65話 シンシア初仕事
教師として生徒達に教え始めて数週間が経ったある日、家でゴロゴロしているとクラリスが手紙を持ってきた。
「シンシアちゃん宛に仕事の依頼ですって」
「仕事?」
何か依頼でも来るような事しただろうかと疑問に思いながらも手紙の内容に目を通す。
──"シンシア様。優秀な教師との噂をお聞きしましたので今回依頼させていただきます。シンシア様がいる学校とか違う学校に通っている13歳息子がいるのですが成績があまり宜しくなく、どうかシンシア様に家庭教師として数日勉強を教えてほしいのです"──
そこから先には詳しい内容が書かれており、シンシアは読み進めていく内に厳しい表情に変わっていった。
「これ……行かなきゃいけないのか?」
「シンシアちゃんに任せるわ。ただ、行った方が知名度は上がるはずよ」
でも普通9歳の子供に、13歳の息子の勉強を教えてもらう。なんて頼むか? いくら俺の成績が優秀だとしても、普通は有り得な……いや待てよ。
シンシアはもう一度手紙の内容を読み返した。
──"優秀な教師との噂をお聞きしましたので今回依頼させていただきます"──
まさか、優秀な教師という噂だけを聞いて依頼してきたのか。というかそもそも他校にまで噂が行くのなら、かなりその噂に間違いがありそうだ。
俺の事を子供だと思わずに依頼してきた。その可能性がかなり高い。
「……行きたくねぇなぁ〜」
「時間はあるからしっかり考えましょう」
行くとしたら大人に変身しないといけない。
行かなかったら 「他校の生徒には何も教えない嫌な教師」なんて噂が広まるかもしれない。
損得で考えると行った方が良いのだろう。
「大人の姿……だよな」
「そうね。お金も貰えるわよ」
でもこの家貴族じゃないんだよな。一般的な家庭だから……家に行って何か食べさせてもらうってのも無理だろうし、何か食べ物を持って行かないといけない。
結局金銭的にはプラマイゼロになるかもしれない。
「まあ、行くしかないかな。それに丁度休みの日がその日だし、頑張ってみる」
「初めてのお仕事ね。応援してるわ」
そうか。前世も含めて俺は人生初の仕事をする事になるんだ。
「やる気出てきたっ!」
ちゃんと教えれるのかという不安はあるものの、依頼された以上頑張ってみるしかない。
◆◇◆◇◆
そしてついに仕事当日がやってきた。
「シンシアちゃんの為に先生らしいコート買ってきたよ!!」
サラが大人用の茶色いコートを買ってきていた。
「なんでサラの方が気合入ってるんだ?」
「だってシンシアちゃんの初仕事だよ? 応援しなきゃ!! 頑張って!!」
「暑苦しい……」
大人に変身したシンシアの両手を握ってピョンピョン飛び跳ねるサラについ本音が漏れてしまう。
コートを着ると大人の服の重さに驚く。
今まで小さな服や軽めの服しか着ていなかった分、大人サイズの服の重さを久しぶりに経験した。
教えるの道具の入ったバッグには、サラが色んな物を詰め込んでいる。
黒い靴下、ハイヒー……ハイヒール?
「これ誰の?」
「シンシアちゃんのだよ」
「……」
試しに履いてみるとサイズはピッタリである。サイズは……。
──ゴリッ
「あっ」
立ち上がると、そのまま足首を捻らせてしまった。
「はぁ〜……いきなりこんな高いハイヒール履ける訳ないだろ」
「でも履いたら似合うよ?」
「いいって。サラの靴1つ借りるよ」
サラが普段履いている靴の1つを取って履くと、サラが嬉しそうな声を上げた。
「それ私も今度履いていいの!?」
「サラの靴だから履いていいでしょ」
「やったぁっ!!」
何が嬉しいんだか。
「じゃあ行ってくる」
「うん! 気を付けてねっ!」
「失礼の無いようにね」
シンシアは家から出ると、手紙に書いてあった住所まで歩き始めた。
◆◇◆◇◆
慣れない周りからの視線を気にしながらも、ようやく家の前に辿り着いた。
大きなパンをひと口食べて、玄関の扉をノックする。
するとゆっくり扉が開かれた。
「……はい」
「あ、あの、仕事の依頼を受けたシンシア……です」
出てきた女性は、シンシアの姿を見て誰だというような表情を見せたので、自己紹介をする。
「まぁっ!! 貴女が噂のシンシアさんなんですね!! 思っていたよりも若くてビックリしました!!!」
「あ、あははは」
本当はもっと若いんだけどな。
「どうぞどうぞ! 中に入ってごゆっくりしてください。すぐにお茶用意しますね」
「すみません」
そこまで気を使ってもらわなくても良いのだが、この女性は結構緊張しているようだ。
優秀という噂を聞いたからだろう。
リビングの座布団の上に座ると、父親もやってきて目の前に座った。
「今日は来てくれてありがとうございます」
「いえいえ。初めて家庭教師を努めさせていただくので、失礼な点もあるかと思いますがよろしくお願いします」
「噂通り、とてもお美しいですね。これなら私の息子も勉強にやる気が出ると思います」
そんな話をしていると、お茶を持ってきた母親とその後ろから男の子がやってきた。
「ダリウス。座って挨拶しなさい」
お父さんの横に座ると、緊張した様子で頭を下げた。
「ダリウス……です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
緊張を解してあげるために柔らかい笑顔で挨拶を返す。ダリウス君は聞いた通り13歳らしい顔付きで、短い茶髪から普段は結構元気の良い子だろう。
「本当に来てくれて嬉しいです〜……どうぞ、お茶でも飲んでください」
「あ、では有難く」
お母さんにお茶を出されて、ひと口飲む。
緊張するなぁ。早速何か話を進めよう。
「えっと〜、ダリウス君は何か苦手な勉強とかあるんですか?」
「運動は得意ですけど、数学は苦手なんですよね〜」
「あぁ〜そうですね〜」
そうしてしばらく両親と話を進めながら、ダリウス君に何を教えていくか考えていく。
◆◇◆◇◆
「分かりました。じゃあ少しずつ分からない所を覚えていって、ゆっくりクラスの皆に追いついていこっか。ね、ダリウス君」
「……あっ! はい!!」
良い返事だ。やる気は満ち溢れてるから、後は細かいサポートをしていくだけだな。
「じゃあダリウス、部屋に案内してやれ。お茶はお父さんが持っていくから」
「分かった」
立ち上がったダリウス君に付いていって、部屋にやってきた。
「すみません……散らかってて」
「綺麗な方じゃないですか」
結構床に服やらが落ちているが、前世の俺の部屋と比べればマシな方だ。
「ここに座ってください」
「分かりました」
クッションに座ると、ダリウス君は向かい側に座ってテーブルの上に教科書や宿題を置いた。
すると部屋にお父さんがやってきて、テーブルの上に暖かいお茶を置いた。
「これ、ご自由に飲んでください」
「ありがとうございます」
しっかりとお礼をすると、ダリウス君の背中を優しく叩いて部屋から出ていった。良い親子だ。
「それじゃあ早速宿題終わらせよっか。この中で分からない所ってどのくらいあるの?」
「えっと〜……最初の問題意外……分からないです」
あぁ〜……なるほど。計算方法自体が分からないのか。
「じゃあゆっくり教えていくね」
シンシアはダリウスの横に移動して、問題を指差しながら詳しく説明していった。




