第六話
「中に入れない?」
「そうだ」
俺は今、城壁に囲まれた町の入場門で足止めを食らっていた。
ようやく魔物たちの巣くう森から脱出し、人里にこれたと思ったら、ここは王国が管理する戦争用の重要都市らしく、身分証明の提示ができない輩を入れるわけには行かないと言う。
せっかく陽鬼を控え室に入れて、神衣を身に纏い意気揚々と町に入ろうとしてこれだ。俺の気分は駄々下がりである。しかも、身分証明を手に入れるには領主の下まで行かねばならん。さらに、申請しても通るのに半月掛かり、なおかつ申請するにはその地の領民として五ヶ月過ごす必要がある。どこの時代遅れのRPGだ。最近は四天王全員倒さなくてもボスと戦えるんだぞ? 場合によっては四天王の一人くらいは仲間になるまである。
そこまでしてこの町に入る必要もないので、ここから徒歩三日ほどのところにある町、『ロスウェル』に行くことにした。門番の話だと俺と同じような人間が多いので一日に一本馬車が出ているらしい。ちなみに今日の分はすでに終了している。……こんな日が落ちる時刻ではそれも当然か。
「はぁ~。わかった、歩いていくよ」
「おいおい、街道を通っても魔物に襲われるぞ? 馬車には護衛に探索者も付く、今日はもう遅いし、明日まで待ったらどうだ。金を払えば宿舎に入れてやれる」
「はは、ありがたい話だけど、実はお金がないんだ。だからその話はちょっと難しいかな」
「は、はぁ? 文無しの癖に『ヤッカス』に入ろうとしてたのかよ。さてはお前、相当な田舎者だな? はぁ、困るんだよな、最近の地方領主は自分の領地の民にも身分証を発行しないもんだ。わかった、今回は俺が立て替えておいてやるよ」
「え、いいのか? どっからきたのかもわからないよそ者だぞ?」
「今回だけだ。それに、俺には人を見る目がある。だから俺はお前じゃなくて、俺を信じたんだよ。ほら、ついて来い」
そういうと代わりの門番にその場を任せた騎士は、俺を連れ立って街に入れてくれた。
そこは、まるで映画のワンシーンのようだった。よくファンタジーでは、中世ヨーロッパをモデルにした町並みで表現されているが、それも納得できる光景だった。
門は鉄製で巨人だって通れそうな大門。町全体を囲っている壁は、いくつもの岩のブロックを積み上げたもの。建物はレンガ造りだったり、木造だったり、果ては見たこともない真っ黒な金属の建物があった。
「その様子じゃ、周り見たことないものばっかりだろ? あっちは夕焼け亭、日が落ちるころから開く酒場だ。あっちのは看板みりゃわかるだろうが宿だな。今日は宿舎のほうに泊まってもらうから、今度正式な手続きで入ってきたときに使ってみな。そっちの黒い建物は魔道士協会のものでな、何でも魔力をとじめる性質の金属を使った建物だそうだ。まあ俺にはさっぱりだが」
順番に、丁寧に建物や町の説明をしてくれる姿は、どこか子供っぽく感じた。相槌と打ちながら、彼の話を聞く。すると伝わってくるのは、やはり、この町がすきなんだろうな、という気持ちだった。
「……結構子供っぽいんだな」
「うぐっ。すまん、しゃべりすぎたな。いつも同僚から注意されるんだが、どうにもやめられなくてな、この町を紹介することを」
「そうか? なんだか俺もこの町を好きになれそうだけどな」
「本当か?! なら将来はぜひこの町に住んでみてくれ。永住してくれたってかまわないぞ?」
「お、落ち着けよ」
「おっと、すまん。まあ、将来腰を据えたくなったら考えてくれ。と、ついたぞ。ここが宿舎だ」
曲がり角を行った先に見えてきたのは、要塞のような建物だった。
えっと、牢獄の間違いじゃ……?
三メートルはありそうな壁、そのてっぺんは短槍が所狭しと設置されている。その外側には水を張った堀。一つしかない入口は三名の騎士が見張っている。
鋭い眼光は、人の一人二人殺していそうだ。
「えっと、宿舎??」
「ん? ああ、この見た目だな? 身分を証明できるものがなく、この街に来てしまった人のために建てられたこの宿舎は半分牢屋の意味も持っていてな。なにせ身分が証明できないから、そのへんの宿に泊まらせるわけにもいかない。よその国の間者を招き入れてしまったとあっては大問題だからな。少々窮屈だが、明日の馬車の時間まではここで過ごしてもらうぞ。まあ、一日の我慢だ。不審な行動をとらなければしょっぴかれることもない」
「……ははっ」
乾いた笑みをギリギリ貼り付ける事しかできなかった。
つまりは犯罪者予備軍のような扱いなのね。
文句を言える立場ではいことはわかっているが、それでも物申したくなってしまう。
ぐっと喉まででかかった言葉をこらえ、代わりの言葉を用意した。
「ところで、俺が文無しってことはいったと思うけど、なんかお金を稼ぐ方法を知らないか?」
「そうだな……。残念だがこの街では人を雇うにも身分証明が必要なんだ。身分を信用できないお前じゃあこの街で働くことは難しい」
「……きびっしぃ。なあ、随分厳しくないか? いや、それで街の安全につながるなら文句はないんだが」
「まあ不満がないわけじゃない。極小数だが苦情も来ている。かと言って今の体制を崩すとなると、こんどは別のところに綻びができる。やるせないもんさ」
この人は結構おしゃべりというか、俺ではなく、自分の目とやらを相当信じているらしい。日本なら不審者で片付けられてしまう俺に、親切で街のことを教えてくれる。このファンタジー世界に来て初めて会った人が、この人で良かったと心底思う。
「さて、長話もここまでだ。受付で名前を書いてもらったあと、部屋に案内するからな」
「りょうかい」
牢獄、もとい宿舎に入るとき、門番の騎士から声を掛けられる事はなかった。声をかけられも困るのでありがたいのだが、無用心じゃないか? それとも、俺の付き添いをしてくれているこの人は、結構顔のしれた人なんだろうか。
「ばあさん、客が一人来てる。名簿を出してやってくれ」
「おや、珍しいね。セル坊がお見送りかい? これは丁寧に対応しないといけないねぇ」
マンションの管理人室によく似た窓口から顔を出したのは、髪の色が抜けしわくちゃのメガネをかけたおばあちゃんだった。この世界メガネあったのか。
「代金は俺が立て替えるから、夕食と朝食は出してあげて」
「おやおや、いたれりつくせりだねぇ。ということは……アレだね」
ゆったりと一度俺に視線を送り、面白そうに目を細めてからセル坊と呼ばれた彼に一枚の紙を手渡した。それを受け取った彼は、手で追いやるようにしておばあちゃんの言葉をあしらった。それを受けてますます面白そうに笑うおばあちゃんは窓の向こうに引っ込んでいった。
「たく、俺が来ると何かとからかってくるんだから。ほら、これに名前を書いてそこの投稿口に入れておいてくれ」
「ああ、ありがとう。随分と仲がいいようだけど、親戚とか親類の人なのか?」
「ん~。血は繋がってないが、死んだ婆さんの親友でな、孫がいないもんで俺を代わりにしてるのさ。まあ、小さい頃は随分と可愛がってもらったよ。いいばあちゃんだ」
つまりさっきまでのめんどくさそうな態度は照れ隠しだったわけだ。その証拠に顔がにやけている。ふむ、そこそこおばあちゃん子に育てられたらしいな。
紙を受け取って名前を書こうとして俺は戸惑った。文字をどうするか。
この世界の文字をまだ見たことがない。この紙も白紙で氏名覧のような表記もない。困ったぞ、いっそ漢字で書いてみるか?
「どうした? もしかして、字が書けないとか?」
「あ、いや、なんていうか、ほら! 書いたぞ!」
そう言って俺は漢字で記入した用紙をポストに突っ込んだ。
慌てて書いたのでかなり汚い。
「何を慌ててるんだ? えっと……そうそう、言い忘れていたが俺はセルバック・ジャランだ。苗字を持っているが平民だ。騎士の仕事をしている。で、お前は?」
「また唐突だな。カイトだ、俺も平民だよ。今は旅をしている。けどまあ、状況は知ってのとおりさ」
「ははは、そうだな、いくら旅人でも金がなければ話にならん。しかし、……」
「ん?」
陽気な表情から一点、こんどは深刻そうな顔を浮かべてブツブツ言いながら何かを考えているように見える。
うん、と納得、決意したように俺を見据えた。
「カイト、ものは相談なんだが」
「はあ」
「おまえ、ハンターズギルドに入ってみる気はないか?」
「ハンターズギルド?」
ニュアンス的にはハント、狩りをする集団のことだろうか?
「ああ、探索者の下位組織のようなものでな。仕事内容は主に、街の外に出現する魔物を狩ってくることだ」
なるほど。確かに俺が抜けてきた森は結構な数の魔物がいた。神衣のおかげで遭遇したのは二三匹程度の群れだったが、初めは十数匹の狼に襲われたし、五十以上の蜂とも戦った。それなら溢れたやつが街の周辺にも出てくるだろう。
「ん? 探索者の下位組織?」
つまり、ハンターズギルドは探索者ギルドの下請け業者のようなものなのか?
「ああ、探索者というのは迷宮の攻略を生業としている連中のことだ。探索者になるにはハンターランク10以上であることが義務付けられている。どちらも魔物を狩ることに変わりはないんだが、迷宮内部の魔物は外とレベルが違うため制限を設けたんだ」
「それがハンターランク10?」
「そうだ。まずハンターズギルドでハンター登録をしてランクを上げていく。そしてランクが10になると迷宮攻略のライセンス、探索者十級の資格が与えられる。ハンターランクが1~15なのに対して探索者は等級で表すんだ。下から十級、九級、八級、七級、最上位は一級だ」
なるほど? ふむふむ。なんとなくわかった。ハンターは外で狩りをして探索者は中で狩りをする。そしてそれぞれの格を表す階級表記がランクと等級なんだな。ハンターは1~15、探索者は十級~一級まで。そして、セルバックは俺にハンターズギルドへの加入を勧めている、と。
「どうして俺をギルドに? それに、この街では身分証明がないとダメなんだろう?」
「この街のギルドが人手不足なんというか、人手不足でな。それにそんな格好をしているんだ。当然魔法が使えるんだろ?」
俺の問いに対して、セルバックはあまり考えないで直ぐに返してきた。そういえば、言い出した時に少し考え事をしていたようだけど、もうその時には決めていたのか?
しかしまあ、初対面の俺に対して親切がすぎる。鈍い俺でも違和感を感じるレベルだ。かと言って、それを聞き出す話術ができるわけでもない。
「……まあ、俺としては願ってもない話だが」
「本当か?! だったら明日にでもギルドの方に登録に行こう!」
「あ、いや、待ってくれ!」
勝手に話を進めようとするのを止める。
嬉しそうな顔をするのはいいんだが、急に何なんだこいつは。随分と急かすな。
「どうしてそこまでハンターを勧める? 俺とお前は今日あったばかりで、俺はこの街からしたら不審者だろう?」
「と、そうだな。その説明をしていなかった」
ようやく、といった感じでセルバッくは落ち着いた表情をとりもどした。
どうやら俺に話しておかないといけないことがあるみたいだ。
「ハンターや探索者は身分証明が必要ないんだ」
「は?」
おかしな話だ。こんな牢屋もどきの宿舎を用意してまで不審者の侵入を警戒している街で証明書が必要ない?
「もちろん理由はある。まず、ハンターになるとき身分を問われない。殉職者が多いハンターズギルドは常に人材を欲している。そのため、いちいち人を選別していられないんだ。そしてハンターに発行されるハンターズカードは身分証としてこの効力を発揮する。ハンターズギルドのある街限定ではあるがな」
「ということは、ハンターカードがあればこの街に入ることができる。だけど元を正せば」
「そいつは不審者だ」
言葉を引き継いで俺の言いたかったことを代わりに述べた。
「過去にいくつか事例がある。ハンターズギルドに登録してこの街にやってきたそいつは、他国に間者だった。もちろんギルドからの制裁、謝罪はあった。だが根本的な解決にはならない。そこで新しくハンター専用の出入り口を設けそこにギルドを移転。ハンターの行動も制限している」
「じゃあ、さっき言っていた極小数の苦情っていうのは」
「ああ、ハンターからだ」
苦い顔を浮かべて彼はそういった。
命をかけて魔物を対しているハンターに対してこの街が不親切すぎるのか。しかし、街本来の意味を考えると今の情勢は覆しにくい。
なるほど。確かにあちらを立てればこちらが立たずだ。
「そして、俺が金銭を稼ぐ方法を探していた話をここでもってくるんだな?」
「ああ、ほかの街に比べるといくらか不便だが、お前が金を稼ぐのに最適な仕事だ。そして、馬車代金も稼ぐことが出来る」
「……はい?」
いま、なんて言った? 馬車の代金? はぁ?
「おいまて、馬車に乗るのに金がいるのか?」
「当然じゃないか。慈善事業じゃないんだ、ハンターを雇うにも金がかかる」
何ってるんだこいつ? みたいな目で俺をみて、口が笑っている。随分器用なことをしているが、こいつ、確・信・犯・か!
「おまえ! 俺がもしハンターにならないって言ったらどうするつもりだったんだ!」
「その時は不法侵入で逮捕だな」
「おま、本気か?」
「当然だろう? それに金を返すまで返さない。実際立て替えているだけだから、返してもらわないといけないからな」
そういった途端、言い表せない違和感をセルバックから感じた。
「……一つ、いいか」
「どうぞ」
「いつから騙していた?」
俺がそう言うと。隠そうともせずに、ニヤリ、と口角を釣り上げ、バカを見る目で俺を見下してきた。
「お前が話しかけてきたときだ。その時にはもう考えていたさ、お前をハンターにすることを。それは定期的に臨時収入が入り、お前は犯罪者にならないで済む。悪い話じゃないだろう?」
要するに、こいつは騎士ではなく、詐欺師だったわけだ。それもかなり悪質な。
悔しい思いよりも怒りが溢れ出てきた。今にもこいつのことを殴り飛ばしたい。
ギリギリと拳を握り締める。しかし、それ以上のことはできず、ポタポタを爪が皮膚を切り裂き血が滴り落ちる。
「それで、おまえ結局俺は一体いくらお前に返せばいんだ?」
「十万E。これに利息付きだ」
「踏み倒してもいいのか?」
血に濡れた拳を胸元まで持ってきて、セルバックの目を睨みつける。
「ところがどっこい。これを見な」
取り出したのは俺が書き込んだ名前用紙だ。訝しんでそれを見ると、だんだんと文字が浮かび上がってきた。俺の書いた漢字も含めてだ。
「私“カイト”は以上の規約を厳守することをここに誓うってね。……なんだこの字?」
「てめぇ」
そこに現れたのは、借用書の内容だ。字が読めないので何が書いてあるかまではわからないが、どうせ碌でもないことが書いてあるに違いない。
一瞬でセルバックに近づき拳を叩き込んだ。しかし、その拳は直前で止まった。
「な!」
「残念、契約魔法によって結ばれた内容は絶対だ。お前は俺を傷つけることはできない。そして、この契約書は、俺が死なない限り破くことも燃やすこともできないのさ」
はははは! とバカみたいに笑うセルバック。俺はそれを無視して外に歩き出した。
「何処へ行く?」
「ハンターズギルドだ。さっさと登録して来てやろうと思ってな」
「賢明な判断だな。通りを右にずっと進めばいいさ、最後の案内だ」
「ご丁寧にどうも」
俺はとっとと宿舎とやらをでた。無なくそ悪い話だ。外国人は現地人の食物にされるというが、まさにこのことだ。全く、見事に引っかかってしまった。
街を案内するときの優しい顔も演技だったってことだ。胸糞悪い。
「神衣、やれ」
《神衣:承知しました》
ふん、と鼻を鳴らして通りを進む。
神衣の索敵魔法は特定の相手にマーキングを付けることができる。そして、魔法は対象の位置が割れていれば距離に関係なく届かせることができる。まあ、理論上の話だ。街までの道中、暇だったので神衣から聞いた。そして、神衣は索敵魔法、天空魔法の二つが使える。あとは、わかるな? 一瞬光った宿舎の入口を一瞥して、俺はギルドに向かった。