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第五話


「グェッ」


「ギギィ」


 子鬼の繰り出した石突で胸部をド突かれた。たまらずカエルが潰れたような声が漏れ出る。しかし、ここで距離を取られてしまっては槍の間合いだ。肋骨に響く痛みを無視して懐に飛び込んだ。

 当然やつも、俺の間合いで戦うはずもなく、槍で牽制して必死に距離を取ろうとしている。穂が俺の髪を何本か持っていく代わりに、一発、顔面に拳を突き立ててやった。そのまま追撃に三、四発打ち込むが、どれも大きなダメージは与えられていない。


「もう一発!」


 左足を踏み込んで大ぶりの拳で隙を誘う。しかし、これを器用に石突を俺の拳に合わせて突き、浮いた体を利用して間合いを張り直した。追いすがろうにもそこは槍の間合い一歩手前、迂闊に近づくことができない。

 俺と子鬼の戦闘が始まって、もう何分、何十分経過したのかはわからない。俺とこいつは、互いに間合いの測り合いをずっとしている。

 なんとなく後一歩、いや、半歩進めるような気がする。

 槍は、剣や弓などに並ぶポピュラーな武器で、ゲームでも出てくる。しかし、所詮はゲーム、その強さも数値だよりでイマイチ伝わってこない。

 槍は怖い。素人+体術技能の俺がわかるのは、素早い突き攻撃と広い攻撃範囲のなぎ払いだ。

 とにかく俺の攻撃が当たらない。当然槍と徒手空拳では間合いから何から違う。そして必死に間合いに入っても、穂と石突から繰り出される連続の突きや、槍の長さを最大限使ったなぎ払いはかわしても大きな隙を生み、ならばと、なぎ払い直後を狙えば槍を棒高跳びのようにして逃げられた。

 どうにも動きが人間ぽくない。もちろん人間ではなく子鬼なのだが、ただ動きをトレースしただけのようには見えない。人間式と子鬼式のようか感じだろうか? それと、これは又聞きだが、槍は下から上に突くものらしい。歴史好きな友達が言っていたと、俺の友達が言っていた。これが本当だとするなら、状況はすこぶる悪い。なぜなら俺身長170センチに対して、子鬼の身長が150に届かない位なのだ。必然的に攻撃は下からやってくる。

 ……どうにも思考がネガティブになっている。現実をしっかり見ろ。俺の攻撃はキチンと通っているし、やつの攻撃はどれも気法と防御魔法で防いでいる。大きな怪我もダメージもない。それに、槍の突き方云々は昔の日本の昔話云々で、それこそ世界が違う。参考になりようがない。


「シッ!」


「ギュガガ」


 また俺の拳が通った。代わりに腹部に傷をもらったけどな。

 一進一退の攻防が続いている。しかし、どちらも決定打がない。気法の防御と防御魔法の重ねがけは強力だ、俺に大きなダメージを負わせることは難しいだろう。だが、俺がやつに大きなダメージを与えられないのはなぜだ? 攻撃は通っているのに手応えが弱い。


「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおら」


 その辺に落ちている石ころや木の枝を投擲した。

 凄まじい勢いで。

 子鬼は落ち着いた様子で槍の柄の中心を持つと、そこを中心に槍を回転させた。綺麗な円を残像で描いた盾は、俺の打ち出す投擲物をことごとく弾いていく。けれども、その全てを打ち落とすことはいくらなんでも不可能。ところどころ撃ち漏らした礫が、子鬼にコツンと命中した。

 その音が耳に入ってきた時点で俺は投擲をやめた。

 防御の必要が無くなった子鬼も、槍を回すことをやめた。


「……なるほど。どうにも変だと思った、どうして俺の攻撃がお前に効かないのか」


 悠々と俺は誰に話しかけるでもなく語りだす。そして、どういうわけか、子鬼が黙って俺の言葉に耳を傾けた。


「おかしいと思ったんだ。俺の体は気力で守られているのに、いくら刃だからって、そんな手入れもされていないなまくらで傷つけられるのはなぜなのか。俺の拳は気で強化されているのに俺の攻撃がどうにも、効いていないのはなぜなのか。子鬼、お前、俺と同じく気力の使い手だな? 魔物でありながら、気法を習得している、それがユニーク個体としてのお前の真の特性。槍はたまたま手に入れたにすぎないんだ」


 子鬼は動かなかった。

 俺も動かなかった。

 それでも、あたりに濃厚な気力が満ち始めていた。そして、俺の視界には、子鬼が身にまとう洗練された気力を見つけた。

 きっと、俺がにやけてしまうのと、子鬼が目を見開いたのは同じだった。


「ああ、ようやく見えたな。なるほど、気ってのは実力に差があると、わからなくなるんだな?」


 答えが帰ってくることなど期待していなかった。

 神衣は魔法使いだ。だから気力、気法について詳しくないといった。だから知らなかったのだろう。気力には体から流れ出る余剰分と自身に纏う二つがあることを。

 俺が子鬼から見取っていたのは、その流れ出ている余剰分だったのだ。俺の実力が足りなくて見ることができなかった。けれど、今ははっきりと見える。冷気のように体から溢れている気、身に張り付いた鎧のような気。


「というか、お前気力の制御(中)だったのかよ。そりゃ強いわけだ。……それを防ぐ防御魔法は、軽くチートだな」


 最後の方はぼそっと誰にも聞かれないように呟いた。


「ギギギュゥゥ」


「ははは、なんだ、めちゃくちゃ悔しそうな顔しやがって。ほんの数日前、雑魚だった俺が、もうお前と同じ領域にいることが気に食わないか? まあ、俺も十分チートだよな」


 成長速度強化(大)はやはり反則技だった。今日習得した気の制御が、たった半日でもう二段階上の(中)だ。その成長速度は尋常じゃない。もし(極)になったらどうなるのか逆に気になるね。


「さあ、子鬼、ようやく俺とお前は同じステージに立ったわけだ。喧嘩よろしくぶっ倒れた方の負けってことで、行くぜ!」


 軽快な動きで俺は飛び出した。

 子鬼が、すかさず槍で牽制を入れてくる。しかし、それを見切った俺は無駄のない動きでスイスイとかわしていく。

 どうやら体術も(中)になったようだ。

 

「おらぁ!」


 下からすくい上げるような一撃がきまった。ようやくまともな手応えが帰ってきた。

 子鬼がたまらす大きく飛んで距離を離した。

 口から血を垂らしながら親の敵を見るような目で俺を睨む。

 おそらく、あいつの槍術の熟練度は(小)だ。俺とさっきまで互角に打ち合っていたことがその証拠。そして、気の制御(中)と(小)で僅かに俺が劣っていた。だが、俺の気の制御が(中)になり、その差が埋まり、(中)になった体術がまた差を作った。

 こんどは俺のほうが数段上にいる。


「そらそらそら!」


「ギギギュル」


 俺とやつの被弾率は同じだった。しかし、今は一方的に子鬼が責め立てられている、

 俺の攻撃は通らず、やつの攻撃は俺に傷を負わせていた。しかし、今は互いに攻撃が通っている。

 攻撃が当たらないことが奴の余裕をなくし、この緊迫した状況が冷静な思考を鈍らせる。

 子鬼が繊細な動きができなくなり、だんだんと動きにムラが出始めた。そして致命的な隙を作る。


「開いた!」


 ついに堅牢な槍の構えが崩れた。

 こうを焦った子鬼が、思わず、反射的に、身に迫った俺に、槍ではなく腕を振るった。今まで両手で操ってきた槍を片手に持ち十分な操作が不能になり、腕を振るったことで開いた正面には拳を構えた俺がいる。絶好のチャンス。勢いよく左足を踏み込み、腰を落として、上半身をいっぱいに使って、防御を捨てた渾身の一撃。後先考えない全心全力の拳を、叩き込んだ。



**********



「うぁ?」


《神衣:マスター、気がつかれましたか》


 眼前に真っ黒なローブが迫っていた。


「うおぉぉぉぉぉ!? ぉぅ??」


《神衣:落ち着いてくださいマスター! 危険はありません》


 逃げるように距離を取った俺の前にシステムウィンドウが表示され、神衣の言葉を伝えてくる。正面にはオロオロと布のお化けが面白いようにうろたえていた。

 少しして、ようやくお化けが神衣だと認識できる程度に思考が回復した俺は、跪いている子鬼を見やった。

 俺に敗れて意気消沈、もしくはとっくに逃げるか神衣に焼かれていると思っていたが、視界の外でずっとこの体制のままでいるらしい。


「コイツどうしたいんだ? 俺に殺して欲しいとか?」


《神衣:私には分かりかねますが、マスターがお倒れになるとき、その特異な魔法が発動しておりました》


「これ?」


 そう言って神衣が示したのはシステムウィンドウだった。疑問に思い、画面を操作しようとしたとき、ウィンドウの上の方で文字が見切れていた。ちょいとスクロールしてやると、過去ログらしきものが出てくる。さっき神衣が発言した言葉がある。さらにスクロールしていくと、新たに文字が出てきた。


《子鬼が従属を申し出ています。承認しますか?》


「……従属ね」


《神衣:なるほど、そういうことでしたか》


 二人して納得しように頷くが、俺は心中穏やかではない。当然だろう。ついさっきまで死闘を繰り広げ、尚且つ、命を狙われたことのある相手だ。そうそう気を許すことはない。


「そういえば、なんで俺気絶してたんだ?」


《神衣:子鬼の仕業です。イタチの最後っ屁といったところでしょうか、マスターの一撃が此奴を仕留めたとき、無意識に槍を引き戻し、石突でマスターの頭部を突いたのです》


「じゃあ、神衣が俺の治療を?」


《神衣:恐れながら》


「そうか、ありがとな」


 さて、状況はわかった。

 問題はこいつの心境だ。一体どう言うつもりで俺に従属を申し出ているのか。一度は俺を殺そうとまでしているこいつがだ。何か悪いことでも考えているんじゃなかろうか。


《神衣:マスター何をそんなにお考えで?》


「いや、コイツどうしようかな、と」


《神衣:従属させてしまえば良いかと思いますが?》


「いや、だってさっきまで殺し会ったやつだぞ? もし寝首を掻かれたら嫌じゃないか」


《神衣:ああ、そういった心境でしたか。失礼ながら、相手は魔物、そこまで深く考えては行けません。龍種のように知恵を持つものならいざ知らず、魔物相手にそこまで思慮深くなられる必要はありません。おそらくですが、強いものに負けて、マスターをボスのようなものと考えているのでしょう》


「ああ、狼とか猿とか、あの習性か」


 なるほど、そう考えると不思議と違和感が消えていく。それなら深く考える必要はなかったな。


「よし、承認しよう。これからお前は俺の従者だ」


《承認されました。子鬼:no nameを従属します》


「ああ、やっぱりノーネームなのね。とりあえず仲間になったんだ、神衣、治癒してやって」


《神衣:かしこまりました》


 神衣が何かを子鬼に語りかけ、子鬼は立ち上がった。そして、キラキラとした光が子鬼を包み込む。あれが治癒魔法、じゃなかった、回帰魔法か。

 その間に子鬼の名前を考えよう。神衣は神様から取った、なら名前にはやっぱり「鬼」を入れるべきだろう。○鬼とか、鬼○とか。さて、ない頭を回転させろ。殺されてかけた相手でも、俺の従者だ。俺は身内には優しい男、変な名前はつけられない。……キラキラネームはありかな? ないよね、うん、言ってみただけ。しかし、どうするかな。とっかかりが掴めないぞ。神衣と違って鬼だけで十分特徴を表してるからな、合う文字が思いつかない。えっと、鬼、鬼、餓鬼、百鬼、赤鬼、青鬼、悪鬼、邪鬼、鬼神、鬼城、雷親父? 

 あ~ダメだ。なんにも思いつかない。

 ドサ、と俺は地面に寝転がった。

 鬼は妖怪の仲間だよな、妖怪、妖気、妖鬼! 違うな、発音はいいけど文字が気に入らない。……よう、よう、陽気? 陽鬼。う~ん、悪くはない、か。


「よし、きまった」


 立ち上がって陽鬼を見やる。既に治癒は終わり俺の前でまた跪いていた。なんか昔の武将っぽいな。


「お前の名前がきまった。陽鬼、お前は今日から陽鬼だ」


《ステータスが更新されました》


 陽鬼のステータスを出した。


<Status>

Name  : 陽鬼<youki>

Level  : 12

Race: 子鬼

Skill: 《気の制御(中)》《槍術(中)》《no》

<Characteristic>

《鬼の血族(微)》《剛力(微)》《覚醒種》


 うん、やっぱり気の制御(中)だったな。お、槍術が(中)になってる。最後っ屁とやらで成長したのかな? 

 鬼の血族、剛力、覚醒種か。覚醒種はきっとユニーク個体のことだろう。剛力は割愛。鬼の血族……。神の眷属といい、妙なのが集まってくるな。しかし、これは陽鬼だけのスキルなのか、子鬼全員が持っているスキルなのか……。でも(微)だしな。神衣でも(中)あったから、相当弱いな。成長は、するんだろうか。この項目は(熟練度)が表示されるモノとされないモノの二つがある。俺のシステムウィンドウや陽鬼の覚醒種のように。もしかしたらここの覧のスキルは成長しない可能性もある。あくまで可能性に過ぎないが。


「……考えてもわからないか。よし、神衣、街まで後どのくらいだ?」


《神衣:少々お待ちください。……七キロほどでしょう》


「そうか、まだ結構あるな。夜になる前に急ごう」


 もう日が傾き始めている。夕日、というにはまだ高いが、時間はない。


「陽鬼、俺はこれから町に向かう。もちろんお前にも一緒に来てもらうからな」


《陽鬼:マスター、了解》


「お、やっぱり子鬼も話せないのか。そうなるとこの機能は便利だな」


 槍を持って俺の後ろをついてくる。神衣は道案内に先行している。

 ……町に近づいていることは素直に嬉しい。しかし 町に入る前に考えておかないといけないことがある。神衣と陽鬼のことだ。二人、二体は俺に従属している。これはこの世界においてどの程度のものなんだろうか。普通なのか、珍しいのか、希少なのか、それがわからないうちにこいつらを連れて町に入るわけにはいかない。

 どうしたものかと悩む。ふと出しっぱなしだったメニューに、メッセージのマークが表示されている。点滅するそれをタップすると《新機能が開放されました》と表示された。画面が勝手に切り替わり、従者メニューが開かれ、その右下に《NEW》の文字が。


「控え室?」


 なになに、従属した魔物を収容できるシステムです。ポイントと交換で機能が開放され、制限なく従属した魔物を入れることができる、と。

 また随分と都合のいい機能が解放されたものである。しかし、一言、言わせて欲しい。その説明、ほかの機能にも欲しい、と。

 切実にそう思いながら「控え室」をタップする。そして、表れる忌々しい文字。


《200ポイントと交換で機能を開放しますか?》


「悪魔め」


《陽鬼:マスター、怒ってる?》


 俺の気の使い手ゆえか、漏れ出た怒りを感じ取った陽鬼が恐る恐るといった様子で顔を覗き見る。

 ……失礼ながら、そんな怖い顔で愛らしい動きをしても不気味なだけである。


「ああ、いや、怒ったわけじゃないんだ。なんというか、理不尽に嫌気がさしたというか、そんな感じだ」


 わからなかったのか首をかしげる。うん、可愛くない。

 とわいえ、この機能は非常に助かる。しかし、ポイントは大切にしたいので今のところは一枠だけ開放しておく。



「神衣、一つ質問なんだが、町に入る際俺がお前を身につけることは可能か?」


《神衣:可能です。街についたら自分から言うつもりでしたが、私はこのローブを寄り代としている身なので、ローブとして扱うことは可能です》


「そうなのか、了解した」


 それが分かればなおさら控え室は一枠で十分だ。200ポイント消費して解放する。


《承認されました。200ポイントと交換で控え室機能を解放します》


「よし、まずはこんなところだろう」


《陽鬼:マスター》


 早速陽鬼に試してもらうとしたら、陽鬼の方から話しかけてきた。


「どうした、陽鬼?」


《陽鬼:可愛い名前をつけてくれてありがとう》


「? えっと、可愛くて良かったのか」


《陽鬼:うん》


 まあ、本人が気に入っているならそれでいいんだが、いいのか、というか可愛いか?


《神衣:マスター》


「こんどは神衣か、なんだ」


《神衣:失礼ながら、陽鬼がメスだということは、ご存じで?》


「は?」


 時が止まった。

 全力で後ろに振り向く。突然振り返った俺に疑問を抱いたのか首をひねる陽鬼。非常に愛らしい動作なのだが、外見は子鬼である。

 こいつが、メス? つまりは、女?

 というか、性別あったのか。

 陽鬼には決して知られてはいけない秘密ができた瞬間だった。



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