込まなくても。……香織に好きな人がいるかって言ってましたけど、たぶんいますよ」
「えぇ!だ、誰だよ!」
期待しているのか、声が上擦っていた。期待している目で見つめれ思わず目線をはずした。
――何を期待しているんだ……。
「ま、まぁあえて聞かないで置くよ。……ふふ、そうかいるのか。そうかそうか……」
肘をつき、あごを手の平に乗せ外を眺めている。嬉しいのかにやにやとしている。夢を壊すのは悪いと思い、それ以上のことは言わなかった。
店を出ると、新拓がお勧めするアトラクションへ行くことにした。というより、お店で向かい合わせに新拓と顔を合わせるのが正直つらい。話題もないし、間がもたない。初めてのドリームフィールドパークでわくわくするはずなのに、あまりテンションが上がらない。一方、香織に好きな人がいると話して以降、新拓は機嫌が良くなった。私の気分などお構いなしに、足早にアトラクションへ向かっていく。
「今から行くのは一番大きなジャットコースターなんだ。高いわ、螺旋はあるわですごいんだよ」
「へぇ、それはすごそうですね」
「おまけにロケットスタートでね、スタートからスリル満点なんだ」
「そうですか」
着くと、ずらりと二列並んでいる。一方の列は人は少ないが、一方は長蛇の列になっていた。なぜこんなにも差があるのか不思議だったが、先を進む新拓は迷うことなく少ない方の列へと並んだ。
「新拓さん、こっちに並んでもいいんですか?」
心配する私をよそに、新拓は胸を張って言った。
「こっちの列はね会員限定の列なんだよ。係員にチケットを見せれば大丈夫だから」
チケットをかばんから取り出し見てみると、確かに右隅に会員と書かれてある。長蛇の列に並ぶ人たちは恨めしそうな顔でこちらを見ている。向こうの列は全く進んでいない様子なのに対し、こちらの列は少しずつだが進んでいた。
「……これすごい人多いみたいですけど、そんなにおもしろいんですか」
「あぁおもしろいよ。なんでも高さが日本一とかなんとか。あと螺旋もすごいから身に着けているものが飛ばないようにね」
そう言った新拓はつけていた眼鏡をはずした。はずすと顔の割りに小さい目が出てきた。確かに耳を澄ますと人の甲高い声や叫び声が上の方から聞こえてくる。列の上には屋根があるため直接は見ることができないが、相当高いことを予感させた。
特に新拓との会話もないまま、列に流されていくと順番がきた。
赤い車体だった。本来ジェットコースターのレールは下にあるものと思っていたが、これは上にある。おまけに足元には何もなく、宙ぶらりんの状態になった。肩から胸にかけて安全ベルトをしているが、踏ん張れない足元にこれだけでいいのかと思ってしまう。緊張のあまりに余裕がなくなっている私をよそに、隣の新拓ははしゃいでいた。
「一気にスタートするよ!……うぉおドキドキする!」
カウントが始まり、ゼロとなると新拓の言うとおり一気に車体は最高スピードへとなった。
……上からかかる重力、横にかかる重力。周りの景色はあまりのスピードと回転で見る余裕などなかった。
長いコースを終え、降りると急に吐き気がした。歩く度に酔いが回る。ジェットコースターから少し歩いて、ようやく青ざめている私に気がついた新拓は慌てた様子で私を医務室へと連れて行った。
わいわいと騒がしいパーク内とは打って変わって、医務室は静かだ。女の看護士が二人とベッドが六つ並んである。その中のベッドに横になった。
「……大丈夫かい?顔色が悪いよ」
眼鏡をかけなおす新拓の心配そうな顔が見える。しゃべると何か出てきそうなほど気分が悪い。
「にしても、苦手なら苦手と言ってくれればよかったのに」
「すいません。……私はしばらくここで休みます。新拓さんは香織たちと合流してください……今メールしますね」
二人きりにしようと思ったが、こうなっては仕方ない。池口と香織には申し訳ないが、こんな広い場所で一人にするわけにはいかない。ポケットから携帯を取り出し、香織にメールを送った。すると、すぐに返事が来た。
『大丈夫?じゃあ今から医務室行くから』
携帯の液晶の文字がちかちかと見え、胸のむかむかが余計にひどくなる。
「……今から香織たち来るそうです。私はここで寝てますね……」
「お、そうか。ゆっくり寝てくれ、じゃああとでまた来るよ」
新拓の足跡が遠ざかっていく。騒がしいパーク内とは思えない医務室の静けさ。気分の悪さをどうにか抑えるため目を閉じた。
――気分が悪い……。にしても、池口と香織には悪いなぁ。……新拓さんは嬉しいだろうなぁ。
三人のそれぞれの想い。人の恋の行方は気になるもので、他人事のせいか楽しい。池口は香織に気持ちを伝えるだろうか。香織は自分の気持ちに気づくのだろうか。新拓さんはくじけずにアタックし続けるのだろうか。
そう考えてみると、自分はどうなのだろう。今はクラブに打ち込んでいて恋なんて当分していない。何が恋と言えるのだろう。どう感じたら好きということなのだろう。そんな感覚さえも忘れてしまった。
――私の恋は……どんなかな。
吐き気は遠退いていき、パークの騒がしさも聞こえなくなっていった。
次話は登場人物の紹介となっています。
すごく中途半端な位置となってしまいましたが、ご了承ください。