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【夢】10.キャッチボール

 寝たかと思うと、ベッドの横に立っている。真っ暗な部屋にベッドの上に寝ている私、夢幻郷だ。無音の空間に私のため息だけが漏れ、すぐさま消えていく。私はその場にしゃがみ込んだ。

 結局あの後、あの三人を問い詰めることができなかった。ノートも手紙も知らないの一点張り。どうにか聞き出そうとしている最中、来ない私を心配してか、ひょっこり香織が教室に顔を出した。すると、一変、白々しい態度であの三人組は香織を同情した。

『ノートをずたずたにされるなんてひどい』『手紙で死ねって書かれるなんてかわいそう』などまるで教室に聞こえるような大声で言ったのだ。結果、香織が嫌がらせを受けたことがみんなに知れ渡ってしまった。みんなから同情される香織は根掘り葉掘り事情を聞かれてしまい、おまけに三人組はみんなに犯人探しをしようなどと呼びかけその中心となってしまった。三人組に疑いをかけた私はみんなから冷たい視線を浴び、昼以降声をかけてくる人は少なかった。

 しかし、香織はいつも通りに私のそばにいてくれた。手紙のことを隠していたことを謝ると、微笑みながらありがとうと言ってくれた。私が頭にきて無理に問い詰めようとしたせいでクラス中にばれてしまったことも謝った。すると香織は『いつかばれることだったし、びくびくするのも悔しいじゃない』と笑っていた。一方で、犯人があの三人組の可能性が高いと伝えると、黙り込み悲しそうな表情をしていた。

 結局私は犯人を捕まえるどころか、逆に疑っていることをクラス中に知らせてしまった。内密にしようと思っていた私自身がいたずらのことを広めてしまった、そう考えると再びため息が漏れた。

「元気ないですね」

 と、開いた窓からひょっこり時人が顔を出してきた。

「まさか、犯人を問い詰めようとしたんですか?」

 時人は窓枠をまたぐと、私の隣に座る。

「そのまさかよ」

 私は大きくため息を漏らした。

「あらら。それで、犯人を捕まえることができたんですか?」

「……できてないわよ。むしろ、逆に問い詰めるのが難しくなったの」

「それは、やっかいなことになりましたね」

 そういうと右手で左手の手首についている白く輝く腕輪を握り締めた。集中するかのように右手を見つめている。

「……前から思ってたんですが、どうして香織さんの犯人探しに躍起になっていらっしゃるんですか?二回いたずらされただけでしょう?」

「どうしてもこうしても、香織は親友だもん。……そりゃいじめってほどじゃないかもしれないけど、私の好きな人が目の前でそんなことされて黙ってみてるわけにはいかないよ。それに香織はみんなから好かれてるけど、なんかこう、私の前だと普通の子になるから」

「普通の子?それはどういうことですか」

 私は思い出すように天井を見上げた。

「うーん……香織って頭も良くてスタイルも顔も良いから、みんなから頼りにされたりよく話しかけられたりしてるの。でも、私が見る限りあんまり嬉しそうに見えないのよ。なんか……作ってるというか。でも私の前だと力が抜けたみたいな顔で笑ったりしゃべったりしてくれるし、私の話も聞いてくれたり突っ込んでくれたり遠慮がないの。優等生って感じの子が、私の前だと普通の子になるとなんだか嬉しくってね。だから、助けたいって思ったわけ」

「なるほど、お互い信頼し合っているんですね」

 握り締めていた右手を離すと、その手の平に光の球がついてきた。思わず私もそれに注目する。光の球はぱちんとはじけると、そこから白い腕輪が出てきた。が、時人がしている腕輪のように輝いてはいない。普通の白い腕輪のようだ。

「……それなに?」

 そう聞くと、顔を私の方に向けにっこりと笑った。

「元気がなさそうだったので、来夢さんを楽しませてあげようと思いまして。ですので、これを複製したんです」

 左手の腕輪をつんつんと指で示した。

 すると、私の左腕を掴みその腕輪を私の手首にはめた。重くも冷たくも感じない腕輪だ。というよりしている感覚がしない。

「……これでなにが楽しくなるの?」

 まじまじとその腕輪を見ていると、時人は立ち上がり、私の左手を握り窓に足をかけた。

「口で説明するより、実際にやったほうが早いです。さぁ立ってください」

 少年のように目を輝かせ笑う時人に負け、私は立ち上がった。時人の色白の手が私の左手を握っている。その手は腕輪と同じように、冷たくも熱くも感じなかった。


 外に出ると、昨晩のように雲の上に私は座った。時人は目の前でふわふわと浮いている。

「それでこの腕輪はなに?」

 淡々とした口調で言った。相変わらず暗く人の気配がしない外は、声が全く響かない。目の前を浮いている時人はあぐらをかき、にこにことしている。

「それは思い描くものを形にすることができる腕輪です。どうぞやってみてください」

――思い描くものを形にする?

 理解しがたいことだったが、時人はやってみろと言わんばかりに熱い視線で私を見てくる。私の反応を楽しみにしているかのようだ。半信半疑のままつけられた左手首の腕輪を見つめた。どうみても普通の白い腕輪にしか見えない。ひとまず目を閉じ、ソフトボールを想像した。

――両手に収まるぐらいの球体で、縫い目が入っててゴム生地の白い球……。

 すると、左手首が温かく感じられた。目を開けて見てみると、腕輪が光り線がまっすぐ上へと伸びている。その光りの線は球体を描き、丁度ソフトボールの大きさを描いた。描いた途端、光りの線はなくなり腕輪の温もりも一気になくなった。すると、その描かれた絵が私の手元に落ちてきた。

「え……こ、これソフトボールじゃない!」

 落ちてきた絵は立体的なボールとなっていた。手触りも普段触っているボールと一緒で重さまで忠実だった。縫い目まで入っている。が、違っていたのはそのボールは透明だということだった。水のように透けて私の手が見えている。

「ふふ、お分かりいただけました?もっといろいろなものを想像してみてください」

 案の定笑われた。口に手を添えくすくすと笑っている。そんな時人を無視し、今度はグローブを想像してみた。

――頑丈な皮生地なんだけど、使いこなして柔らかくなったグローブ……。

 今度は目を閉じなかった。私が想像するグローブが形になると、それを察知したように腕輪が温かくなった。と同時にまっすぐ上に一筋の光りが伸びていく。その光りの線はさっきと同じようにグローブの型を描き、それを描き終えるとすっと消え、温もりもなくなった。と同時にその描かれたグローブは私の手元に落ちてきた。

「うわ、ほ、本当にグローブだ……。水みたいに透けてる」

 落ちてきたグローブは立体的になっていた。水のように空間が揺らめき、そこにグローブがあることがわかる。いつものように手を入れ、動かしてみると使いこなしたように柔らかい。透明のせいで左手が丸見えだが、グローブをしている感覚だ。私はもう一つグローブを作ってみた。

「……その腕輪気に入っていただけたようですね。それ、来夢さんに差し上げます」

 落ちてきたグローブをキャッチしながら、驚いた。

「え!いいの?……ありがとう!」

 思わず頬が緩み、笑顔がこぼれる。すると、なぜか時人は目を丸くし、驚いた表情をした。

「え、どうしたの。……あぁグローブが二つあるから?一つは私ので、一つは時人さんのだよ。ほら、投げるよ!」

 二つあったグローブの片方を時人に投げた。時人は慌ててグローブをキャッチした。

「……え、私のですか?一体何をするんですか」

「何って……キャッチボールに決まってるじゃん!楽しませてくれるんでしょ?」

 いたずらっぽくにやりと笑って見せた。すると、独り言のようにつぶやいた。

「……なるほどそういう使い方もあるんですね」

「え?なに?」

 時人は持っていたグローブを左手にはめた。

「いえ。では、キャッチボールをしましょう。……変なところに投げないでくださいね」

 そう言うと、時人は私との間に少し距離をとった。

「ふん。私、ソフトボール部員なのよ。あぐらかいたままキャッチボールをしようなんて良い度胸ね。見てなさい!」

 雲の上に立ち上がり、時人に向かって強くボールを投げた。予想外の速さだったのか、笑っていた時人は一変目を見開き驚いた。時人もあぐらから立ち上がり、といっても浮いているのだが、ボールを私に投げ返した。グローブから伝わるボールの感触もいつもと変わらない。

「……ねぇ時人さん。犯人のことなんだけど」

 山なりのボールを時人へ投げた。

「はい、それがどうされました?」

 時人も山なりでボールを投げ返してきた。

「亀田さんの周りの人って言ってたけど、二人じゃなかった?それともやっぱり……人数とかどんな人とかまではわからない?」

 時人は私が投げたボールを慣れないグローブさばきでキャッチしている。

「二人でしたよ。顔も見えましたが、どう説明すればいいのか……」

「……一人はさ、一重で髪がさらさらした長髪の女の子じゃなかった?」

「おぉそうです」

「……で、もう一人は、ぽっちゃりした髪型がおだんごになった女の子じゃなかった?」

「おぉ当たりです」

 時人が投げてくるボールは方向がばらばらで、私だけが一生懸命ボールを拾っている。

「……その二人が、ノートと手紙の実行犯だってことだよね」

「そうですね。亀田冷子さんはそれを知っていながら止めもしなかったようです」

 ジャンプして取ったボールをそのままグローブの中に収めた。すぐに投げてこなくなったので、時人は首をかしげた。

「どうしました?」

「……それって全部夢を覗いてわかったことなんだよね」

「えぇ。そうです。……信用できませんか?」

 急に時人の声のトーンが落ちた。私は慌てて首を横に振った。

「ううん、違う違う。信用してなかったら、問い詰めるなんてことしないよ。ただ、夢なんか覗いて普段何するのかなぁって思っただけ」

 再びボールを時人に向かって、山なりに投げた。

「……そういえば、前の質問にお答えしていませんでしたね。夢を見ているからこの夢幻郷にいるのか、という内容でしたよね」

 ボールを受け取った時人は、ボールを投げず微笑んだ。

「お答えしますと、夢を見ているからこの夢幻郷にいるのではなく、私は現実の世界よりこの夢幻郷を選んだからこの場に住人としているのです」

――現実の世界より夢幻郷を選んだ?だから住人?

 どういうことか理解できず、思わず首をかしげた。時人はふわふわとこちらに近寄ってきた。

「人の夢は現実の様子を知ることのできる唯一の情報源なんです。ですから、夢を覗くんですよ」

 私の目の前で止まると、再びあぐらをかき座る格好になった。

「ちょ、ちょっと待って。現実の世界より夢幻郷を選んだってどういう意味?」

「そうですね……意味はそのままなんですが……」

 苦笑いを浮かべ、困ったように私から目を逸らした。

「私みたいにさ、現実で起こされることがあったら時人さんも起きてるんでしょ?違うの?」

「いえ……私は現実で刺激を与えられても起きません……住人ですから」

「もう、住人住人って全部住人だったらいいわけ?ちゃんと説明してよ!」

 歯切れの悪いしゃべり方に、イライラし大きな声になった。しかし、時人はそれに動じない。ただ、落ち着いた声だった。

「……住人は私一人しかいません。現実から刺激があって起きないことも、夢を覗けることも、物を創造し形にできることも、全て住人になって得た能力なんです。……この夢幻郷において、住人である私は全て自由に行動できるんです」

 そう言った時人は自由という言葉とは裏腹に、目線を落とし虚ろな目つきになった。表情もどことなく悲しげだった。

「……じゃあ、私がいない間は時人さん、ずっと一人なの?」

 突然、はめていたグローブの感覚が急になくなった。思わず時人から視線をはずし、左手を見た。私が作ったボールとグローブはすでに跡形もなくなっている。

 再び顔を上げ、時人を見るといつものようににっこりと笑っていた。一瞬見た悲しげな表情はすでになかった。

「私のことは気になさらないでください。……犯人捕まるといいですね」

 にっこりと笑う時人の顔がかすむ。口をぱくぱくとさせている私を見ると、時人はいつものように手を振った。


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