第八話
「実はそんなに驚かれなかった件」
調子に乗って意気揚々と魔石をゴロゴロと倉庫から吐き出した俺。当然どの魔石もあの森で手に入れたものだ。そして、受付の銀髪お姉さんの言葉を思い出せば「あたりの魔物どもは大人しいからねぇ」だ。
つまり、俺はそんな大人しい魔物たちから手に入れた魔石を自信たっぷりに取り出すという、とんだ勘違いヤローというレッテルを貼られたのだ!
あの銀髪お姉さんの子供を見るような慈愛に溢れた瞳。死にたくなる。
「ともあれ、倉庫に空きができた。それに魔物の素材(死骸そのまま)を取り扱ってる専門店の場所まで教えてもらって……ああ、死にたい」
完全に子供とか弟を見る目でしたよ。心なしか声まで優しい響きになってたからね? 俺のプライドはズタズタですわ。
《陽鬼:マスター、元気出して》
「ありがとう陽鬼。俺頑張る」
脳内変換必須の陽鬼の励ましを受けて俺は先に衣服屋に向かっていた。
どの店に行くにしてもいい加減学ランを引退したいのだ。場違い感半端ないから。ローブで首から下、靴のところまで全部隠れてるけど、なんか落ち着かないのだ。
しかし、ここで問題がある。たくさん……はない。しかし、でっかい問題があるのだ。
「ザラザラなんですよ」
「?」
店員と思われる男の「何言ってんだこいつ?」という表情は無視だ無視。
現代日本、2010年代とでも言いましょうか。その時代で生きていた俺には耐え難い問題がある。そう、服がどうにもザラザラすんるんですよ。
きっと俺の体質もあると思われるが、それでもちょっとザラザラしすぎ。これは並みの精神(豆腐メンタル)では着れない。
この衣服屋が特別ということはないだろう。おそらくどの店に行ってもこのクオリティで服が売られているはずだ。ならば、新必殺ワザを使うしかない。
「気力で皮膚を守る」
そう、気法による皮膚の強化だ。防御力をあげる気法を使えば俺の皮膚を攻撃してくるザラザラにも負けない。
妙に気合を置いれる俺に店員も気配を配っているのが分かる。万引きの警戒でもしているんだろうが俺は正統派の客だ。そんなことはしない。むしろ積極的に商品を購入する努力までしてる。
けれども気まずいことこの上ないので早々に退散しよう。俺はファッションセンスは度外視して適当に引っつかんだ服を試着した。
「いたいいたい、いででででぇ」
「なにやってんた坊主」
気法で皮膚は守れなかった。まあ、気法を発動中に触覚がにぶらない時点で察しろというものだ。服との相性は痛みではなくかゆみに近い。気法は防御力を上げはするが病的な部分まではカバーしていなかったということだ。無念。
「たまにいるな、坊主みたいな客は。一応着れる服は用意してあるが、種類はねぇぞ」
「買います。あ、着て行くので奥の部屋貸してください」
即決だった。皮膚が日焼けした皮並に脆い俺には渡りに船だ。しかし、いくらファッションセンスが鈍い俺でも羞恥心はある。
「上下真っ黒」
「冠婚葬祭全部に対応するとなるとどうしても白か黒になっちまうからな。そんで白は葬式には合わない。必然的にそうなっちまうのさ。ま、自分の体質を恨むんだな。毎度有り」
学ランとの違いはボタンのくらいか? 襟が無いのも当てはまるか。あと肩パット。まあ、動きやすさは段違いではある。しかし、納得できない自分がいる。いや、納得したくない意固地な自分か。
学ラン一式や元から身につけていたものは全部倉庫にしまった。一つ一種類なので倉庫の圧迫感が半端じゃないが、今は割り切るところだ。
次は素材屋である。
誠に遺憾ながらオーダーメイドに相当する買い物だったので完全に予算オーバー。懐が心もとないので先に魔物たちを引き取ってもらうことにした。
銀髪お姉さんに聞いたところ、魔物の素材は防具になることが多いそうなのでそこから下取りなり解体から素材の持ち込みなり、色々方法があるそうなのでついでにやってみることにした。
初めは明らかに面倒そうな内容だったので遠慮したかったのだが、おのれ許すまじ俺の柔肌。
「ほうほう、ほうほうほう。小黒狼と大針蜂だね。小黒狼はいい防具の素材になるよ。大針蜂の針は硬すぎてうちでは取り扱ってないから買い取れないね。子鬼はあるだけおいて行ってくれ、使い道はたくさんある。甲熊かい? こいつは驚いた。そうだね……わかった。うちで心当たりのある職人にあたってみよう。きっと立派な手甲を作ってくれるさ」
イエスマン参上。
きっと俺は首が上下するだけの人形だった。赤ベコである。
口出すまもなかった。まさにその道のプロといったところか。俺みたいな客はお手の物ってか。素材屋のおじいさんの話をまとめると小黒狼で防具、甲熊で手甲を作ってくれるらしい。以上。
手元に残ったのは鉢の針五十六本のみ。おじいさん曰く、専門の職人でなければ加工は不可能とのこと。つまり、しばらくは倉庫の肥やし。
防具屋に行く予定がなくなってしまったので俺は武器屋に来た。目的は当然陽鬼の槍、そして俺の手甲もだ。いくらオーダーメイドで手甲を作ってくれるとは言えやはり消耗品。武器はいくつあっても足りないのだ。
「そして、武器の善し悪しは全くわからない」
例によって店員さんに教えてもらおうと思ったのだが、何やら他の客と話し込んでいるようで話しかけづらい。しかし、先も言ったが俺は武器の善し悪しがわからない。
「銅貨百枚均一と七本の値段がバラバラの槍。七本の槍は同然銅貨百枚以上か」
掘り出し物が百均の中にあるか、それとも無難に高い七本の槍から選ぶか。
できれば陽鬼を召喚して素振りさせてやりたいが、また聞いてくることを忘れた俺のせいで召喚できない。陽鬼の俺に対する信用は地に落ちた。
「お客様様。何をお求めでしょうか?」
「おぼっあ!?」
突然話しかけられて制御できない何かが口から漏れた。振り返ればさっきの話し込んでいた店員が守護霊のように俺の背後に陣取っていた。
いつの間に接客が終わったのか先客は既にいない。
「えっと、槍をさがしてマス。ハンター仲間へのプレゼントで、身長150センチ位の」
「ふむふむ。お仲間への……予算はどれくらいのご予定で?」
「2000Eです」
「二千ですか。ふむふむ。プレゼント……150ですか。でしたらこちらの品をおすすめします」
店員が槍が飾ってあった壁から取り上げたのは、鉄製の柄に白銀に輝く穂が栄えるひと振りだった。見栄えは抜群だ。少なくとも素人目には。
「どうしてこれを?」
「一番はやはり体格ですね。150ほどとのことでしたのでそのことも吟味しますとこの程度の長さがベスト。比重を完璧に中心に合わせた職人自信の逸品です。穂の部分にはレアメタルをベースにミスリルを配合したもので、刺突のあとの抜きやすさが売りです。やはり魔物相手では突いたあと抜けにくいということが多いので初心者向け、というところもあります」
「なるほど」
要するに初心者向けの槍と。ちょうどいいんじゃないか?
《陽鬼:マスター。その槍、欲しい》
陽鬼も乗り気だ。なら、決まりだな。
「決めた。その槍をくれ。あと、手甲も欲しい。ああ、これは俺の分だ」
「手甲ですね。腕の方失礼します」
両手を差し出すと、ポケットから取り出したメジャーモドキで俺の腕を測る。測り終えれば店の奥に引っ込んでしまった。しかし、一分もしないうちに木箱を一つ抱えて戻ってきた。
「お客様のサイズであれば、コチラなどいかがでしょう」
そう言って店員が明けた木箱から焦げ茶色の物体が顔を出した。
おかしい。俺が頼んだのは手甲だったはずだ。しかし、店員が持ってきたものは似て非なるものだ。
「これは……グローブ?」
「はい。手甲となりますと破壊力も必要ですが、何より手の保護が第一です。そこでこちらのグローブには魔物の革のみを使用しました。おっと、勘違いするのは早いですよ? 使用した魔物の革は「迅刈るガルー」。この魔物の革は衝撃のとき硬質化する特性があります。普段はただのグローブですが戦闘時は一瞬で金属と遜色ない硬度の手甲に早変わり、ということです」
なる、ほど。一つで二度おいしいグローブというわけか。いや、手甲、グロー……篭手だな。色が焦げ茶色一色なのでデザイン的なところは微妙だが、機能が気にった。
一見防具に見えるが実は武器にもなる。かっこいいじゃないか。
「買う」
「ありがとうございます。槍と手甲あわせて4650Eのところ、4600Eで提供させていただきます」
50Eって微妙。だけど、手持ちが5000Eだからけっこうギリギリだったな。
そうそう、システムウィンドウに新しく財布機能が(無料で)追加されたのでお金の管理はそこでしている。やっぱり手荷物なしは身軽でいい。
「ほう、魔法使いの方でしたか。てっきり、いえ。詮索は無粋でしたな。またのご利用を」
と、勘違いされることはもう諦めた。そもそも昨日魔石を銀髪のお姉さんに売却した時点で後の祭りである。
「買い物終わっちゃたな」
所持金600E。魔石の在庫42個。ポイント610。
おお、ポイントと所持金がニアピン。
「いやいや、600は心許なさすぎる」
まだ魔石もあるけど補充したほうがいいな。一旦街をでて森で一狩り行くか。
**********
「陽鬼、そっち行ったぞ」
「ギィヤ!」
陽鬼の首を狙った一突きで子鬼は息絶える。
一旦ギルドに寄ってギルド側の出入り口を確認してから森にやってきた。ギルド側の門は俺の入ってきた側とは違い、森との距離が近く百メートルもなかった。ちなみにギルドではまだバカ騒ぎが続いていた。セルバック、嫌われすぎである。
「これでようやく十匹、神衣の索敵魔法を使ってこれか。もっと奥にいるんだろうか?」
前に遭遇した蜂の群れほどとは行かないまでも、もう少し数が欲しい。
「神衣、他に反応はあるか?」
《神衣:反応はありませんマスター。周囲二キロの範囲に魔物はいないようです》
神衣の探査魔法は周囲十キロを調べられるが、対して索敵魔法は二キロが限界らしい。
「う~ん。魔物が発見できないとなると、やっぱりクエストかなぁ」
せっかくにハンターになり、装備も整えたのに見事にお財布事情に気を取られてクエストをすっかり忘れていた。
代わりと言ってはなんだが陽鬼についてはしっかりと聞いてきた。
陽鬼や神衣のように人に付き従う魔物は従魔と呼ばれる。知性のある魔物を何らかの方法で従えることに成功したとき、その人は従魔使いと呼ばれるらしい。そして、俺は格闘家、魔法使い、従魔使いという三つの戦闘スタイルを持つ大型新人らしい。
「期待しててるね」と色気たっぷりに耳元で囁かれたときはミレイナさんに君付けで呼ばれたときと同等の破壊力があった。
《神衣:マスター、人が来ます。陽鬼に何か身につけさせるべきでは?》
「おっとそうだった。スカーフでいいかな?」
従魔には必ずひと目で分かる目印を身につけさせなければならない。首輪が一番らしいのだが、そんな窮屈なものをつけさせるつもりはない。普通に召喚で赤いスカーフを首に巻いておいた。一応女の子ということで赤かピンクだったんだが、女子のランドセルが赤だという印象が強かったので赤にした。
本人が満足しているようなので問題ない。
「やっぱり。カイト君!」
「ゴフッ」
《神衣:マスター、お気をたしかに》
神衣が纏ったローブ内部でひっそりと魔法で俺を治療してくれる。しかし、その心遣いに心痛むよ、神衣。俺別に怪我してないから。
「この人が姉さんが言っていた人?」
「そ。私達と同じ期待の新人カイト君」
目の前に現れたのは、ギルドで出会った俺の女神ミレイナさんと妹さんらしい女性。ミレイナさんと同じ青い髪を短く揃えている。女子の短くないショートヘヤーだ。クラスメイトの女子が「思い切ってショートにしてみたの~」と団欒しているところにハゲのクラスメイトが突撃していったのを覚えている。
最終的に二人は恋人になりました。解せぬ。
「初めまして。ギルド所属の魔法使い、ミーナです」
「もう知られてるみたいだけど、カイトです。本職は格闘家です。一応」
ミレイナさんを幼くしたらミーナさんになるんだろうな。ただ、ミレイナさんは美人だけどミーナさんは可愛い人だな。うん。二人揃うとアイドルユニットみたいだ。
「ところで、ふたりはどうしてここに? クエストでも受けたんですか」
「カイト君をパーティに誘いに来たの」
どうやらデートの誘いではないらしい。残念。
「パーティー?」
「パーティ。要するに一緒に仕事をしないかってこと。カイト君格闘家でしょ? 私とミーナは魔法使いだから前衛の君とは相性がいいし、従魔も入れて四人だからバランスもいいしね」
「……陽鬼も入れてか」
本人は少し離れたところで素振りに身を入れている。たった今来たメッセージによると、新しい槍の調子を確かめているらしい。俺はその様子に感心していたのだが―――。
「カイトさんの従魔、大丈夫ですか? 子鬼みたいですけど、さっきから槍を振り回して危ないですよ?」
と、ほかの人には暴走気味に見えるらしい。
「いや、あれは新しい槍の調子を確かめてるんだ。今日買ったばかりだから、慣れが必要らしい。武器を使わない俺にはよくわかんないけど」
「ちょ、ちょっとまって! カイト君わざわざ従魔に武器を買い与えたの?!」
とても驚いた様子のミレイナさんがすごい勢いで詰め寄ってきた。
―――いい匂い。
「うぇあい! な、何かへん、だった、かな?」
変な声が出た。しかし、受け答えはきちんとできた。
「姉さん落ち着いて。あのね、変ていうか、変わり者、かな? 従魔使いの人はあまりいないから参考にならないけど、大抵の人は、その、小間使いみたいな扱いをしているから。カイトさんみたいにお下がりとか、ガラクタじゃなくて新品の武器を買い与える人は多分だけど、いないの」
……使い捨て。ということか。なら俺の扱いが珍しいのも頷ける。
そもそも俺は対応がゲーム基準だからな。ゲームだと仲間に加わったメンバーの装備はプレイヤーが整えないといけないから、陽鬼に装備を買うことに抵抗がなかったのもそのせいだな。そもそも、遊ばせたりほって置けるほど陽鬼の戦力は馬鹿にならない。少なくとも俺と同等の強さだからな。
「そりゃね。少なくとも俺と同じくらいは強いから、俺からしたら従魔になったときは即戦力だったよ。単純に考えても二倍だしね」
「え、子鬼と互角?」
「そうそう。最初に会った時は危うく殺されるところだったんだけど……?」
なんだろう。ミーナさんの顔が申し訳なさそうに俯いていき、ミレイナさんは少し顔が引きつっている御様子。俺何か言ったかな? ……あ。
『少なくとも俺と同じくらいは強いから』
『子鬼と互角?』
ああ。まずいっすわ。