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106話 喜び


「ありがとうサラさん。これで会う機会が生まれた」

「でも……記憶を失ってるんですよ?」

「だからこそ、僕が少しずつ地震の記憶やトラウマを癒してあげるんだ。それが僕の役目、だろう?」


 その男は、椅子から立ち上がるとサスペンスドラマのように窓の外を覗き込んだ。


「トラウマを癒すのはサラさんでもできない。僕が時間をかけて少しずつ治していくさ。そして……また皆で……」

「……そうでしたね。私もそれに手伝うと言いましたから……分かりました。シンシアちゃんに会いますか?」

「シンシア……いい名前だね。行こうか」


 男はサラと共に薄暗く小さい部屋から外へ出た。


◆◇◆◇◆


「シンシアちゃん! 俺達のこと忘れたの!?」

「だっ、誰っ? 私知らないよ!」


 自分の事をシンシアと呼ぶ大きな男の子達が、私を囲んで叫んでいる。

 人達の事を何も知らない。それなのに、忘れたの? と言ってくる。それは恐怖以外の何者でもなかった。


 私は誰なのか。この人達や、この場所すらも何なのか分からない。私は何故ここにいるのかさえ、何もかもが分からない。


「こら! 皆、今シンシアちゃんはショックで一時的に記憶喪失なの。あんまり驚かせちゃダメだよ」

「「記憶喪失!?」」


 また部屋に2人入ってきた。目を覚ました時最初に話しかけてきた女性と、大人の男性。

 シンシアはそれを観察するように無言で見つめていた。


「シンシアちゃん、具合は大丈夫?」


 自分の名前はシンシアらしい。

 女性はベッドの横で屈んで私と同じ目線まで降りてきた。


「えっと……まだちょっと頭が痛いです」

「そっか。じゃあまだゆっくりしないとね」

「はい……」


 さっきこの人は私を記憶喪失だと言っていた。今ここにいる人達は、私が記憶を持っている頃から関わっていて……きっと悲しませてるんだ。


「……すみません」

「どうして謝るの? 大丈夫だよ」


 女性は頭を優しく撫でてくれて、少しだけ心の動揺が落ち着いた。さっきまで叫んでいた男の子達も私をじっと静かに見つめている。


「さて、シンシアちゃん。僕は記憶喪失になったシンシアちゃんのお世話をする事になったカゲイだ。よろしくね」

「カゲイさん……よろしくお願いします」


 シンシアはちょこんと男の人に頭を下げて挨拶をする。


「……でも、まだ1人でゆっくりしたいよね。しばらく僕達は外に出るけど、もし何かあったらこのボタンを押してくれ。握って、黒いところを親指で押すだけだ」

「握って……はい、分かりました」


 長いコードで繋がれたボタンがベッドの横に引っ掛けられてある。シンシアはそれを押す練習を少しだけしてカゲイさんの方を向いた。


「それじゃあ、ちょっとだけ分からない事を説明してから出ていくよ」

「は、はい」

「君の名前はシンシア。そして僕がカゲイで、この女性はサラさん。ここは魔法使いを育てる施設だ」


 魔法使い……とは何なのだろうか。


「……?」

「あぁ、魔法使いというのはね……ええっと……サラさん見せてあげてくれ」

「はい」


 サラさんが人差し指を立てると、そこから小さな火が現れた。


「……凄い……」

「こういう不思議な能力の事を魔法。そしてその魔法で人を守ったりするのを魔法使い、というんだ」

「へぇ〜……あっ、出来た」


 見た通りの事を真似してみると、自分の人差し指にも小さな火が現れた。でも不思議な事に指先は全然暑くない。


「おぉっ……凄いな。流石っ……他に何か聞きたいことはあるかな?」

「えぇ〜と、お腹が……空きました」


 さっきから空腹感が凄い。このままだと倒れてしまいそうな程お腹が空いている。

 それをシンシアは恥ずかしそうに顔を熱くしながら伝えた。


「あ、シンシアちゃんすっごく食べるんですよ! 色々持ってくるから待っててね!」


 サラさんがパタパタと走って部屋から出ていった。


「それじゃあ僕達も出ていくよ。何かあったら、これね」

「はい。握って、親指で押すんですね」

「そうっ! 物覚えが早くて凄いな」


 カゲイさんにも頭を撫でられて、シンシアは嬉しそうに目を細めた。


「それじゃっ、またね」

「はい。ありがとうございました」


 皆が部屋から出ていって、シンシアは再びベッドに横になって眠りについた。

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