8話 自己防衛訓練合格
ゾーンの練習を始めてからから1週間ほどの時が過ぎた。
「シンシアちゃんはもう完璧だね!」
「ふっふっふっ……」
アイリ達よりも先にゾーンを使いこなす事ができるようになった俺は、練習に励む3人をドヤ顔で見つめていた。
「くっ、悔しい……けど可愛いから許せる……」
「自分の意思でとか無理だろ……」
「アデル君ならできるよ!」
アデルの弟分のような存在のシェフィは、既に自分の事は諦めてアデルの応援に徹している。
俺はゾーンの発動に何らかのキッカケとなる動きや言葉を決めて、自在に発動できるようになった。
そもそもゾーンというのは究極的に集中した状態の事を言う。つまりは心を無にして一点集中、某ラグビー選手のあの動きもゾーンに入るキッカケとなる。
俺の場合は、目を瞑って胸に手を当てる。そのまま2回程意識的に深呼吸をする事でゾーンに入れるようになった。雑念がある時はできない事があるが、無心になる事ができれば完璧に発動できる。
「じゃあシンシアちゃんがゾーンを習得した事だし、実践的な戦闘指導を行うよ〜」
「えっ先生私達はどうするんですか?」
アイリ達3人はゾーンを使えていないのだが、どうやらサラは俺さえ成長すればそれで良いらしい。
「やり方は教えたから個人練習あるのみ! 私はシンシアちゃんの指導に専念するから頑張ってね」
「じゃ、じゃあ私は指導の様子を見学しています」
アイリはゾーンの訓練を中断し、俺とサラの様子を見学する事にしたようだ。
「それじゃあシンシアちゃん、結界に入って」
「分かった」
今までは身体を動かす事が少なかった為結界に入る必要はなかったが、久しぶりに入ることになった。いよいよ自分の身を守る為の技を教えてもらう時が来たのだから、気合を入れるか。
「最初は、おつかいで果物を買いに籠を持ってルンルンスキップしているシンシアちゃんの前に武器を持った怖い大人の人が現れた時。の対処法ね」
「その大人……許せない」
なんで訓練なのにシチュエーションが凝ってるんだ。それに俺はルンルンスキップするような性格ではない。
アイリも乗っかるな。
「普通に武器を持った大人相手の対処法で良いだろ」
「良くない! いつ大人が現れるか分からないんだから」
だからっておつかい中には出てこないだろ……。
「じゃあ〜アデル君!」
「んぁ……?」
座禅を組んで訓練しているのかと思ったら居眠りしていたアデルを呼ぶと、サラは木製の剣を渡した。
「ん? これで何するんだ?」
「アデル君が危ない大人役。シンシアちゃんに剣を当てて」
サラが相手してくれるんじゃないのか。
「シンシアちゃんはゾーンに入った状態で、アデル君の剣に当たらないように動いてみて」
「分かった」
「……シンシアちゃんに怪我させたら許さないから」
「わ、分かった……」
アデルに対し大きなプレッシャーを与えたサラは、結界の外に出ると何かを呟いた。すると広い範囲だった結界がグングン狭まってきて、最終的に小さなコンテナの中程度の狭さになった。
この中で避けきれ、という事だろう。
「あ、シンシアちゃん! シンシアちゃんはアデル君の背中にタッチしたら勝ちだから! 好きなタイミングで始めていいよ!」
ふむ、俺にも勝利条件があるなら早めに決着を付けるとしよう。
アデルは背中に触れられたら負け。俺はアデルの剣に触れたら負け。簡単なルールだ。
「よし始めるか」
「待って。ゾーンに入るから」
目を瞑り、胸に手を当て深呼吸をするとあっという間にゾーンに入った。アデルの細かな動作、どこを狙っているのかがはっきりと分かる。
「OK」
「よし、手加減はしないぜ」
アデルも先輩として負ける気はないようだ。戦闘経験のない後輩に負けるなんて有り得ないと思っているのだろう。
「ふんっ!」
早速俺の腰元を狙った攻撃が飛んできたが、冷静に後ろに下がって避ける。
しかし移動できる範囲が狭い為、どこかのタイミングで後ろに回り込まないとな。
「い、今の避けるか……」
何故かアデルが驚いている。
「掠らせでもすれば俺の勝ちだ!!」
今度は様々な方向から何度も切りつけ始めたが、ゾーンに入っている今の俺は慌てることなく確実に避ける。
ん、今なら背後に回れるっ!
「おわぁっ! 危ねぇっ!!」
アデルの身体が右側に向いていた為、がら空きの左側から背後に回るチャンスだと思ったのだが流石特別クラス。すぐに体勢を戻して背後に回られるのを防いだな。
「シンシアちゃんゾーンに入ると喋らないから怖いなぁ」
「そう? 集中してるシンシアちゃんも可愛いと思うなぁ」
突然、観客席でアイリとサラの変な話が聞こえてきて、ほんの一瞬集中が途切れる。
「今だっ!!」
「危なっ──」
ほんの一瞬の事だった。アデルの剣先は俺の横腹スレスレを通り抜け、咄嗟に避けた俺の身体はそのままバランスを崩し後ろへ仰け反る。
「貰ったぁっっ!!」
それを勝機と見なしたアデルは、再び剣を振った。
しかし、バランスを崩した瞬間再びゾーンに入った俺は背後の地面に手を当てる。このままだと剣が当たってしまう為、両足を地面から離しバック転のように飛んで避ける。
身軽な身体に感謝だな。
「マジかよっ……!」
地面に着地した瞬間アデルの方を見ると、俺の動きに驚いて硬直していた。その隙にアイリに犬みたいだと言われた動き、四足歩行で姿勢を低くしたままアデルの股下を通り抜ける。
「やべっ」
そんな声が聞こえてきたが、その時には既に背中に触れることに成功していた。
「…………よっしゃぁっ!!」
自分でもビックリする動きで勝利した俺は、その場でガッツポーズを取る。
「はい2人ともお疲れ様〜! 」
「くそぉぉ〜っ! そんな動き見たことねぇよ」
「シンシアちゃんの今の動き、まるで獲物を狩る白狼みたいだった!」
「ありがとう」
観客席にいた3人が結界内にやってきた。サラは満足したように嬉しそうな笑顔で抱きつこうとしてきて、アイリはアデルと同じく俺の動きに驚いていた。
「シンシアちゃんもしかしたら戦いのセンスあるよ」
「そんなに褒められるとは思わなかった」
サラにセンスがあると言われて素直に喜んだ。
「もうこれくらい動けるなら1人で外に出ても大丈夫だね。それに途中、意識だけでゾーンに入ったでしょ?」
「あぁ〜……確かに。キッカケの動きしなくても入れた」
始めてゾーンに入った時と同じシチュエーションでゾーンに入ったな。コケそうになると集中するのか。
「もう今日からシンシアちゃんは危ない場所以外は1人で行ってもOKって事にします!」
「ん? 剣術と魔術は?」
外に出れるようになったのは良いのだが、出来れば武器の扱い方や魔術なんかを教えて欲しいのだが……。
「剣術と魔術も教えていくつもりだよ。でも一先ずこれで合格」
「よしっ! じゃあ今日はアイリと一緒に帰れるぞ!」
「いぇ〜い!!」
やっと1人で外に出れると喜んだのも束の間。サラの口からは……。
「あっ、今日は私と早めに帰ってお風呂に入るんだよ! それでしっかり休まなきゃ」
「えぇ〜……」
サラの過保護はいつ治るのだろうか。