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109話 私は誰

「んむぅ〜……」


 深い眠りに付いていたシンシアに、うっすらと意識が取り戻されてくる。聴覚、触覚が戻ってきてゆっくりと呼吸をする。

 手をゴツゴツとした温かい何かが包み込んでいる。なんだろう、と疑問を抱き始めて嗅覚が戻ってくる。この匂いはカゲイの匂いだ。


 目を開けると、シンシアの手を優しく握って眠そうな目でこちらを見つめるカゲイがいた。


「カゲイ……仕事は?」

「終わったよ。シンシアは大丈夫かい?」

「寂しかった」


 素直な気持ちを伝えると、カゲイは嬉しそうに笑ってシンシアを抱きしめた。

 初めてカゲイに抱きしめられ、その身体の筋肉、体温、匂いがハッキリと伝わって五感を刺激する。カゲイの存在を認識する度に嬉しさと喜びが湧いてくる。


「実はね、シンシアに見せたい物があるんだ」

「見せたい物……?」


 カゲイはポケットから1枚の写真を取り出した。


 それは、カゲイともう1人の知らない男の子が笑顔で写っている写真だ。


「……?」

「この写真を見て、何か思わないかい? 周りの景色とか」

「周りの……」


 写真の背景をよ〜く見てみると、見たことがあるようなないような。曖昧だがどこかデジャヴのような物を感じる。


「っ?」

「どうしたんだい?」


 突然シンシアはカゲイの服の裾を掴んだ。


「……揺れた気がする……」

「揺れた? 僕は何も感じなかったよ」


 揺れてないはずなのに、揺れたような気がして咄嗟にカゲイの服の裾を掴んでしまった。


「っ……また揺れてるっ……怖いっ……」


 シンシアだけが揺れているような感覚になり、その恐怖でカゲイに抱きついた。

 グラグラと、大きく大地が動いている感覚が恐怖を増大させる。


「大丈夫だ。僕がいる」

「うぅっっ……」


 それからしばらく、シンシアはカゲイの胸で震えながら泣いていた。


「トラウマ……かな……」


 シンシアが再び眠りについた頃、カゲイはぼそりと写真を眺めながら呟いた。


◆◇◆◇◆


 何かを思い出した気がする。


 目を覚ましたシンシアは、天井をぼんやりと見つめながら色んな事を考えていた。


 何かを思い出した。それは分かるのだが、何を思い出したのかは分からない。しかし心にぽっかりと空いた記憶の隙間が少しだけ埋められた気がする。


 寝ながら自分の手を観察すると、やはり違和感を感じる。


「……違う……私の手じゃない……」


 自分の手とは違う違和感を感じて、シンシアは不安になりベッドから降りた。

 洗面台にある鏡に写る自分の顔を見てみるが、その違和感は無くならない。これは私であって私ではない。


 そもそも、私は一体なんなのだろう。私は本当にシンシアなのか、サラさんやカゲイさんは誰なのか。ここは本当はどこなのか。


「私じゃない……俺だ……」


 自分は女じゃない。そこまでの不確かな記憶がシンシアの中に生まれた。


 俺はただシンシアという身体の中に生まれた別の人格ではないか。本当は俺が寝ている間にシンシアという子が目を覚まして活動しているんじゃないか。

 そんな事を思って、医務室にあった真っ白な紙に字を書いてシンシアと会話をしてみようと考えた。


『あなたはしんしあですか』


 それを枕元に置いて再び眠りにつく。

 しかし、結局熟睡しただけで紙に何かが書かれているということはなかった。


 俺は一体どういう存在なのだろう。この身体が本当の身体ではない、と考えれる程の違和感を感じる事はできたものの、未だにここの人達が何なのか分からない。


「シンシア、気分はどうだい?」

「っ!」

「おっ、笑顔が戻ってるね」


 カゲイが部屋に入ってきて、無意識に笑顔で喜んだ自分に羞恥心という感情が芽生えて、恥ずかしそうに顔を下に向ける。


「どうしたんだい?」

「……その……私は……本当にシンシア……なんですか?」


 こんな事を言うのはおかしい事。ということは分かった上で、ぎこちなく喋った。


「……記憶はどこまで戻ってきたのか分かるか?」

「記憶……私は……いえ、俺はシンシアじゃないんです……」

「そうだな。確かにそれも、シンシアの記憶だ」


 これもシンシアの記憶?


「シンシアって一体……何なんですか?」

「……もうそろそろ言ってみても良いかもしれないな。混乱するかもしれない。その時は無理せずに言ってくれ」

「……はい……」


 俺は覚悟を決めて、カゲイの話を真剣に聞くことにした。

ちょっと哲学的な感じになりましたね。

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