【現】13.それぞれの思惑
外は天気予報通りの雨模様だ。いつ降り出したのか、朝起きたときには道路に水が浮いていた。ザーっという音は弱まることなく、お昼を過ぎても続いている。
クラブは当然中止となり、悠々とドリームフィールドパークへと向かった。集合時間は十三時だったが、十分前にはついてしまった。大きな入場ゲートには、傘を持った人たちが次々と押し寄せている。土曜日のためか家族連れも多い。聞くところによると、ドリームフィールドパークはパーク全体が開閉型の天井となっているらしく、天気に左右されない。今日のようにどしゃぶりの雨だろうが来場者は多いのだ。傘の花が流れる中一人で待っていると、向こうから赤い傘を差した人がこちらへ走ってやってくる。
「……おはよ。あ、もうお昼過ぎてるよね。早いね、らむ」
傘から顔を覗かせたのは香織だ。スラっとしたデニムにピンクのパンプスを履き、フリルのついた短めのワンピースを着ている。肩には小さめのショルダーバックをかけ、湿気の多い雨の日にも関わらず、髪はつやつやとしている。たくさんの女の子がいるが、香織はいい意味で目立っていた。
「おはよ。いやぁ今日もかわいいね。私が男だったら惚れちゃうなぁ」
「もう、何言ってるのよ。……ところでさ、あと一人は誰を誘ったの?」
思わず顔が緩んだ。にやにやとしてしまう頬をなんとか抑えつつ、香織の耳元に顔を寄せた。
「……池口」
「あ、池口くんを誘ったんだ……。なんでそんなににやにやしてるの?」
私の顔に、苦笑いを浮かべながら香織は顔を少し引いた。
「ふふ。……今日は私が犠牲になるわ。香織、池口とドリームフィールドパークを周ってあげなよ」
「えっ私?……犠牲ってなに?」
大きな目をぱちぱちさせている。私はにんまりと笑っていると、後ろから声がした。
「お、おまたせしました!お二人早いですね……はぁ……」
振り返ってみると、ひざに手をついて苦しそうにしている人がいる。傘を上げ、出てきたのは新拓だった。走ってきたのか、少し顔が赤い。
「こんにちは、新拓さん。私も今来たところなんですよ」
「あぁそうでしたか。……し、静山さん、きょ、今日はいつもに比べて、か、か、か……」
香織を見るなり顔を真っ赤にし、どもりが余計にひどくなった。新拓は今日は髪を梳いているのか、いつもよりはぼさぼさではなかった。……湿っているせいもあるかもしれない。眼鏡は相変わらず分厚いいつもの眼鏡だ。ジーンズにチェック柄のワイシャツという至って普通の格好だ。ズボンにインしていないだけマシだと思った。
「蚊はいないですよ、新拓さん。……たぶん、池口ももうすぐ来るんじゃないかな。雨で午前中だけだと思うから」
腕時計で時刻を確認すると、十二時五十五分だった。詳しくは知らないが、野球部は雨の日は筋トレだけで早く終わるらしい。もし、午後もあったとしても、さすがの池口もクラブをサボるだろう。そう考えていると、見覚えのある姿が歩いているのが見えた。
「やっほー。こっちこっち」
手を振ると、こちらに気づいた様子で手を振り返した。透明傘を上下に揺らしながら、池口はこちらへやってきた。
「悪い、俺が最後か」
身長の高い池口はいつものユニフォーム姿とは違い、白いスニーカーにカーキ色のスリムカーゴパンツ、上はプリントの入ったTシャツを着てキャップを被っていた。制服やユニフォームではわからなかったが、足が長い。身長もあるので格好は悪くないと思った。
「今日クラブがあったんでしょ?それに別に遅刻じゃないし。ね、香織」
「うん。……クラブお疲れ様」
ちらっと香織を見た池口は、少しそのまま見とれていた。香織は不思議そうに小首をかしげているが、私は池口の様子にまた頬が緩みそうになった。が、新拓だけは何かを感じ取ったのかむっとした表情をした。
「……池口っていう人が誰かと思ったら、君か」
「あぁ三年生のトップの人。俺なんかを誘ってもらったみたいで、ありがとうございます」
「ま、集まったしさっさと行こう!」
むぅとした表情で池口を見ていた新拓の腕を無理やり引っ張り入場ゲートへと行った。
ゲートでチケットを渡し、パークへと一歩踏み出した。そこは別世界だった。上を見上げると、開閉式の天井が閉まっており、その天井にはかわいらしい妖精や女の子や動物などきれいな絵が全体に描かれている。入ると大きな道がまっすぐ伸び、一番奥にはきれいなお城が見える。道の端にはさまざまなお店が並び、二階もある。ゲートでもらったパンフレットに目を落とすと、そこには『食べる・遊ぶ・買う。全ての世代に愛される夢の世界。ドリームフィールドパーク』と大きく書かれてあった。
「うわぁ……めちゃくちゃ広いし、天井がある遊園地なんて見たことないや」
隣にいる新拓も口を半開きにしながら天井を仰いでいた。入場ゲートからはすぐに香織と池口も入ってきた。二人も入場ゲートからはわからなかった広さと天井に驚いたようで、目の輝きが見る見る増していった。香織は天井の絵にうっとりとした表情をし、池口は感心したように天井を仰いだり顔を左に右にと忙しそうにきょろきょろとしている。
「すっごいところだね。天井があるなんて私初めて見た。広いし、人は多いし、迷子になりそうだね」
止まっている四人を避けるかのように、人の波はどんどん流れていく。
「僕も最初来たときは、人と広さと天井に驚きました。しかし、何度見ても天井絵は素晴らしいですね。……でも、驚くのはまだ早いです。ところで、皆さん今日は何時まで大丈夫ですか?」
ずれた眼鏡を直しつつ新拓が聞いてきた。
「別に時間はないですけど」
「あ、私も。明日日曜日ですし特に時間はないです」
「何時でも」
三人の答えに満足したのか、にんまりと笑いながら言った。
「実は、会員特典で閉場する十時以降でもここで遊べることができるんです。一時間だけですけどね。それにその時間だけの楽しみがあるんです」
きれいとは言えない歯並びを見せながらにやにや笑っている。私は腕時計を見た。
「十時ってまだまだ余裕ですね。でも、その楽しみって何なんですか?」
「まぁそれはお楽しみに。……ところでこれからどういう風に行動しましょうか」
ちらりと新拓が香織を見た。目で合図でも送っているつもりなのか、何度も香織を見ている。しかし、香織はそれに気づく様子もなくきょろきょろと周りを見渡していた。ふと、池口が不機嫌そうな顔で新拓を見ていることに気がついた。私はささっと池口の横に移動し、肘で腰をつついた。
「……なんだよ」
小声で上から私を睨みつける。
「あんた、香織のこと好きなんでしょ」
そう言うと、不機嫌な顔から一変、目を見開き驚いた顔になった。ちらりと香織を見ると、どうやら聞こえていないらしく天井絵を見ている。
「……おまえ、いきなり何言ってんだよ!」
そんな顔を隠すように池口は香織に背を向けた。確認するようにちらりと香織を見た。
「昨日の朝の件で、香織をかばってくれた私からのお礼ほしくない?」
小声でにやりとした顔で言って見せると、まんざらでもない様子で目を泳がせている。
「ふふ、素直ね。今日は香織と一緒に遊園地周らせてあげるわ」
「はっ?今日はあの人が静山さんと一緒になりたいがためにチケット渡したんだろ?」
「……馬鹿ね、あんた。それを指くわえてみてるつもりだったの?誰があんたを誘ったと思ってるのよ」
「……おまえだろ」
「……ったくにぶいわね。香織もあんたのことまんざらでもないって言ってんの!」
小声でそう言いつつ池口の腹を肘で突くと、見る見る池口の顔が明るくなった。頬を上げ、嬉しそうだ。
「マジかよ!」
「馬鹿、声が大きい」
大声を上げた池口を不審がって新拓と香織がこちらを向いた。慌ててそちらを振り向いた。
「……どうしたの、池口くん」
小首をかしげる香織に、目を合わせようとしない池口。顔が少し赤い。私はため息を吐き、新拓と腕を組んだ。
「え……」
いきなり腕組みされた新拓は一瞬身体を引いた。しかし、逃がすまいと腕を離さなかった。香織と池口も私のいきなりの行動に驚いた顔をした。
「四人で周るのもなんだしさ、せっかくだし二人で分かれようよ。私、新拓さんと周るから。何かあったら香織の携帯に連絡するね。じゃ、あとでね」
「え、ちょ、ちょっと!ぼ、僕は……し、し、静山さんと!」
無理やり腕を引き、その場から立ち去った。ちらりと振り返ってみると、嬉しそうに話しかける池口が見えた。
一方、隣ではがっくりと肩を落とす新拓がいる。諦めたのか文句も言わず私が引っ張る方向へと歩いていった。