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1-8 王都

 謁見の間はヘンリー王以外にもローズ商会と取引のある貴族達が何人もいた。招集されて集まったのだろう。ロジャース家の娘であるアリスの謁見に興味も持っているようだった。

 実はこれまで表舞台にでなかったものの噂になっていたクリスが初めて現れることも貴族達の間で噂になっていたのだがそんな事はクリスは知らない。

 クリスは慣れないドレスを身に着けながら視線の集まる中を優雅に歩くアリスの後ろに続き、アリスに続いて跪く。


「陛下、このたびはローズ商会のアリス・ロジャースに面会の機会を下さったこと感謝申し上げます」

「うむ。そたなたちの活躍はかねがね耳にしておる。して用件とは」


 ヘンリー王のよく響くゆったりとした重い声は王としての威厳と男性としての渋さをだしており、重く響いた声に圧倒される。

 しかし、アリスはまったく動じていないよう問いかけに対して淡々と答えた。


「はい。王都に私たち商会の工房を置きたく、ギルドへの口ぞえをお願いしに参りました」

「なるほど。要望の件、承知した。王国としても良い話だ。すぐに取り計らおう」

「ありがとうございます。また、もう一点お願いがございます」

「ほう、何かな」


 ヘンリー王が少し目を細めた。

 アリスは毅然としたまま話を続ける。


「はい、王都並び領主様の町に販売店もおきたいと考えております」

「ふむ、販売店とな。それによりこちらにどのような利点があるのかな」

「領主の方が作った薔薇が石鹸として領民が使う。そうすれば」

「領民の不満が減り関係がよくなる……」

「そのとおりでございます」

「おもしろい。各領主に口ぞえをしても良い」

「ありがとうございます」

「ただし条件がある」


 ヘンリー王がニヤリとした。

 アリスは陛下の言葉に少し間を置いた。


「……何でしょうか」

「王都にローズ商会の本拠地を置いてもらいたい」

「王都にですか」

「うむ。ローズ商会の人気は知っておる。だからこそ良い関係のためにと思ってな」


 周囲の貴族達がざわつき始め、視線はアリスに集中したがすぐには返事はしなかった。

 無理もない。今のローズ商会はロジャース商会の助けを借りている状況。それをアリスの一存で返事をすれば今度はアリスは父親に説得をしなければいけなくなる。けれどもロジャース商会の財力と自治都市カルロスとのつながりを望むヘンリー王にとって、ローラン王国の貴族と商売をするローズ商会は繋がりを作る最大のチャンスで、戦時になった時の資金調達先を確保するためにもアリスのローズ商会を王都に置いておきたかったのだろう。

 クリスは黙ってアリスの返答を待ち、周囲も静まり返るとアリスは答えた。


「……陛下のご要望、承りました」

「ふむ。期待しておるぞ。必要なものがあれば王宮の者に言いなさい」

「はい。ありがとうございます。それではロジャース商会との交渉もございますので失礼させていただきます」


 こうして謁見と交渉は無事終了した。


 内容はローズ商会にとっては好都合だった。

 これまでロジャース商会からの資金援助はあったものの父親の監視下にあったため、本拠地をどうしてもカルロスに置かねばならなかった。

 それがローラン王国の国王からの命令ともなればアリスが移転する話に大義名分ができてロジャース商会とて拒否はできない。これまで国境を越えるための関税や馬車の料金に悩まされていたローズ商会は、収益がより盤石になって名実ともに独立できるかもしれない。


 アリスは謁見後、すぐさま準備を始め本拠地移転の手続きを行なうためにカルロスに帰ってることにし、一方のクリスは移転先確保のためにローラン王国の王都に残ることになった。

 本来であれば従者としてアリスと共に動きたかったが、今後を決める本拠地の準備は立地、設備、環境、法なども含めてしっかりと確かめておく必要があったためである。


 翌日、アリスが馬車で帰るのを見送ったあと、クリスは宿屋に戻った。ローラン王国の王都で本拠地が決まるまでの間、当面はこの宿が拠点となる。


 アリスと別れてから時間が経っただろうか、その宿で書類の整理と今後の計画について練っていると、ノックする音が聞こえた。


「どなたですか」

「陛下よりローズ商会の方に屋敷を案内するように承りました」

「わかりました。少し待っていてください」


 思っていた以上に速い対応に驚いたが国王も真剣だったようだ。

 クリスは急いで書類を整理し、部屋を出て、用意されていた馬車に乗り新しい本拠地となる屋敷へと案内してもらう。


 そして馬車に乗ってから十数分。


「こちらがローズ商会の方にご用意致しました屋敷になります」


 見てみると、その家はどう考えても貴族が住む屋敷であった。


「あの、こちらは貴族の屋敷だったものでしょうか」

「はい、数年前、失脚された子爵の屋敷となっております」

「私たちは商人ですよ」

「はい、ただ、商人も申しましてもロジャース商会はカルロスの統治に携わっておりますし、ローズ商会も貴族とやりとりが多いため、今回このような手配になったと伺っております」

「そうなのですか……ありがとう。よろしく伝えといてください」

「はい。それでは失礼します」


 案内された屋敷はとても広かった。一階には社交場や遊技場、面会室などがあり、2回には書斎、寝室などすべてが揃っていた。


「どう考えても大きすぎるんだけどな」


 クリスはそう呟きながら屋敷内の部屋をひとつひとつ確認していく。部屋は案内する前に手入れしておいてくれたのか片付いており、すぐにも仕えそうだった。


「とりあえず、維持するために使用人の募集が必要だな。あと、ついでに出かけるようの馬車と荷物用の馬車も用意しておくか」


 場所を確認しながら必要なものを確認した後、クリスは王宮へ向かった。使用人を準備するためである。ロジャース商会から何人か着いて来てもらうこともできたが、引越してもらうには国境を越えてもらわねばならないうえに少し遠い。なので王都で新たに募集した方がいいと思ったのだ。

 早々に人員の手配を頼むとすんなりと受け入れられた。

 もしかしたら人員が余っていたのかもしれない。屋敷の大きさから五人ほど居たら複数の仕事を負う事になるけれども最低限の屋敷の仕事が回ると教えてもらい、募集をしたのだけれども数日の内に雇う人はすんなりと決まりさっそく屋敷に案内した。

 人数は五人。屋敷で働いた事があるというクリスより年上のメアリをメイド長として任命し、全員を集めさせるとクリスは挨拶をした。


「こんにちは。改めて挨拶しますが、私の名はクリスティーヌ。他の方からはクリスと呼ばれていますので皆さんもそう呼んで下さい。皆さんにはローズ商会会長、アリス様の使用人として働いていただきます。よろしくお願いします」

「「「「「よろしくお願いします」」」」」

「担当としては料理係、お世話人、掃除係、お客様の接客が主な仕事となりますのでメイド長に任命したメアリさんと話し合って決めて下さい。メアリさんお願いします」

「かしこまりました」


 メアリは礼として、使用人を集め、別室へ移動していった。おそらくひとりひとり話し合って役割を決めるのであろう。

 クリスは使用人としての仕事を知らないため、下手に指示するより動きで判断したほうが早いと判断して任せることにした。

 メアリを継続してメイド長にするかはその後の働きで見極める予定だ。


 それから一ヶ月、クリスは開店に向けた必要準備に追われた。行動先が町であることがほとんどだったため、屋敷ではなく宿を拠点にして作業をおこなった。

 馬の買取、工房で荷台の製作の依頼ギルドへの加入手続き、王都での工房開業の設備購入と配置、王都の店舗準備、工房の人員確保と販売店用人員の確保、王都からほど近い領主への店舗開店交渉手続き。その後、建物の改築のために大工へ頼み、周辺の立地調査、すべて王都内での行動で済ませたものの忙しさのあまり時を忘れてしまうほどであった。

 用意は必要最小限にはしていたものの多くが備品であったためにお金もかなりかかってしまったが、ロジャース商会への利息を差し引いても十分に採算があう。

 こうしてようやくひと段落ついたので、これまでいた宿屋から屋敷に様子を見に帰ると、使用人が出迎えてくれた。


「おかえりなさいませ」


 これまで出迎える側だったクリスは驚いたが、メイド長のメアリが指示をだしているのか使用人達はてきぱきと動き出す。ほんの一か月でメアリはすっかり屋敷の使用人を掌握したらしい。


 これなら大丈夫かもしれない。


 クリスはメアリにあとでクリスの部屋へ来るように伝え、自分は自室へと向かった。


「……ふぅ」


 椅子に座ると一人にな事を確認してため息をついた。

 この世界にいてからずっとアリスと一緒だったせいで一人だと妙に落ち着かない。

 仕事をしていると余計な事も考えなくて済むのだけれどと思った所でアリスが今何をしているのか気になった。

 今のところアリスはカルロスから戻ってきていない。今頃どうしているのだろうか。何も連絡がこないし交渉中だとしてもずいぶんと遅い気がするけど……


 アリスに何かあったのだろうか。


 それだけであれば別段気にすることではなかっただが。今回はなぜか物流がこれまでと違いかなり遅れている。


 しばらく会っていないから不安なのか、物流の遅れが気になって不安なのか。


 クリス自身も判断しかねていた。


 アリスに何かあったのだろうか。その心配は忠誠心からなのだろうか。

 従者として忠実であろうとしたことはあった。では、アリスを恋愛として好きと思ったことはあっただろうか。


 そしてふと思った。


 アリスには好きな人がいたりするのだろうか。


コンコン


 誰かがノックをした。おそらく先ほど呼んだメアリだろう。


「はい、入ってください」

「失礼します」


 メアリが入室して前に立つ。


「あ、どうぞ適当に座ってください」

「ありがとうございます。それではお言葉に甘えて」

「他の使用人たちはどうですか」

「みな、それぞれ頑張ってくれています」

「そうですか。それならよかった」


 クリスはメアリに笑顔を作る。


「クリスティーヌ様ご用件は何でしょうか」

「クリスでいいよ。私はアリスさんの従者ですから」

「では、クリス様ご用件は何でしょうか」


 どうやら様づけは変えるつもりは無いらしい。

 まぁ、雇い主ではないけれども、雇う事を決めた人にいきなりそう言われても呼び捨てにはできないかと納得する。


「用件は、これから一ヶ月ほど私も屋敷を離れる予定だからそれまで留守を預かって欲しい」

「でも……私はまだ雇われたばかりですよ」

「そうですね。ただ、他の使用人の動きを見て決めました。メアリさんなら大丈夫です」

「え?でも……」

「留守を預かるうえでの必要な権限は与えます。あと、大工に屋敷の一部増築をお願い中です。なのでその進捗の確認、馬車の管理もお願いしたいのですが。」

「そ、そんなことを」

「何かあったら私が責任をとります。どうかお願いを聞いてもらえないでしょうか」


 クリスは頭下げるとメアリは慌てて立ち上がり、やめてくださいと制止する。


「わ、わかりました。そこまで頼まれては断ることもできませんし」

「ありがとうございます!」

「ところで何故私を選んだのでしょうか」

「女の勘というやつですよ」


 クリスはどやと言ってみたものの、メアリにはピンとこなかったらしい「はあ」と不思議そうな顔をしていた。

 うん、前世は男だったんで一度言ってみたかっただけです。


「それではよろしくお願いします」

「はい」


 クリスは翌日、馬車に乗って出発した。目的地はアリスのいるカルロスだ。


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