38話 悪臭
──時は遡り数日前。
「んん……なんか臭いぃ……」
変な匂いで睡眠を邪魔されたアイリは寝返りを打つ。しかし、意識が覚醒していくほどその匂いが異常な物であるとはっきり感じてくる。
「何……?」
この旅館最後の睡眠なのにと、嫌々身体を起こして匂いの元凶を確かめる。
「ん〜……何これ……」
寝ぼけているのだろうか、目の前に黒い何かが落ちている。それが何なのか分からない。しかし匂いの元凶は確かにそれであった。
「汚い……」
口と鼻を抑えて、旅館の人を呼ぼうと扉の前まで行った時に気づいた。ドアに何かがぶつかったような跡がある。
「はぁ……何なのこれ……」
そして後ろを振り返り黒い物体を扉の方から再確認すると、今度はそれが何なのか理解した。理解してしまった。有り得ないことなのに。
「サラ先っ……う゛っ……耐えてっ……」
元FBIであるアイリは、こういうのを見るのは慣れている。しかし身近で仲の良い人物、それも目の前で見るのは流石に吐き気を覚えて恐怖する。
サラ先生が何故こんなことに。さっきまでの匂いは人が焦げた匂い。
理解したくない事をどんどんと理解していき、天井にも大きな穴が開いている事に気がつく。
「どうしたら……とっ、とりあえずシンシアちゃんとアデルを……っ?」
いない。いるはずのシンシアがいない。
「なんでっ……何が起きたっていうの……」
せめてこの異常事態に、シンシアさえいてくれればそれだけでも救いになるはずだった。しかしシンシアはどこにもいない。
「アイ…………リ……」
「ひっ……動い……た……?」
サラの焼死体が動いて音を発した。有り得ない事が何度も続き、アイリは気が狂いそうな程混乱して自分の髪を掻きむしった。
「何があったのよぉっっ!!!」
その悲痛な叫びは、この旅館の全ての部屋に響き渡った。
◆◇◆◇◆
旅館にいる人々が駆けつけた時、苦しそうにその場にしゃがんで呻いてるアイリ。そして目を覚まして鼻と口を抑えるアデル。大きく開いた天井が見つけられた。
「あれっ……サラ先生は……」
そしてやっと、アイリはサラが消えている事に気付く。
さっきまでのは幻覚? いや、そんな事は有り得ない。この目で見て、鼻で感じて、耳でその声を聞いた。それが何よりの証拠だ。
しかし、サラがいたはずの場所には黒く焦げた皮膚の一部と思われる物のみが残され、サラの身体はどこかへと消えていた。
それからアイリやアデルは、異常事態に駆けつけた国の兵士達に事情聴取されたが、答えられる事は何一つ無かった。
◆◇◆◇◆
「うぅ〜……なんとか無事に……」
「サラお前……大丈夫なのか?」
「あはは……神ですから……そう簡単には死ねませんよ」
白い空間でゼウスの横に横たわるサラ。意識はしっかりしている。
「これだけの重症なら死んでてもおかしくないんだがな……回復まで時間はかかるが、それまでゆっくりしているんだ」
「ありがとうございます……」
ゼウスの力によって、サラの身体は僅かではあるが少しずつ回復し始めている。
この状態で生きているのはシンシアを思う気持ちが強いからなのだろう。
「シンシアちゃんは……どこに……?」
「魔王城の一室で眠らされている。扱いは悪くないみたいだけどな」
「…………回復したらすぐ……助けに行かなきゃ……」
そこまでしてシンシアの為に行動しようとするサラを見て、ゼウスはサラに何を言っても聞きそうにないと困ったような表情をした。
「1人で行ってもまたやられてしまうかもしれないぞ。相手から悪魔の気配がする」
「悪魔……か…………なら尚更、シンシアちゃんを早く助けないと……ダメですね」
「……ゆっくり休め」
ゼウスはサラに睡眠魔法をかけて、落ち着かせてやる事にした。
それからサラが目覚めるのはかなり後の事となった。
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「シンシアを救いたいか」
「救いたい! 私が一緒にいてあげるって約束したから!」
「なら、力になろう。お前も俺に協力するのだ」
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「っ、おうサラ、目を覚ましたか」
「行ってきます」
「あっおい……?」
目を覚ましたサラの様子がおかしい事に気づいたゼウスは、しばらく監視をする事にした。
◆◇◆◇◆
「はぁ〜暇だな〜7人の魔女、俺も会ってみたいな〜」
きっとクラリスさんのように美人なんだろうなぁ。
「魔女……ふへっ……おっといかん。メイドとしてしっかりしてないとな」
今はイヴ様のメイドとして働いているが、いつかは魔王よりも強い力を手に入れて尊敬されるような存在になるんだ。
とにかく強くなりたいという願いを持つシンシアは、魔術の練習を片手間に魔法についての本を読み進めていた。
「意外と魔法って簡単になんでもできるんだな〜」
コツを掴むのは難しかったが、イヴとの戦いによって少しずつ魔術の扱いに慣れてきた。
元々俺がセンスのある存在だという事もあるが、サラが与えてくれた力のお陰もあるんだよな。
「いつか魔法を使って年齢も変えれるようになってみてぇな……目指すは大魔道士!」
──ガチャッ
「シンシア〜! 悪魔祓い終わったから来たぞ〜!」
と、そこに元気そうなイヴがやってきた。
「無事に終わりましたか」
「どうやら予想以上にあっさりと抜け出してくれたみたいだ! 悪魔の奴、諦めが早いなぁ」
そういいながらニコニコと八重歯を見せるイヴは、やはり女の子にしか見えない。
「これで立派な魔王になれますね!」
「うむ! シンシア、今さっき大魔道士になるとか言ってたね」
「あ、はい。大魔道士を目指してみようかと」
魔術の事を知れば知る度、魔術ならなんでも思い通りになる人生を作れるのではと思った。それならば俺は大魔道士になり、俺の人生をバラ色に彩ってやろうじゃないか。
「僕は世界を支配する魔王、シンシアは大魔道士。2人の夢が叶うと良いな」
「そうですね」
イヴに付いていた悪魔が、何故あっさり諦めたのか考える者はこの場にはいなかった。
7人の魔女だけが嫌な予感を感じて警戒を強めた。




