第九話
「えっと、あのねカイト君。こっちから誘っておいて申し訳ないんだけど、私たちもハンターだから、戦力的にね、その、近い実力じゃないとお互いに不利益っていうか―――」
ああ、必死に弁解、説得をするミレイナさん可愛い。なんだけど、戦力にとか、本音が漏れてますよ。ミレイナさんからの攻撃だからクリティカルヒットで俺死んじゃうよ。
まあ、戦力に差のあるキャラクターを仲間にすると足でまといなのはゲームと一緒だな。最悪なのはゲームと違って現実はあっさり解散できるところか。ゲームなら地道にレベル上げとかしてたし。というかミレイナさん。俺は戦力外ですか。もう少し実力を知ってほしい。
「ストップ。えっとね。あの子鬼、陽鬼って名前で、ユニーク個体なんだ。だからそこいらの子鬼と一緒にされちゃああいつがかわいそうだ。……それに俺にもちょっと失礼ですよ?」
「へ? ユニーク個体? ほんとに?」
「ほんとほんと。子鬼だけど気法が使えるし、槍の腕も相当なものだ。俺が保証する」
「それって、半分自画自賛ですよね」
自分で実力が同じとか言っちゃったからね。そうとも言える。しかし、言われてから思ったけど、実際のところ俺や陽鬼の実力はどれほどのものなんだろう。気法、槍術、体術ともに熟練度は(中)。しかも、互いにレベル十二だ。もはや生き写しの域だ。
ミレイナさんが俺を説得しようと方向転換したように、すくなくとも子鬼は雑魚だ。技能も魔法もない俺が偶然とはいえ倒しちゃったからな。
と、俺が一考している間にミーナさんミレイナさん二人とも陽鬼の方に行ってしまった。
「へぇユニーク個体ね。初めて見たわ」
「聞いた話だと同族殺しだよね。つまりこの子は子鬼をたくさん殺して気法を習得したってことかな?」
「違うわミーナ。同族殺しはあくまでも習性であって特性じゃない。むしろ気法を習得していたから同族を殺せたといったところね」
「あの~、そこまでにしてやってくれませんか?」
さっきからすごいヘルプメッセージが来てるんだよ。内容は省くけど「たすけて」と、もう三十通位は来てるな。そしてあいかわず可愛くない。脳内変換、脳内編会。
「おっと、ごめんなさいね。ユニーク個体なんて珍しいからつい」
「すみませんでした」
陽鬼ではなく俺に頭を下げる二人。
……まあ、そんなもんか。
「それでパーティはどうする? 俺たちと組む? 組まない?」
「よろしくお願いします」
間を置かずにミレイナさんがそういった。
その後ろでミーナさんはまた、陽鬼をジッと見つめていた。……そんなに珍しいの?
**********
「それで、パーティを組むって言うけど仕事の内容は? 俺を誘ったということは魔物でもぶっ倒しに行くの?」
ギルドに併設された酒場、夕食でごった返したハンターたちに混ざって俺たちも店の一角を占拠していた。
ちなみにここは美人姉妹のおごりである。パーティに誘った側が酒代をおごることはハンターとしては当たり前の流儀なんだとか。
「私たちも知ったのはついこの間なんですけどね」とミーナさんが微笑みしながら教えてくれた。とても可愛かったです(小並感)。
「だいたいはあってます。ただ、内容はもう少し俗物的と言いますか」
「完結に言うと私たち、お金がありません」
言いよどんでいたミーナさんに変わってあっさりとミレイナさんが告げた。……己の懐事情を。
「……それはやっぱりセルバックのせい、ということで?」
「そう、そうなのよ! カイト君は文字が読めないからわからなかったと思うけど、あの契約書の悪質なこと!! たしかに? 契約書にサインしちゃったのはこっちの落ち度だけど、あいつの所為でこのギルド所属のハンターはみんっな財布がすっからかん。ギリギリ生活できるだけのお金は残ってたけど契約魔法の所為で街を出ていくこともできない。ホント死んでくれて清々したわ」
散々愚痴を漏らしてビール(仮)をグビグビと飲み干していく。
そんなヤサグレ、もとい元気なミレイナさんも素敵ですか。
「ごめんなさい。姉さんちょっとストレスが溜まってて」
「見ればわかるよ。ミレイナさんもミーナさんも相当苦労したみたいだね」
「あ、名前は呼び捨てでいいよ」
「へ?」
「一緒に仕事をする以上は仲間だし、ハンター同士ではよっぽど実力差や立場に差のある間柄じゃない限り呼び捨てが普通なの。これも受け売りだけどね」
「…………ミーナ?」
「うん。よろしくカイト」
………………フヒュ~。
危ない、心臓が止まるところだった。え、なに、この姉妹やっぱり俺を殺しに来てるの? ミーナもそんなに笑みをこぼして、俺惚れちゃうよ? チョロインだよ? 男だけど。
「で、仕事の話だけど、ヒクッ」
火照って赤くなった頬。垂らしなく開いた口。とろんと溶けたような瞳。出来あがるのが早すぎる。しかし、いくら見渡しても空のジョッキは見当たな―――。
「すみませ~ん。エールの追加ください!」
「はいはいただいま」
すると、野球場の歩き売りビールのようなタンクを背負った女性がやってきてジョッキにそのままビール、もといエールを注いでいった。無駄にハイテクだな!?
つまりこの人は、俺がミーナと話している間に何度もエールほ補充していたというのか? たしかあなたも含めた重要な話の途中だったと思うのだが。ほら、ミーナが恥ずかしそうに縮こまってるよ!
「え~と、それで何を狩りに行くの? この街周辺の森に居る魔物は大人しい部類なんだよね?」
「ええ、魔物を殺すと魔石や素材がお金になるよね? だけどできるだけ早く街を出たいから、ちまちま魔物を倒していても仕方ない。だから、今回はクエストを受けるの」
「クエスト、か」
クエスト。と言われると俺のような人間が思い浮かべるのは某RPGだ。超有名作品。ただし俺はやったことがない。子供の頃はポ○モンばっかやってたな。そしていつの間にかP○Pに心変わり、モンスターを狩るゲームをしていた。モンスターを育てるゲームから殺すゲームをするようになった。そう気がついたときは一ミクロンくらい時代の移り変わりを想ったものだ。二秒で忘れたけど。
「その内容は? 指定素材を取ってこいとかそんなの?」
「ううん。遺跡調査隊の護衛」
「……イキセキチョウサタイ?」
「あはは! そんなに眉間にしわを寄せて、なに? カイトって歴史とかそういうの苦手な人?」
ミーナに笑われた。そんなにひどい顔をしていただろうか? ……まあ苦手っていうか嫌いなんだけどね。勉強全般。英語と社会科は特に。そういう意味では「歴史的価値が~」と、お偉いさんが言いそうなところに自分から行こうとは思わない。しかし、仕事と言われると”行かなければならない”と義務が発生してしまうので大変よろしくない。心に優しくない。
「んん。それだと話が違わない? 言い方はともかく魔物を倒すクエストを受けるんじゃなかったの?」
「護衛中に倒した魔物に追加報酬がでるの。ギルドからね。普通の討伐クエストを受けるより割安だし、死骸が荷物になるからあまり褒められた行為じゃないんだけど―――」
「俺がいる、と」
二人は俺に戦力としてではなく、荷物運びとしての能力を期待して誘ってきたわけだ。陽鬼と実力が同程度だと知った時に控えめになったのは、流石に自分の身も守れない足手まといはいらないと思っての行動だったのだろう。
「で、俺の実力不足は解消された。という判断でいいの?」
「そう。カイト意外と鋭い?」
「いや、全然」
空気読め無さ過ぎて女の子泣かせるくらいには鈍い。それで一時期クラスメイト全員を敵に回した。いじめまではいかなかったが、全員が俺に笑顔で対応するのだからその間笑顔が怖くなった。
朝行くと全員が既に集合していて笑顔で俺を見つめてくるんだぜ? いくらなんでも怖いわ。変な宗教団かっつうの。
「? それじゃあそろそろ出ましょう。流石に仕事の詳しい内容までここで話すわけにはいかないから」
「わかった。……あー、ミレイナはどうする?」
「そうだね……じゃあカイト、背負ってくれる?」
「だな。ミーナに背負わせるわけにもいかないし」
「えっ。あっ」
何故か慌てた様子のミーナは置いといて、店に迷惑をかけないうちに出るとしよう。酔っ払いの相手は面倒だと昔から相場は決まっているからな。
「どうしたミーナ、ミレイナさんをどこに運ぶのか教えてほしんだけど?」
「……カイト、やっぱり鈍いね」
「さっきの今で意見を変えた理由が知りたいけど、概ねあってる」
ミーナが会計を済ませるのを待ってギルドにある個室に入った。
ミレイナを長椅子に、神衣を枕がわりに丸めて寝かせた。他に代用品がなかったんだ。許せ神衣。
「こんなところもあったんだな」
「パーティ内の相談事とか依頼人と請負人の交渉事とか、一階はそういうことをする場所なんだって」
「それも聞いたばかりのこと?」
「私も姉さんも新人だからね」
そのお姉さんは完全に酔いつぶれてるけど。どう見ても新人の態度じゃないよね? どちらかというと上司とかの態度だよね。最後部下に世話させる系の。
「じゃあそろそろクエストの話をしよっか。ああ、姉さんはそのままでいいよ。一回寝ちゃうと起きないから」
そうして始まった遺跡調査隊護衛クエストの内容は以下の通り。
明後日明朝から一週間の短期護衛クエスト。
食料は自前、というか基本互いに不干渉。
冒険者の代表が一人いてその人が交渉をする。
「え、え~と。目的地とか、魔物の情報とか、色々必要じゃない?」
「一週間行って帰ってくるだけの小旅行だろ? それに聞いても絶対覚えてないし聞くだけ無駄。興味もない」
「……カイトって私たちよりハンターっぽいね」
「そうか?」
「うん。そういう冷たいところ」
**********
二日後のギルド本部。
「はい、これがハンターズカードね」
「おお、普通にカードだ」
クレジットカードのようなサイズにこの世界の文字で名前、年齢、ジョブ、そしてハンターランクが書かれている。内容はとても質素なものだが、ハンターとして活躍することで”称号”なるものが与えられ、それがカードに記載されるらしい。
「もう、こんな朝早くに起こされるとは思わなかったよ」
「すみませんシリーさん」
いつもの銀髪お姉さん、シリーさんだ。ついさっき名前が判明した。さらに言うと、俺をミレイナとミーナに紹介したのもこの人だ。そのときに読み書きができないことやジョブなど全部話してしまっている口の軽い人でもある。大丈夫かこのギルド。
「じゃあクエスト頑張ってねぇ」
「はい」
挨拶をカードの受け渡しを終えてギルドを出ると俺を待っていてくれた魔法使い姉妹がいた。
「う~ん。昨日見せてもらったけど、悪い魔法使いみたいだね、カイトの格好」
「言いすぎだよ姉さん。自分で倒した魔物で装備を見繕うのってハンターの醍醐味でもあるんだから」
俺の装備は予定通り昨日出来上がった小黒狼の革鎧と甲熊の手甲、さらに神衣を着ている。
黒い肌着に黒い防具、黒いローブ。さらに黒髪なのでどこの暗殺者だという話だ。ただ、この小黒狼の防具は気に入っている。なぜなら俺が格闘家なのを考慮してか、関節周りの動きを阻害しないように作られているからだ。昨日陽鬼とした組手でも全く問題なく動けた。そうそう、毛皮から作られているけど毛は一切ない。普通に手入れが面倒だから。
同じ理由で手甲に毛はない。だけど、熊の皮膚って黒かったんだな。おかげでグローブも真っ黒です。しかし、金属部分まで黒いのはどうなんだ。
「そう言えばふたりのローブは綺麗だよな。まあメインは黒みたいだけど」
「そうね、魔法使いは基本的に魔力を消費しないように特殊な布で出来た外套を着るの。この外套は体内から魔力の自然流失を抑える役割があって、なるべく魔力を温存する意味があるの」
「魔法使いの体から一日に流れ出る魔力で中位魔法二回分くらいは使えるんだ。もったいないでしょ?」
「たしかにもったいないな」
ミーナの言うとおりだ。しかし、人のこと言えないくらい二人とも黒いよね? 俺みたいに黒一色じゃないけど、夜になれば一緒だよね?
「それじゃあ行きましょう。もうほかのハンターは集合してると思うし、リーダーにきちんと挨拶をしておかないと後で揉めやすいから」
「聞いた話?」
「……体験談」
「あはは……」
落ち込むミレイナと苦笑いのミーナ。
何があったかは聞くまい。
「おや、君たちが最後のパーティかな?」
集合場所で点呼をとっていたのは金髪の爽やかイケメンだった。羽ペン片手に羊皮紙とにらめっこしている。
「はい。パーティ番号6番です」
「6番……ああ、噂の新人パーティだね。上位魔法の力頼らせてもらうよ?」
「ありがとうございます。みなさんの胸をお借りして足を引っ張らないように頑張ります」
「うん。……さて、これで全員だな。よし! これから遺跡調査隊と合流する! 全員ついてこい!」
「さ、いよいよだね……どうしたの?」
意気込んでいるところ申し訳ないんだけど、俺の耳がおかしくなっていなければ、誰かが上位魔法をつかえるそうだが、だれ?
「あの、上位魔法って……?」
「そっか、言ってなかったよね。……だけど、気づいてもいいんじゃないかな?」
「何に気づけと?」
「私と姉さん。上位魔法が使える期待の新人、だよ?」
―――ウチのギルドには上位魔法の使い手が二人いるから。
―――私達と同じ期待の新人。
ふたりで行動している魔法使いの姉妹。え、いや、気づかないでしょ?!
「カイト、鈍いよ」
理不尽。
「じゃあ、ミーナが使える回復魔法っていうのは」
「うん、回帰魔法。姉さんは天空魔法が使える。どう? すごいでしょ」
「……ウン、ソウダネ」
「?」
おいおい、神衣さんは上位魔法三つ使えるんだけど。てゆうか被ってるし。ゲームだとどっちか御蔵入りするキャラかぶりだよ。え、これってこの二人がすごいの? 神衣が異常なの?
《神衣:お褒めいただきこうですマスター。しかし、私は二百年さまよい上位魔法を習得しました。このお二方はお若い。この年齢で上位魔法を一つ習得しているというのは偉業に等しい努力の賜物です》
おお! やっぱりすごいんだな上位魔法! 神衣とかぶっちゃいるが回復系と攻撃系だもんな、バランスはいいし威力は神衣のを見る限り申し分ない。そう考えるとかぶるのは逆に普通のことなんだろうな。
《神衣:マスターも上位魔法の使い手でいらっしゃいます。公言されないので?》
……できないよ。普通に怪しいだろ。というか既にだいぶ目立ってるから。これ以上目立ちたくない。
《神衣:しかしマスター、既に十分目立っておいででは?》
大丈夫。街をでたらすぐにみんな忘れるから。人の噂も七十五日というからな。
大丈夫……大丈夫だ。
「あれがそうみたいだね。……どうしたの?」
「噂の一人歩きってどれくらい尾ひれがつくかを考えてた」
「よくわからないけど、事実は一割って言うよね」
「それただの嘘つきの法則だろ」
嘘をつくときはほんの少し事実を含ませる。だっけ?
「ほらほら二人とも、早く来なさい」
ミレイナに呼ばれて振り向くと、そこには荷馬車の列がこれでもかと言うほど並んでいた。
「すごいね。これ全部調査隊の人?」
「そうみたい。リーダーさんが話をまとめる間、私たちハンターは待機にね。ただ、さっき話した感じだと私たちは隊列の真ん中付近に配置されるみたいね」
「……」
「? どうしたのカイト。そんなに額にしわを寄せて、それに鼻まで抑えて、鼻血?」
いや、そんな急に鼻血はださない。それよりもふたりは気にならないのだろうか。
「いや、だってさ、馬、臭くない?」