第二話
初日だけの連続投稿二話目です。
夜が明けて異世界二日目。目を開けると視界いっぱいに木々が映る、寝ぼけた頭が少しだけフリーズして再起動をかける必要があった。
受けいれたわけではない。当然納得などしない。しかし、理解しなければ俺は死ぬ。
俺の周辺には獣の爪のあとがたくさんあった。特に多いのは障壁周辺だ。おそらく俺を見つけた野生動物が俺を食べようとして障壁に阻まれ、八つ当たりに周囲へ暴力をふるったのだろう。そんな中ぐっすり眠ていた俺はかなり危機感が足りない。
「しっかし、防御魔法だけじゃ危ないよな」
周辺に血痕がない。防御力が攻撃力を超えていてダメージが跳ね返る……ようなことを期待していたが無理らしい。となると戦う必要が出てきたか。
ガシガシと頭をかく。随分と物騒な思考をするものだ。どうやら思っていた以上に俺は好戦的だったらしい。
「まずは飯か、えっと、無難商店の卵サンド」
正確な商品名を告げる。多少曖昧な表現だが、サンドイッチが欲しいといって、サンドイッチ伯爵が出てきては困る。
俺は当然のように食品が出てくるのを待った。昨日のことできちんと学習したのだ、また同じ失敗はしたくなかった。しかし、待てど暮らせどウィンドウが出てくることはなかった。
「……召喚メニュー」
ポイントと交換可能なモノの一覧、その食品の項目をタップする。果たして、開かれたそのページには、《パン》、その一項目しか存在しなかった。
震える指を動かして《パン》をタップする。現れた承認画面は殴るように拳を叩きつけて承認の意を示した。ほどなく、ボト、と足元に給食で見るようなコッペパンが現れた。それを拾って軽く砂を払い、一口かじる。……まあ、うん、コッペパンの味がした。見た目通りで助かった。しかし、そうなると困ったことが一つ、俺はこれから朝、昼、晩の三食をコッペパンで過ごすということになる。……冗談だろう? 誰かそう言ってくれ。
「うぅぅぅぅぉおぉぉぉおぉぉおぉおぉぉぉぉぉぉお」
不気味な声があたりに響く。
一体俺が何をしたと言うんだ。目が覚めると森の中、突然のサバイバル、謎の生物子鬼、そして、食料はコッペパンオンリー。
俺の気分は過去最低まで落ち込んだ。復活するまで時間が欲しいです。
――――ガサ
スッと顔を上げる。早くも俺の体がこの状況になれたからこその反応―――――ではない。ただ物音にビビっただけであある。
怯えを顔には出さないように気を引き締めて物音の原因である茂みを見つめる。ガサガサと音を立てて出てきたのはまたしても子鬼だった。そのガリガリの体を見て、俺は少なからず安堵していた。昨日偶然でも倒せてしまったこともその気持ちを助長させていた。
「さて、逃げるか」
恐怖を感じないだけで俺がコイツより強いわけではない。昨日みたいに逃げてそのままフェイドアウトか、こけてくれればまた棍棒で滅多打ちだ、な……?
俺は昨日の子鬼との違いに気がついた。姿ではない、僅かに昨日の個体よりも大柄なきもするがそこは誤差でいいだろう。問題はその武器だ。その子鬼が持っているのは棍棒ではなかった。槍だ。
「ギャギャッ」
鉄の槍を俺に向ける。
無骨な棍棒とは違う、素人目にもわかる鍛えたれた武器だ。その血に濡れた鋒が俺の目を釘付けにした。―――――こいつは、生き物を殺してやがる!
どうする? ジリジリと後ずさる。子鬼はまだ距離を詰めてこない。このまま後ろにはして逃げられるか……。いや、動物は視線を逸らした方の負けだ。昨日は咄嗟に逃げてしまったが、熊と遭遇したときは目を晒さずに後ずさった方が追ってこないと聞く。それがこの子鬼にも効くんじゃないか?
一歩目、後ろに下がる。子鬼に変化はない。
二歩目、後ろに下がる。子鬼に変化はない。
三歩目、後ろに下がる。―――動いた。
よりにもよって槍を握り直した。
やる気まんまんらしい、冗談ではない。こちとら武術なんて学んだことはない。
四歩目を後ろに引いたところで風が俺の頬を撫でた。
「えっ」
「ギュギガガ」
パックリと右の頬が裂けてドッと血が溢れてくる。
「シールドぉぉ!!」
「ギュアァァ」
とっさだった。頭で考えている暇なんてない。
デタラメに発動した防御魔法は、俺の左肩を狙った槍の矛先を受け止めた。俺の魔法を見て子鬼は後ろに下がった。
距離は開いたが全く安心できない。俺はこいつから目を離さなかった、なのにいつの間にか目の前にいて殺されかけた。初撃を外したのは偶然か、いたぶっているのか。どっちにしろ助かった。
ジメッと肩から濡れたような不快な感覚がした。血が肩の布を濡らしているのだろう、最悪だ。こんなに血の匂いをさせていたのでは餌同然ではないか。
「ギュアギュギュ」
「……シールド・スフィア」
昨晩、魔法についてわかったことがある。ゲームのように決まった形と技名がなく、自身のイメージとそれに合わせた合言葉で魔法が発動する。一度イメージと合言葉を決めるとあとは合言葉だけで発動する。合言葉が呪文の扱いになるのか。
シールド・スフィアは言葉通り、イメージ通りの捻りのない魔法だ。俺を中心に球体のシールドを張ったにすぎない。
昨日の夜に張った障壁が魔法として確立した。
「ギュギュァ」
「うおっ!」
突然正面で光が弾けた。またしても見えない突きが障壁と衝突した。今度は俺の顔を狙ったような位置だった。防御魔法を張っているから無意味だと気づいてもいいはずなのに、何度も何度も付きを繰り出してくる。
さすがに目がチカチカしてきた。
俺はその場を逃げ出した。
シールド・スフィアのおかげで後ろを気にせず走ることが出来る。
どういうわけか後ろからシールドを突く音は聞こえてこず、俺は一目散に逃げ出した。
「はぁ、はぁ、はぁ」
森の中を走ることは一日二日でなれるものでもなく、急激に体力を奪われていく。足場が悪いところで強化訓練をしたと言っていた陸上部の友達の言葉を思い出した。
息が切れる。肺が痛い。必死になって逃げるを体現していた。
「げぇ、げほっ、あぁ、はぁ、はぁ、はぁ。水筒の中に水を召喚」
《20ポイントと交換で水を召喚します。よろしいですか?》
「承認」
瞬間、腰に引っさげている水筒の重量が増した。使いづらいが、応用は効く。
水筒の飲み口にしゃぶりつく。ゴクゴクと喉を潤して残りを頭からかぶった。全く冷たくない水でもないよりましだった。
冷たくない水で頭を冷やすというのも新鮮だったが、どうにか正常な思考に最適化させていく。地面に腰を下ろして立てた膝に顔をうずめた。
考えろ。
やつは昨日みた子鬼と同じ種族だ。少しばかり大きかったが、精々五~十センチ程度。違いは武器、混紡と槍、あとは……強さ、か。
空を仰ぎ見る。
動きを目で追うことができなかった。魔法だろうか? 確か移動魔法、加速魔法、強化魔法と種類だけならたくさんあったが、呪文を唱えているようには見えなかったし、聞こえても来なかった。
正面に流れる川を見つけた。
高揚感はない。達成感もない。俺は飢えの危機からは救われたが、身の危険が迫っている。あの子鬼、やつを倒さなければ俺に未来はない。
「あの槍、槍使いか。全部の子鬼がそうだとしたらおしまいだな」
あの個体が特別だと思いたいが、まだ遭遇した子鬼が二体なのでどちらとも断言できない。
「槍か、俺も剣術でも使えれば何とかなったのか?」
《750ポイントと交換で剣術を習得します。承認しますか?》
……は?
ガバッと俺は立ち上がった。正面に見えるのはあの画面とウィンドウ。そこには剣術と表記されている。
「剣術……使えるのか?」
剣術、確か召喚メニューにはなかった。魔法もそうだが、項目、分類が違うのか? ポイントと交換で手に入る……交換?
「交換メニューを表示」
《交換メニュー一覧を表示します。以降は「メニュー」でこのウィンドウを表示します》
画面に表示されたのは召喚メニューの延長線のようなもだった。魔法と技能の項目が追加されている。
黙々と読み進めていくと、技能は魔法と似たり寄ったりだった。その数が異様に多い。
剣術、斧術、槍術、棍術と武器に関するモノは全て記載されているように見える。しかし、針術とはなんだ、こっちの裁縫とは違うのか……。
とはいえ、奇抜な技能を習得しても十全に使いこなす前に死んでしまう。ここは、ある程度理解のあるものを習得しておくべきだ。となると、必然的に数は絞られてくる。
俺が身に付けるべきなのは剣術、体術、射撃、投擲あたりか。
射撃と投擲は消費が激しいから今は却下。
剣術と体術だが、剣術を習得した場合剣が必要になるが、体術は武器を必要としない。……必要としないが、斬撃と打撃はどちらがより効果的だ? ポイントだけ見れば体術を推奨したい。剣は長い目で見ると消耗品になるし、俺は手入れの仕方も知らない。……やはりここは体術を習得するか。
そうと決まれば早速体術とポイントを交換する。
《750ポイント交換で体術を習得します。承認しますか?》
「承認する」
《承認されました。750ポイントと交換で体術を習得します》
画面が消えると、なんとなく体が軽くなったような感覚がした。きっとこれが体術を習得したということなのだろう。
「よっし、状況確認」
軽く準備運動をする。そこでさっきまでの疲労がかなり和らいでいることに気がついた。これも体術を習得した恩恵なのだろうか? 不思議に思いながらの、今はこの場合においては好都合だ。少しづつ体を慣らしていって、魔物を倒してポイントを貯める。当面の目標としては妥当なところだ。
準備運動を終わらせると、ひとまず俺は走り出した。特に何か考えがあったわけではない。ただ、この場所を絶対に忘れないようにして俺は走った。
もう三度目になる疾走がだ、過去二回よりも断然走りやすかった。どうやら体術は体の体幹を整えたり、鍛えたりするオプションも付いているようだ。きっと剣術や槍術も少なからず体幹の補正をしてくれるに違いない。
剣術も槍術も体術も、アレらは全て戦う技術だ。たとえ街中でも、草原でも、森の中でも、戦場では言い訳は通じない。だからきっと、この走りやすく、軽く、力に満ち溢れた体は、体術の恩恵なのだ!
「グフッ」
俺は頭から地面に突っ込んだ。……調子に乗りすぎたようだ。
立ち上がってパッパと土を叩く。後ろを振り返って場所を確認する。あの水は貴重な資源だ、自分の位置をしっかりと確認して見失わないように気を付けないと。
「グルルゥ」
「さっそく出てきたな」
真っ黒な狼が現れた。
ギラギラとした目を俺に向けて、口から除く牙は俺の細腕くらい簡単に食いちぎってしまいそうだ。
俺は拳を構える、ファイティングポーズだ。四足動物に格闘技がどこまで通じるのかはわからない。しかし、だからといって逃げ出すわけにも行かない。
「行くぞ犬畜生が!!」
「ガルッル!!」
俺罵倒が通じるわけはないが、俺が飛び出すのに遅れて黒狼も俺に飛びかかってきた。
首を狙って飛んできた牙を半身になってかわし、追撃の爪は左手で外から抑えるようにして弾いた。
振り返って相手の体制が整う前に追撃する。拳を決めるには少々位置が下すぎるか。
四足歩行の狼の高さは俺の腰ほどしかない。上から叩きつけるように殴りつけるよりももっと効果的な攻撃がある。
「オラァ!」
「キャヒン」
右側の牙を何本かへし折れて、犬のような悲鳴を上げて黒狼は吹き飛んだ。遠心力がたっぷり乗った振り返りざまの蹴りは、想像以上の威力を発揮してくれた。
口から血を流しながら、その目から敵意は消えていない。グルル、と俺を威嚇しながら隙を伺う。
今度は俺から仕掛けた。足技を主体に先方を切り替えて、踏みつけと蹴りを繰り返す。
相手も然る者ながら、俺の攻撃をことごとくかわしていく。
いくら体術の技能を習得していても、経験不足が否めない。俺は蹴り上げに回し蹴りと連打を繰り出して空振り、無駄に体力を消耗していくばかり。黒狼は森のハンターらしく、俺のキレが鈍ってくるのをいやらしくも待っているようだ。
一旦攻撃を中止する。わざと隙を見せるように額の汗をぬぐった。
「ギャウ!」
「シールド!」
案の定飛びかかってきたところに俺は防御魔法を展開した。空中にいては反応できるはずもなく、俺の出した障壁に行く手を阻まれた。
「くらえ!」
その絶好のチャンスを逃すはずもなく、瞬時に障壁を消し、全力の拳を顔面に叩き込んでやった。
びっくりするくらい飛んでいった黒狼は、木に背中から衝突して落下、そのまま動かなくなった。
「ふぅー。しんど」
息を吐く。二日目にして早くも戦闘を経験したわけだが、これではまだまだ。今朝出会ったあの子鬼には勝てない。やつに勝つことが目的ではないが、自分より強い奴がいるところで安心して過ごせるわけもない。だから、勝てないまでも戦える程度には強くなる必要がある。
ググッと背伸びをした。
まだ右手がヒリヒリする。どうにも体の方が動きについてこないという、ロボットアニメの展開らしい。
じわじわと全身から痛みを感じる。
全然無視出来るレベルだが、このまま放置して言い問題じゃない。体を鍛えるなり、動きに慣れさせるなりする必要がある。
「グルル」
「グルァ」
「グルゥルル」
「んぁ?」
辺り一帯から狼の鳴き声が聴こえてくる。それも一体二体ではない。もっとたくさんの鳴き声が。
近くの木に背中を合わせて周辺を警戒する。
チラチラと草木の間から黒い毛皮が見え隠れしていた。間違いなく黒狼だ。
くそ、ミスった。狼は集団で狩りをする動物だ、一体を倒したところで周辺に団体がいることくらい考えればわかることだ。
じわりじわりと距離を詰めてきている。どうやら包囲網を狭めて逃げ道を塞ぎに来ているようだ。
そうはいかない。穴が完全に閉じてしまう前に俺は狼の群れに突っ込んだ。
「シールド・スフィア!」
全身を防御魔法で覆い、全力で駆け抜けた。
左右から飛びかかってきた個体は防御魔法に阻まれ、仕方なく俺に追従する形で跡を追ってきた。
川のある方に向かって走る。
幸い群れの数は大したことはなく、振り返りざまに数えると精々が十匹、多くてもあと二、三匹といったところか。
「ガルルゥ」
「ガルルル」
距離が開いたことで群ればバラけ始めた。一匹一匹の間が広がっているのだ。これを好奇とみた俺は振り返り防御魔法と解いて、突っ込んできた黒狼の顔面を蹴り飛ばした。ダメージを確認する間もなく再び走って逃げる。
これを三回も繰り返すと、大した距離もない川まで行き着いてしまった。
「逃げ道なし。だが、代わりに背後を気にする必要が失くなった」
川を背にして狼と向き合う。
追いついてきた狼を確認すると、血を流しているのは三匹いた。俺が逃げている最中に蹴り飛ばした狼は四匹、どうやら一匹は仕留める事が出来たようだ。
「グルルルゥ」
「ガウガウ」
改めて数えると十二匹か、俺が仕留めたのを含めて十四匹。想定内だな。
ファインティングポーズをとって狼を見渡す。
群れにはボスがいて、そいつが群れを率いているのが定石だが、どうにもボスらしい奴は見当たらない。もしや俺が最初に倒した一匹か、逃げるときに蹴り飛ばして倒した一匹のどちらかがボスだったのかもしれない。
油断なく構える。
多勢に無勢、勝率はどう見ても低そうだが、負ければ俺が連中の昼飯になる。俺が勝てば連中は俺にポイントを献上してくれるわけだ。
「ふー、はー。よし、気合入った」
軽く深呼吸して荒れた呼吸を整える。気休め程度にしかならないが、ないよりましだ。
「ガァァ!」
「! っと」
最初に飛びかかってきたのは向かって左側にいた奴。クロスカウンター気味に拳を打ち込むと、一撃で動かなくなった。
びっくりするくらい綺麗にきまった。
「幸先がいい、このまま全滅させてやるよ!」
狼を警戒しながら俺はしっかりと拳を握り直した。