【現】9.友達と親友
今日は昨日と打って変わって、気持ちの良い天気になっていた。もちろん、朝練があるので朝早く学校へと行った。しかし、朝練をしている最中でも、時人の声が頭の中で繰り返し流れた。
『……犯人は亀田冷子さんの周りにいる方だと思われます』
集中できていない私の様子に、クラブのみんなが心配そうな顔で見ていた。
――周りの方……思い浮かぶのはあの二人しかいない。
白球を追いかけながら、私はある決心をした。
朝ぎりぎりに教室へ入ると、いつものように香織が席まで来てくれた。いつも通りの様子にほっとした。
「……そういえば、今日の数学の授業、小テストって言ってたよね。らむ勉強した?」
「えっ!全然してない……」
すっかり忘れていた。はっと掲示板に張り出されている授業表を見た。
「……四時限目!まだ、間に合う!」
慌てて数学のノートを取り出す私の横で、香織がすっとメモ用紙を差し出した。
「これ、小テストの範囲。……先生が言ってたまんまだけどね」
「うわぁ助かる!範囲も聞いてなかったからね……ありがとう」
丁度チャイムが鳴り、手を振り香織は席へと戻っていった。受け取ったメモを丹念に見ながら、ちらっと香織の席を見てみた。隣に座る池口が珍しく積極的に話しかけていた。香織も笑顔で返事をしている。
――香織の中で、池口はみんなの中には含まれてないのかな。
二人が楽しそうに話している様子に思わず笑みがこぼれ、再びノートとメモに目を落とした。
休憩中にもノートを食い入るように見た。が、やはりなかなか覚えられなかった。四苦八苦していると、あっという間に四時限目の授業が始まった。始まったと同時に問題用紙が配られた。裏返し、問題を見てみたが一問目から頭が真っ白になりそうだ。
――うわぁ……マジやばいかも。こ、こうなれば……空白を埋めるしかない!数打ちゃ当たる!
ノートを見て少し覚えた内容と、自分の頭で考えられる内容を踏まえ、空白を埋めるようにペンを走らせた。運よく選択問題が多かったのが幸いだった。深く考えなかったためか、かなりの時間が余った。残り十五分もある。かと言って見直ししても、わからないのだから意味がない。問題用紙を全体的に見たあと、私は机に伏せた。
――あがいても無駄だわ。寝ちゃおうっと。
しばらくすると、机に伏せた感覚がなくなってきた。かりかりとみんながペンを走らせる音も遠のき、気づけば聞こえなくなっている。この感覚は、夢幻郷にいるときと一緒だ。暑くもなく寒くもなく、無音で人の気配がしない。
――学校で寝ても夢幻郷に入ってしまうのかな。
机の伏せた状態のまま、身体を動かさず目も開けなかった。すると、隣に人の気配がする。
「……テストで寝るということは、自信があるということですか?」
くすっと笑う声が聞こえる。この声は……。
「それと、犯人捜しは無理をしないでください」
時人の声だ。起き上がり、声をかけようと思ったその時、急に現実に引き戻された。
「……じゃあ後ろから前に集めて!来週返すからな」
目が覚めると、先生の低く大きな声とともにチャイムの音が教室に響いていた。チャイムの音と同時に教室がざわざわとしている。後ろの席から回ってきた問題用紙を慌てて受け取り、前の席へと渡した。プリントが集まったのを確認した先生は、号令をかけ、授業は終わった。四時限目のあとは昼休憩なので、一気にがやがやと騒がしくなった。席を立つ人、弁当を出す人とさまざまである。
「らむ!寝てたようだけど、問題できたの?」
財布を持った香織が私の席までやってきた。
「ほとんど勘でやったよ……」
「やっぱり……。ま、まぁどうにかなるって。小テストのことなんて忘れてお昼食べに行こう」
そう言いながら、香織は私が立ち上がるのを待っている。しかし、私は席を立たなかった。この昼休みにどうしても亀田さんに聞きたいことがあった。時人の言葉を信じるなら、亀田さんは犯人ではなくても関係がある人なのだ。必ず事情を知っている。
考え込む私を不信に思ってか、香織が腰を曲げ私の顔を覗いてきた。
「どうしたの、怖い顔して。食べに行かないの?」
「あ、ごめん。ちょっと用事があるんだ。悪いんだけど、先に行っててくれないかな。用事が終わったらすぐ行くから」
「あ、そうなの?じゃあ先に行ってるからね」
「うん。ごめんね!」
拝むポーズをすると、笑いながら香織は首を振った。そして、香織は教室を出て行った。
香織が出て行ったのを確認し、教室の後ろを振り返った。いつも、亀田さんのグループは教室で食べている。今日も廊下側の一番後ろの席のところに集まり、弁当を広げていた。大きく息を吐き、その席へ歩み寄っていった。
「亀田さん、少し話があるんだけど今ちょっといいかな」
話をしていた三人は話をやめ、全員私の方を向いた。いきなり話しかけられたせいなのか、あまり快くないようでむっとした顔をしていた。
「いきなりどうしたの?なんか、木元さん怖い顔してるー話ってなにかなー」
亀田さんにだけ話そうかと思っていたが、席を離れる気配がない。左右隣にいる山田さんと江口さんは私が口を挟んでからずっと睨むように私を見ている。時人が言っていた周りの方というのはどう考えてもこの二人しかいない。いつもこの三人は一緒なのだ。
――だったら亀田さんにだけ聞かなくても、今この場で三人に聞いたほうが早いか。
「……昨日さ、香織の下駄箱に手紙が入ってたの知ってるよね」
「ん、あー昨日の朝のことだねー。それが何?」
「あの手紙、本当はとんでもないことが書いてあってさ。亀田さんたち何か知ってるんじゃないかなぁって、ちょっと聞いてみたかったんだ」
そう言うと、三人ともそれぞれ視線を合わし動揺しているように見えた。が、それは一瞬のことだった。
「ねぇ、それどういうつもりでうちらに言ってんの?」
長髪のストレートパーマを耳にかきあげながら、鋭い視線で睨みつけるように私を見てきたのは山田さんだ。足を組みなおし、ひじをつき、態度ががらりと変わった。まるで私を威圧するようだ。
「なんで私たちが知ってるって思うわけ?どういう意味?」
おだんご頭の低い声で、睨みつけているのは江口さんだ。その二人の間には、相変わらずにっこりと笑っている亀田さんがいる。
「……どうしてそんな話をするのかなー。私たち、なーんにも知らないよ?」
三人の態度にカチンときた。
見下されたような態度に白々しい言い方。冷静だった頭が急に熱くなってきた。声量も少し大きくなる。
「どうして、あの手紙が来た日に朝早くいたの?それにあの手紙で私たちが騒いでいるときに、どうしてタイミングよく来たの?あまりにも偶然すぎるんじゃない」
「……木元さん、その言い方だとーまるで私たちのせいみたいに聞こえるんだけどー……。もしかしてー」
にっこりと笑っていた亀田さんの顔は、すっと真顔になり口の端を釣り上げあざ笑うかのようににやりと笑った。
「私たちを疑ってるわけ?」
三人の異様な雰囲気に、みんながこちらに注目し始めた。ひそひそと声も聞こえる。
普通の女の子だとこの威圧をかけてくる女子が三人も目の前にいたら、怖気づき首を横に振るのだろう。いや、そんなことを言うとまるで私が普通の女の子ではないようなので訂正する。私は、話をまともに聞かず力でねじ伏せようとするやつらが嫌いだ。疑っていることは間違いないが、なぜこんなにも凄みを利かせるのか理解できない。
この三人組はクラスの女子の中で中心となっているグループで、クラスの女子みんなは三人の意見、中でも亀田さんの意見には全てうなづく。私はそんな関係はうんざりだ。言いたいことも言えない友達が、本当の友達と言えるのか不思議でならない。香織と仲が良くなったのは、この気持ちを香織も持っていたからだ。互いに言いたいことを言い合って、時には助けを求めたり求めらたり、それに応えていくのが友達だ、と私は思う。歩みを揃えてまで争いを避け関係を築く友達など、薄っぺらい友情だ。
「うん。私、あなたたちじゃないかって思ってる」
私を睨むように見てくる三人に負けないくらい、胸を張って言った。クラス中が見ていた気がしたが、興奮していた頭はそれに気がつかなかった。