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【夢】12.約束

 いい加減この夢幻郷にも慣れてきたかもしれない。ベッドの上に寝ている私を見てもさほど驚かなくなってきた。

 今晩は、明日の天気予報が雨だったので、いつも開けている窓は閉めている。いつもこの窓から顔を覗かせてくる時人は一体どうするのだろう。来るのが当たり前になっている時人だが、今日は来るのだろうか。

――昨日見たあの表情……気になるなぁ。

 閉まっている窓から外を覗いてみた。

 するといきなり目の前に色白の顔が出てきた。びっくりして思わず尻餅をついた。

「うわぁ!……な、なによいきなり、びっくりしたじゃない!」

「……私も今のは驚きましたよ。こんばんわ、来夢さん」

 窓の向こうから、にっこりと笑う時人。窓は閉まっているが、静か過ぎるため声は普通に聞こえる。時人は窓をコンコンとノックをするように叩くと、ため息を吐いた。

「今日は閉まってるじゃないですか。……また来夢さんをからかえると思っていたんですが……残念ですね」

「……ま、今日は諦めて。明日雨だから、窓開けてたら雨が部屋に入るもん」

「雨、ですか。……それはそうと今日は元気そうですね。よかったです」

 時人は窓枠にひじをついて、微笑んだ。私はその場で体操座りをして、窓の向こうにいる時人を見上げた。

 時人は会ってからというものよく笑う。馬鹿にするような笑い顔だったり、社交辞令のような笑い顔だったりいろいろな笑い顔を見せる。しかし、どれも本当の時人の笑い顔ではないような気がする。今微笑んでいる時人は一番素直な表情だと思っている。前に見せた少年のような顔も私の心の中に強く残っている。

「……時人さんってさ、よく笑うよね」

「え、そうですか?ここの所毎日楽しいですからね」

 そう言うとにっこりと笑った。

「本当、来夢さんをこの夢幻郷にお呼びしてよかったと思っています。来夢さんがいるだけでこうも夢幻郷の雰囲気が変わるとは思ってもいませんでしたから」

 ふふ、と嬉しそうな顔をする。私は体操座りをしまま、窓向こうの時人に言った。

「ねぇ……話を蒸し返すようで悪いんだけど、やっぱり気になるから答えてくれない?」

「はい、なんでしょうか?」

 時人はすっと真顔になると、ひじをつくのもやめた。じっと私を見つめてくる。

「ずっと……この夢幻郷で一人だったの?」

 時人の表情は変わらない。ただ無言で私を見ている。

「それに、ずっと思ってたんだけどどうして私の名前とか知ってるの?それに今言った、夢幻郷に呼んでってどういうこと?」

 私も時人が答えるまで見つめ続けた。すると、時人はふっと息を吐いた。

「……話を逸らそうと思いましたが、来夢さんには敵いません。……そんなに見つめられると恥ずかしくなります」

「え、あ、ごめん」

 慌てふためく私を見て時人は再び笑った。

「今日は出かけることもできませんし、お話をしましょうか」


 昨日もらった白い腕輪が左手についていることに気がつき、リビングにある椅子を思い描いた。すると、前と同じように水のように透明な椅子が描いたとおりに落ちてきた。私はその椅子を窓の手前に持っていき、腰をかけた。時人は私が座ったのを確認すると口を開いた。

「まず、この夢幻郷に住人は私一人しかいません。ですから、ずっと私は一人です」

 別段悲しそうな顔もせず、淡々と言った。さらに続けた。

「来夢さんのことは、失礼ながら夢を覗かせていただいたときに知りました。ですから……名前も、学校へ通っていることも知っていますよ」

 にやりと笑った。なにか思わせぶりな言い方だ。

――他にもなんか知ってそうな言い方……。

「言っちゃ悪いけど、悪趣味ね」

 時人は怒る様子もなく、ふふっと笑った。

「確かに悪趣味と言われれば悪趣味ですね。でも、ご心配なく。あくまで表面上だけのことだけですので、プライベートのことを隅々まで見てはいませんよ」

「そ、そうなの。……あ、ねぇ。どうして、現実より夢幻郷選んだの?」

 そう言うと、時人は笑うのをやめ、腕組みをして考える格好となった。

「それが……思い出せないんですよね」

「はぁ?」

 思わず大声になった。少し驚いたようで、時人は身体をのけぞった。

「いや、本当なんですよ。私、現実のことを思い出せなくなっているんです」

 思い出すように、顔を見上げた。

「夢幻郷に来たときのことは昨日のように覚えています。……今私と同じような格好をしている人がいきなり私の前に現れました。その人は夢幻郷の素晴らしさを説き、私はその素晴らしさに感動しました。そしてある時、その人からこの腕輪と指輪をもらったんです」

 時人は私に両手の甲を見せるように腕を出した。会ったときのまま、白く輝く腕輪を左手首に、白く輝く指輪を右手中指にしている。窓越しにそれらを見つめた。

「それきれいだよね……。あれ、その話だと他にも人がいたんじゃない。その人は今どこにいるの?」

 少し間を空けた時人は、まっすぐ私を見た。言葉を選ぶようにゆっくりと言った。

「……わかりません。私は……それ以降会っていないんです」

「そうなんだ……。でも、いることはいるんだよね」

「えぇおそらく……」

 考え込んでいるためか、思い出そうとしているためか、歯切れが悪い。

「……まぁ、一人きりながらも夢幻郷を満喫していた私だったんですが……少し寂しくなりまして。そこで、話し相手に来夢さんをこの夢幻郷に呼んだんですよ」

「ふーん……そうだったの。でもさ、寂しくなって話し相手がほしいなら住人なんてやめて現実に戻ればいいのに」

「そうですね……」

 私の言葉に時人はため息をついた。なんとなく元気がないように見える。元気付ける意味を込めて、私は笑ってしゃべった。

「そうだよ、現実に戻ればいいじゃん。そしたら、私が夢見てる間だけじゃなくて、好きなときに会えるし話もできるよ。……戻ったら飛ぶことはできないけど、それなりに楽しいよ。人もたっくさんいるしね」

 夢だけしか会えない時人。もし、現実に戻ってきて、香織に言ったらどんな反応をするだろう。時人はたくさんの人と動く乗り物を見てどんな反応をするのだろう。そんなことを考えると自然に頬が緩んだ。そんな様子を時人は微笑みながら見ている。

「こっちじゃ私ばっかりからかわれてるから、戻ったら私が時人さんを驚かせてあげるよ。それに、香織に時人さんのことを紹介したいなぁ……すっごいかわいい子なの。私よりスタイル良くて頭も良くて……」

「へぇ、すごい方ですねぇ。才女のような方なんですね」

 時人はひじをつき、私のおしゃべりに付き合うようだ。微笑み、嫌そうな顔もしていない。

「そうね。みんなから好かれてる。で、最近この香織のことを好きなんじゃないかなぁっていうのが近くにいるのよ。香織もまんざらでもない様子で……明日そいつ誘って遊園地行くの」

「遊園地……あぁ高校の近くにできたやつですね」

「そうそう。私も含めて四人で行くんだけど……どうなるか楽しみなの。新拓さんには悪いけど……ね」

 よく考えてみると、男女四人になるといやでも私は新拓とペアになることになる。

 ということは、初めて行くドリームフィールドパークを好きでもない新拓と一緒に回ることだ。そう考えると、上がっていたテンションが一気に急降下した。ハイテンションでしゃべっていたのが、みるみる暗い顔になっていくのがおかしかったのか、時人は手で口を押さえクスクスと笑っていた。

「なんだか、楽しそうですね来夢さん。……話を聞いてると、どんな方たちなのか気になってきますよ」

「で、でしょ?時人さんも住人なんかやめてさ、現実に戻ろうよ。よかったら、私が話し相手になるから」

 そう言うと、時人は目を細め嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで嬉しいです」

 しかし、すぐにその笑顔は崩れた。

「……しかし、私はもう住人なんです。現実にいた頃の私のことをもう忘れかけていて、自分の名前さえわかりません」

「え、時人っていう名前じゃないの?」

 時人は黙ったままうなづいた。うつろな目つきで目線を下げている。

「……そういえば、昨日も刺激があっても起きないって言ってたね。……あ、じゃあさ、私が時人さんを起こせばいいんじゃない?」

「え?」

 そう言うと時人は驚いた表情で顔を上げた。一方私は我ながらの名案に、思わず席を立ち窓のすぐ近くに寄った。

「そうだよ、私が時人さんを探して起こしてあげればいいんだ!私がたたき起こしてあげるよ」

 腕力には自信がある。そういう意味で握りこぶしを見せ付けると、時人は苦笑いを浮かべた。

「あ、ありがとうございます。でも、なんだか起きたら怪我してそうですね」

「ちょっと、どういう意味よ」

 時人は私が本気で怒っていないことをわかっているようで、くすくすと笑っている。私も笑う時人を見て笑みがこぼれる。

「……ほんと来夢さんといると楽しいです」

「私も、時人さんにもこの夢幻郷にも慣れてきて、楽しくなってきたよ」

「……あの、来夢さん」

 笑うのをやめた時人は、なぜか恥ずかしそうな顔をして目を泳がせている。その様子に思わず首をかしげた。

「どうしたの?」

「……もし、起きれたとして現実の世界に戻れたなら……私と一緒にどこか遊びに行きませんか?」

 恥ずかしいのか私と目も合わせない。横を向いたり上を向いたりしている。

「べ、別にいいけど。私でいいの?」

 そう言うと、きょろきょろしていた顔を止め、満面の笑みで笑った。

「……いいですいいです。はぁよかったです」

 照れ隠しなのか、つんつんした頭を手で掻いている。

「どうしたの、いきなり」

「いやぁ……言えるときに言わないと、と思いまして。……こんな気持ち私一人でしたら味わえなかったです。ありがとうございます、来夢さん」

 まだ照れているのか、よく見ると色白の頬が少し赤いように見える。

「ど、どういたしまして?」

 いつもと違う様子の時人に首をかしげた。

「ほんと……早く来夢さんと会えばよかった。もしかしたら、私は夢よりも現実を見ていたのかもしれない」

 悲しげな表情だったような気がする。確かめる前に、私の視界はぼやけてしまった。窓の向こうには、いつものように手を振る時人の姿だけ見えた。


お読みいただきましてありがとうございます。

申し訳ございませんが、次話の投稿を少々間が空いてしまいそうです。続きを楽しみにしていらっしゃる方にお詫びを申し上げます。


予告として、次話はドリームフィールドパークでの話となります。お楽しみに。

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