84話 異様な魔物
「おい嬢ちゃん、着いたぜ」
「っ……おぉ」
ぼんやりしていて到着した事に気付かなかったが、ハンターに呼ばれて周りを見ると、苔の生えた地下へ続くレンガ作りの穴があった。
「皆さん到着しました! ここがつい最近現れたダンジョンです!」
「未だにこれが突然現れたなんて信じられねぇなぁ」
「精霊ってスゲェんだな」
シンシア含むハンター達が、そのダンジョンの入り口の大きさに驚いていた。縦に大体6m、横に10mはある大きさ。地下へと続く階段の先は真っ暗で何も見えない。
「まずは皆さんここでしっかりと準備をしていきましょう。馬車にギルドから支給品がいくつかあるので、皆さんで分けて大事に扱うように。また、それぞれの役割や得意な事など伝えて作戦会議を行ってください。
今回のダンジョンは入り口から見てかなり大きいです。くれぐれも身長に、食料が尽きる前に戻ってきてください」
シンシアとサラを除く全員の顔が緊張している。下手したら生きて帰ってこれない可能性もあるのだ。生半可な覚悟で行く者はいないだろう。
しかしシンシアとサラだけは違う。2人は魔物と戦う術を無数に持っている。魔術、白魔術。サラは神様でもある。もし誰かが命の危険に陥れば助けることは容易い。
「サラ。念のため神の魔力がバレないように剣で戦ってくれ」
シンシアは王都ドラグーンのアルバから貰った剣をサラに渡した。
シンシアにも少なからず神の魔力が混じってしまっているが、ほんの僅かな量なので気にすることはないだろう。
「お姉さん、近距離は俺達に任せろ。俺達が守ってやるからな」
男ハンターは飛び抜けて美人なサラの周りに群がって作戦会議を始めた。やはり男はどんな状況でも獣である。
◆◇◆◇◆
作戦は勝手に決まっていき、男達は前と後ろを警戒。女達は男共の間に囲まれて、魔法を使える者は魔法。男が怪我したら手当やら癒しがなんとか、と話していた。
「今日は子供がいるから絶対カッコ悪いところは見せられねぇ! 行くぞ!!」
「「おぉ〜っっ!!!」」
大きな雄叫びをあげて、いよいよダンジョンの中へ進んでいった。
シンシアはダンジョンの中で魔力切れにならないよう事前に沢山食べてきた。最高のコンディションでダンジョンに挑める。
「明かり灯します!」
女魔法使いがそういって大きな杖を上に掲げると、その杖の先が明るく光った。
「おぉ」
炎が杖先に現れて、周りを少しだけ明るく照らしている。それがあるのと無いのではかなり違う。
そうしてハンター達はゆっくり階段を降りていく。どうやらこの程度の明るさが平均的な明るさなのだろう。
「サラ、もう少し明るくできないか?」
「分かった」
サラが片手を上を向けると、そこに眩しい光の玉が現れた。
それはフワフワと空中を漂い、ハンター達の進行方向へ進んでいった。更にその光の玉は無数に生み出されていき、ついにハンター達の視界には暗闇が全く存在しなくなった。
「あんた何者だ!?」
「その魔法すげぇな!」
「これなら視界が効く分俺達が有利だ!」
ハンター達は驚きながらも、しっかり周りを警戒して階段を降りていく。
「その魔法ってどうやって使うんだ?」
「光魔法。神の魔力じゃないと使えないんだけど、こっそりね」
「あぁなるほど」
じゃあ今のシンシアも使おうと思えば使える訳だ。すぐに消えてしまうだろうけど。
長い階段を降りきって、ついに広い空間にやってきた。
「ん? 終わり?」
「右か左、どっかに行かないといけないみたい」
いや、もしここが別れ道なのだとしたらそれはあまらにも広すぎる。横の広さで学校のグラウンドくらいの広さがあるというのに、そこから右や左には更に道が続いているのだ。
天井なんて高すぎて見えないくらいある。
「魔物がいたぞ! 目視で6体! 倒しながら左に進もう!!」
指揮官役のハンターが全員に指示を出し、巨大な剣を抱えたゴブリン達に剣先を向けた。
そのゴブリンの手足は異様に長く、筋肉もかなり発達している。真っ白な目とピクピクと動く耳。やはりここの魔物は暗闇に特化しているのだろう。
ゆっくりと剣を引きずりながらこちらへ近づいてきた。
「なんだこいつら、見たことねぇぞ」
「後衛! 魔法を撃て!」
その合図と共にゴブリンに炎の玉を撃ち始める魔法使い達。
「ガァァッッ!!」
「なんだっ!?」
魔法が放たれた瞬間、ゴブリン達が一斉に飛んだ。
巨大な剣を持ったまま飛び上がり、そのまま前に一回転しながらハンター達へと飛び込んできた。
そのトリッキーな動きに判断が遅れたハンター達は、咄嗟に防御の構えをとるが間に合わないだろう。
──キイィィィィン
「防御は俺に任せて戦ってくれ」
シンシアが前衛のハンター達に防御の結界を貼ってやり、その攻撃を防ぐことに成功した。
「全くっ! あんたら2人は何者なんだ!」
攻撃を防がれた反動でバランスを崩したゴブリンの腹部を横に切り裂くハンター。死んだゴブリンは真っ暗な灰のようになりダンジョンの床に吸い込まれていった。
「このゴブリン達の一撃はかなり重い。まともに食らったら骨まで綺麗に切られるぞ」
「何っ!? じゃあ剣で防御しても意味ねぇじゃねぇか!!!」
「落ち着け! だから俺とサラが結界を貼って守ってやる! 男達は戦え!!」
男のくせに臆病者だな。なんて、俺が言うのは失礼だろうな。
この手足の長いゴブリンは、驚異的な腕力と脚力を活かしてトリッキーな動きで敵を仕留めるタイプだ。このダンジョンが暗いままだったらゴブリンの存在すら気付かずに数人は死んでいただろう。
「ギルドの調査隊はどうやってダンジョンの中を見たんだろうな」
「きっと凄く強い人達なんだよ」
「お? 調査隊について教えてやろうか?」
1人のハンターが近くにやってきた。
「魔物に集中しろと言いたいところだが、教えてくれないか」
「へへっ、確かにその通りだな。
ギルドの調査隊は一流の剣士2人と一流の魔術師2人の4人がいる。剣士の方は狼型の獣人と吐き気がするほどイケメンな男2人。魔術師は美少女2人だ。ただ、片方は魔術師のくせに走り回るのが大好きな犬の獣人ときた。それでもその4人にかかればほとんどのダンジョンは攻略できるだろうよ。ま、攻略しちまったらハンター達が稼げなくなるけどな!」
吐き気がするほどイケメンってよく分からない例えだな。しかし、狼型の獣人がいるのなら暗闇にも対応できるな。
「確か、そいつらは自己紹介する時に ニホン ってところから来た。と言ってたな。どっかにそういう国があるらしい」
「ニホン……? 」
つまりその4人は日本人? 転生者? 転移者? 確かに俺以外にこの世界に転生したり転移してきた人はいるだろうが……凄いな。チート能力者が4人集まればギルドの調査隊なのも頷ける。
「その人達がいまどこにいるか分かるか?」
「いや、誰も分からねぇ。常に世界中を回って仕事してるんだ。会えるとしたらたまたまこっちに仕事しにきた時くらいだろうな」
是非1度会ってみたいものだ。
「……しかしお嬢ちゃん、今こうして話してる間もずっと結界貼ってるのか?」
「ああ。じゃないと危ないだろ?」
「すげぇな。魔法使うにゃ〜相当な集中力がいるって聞いたぜ」
まあ確かに最初はイメージを保たせるのは難しいだろうな。
「慣れだよ慣れ。俺だって剣の扱いは全くだ」
「しかしその姉ちゃんは剣も魔法も使えそうだな」
「まあこの人は特殊だからな」
「ん? もっと褒めてもいいんだよ〜! シンシアちゃん!」
人前で抱きつかれて、ついシンシアはサラの頭を叩こうかと思ったが両手を結界の維持に使っている為叩くことができない。
「はっはっは! 2人を見てると元気が出てきたぜ。ちょっくら俺も前に出てくる」
「ああ。俺が結界を貼るから安心して戦ってくれ」
「頼もしいな。感謝する」
ギルドの調査隊について詳しく教えてくれたハンターが前に行って、シンシアは再び結界の維持に集中する。
「さっきのゴブリンが更に湧いてきた! 魔法で殲滅を頼めるか! 魔力消費はなるべく抑えてくれ!!」
「んっ」
前線にいるハンター達が少し下がって、魔法を撃ちやすく前を開けてくれた。
「任せろ。──火よ 闇に潜む魔の者に 炎の鉄槌を下さん」
シンシアの前方に巨大な魔法陣が出現し、そこから3m程の大きさの火の玉が現れた。その火の玉はゴロゴロと転がりゴブリン達に襲いかかる。
逃げる為に飛び上がったゴブリンには、火の玉の中からまるで手が伸びるように炎が吹き出され、ゴブリンを火の玉の中へと引きずり込む。まるでダークホールだ。
「白魔術も使えるのか……すげぇな」
周りのハンター達が唖然とゴブリン達が消し炭となっていく様子を眺めていた。
「もうこの子に全部任せて良いんじゃねぇか?」
「駄目だ。魔力切れを起こすから食事を取らないといけない」
「よっしゃ! 俺の妻の弁当やるぜ!」
「ちゃんと食べてやれ」
しかし予想よりも魔力消費が少なく、余裕を持って戦えそうだ。
「よし、確認できるゴブリンはとりあえず全員倒した」
「ありがとう! ではまた先に進もう!!」
シンシアという力強い味方がいる事で、ハンター達は緊張感なんて物を忘れて意気揚々と進んでいった。




