第四話
「さて、これからの行動だけど、人のいるところを探してるんだ。知らないか?」
《神衣:残念ながら。私も探査魔法でお探ししますが、見つかるかどうか》
「そうか、気を落とさないでくれ。移動しながら魔法を発動して少しずつ探そう」
《神衣:了解しましたマスター。ところで、魔石を回収しないのでしょうか?》
「ああ、あれか」
神衣に促されるように足元に散らばる色とりどりの石に目をやる。
これらは魔石と呼ばれる魔力を含んだ石で、主に魔物の体内で生成される(神威曰く)。かなり貴重なものらしいのだが、残念ながら持ち運ぶ術がない。昨日、魔物をたくさん倒して手に入ったポイントで倉庫魔法を習得しようとも思ったが、1000ポイント消費してまで必要か? という疑問を抱いてしまい手付かず。というか、下位中位上位混性の全てが1000ポイントというのはどうなんだ? 下位魔法を習得したらとんでもなく損をしていることになるぞ!
「けど、金は必要だし、どうにかこうにか持っていきたいな。ああ倉庫みたいな機能ないのかこのメニュー」
《倉庫メニューを表示します》
「あったよ。マジ都合いいな」
開いた倉庫メニューには鍵が掛かっていた。タップしてみると、《100ポイントと交換で機能を開放しますか?》といつもの通知が出た。100ポイントで倉庫が手に入るなら安物だと承認した。そうして出てきたのは、MMORPGでよくある倉庫システムとそっくりなやつだった。横に五マスならんで縦に二マス、計十マス。足元の魔石を拾って画面に落とすと魔石が消え、代わりに一マスに紫色のマークが表示され、重なるように1/10と書いてある。
ふむ。まあ、倉庫だな。一マスの容量は十、入る種類が十、十種×十個の倉庫ってわけか。しかし、その下には鍵のマークがズラッと続いている。タップしてみると《100ポイントと交換で倉庫を拡張しますか?》と表示された。どうやら十マス開放する事に100ポイント必要になるみたいだ。そして、下ではなくマスの横に容量と書かれたところをタップすると、こんどは《100ポイントと交換で倉庫を追加しますか?》と表示された。試しに100ポイントと交換で追加してみると、1/10の文字が1/20に変わっていた。
まとめると、拡張することで倉庫に入る種類が十マス増え、追加することで容量が十個増えるということになる。
ぱぱぱっと試しに蜂の魔石を二十個放り込み、二十一個めを入れようとすると隣のマスに新たに紫色のマークが表示され1/20になった。つまり、容量がいっぱいになると、新しく一マス消費するということか。
「神衣、周辺の警戒をして、魔物が近づいてきたら教えてくれ」
《神衣:承知しました》
神衣に周辺の警戒を頼んで俺は落ちている魔石を拾って倉庫に詰めていった。
結果、魔石の合計は九十一個。つまり、俺は魔物を九十一匹倒したことになる。……いや、あの熊が結構殺していたからそうでもないか。
神衣が見張りをしている間に俺にはコイツの機能を調べることにした。こいつには振り回されっぱなしだから、いい加減きちんと機能を知っておく必要がある。
倉庫メニューのウィンドウを閉じて、デスクトップのような画面を見る。アプリケーションのようなものはなく、代わりにスタートボタンがあった。そこをタップすると、機能の一覧表が出てきた。
交換メニュー、召喚メニュー、技能メニュー、魔法メニュー、スキルメニュー、従者メニュー、倉庫メニュー、所有者メニュー……所有者メニュー?
間違いなく重要な機能だ。俺は所有者メニューをタップした。どうてもいいけど、パソコンより、タブレットに近いな。
表示されたのは俺のステータスだった。
<Status>
Name : 片山海斗<katayama kaito>
Level : 12
Race: 人族
Skill: 《防御魔法(小)》《体術(小)》《no》《no》《no》
<Characteristic>
《システムウィンドウ》《異世界の放流者》《情緒不安定(笑)》《成長速度強化(大)》
ふむ。情緒不安定(笑)は無視して、システムウィンドウはこいつだな、異世界の放流者、俺はあっちから放り出されたってことか。しかし、それなら異世界からの放流者のほうが『らしい』と思うけどな。成長速度強化は経験値取得ボーナスみたいなものと仮定して、防御魔法と体術はまんまだな。俺がポイントと交換で手に入れた……スキル? あれ、技能とスキルって違いあるのか? 技能を英語に訳したのがスキルじゃなかったか?
スキルメニューをタップしてみる。……なるほど、スキルは魔法と技能両方をカバーしているのか。だからステータスにも技能じゃなくてスキルって書いてるわけだ。
で、だ。
このステータス表記が正しければ、俺はあと三つしかスキルを習得できないということになる。だけど、神依は魔法使いと言うスキルを持ち、魔法を三種使えるといった。これは魔法使いが魔法限定でスキルの空きを作っているんじゃないか? スキルの熟練度が微→小→中→大→極の五段階で示される。魔法使いは三段目の中、使える魔法の数も三つ。
魔法使いは魔法を五つまで保有するスキルというわけだ。例えばの話、魔法使いのスキルを五つ手に入れれば二十五個の魔法を使えるようになるということか。
とはいえ、心もとないステータスだ。神衣の万能感と比べるとなおさらそう思う。魔法使いと魔力を回復するスキルに魔法を習得しやすくなるスキル、完璧だ。俺もそれっぽくスキルを習得したい。しかし、習得するとして、なんのスキルを習得する? 魔法か? 技能か? 現状を考えれば技能だろう。良くも悪くも神衣がいれば魔法に関することは事欠かない。ならば、俺が習得するべきなのは技能だろう。そして、技能一覧を流し読みしていると、良さそうなのを見つけた。「気力の開放」。漫画でよくある霊力とかチャクラとか精神力と呼ばれるやつだと思う。総じて身体能力を強化することができたはずだ。
《100ポイントと交換で気力の開放を習得しますか?》
もちろん承認する。
《承認されました。100ポイントと交換で気力の開放を習得します》
「うおっ」
突然体の中から何かが溢れてきた。これが「気力」なのか? ステータスを見ようと画面に視線を戻すと、気力の開放の文字が薄くなり、隣に「気力の制御」と言う新しい技能が出現していた。
《神衣:マスター!》
「わっ、びっくりした。どうした神衣? 敵か」
《神衣:マスター、早く気力をお納めください。そんな速さで放出していては死んでします!》
「え、マジで?」
慌てて気力の制御の技能を習得する。こんどは500ポイント消費した。
体から抜け出ていく気を感じ取れるようになり、必死で押さえ込んだ。するとあっさり放出は止まり、体を覆うようにまとまった。
「あぶねぇ、せっかく生き残ったのに死ぬところだった」
《神衣:マスター、こんなわずかな時間で気力を習得なさるとは称賛に値しますが、お気をつけてください、。無知はときに人を殺します》
「ああ、耳が痛いな、本当に助かったよ」
運動はしていないのに急激に疲れた。これが気力の放出か、確かに危なかったな。
自分のステータスを表示させると、スキル覧が一つ埋まり、気力の制御(微)になっていた。
気を抜くと直ぐに制御から外れてしまうので、しばらく座禅を組んだ。定番だが、これが意外と集中できる。そうやって気の制御に集中していると、周囲の気配を感じ取れるようになった。ステータスを確認すれば(小)になっている。これが成長速度強化の力か、すごいな。
《神衣:素晴らしい。やはりマスターは並々ならぬお方のようです。魔法も気法も、習得には一年かかると言われていますが、たった今習得なされてしまいました》
「ん? ああ、まあ。……そんなにすごいの?」
《神衣:魔力と気力の両方を扱える者は少なく、魔法を使い、気法を習得したものはおそらく存在しません。マスターは防御魔法という上位魔法と、感知気法という中位気法を習得されました。これは天才にも不可能です》
「ほうほう。ん? 気法? なんだ、また新しい単語が出てきたな」
《神衣:気法とは、気力を扱う技術のことをさします。魔力を使う魔法と原理は同じですか、扱い方が全く違うため、魔法使いは気法を習得しません。気力とは先ほどマスターが放出されていたもののことです。全て放出して空になると死んでしまうため、生命力と言う場合もあります。そして、その気力を操作し、扱う技術を気法といいます。私は魔法使いなので、気法についてさほど詳しくはありませんが、マスターが習得されたのは感知気法と呼ばれる周囲の気を感じ取る気法です。私の索敵魔法と似たところがありますが、実際には全く異なります。索敵魔法は周囲の生命反応を感知する魔法で、その強さ、形といった詳しいことはわかりません。対して感知気法は周囲の気を感じ取ります。これは索敵魔法ほど範囲は広くなりませんが、対象の気力の大きさ、形を読み取ることができます》
「ふ、ふむ。なるほど……」
イマイチわかりづらいが、あれだ、「む、何奴!」がリヤルでできるってことでいいか。
俺は詳しく理解することを放棄した。
「気力の操作はこれで最低限問題ない。魔物を倒しながら移動しよう」
《神衣:承知しました。あちらに三匹の魔物を発見しました》
「よし、まずはそいつらからだな」
神衣の指し示す方に俺たちは出発した。
**********
「右ストレート!」
「ギュギィ」
子鬼が吹き飛んで気に激突した。
どうにも体の調子がいい。攻撃力も上がっている。体の動きが昨日と段違いだ。これが体術(小)と気の制御(小)の効果なんだろうか。
「せい!」
「ギュガッ」
背後から俺を狙っていた子鬼の首を回し蹴りで刈り取る。
感知気法とやらのおかげで不意打ちに強くなった。背後の敵の動きがなんとなく読める。
「ふう。よし、魔物をボックスにつめるか」
川辺の魔物の死骸も回収した。
神衣の提案だ。なんでも、魔物の素材も魔石と同じく売れるらしいので、持っていくことにした。なので、倉庫の容量を三十種×三十個まで拡張、追加をした。消費ポイントは300、これで倉庫に使ったポイントは合計で500ポイント。倉庫の魔法を覚えるよりも安上がりだ。
倉庫魔法の方が後々のことを考えると便利だとか、最終的には倉庫の方が出費が多いとか、後になって気づいたけどもう後の祭りだ。心の中で泣いた。
「よし、次だな。どんどん行こう!」
《神衣:マスター、あちらに一体の魔物がいます》
出発してから早数時間、神衣の索敵魔法は完璧だった。練度が低いと数を読み違えたりすることもあるらしいが、今のところ百発百中である。魔法適正(極)は伊達ではない。
「お、見えてきた。亀みたいな魔物だな」
まだ見えているのは木々だけで魔物の姿は見当たらない。俺が見つけたのは感知気法による魔物の気力だ。魔物の癖に気力を発しているのかという疑問だが、気力は生物なら全てが持っているものらしい。だから魔物も例外ではない。
「かなり硬そうだな。行けるか?」
《神衣:マスターであればこの森に生息している魔物は驚異足りえません》
「そう、か」
神衣の言葉で一匹の子鬼を思い出した。
見えない突き、洗練された動き。あいつは子鬼の中でも別格だった。何体か子鬼と遭遇し、さっきも二匹仕留めたが、そのどれもが棍棒を振り回し、時には素手で襲いかかってきた。神衣によれば、子鬼は本来素手で戦う魔物だが、人が剣などの武器を使うのをみて真似をするらしい。棍棒を使うのはそこから起因する。試しに槍を使う子鬼がいるのか聞いてみたが、精々だ混紡の延長だと答えた。
あの子鬼はやはり特殊な存在のようだ。槍を技術を持って扱う子鬼、恐ろしく強い。
「コイツ、動きとろすぎだろ」
《神衣:撃亀はその甲羅の硬さから天敵が存在しません。故に逃げる必要がないのです》
「ふーん」
コンコンと叩いてやればシュンと甲羅の中に引っ込んでしまった。
正直なところ怖くて仕方ないが、この甲羅を拳で壊さなければならない。失敗したときを考えてはいけない。考えてはいけない。いけない。……ブルブル。
「えっと、神衣、焼いてあげなさい」
別に逃げてないよ? 神衣が倒したときポイントがどうなるか気になるだけだよ、ホントだよ?
ポウ。と強烈な輝きを亀が発すると、そこに亀はいなかった。
……地面にうっすらと焦げ跡が残っている。えっと、天空魔法って、光の速さで敵を焼く魔法なのかな??
神衣が敵じゃなくてマジ良かった。
神衣が倒した魔物のポイントが俺に入っているのかを確認するためにシステムウィンドウを開いた。すると、亀の分50ポイントきっちり獲得していた。これなら集団戦闘になってもポイントのことを気にすることなく戦えるな。
もしも1000ポイントくれる魔物を神衣に殺されてポイントをゲットできなかったら、悔しくて死んでしまう。
「どうだ神衣、そろそろ町か人を見つけたか?」
《神衣:索敵魔法に人の反応はありませんマスター。探査魔法による地形探査でも、街を未だ感知できません。私の探査魔法の距離は十キロメートルですが、その範囲には存在しないようです》
「そうか、街までまだまだかかりそうだな」
歩きを進める。
森の中を歩く行為は大変で、体力を多大に消費する。理由はいくつも考えられるが、一番はやはり足場の悪さだろう。普段塗装されている道を歩いてる現代人ほどそれは顕著に表れる。不慣れだ、というより、普段使わない筋肉を使っていることが疲労の原因だろう。
「ぜぇ、ぜぇ」
通算三日目、未だ森の中を歩く行為になれない。ただ、これはもともと運動不足だったということもある。体術を習得し、気法を学んだが、ぶっ通しで数時間森を歩くのはさすがに疲れる。
《神衣:マスター、探査魔法に反応がありました。ここから北の方角に進むと街があるようです》
街の反応。今見つけたということはあと十キロも進めば街につくということか。これは朗報だ。さっさと街について宿で休みたい。
《神衣:前方に魔物の反応があります。数は一体》
「りょうか~い」
かなり気が緩んできた。周辺に苦戦するような魔物はいないし、こっちには神衣がいる。最悪神衣に対処してもらえば負けはしない。止めに街を発見したときた、ここまでお膳立てされて、気を引き締めろという方が難しい。
トボトボと足を進めると、だんだんシルエットが見えてきた。あれは子鬼だな、しかも聞いた通り一匹だけ。障害にもならない。
ようやく肉眼で確認できる距離まできて俺は神衣に告げた。
「神衣、手を出すなよ。おまえはここにいろ」
《神衣:承知しました。しかし、マスター。子鬼程度、戦闘が終わるのを待つ間でもないのでは?》
「わかってないな、神衣。俺は今、なんて命令した?」
きっと俺は、獰猛な笑みを浮かべていたに違いない。もともと男というのは負けず嫌いなのだ。敗北したまま逃げることはあってはならない
《神衣:承知しました》
俺は駆け出した。距離は百メートルもなかった。今の俺ならオリンピックだって狙える。しかも森の中でこの速度だ。金メダルは頂きだね。
「よおぉ、子鬼。覚えてるか、俺のこと」
「ギィギュィ」
ガリガリの手足に角の生えた頭。緑色のが若干ほかの個体よりも濃く、それでいて体格も一回り大きい。下品な畜生とは違う真正な佇まいと、抱えた一本の槍。
どういうわけか血痕はないが、見覚えが有る。死の恐怖とともに焼き付いたあの槍を、俺の本能が覚えている。ガタガタと震える足を叱咤して、俺は吠えた。
「会いたかったぜ、子鬼ぃ!!」
一足で子鬼との距離を詰めた。顔面めがけて打ち込んだ俺の右ストレートを首をひねってかわされた。
これだ。このほかの子鬼とは違う洗練された動き。こいつは通常の個体じゃない!
《神衣:魔物は、時にユニークと呼ばれる特殊な個体が生まれることがあります》
道中、依然出会った槍の子鬼のことが気になって、特異な魔物について神衣に質問した。その答えはユニークと呼ばれる強化個体だった。
《神衣:ユニークと呼ばれるそれは、記録上同じ個体は存在しません。ボスと呼ばれる上位種ではなく、突然変異で出現した変異種なのです。曰く、二足歩行の狼をみた。曰く、空を飛ぶ狼をみた。曰く火を吹く狼をみた。このどれもが仙鋼狼と呼ばれる魔物と同一の個体でありながら、生物として矛盾した魔物になりました。これらユニーク個体は通常の個体の十倍の強さを誇ると言われていますが、存在が確認されると討伐部隊が組まれ、即座に討伐されるうえ。数も少なく、検証ができないため定かではありません》
かわされた右手を大きく振って抱え込むように子鬼の背に手を伸ばす。しかし、直前で左から槍に殴打され、俺は二、三メートの距離を開けられた。
直ぐに体制を整えて拳を構えた。既にやつも槍の穂先を俺に定めている。
《神衣:ユニーク個体に共通することは生物として矛盾する行動を取ること。しかし、姿形が変わることはありません。そして、ユニーク個体はなぜか同族狩りをします。理由は不明です》
初めて俺が倒した子鬼は一匹だった。
神衣とあってから戦った子鬼は必ず二匹以上で行動していた。
俺がコイツと出会ったのは二日目の朝。一匹目の子鬼を倒した場所からは離れていたが、
おそらく偶然じゃなかった。俺が殺した子鬼は、こいつから逃げてきたんだ。だからあんなに必死こいて走っていた。俺を狙っていたわけじゃなかったんだ。まあ、結局俺に殺されてるから結果から見れば同じだけどな。
なるほど、同族殺し。初めて会ったときに槍についていた血は子鬼のものだったわけだ。
「魔物同士のいざこざとか、どうでもいいけど」
眼前に槍が迫っていた。直撃コースだ。しかし、俺はそれをあっさりとかわした。
前に頬を裂かれた攻撃。あの時は全く見えなかったが、今回ははっきりと見えた。俺が強くなっている証拠だ。
「すぅ~、はぁ~。さてと、この森を抜ける思い出にお前をぶっ飛ばしていくぞ」