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1-7 はじめての事業

 アリスの創業計画書はウィリアム会長にすんなりと認められた。


 かくしてローズ商会はアリスが会長兼営業部長となり、クリスが経理長兼工房長としてさっそく事業が進められた。


 アリスはロジャース商会としての名声を利用して、社交場に出席したり、訪問をして貴族と接触して営業を行い、物資を運ぶ馬車に関してはロジャース商会の馬車と人員を借りる交渉をした。一方のクリスは工房の責任者となり、女性を中心にパートタイム制の労働を導入。石鹸の工房は作成工程は職人に教えてもらい、それら作業が分担することで、量産体制を整えられた。


 事業の準備に三ヶ月かかり、めまぐるしい日々が続いた。

 そしてようやく開業されたローズ商会は事業は始まって早々かなり順調に進んだ。


 当初はロジャース商会に恩を売りたい思惑でローラン王国の貴族達は了承していたが、いい香りのする石鹸は美を求める女性に大人気となり、清潔感を求める女性や衣類に香水をかけることで匂いを誤魔化していた女性に受けた。


 おもしろいほどに。


 また、意外なことに女性にモテたいという願望を持つ若い男性(もちろんクリスの提案)に対しても受けた。


 これまたおもしろいほどに。


 好評だった理由に柔らかな香りもあったがアリスやクリスが実際に使っている点、貴族から花を調達した点、貴族ごとに石鹸を作り分けて、仕入れた貴族のところへ販売して貴族達が自分で使う地産地消の自分だけの商品というのが人気の理由だった。

 また、もともと貴族向けなため、領主に依頼した護衛に横領される恐れも少なく、作り分けることによって他の貴族向けであっても貴族間の争いを避けるために略奪を考える護衛がいなかったことや貴族の物を奪って討伐されるのを恐れた盗賊も襲わなかった事も被害が減る結果となり利益に余裕を生んだ。


 そして一部の貴族達は社交場で自らが作ったローズで作った石鹸を使い、自らの領地で育ったローズの匂いを自慢しあった。

 そうなると社交場で貴族から貴族へと口コミであっという間に広がり、いつしかローラン王国でローズ商会を知らない貴族はいなくなっていた。


 こうして開業からたった3ヶ月でローズ商会の成功は決定的となった。


 もっとも、実際に事業が始まってみると、取引先はすんなりと確保できたものの、ローズの品質維持や運搬などの準備、製造工程で時間がかかってしまうなど見直すべき部分はたくさんある。

 また、事業開始時は安かった馬車の利用料も、売上におうじてロジャース商会が何度も値上げ交渉を行なったため、アリスはかなり憤慨していた。

 もっとも荷馬車は維持も運用も大変なので、多少は仕方なかったが。

 他にも工房で引き抜きなどがあったものの、クリスの提案により、女性中心で働き、パートタイムと育児休業制度を導入、工房で清潔を維持するため、製造している石鹸の廃棄部分を利用した就業前後入浴も工房の人気を高めた。


 既に名の知れたロジャース家の販路と信用もあって、当然ライバルが参入を試みたりしたものの各貴族御用達のローズ商会から販路を奪うことは難しく、ローズ商会はローラン王国で他の商会の追従を許さなかった。



 こうして順調に売上が上がっていく書類を眺めながらアリスは一息ついていた。


「……ふう」


 アリスはロジャース商会の一室に設置されたローズ商会の会長室にいた。

 開業まではローラン王国をあっちこっち行っていたものの。売上が伸びると社交場に向かう以外工房と本拠地のあるカルロスで書類をこなして指示をすることの方が多かった。


 コンコンと音が鳴りクリスが入ってきた。


「失礼します」

「あら、クリス。仕事は大丈夫なの」

「はい。既に本日分終わっております」

「相変わらず仕事が速いわね。工房のほうも順調そうね」

「はい。従業員用の入浴場の評判がよかったので今度は男女別大浴場の設置を考えております」

「男女別大浴場?人気でるのかしら」

「男女別であったとしても多人数での入浴は案外楽しいそうです。アリスさんも一度入ってみてはいかがでしょうか。それに商品と相性もいいですし」

「わかったわ。クリス、今度一緒に試してみましょう」

「え?……いえ、私は」


 クリスは顔を赤らめた。いくら女になって久しいとはいえクリスは前世で男である。感情は無くなっても記憶があるのに一緒に入るのはルール違反をしている気がしたのだ。……だからと言って男湯には入る気にもなれないが。


「それよりも次の段階へ進みたいと思います」

「あら。話しを逸らしたわね。クリスらしくもない」


 アリスは不思議そうにクリスを見た。


「いえ、私はアリスさんの従者ですから恐れ多いかと」

「懐刀とまで噂されているのに今さら何言っているの」


 カルロスではその成功の影の立役者として、経理で期待の新人と言われていたクリスの存在が噂されいるのだ。

 12歳で成人なのだが若干14歳で女の商会会長として事業を成功させたアリスは周囲から賞賛されていた。アリスはこれまで目立った事業経験などなかった。そのため、ロジャース商会で既に評価を得ていたクリスが陰の立役者なのではないかと噂されていたのだ。


「ご冗談を。ひとえにロジャース商会のおかげかと」


 嘘ではない。ロジャース商会がローラン王国の貴族と繋がっていなければできない事業であったし、資金も到底用意できなかっただろう。物流の基本は販路の確保。そロジャース家が既に築き上げていたものにアリスとクリスがのっかったからこそ新興でも苦労が少なくて済んだのだ。


「あら、ロジャース商会もあながたいたから動いたのよ」

「アリスさんだけでも動いていましたよ」


 アリスは不思議そうな顔をしていたがクリスもまた不思議そうな顔をしてアリスを見る。

 クリスからすればロジャース家の娘であるアリスが作った商会だからこそ協力してくれた。それ以外しか考えられないのだけれどもアリスはそうは考えていないらしい。


「あなたって……まあいいわ。今に始まったことじゃないものね。で、次の段階って?」


 おそらく常識がないと言いたかったのだろう。けれどもここで何か言うとお互いに話しが進まなくなるのでクリスは問いに答える。


「はい、まず、孤児院に寄付と親交を深めたいと考えています」

「あら、善行を提案するとは信心深いのね」

「いえ、孤児院に通って人材の確保を行ないたいのです」

「……あなた建前だけでももう少し信仰心を持ったほうがいいんじゃないかしら」

「頼っても助けれくれるのは人だけじゃないですか」


クリスはどや顔で言った。その姿をみてアリスは呆れていたが。


「……言うだけ無駄だったわ。まあ、私は異論ないわ」

「ありがとうございます。あと、工場の拡張を提案したいと思います」

「そうね。最近工房が余力ないみたいだし」

「はい、今ある工房では製造が追いつかなくなりつつあるのでローラン王国の王都に工房を持ちたいと考えています」

「王都に?今の工房を拡張するのではダメなの」

「すべてカルロス内であれば、それもよかったのですが、主要販売先がローラン王国にございますので」

「関税と外交に備えて……ということね」

「ご名答です。それともうひとつ。ローラン王国の王都と領土の大きな領主邸の近くに平民向けの販売店をおきたいと考えています」

「あら。どうして?」


 アリスは目を細め、クリスを見た。


「領主が作ったローズが石鹸として領民が使う、そして利益は領主とローズ商会が分配する。これにより領民は貴族が楽しむ香りの娯楽を手に入れれますし、領主は利益と領民に慕われやすい環境を作れます。そしてローズ商会は」

「信用と利益を得られるということね。わかったわ、すぐに行動よ」


 アリスはロジャース商会のから人を借り、ローラン王国の王都へ使者を派遣させた。カルロスからの交渉という形式で行えば謁見が容易だからだ。

 そしてアリスとクリスはカルロスの仕事をひと段落つけた後、謁見に備えて護衛を従えて馬車で王都へと向かった。


 ローラン王国。王都はオルランド。ローランと言う名前は地名から由来しており、王国の紋章はローズであった。ローズの由来は諸説あるが、この地域にはいろんな色のローズがあったことが理由なのではないかと言われている。もっともローズには棘の部分を由来としたイバラからとったバラという別名もあったのだが、国のイメージとして花の方を指すローズの方が良いとなり、ローズランドという地域名が訛ってローラン地方が王国名の由来ではないかとされている。


 政治体制としては分権制となっており、決して王国の権力が強い訳ではなかったが要所を押さえた王領は広大であり、強力であったため、領主達はみな王に従っている。

 現在の国王の名前はヘンリー王、貴族からは賢王とも呼ばれているらしい。馬車で移動中にアリスから聞かされたローラン王国の話はだいたいこんな感じだった。


 こうして、馬車にゆられること数日。

 アリスとクリスは王都へ着くと待っていたローラン王国より使者が来た。ヘンリー王と謁見する日付が翌日に決まり、一行は明日に備えて宿へと向かう。

 その時にアリスは一緒の部屋を提案してきたが、クリスは顔を真っ赤にしながら準備があると別々の部屋をお願いして渋々ながらも別にしてもらった。


 そして翌日。

 アリスは身なりをドレスに着替え王宮へと向かった。言うまでもなくクリスも当然のようにドレスを着る事になっていて、ひどくひどく後悔していた。女性の男装は格式を重んじる人にはあまり好まれなかったため、長い生活の中ワンピース、スカートはもうだいぶ慣れた。いや、嫌でも恥を忍んで慣れざるを得なかった。

 それでも更に華やかなドレスを着飾って使用人達に着飾らされてしまえばしまうほど何か大事なモノを失っていく気がして前世が男だった者としては恥ずかしくて仕方ない。

 そんな気持ちをアリスが知るはずもなく、


「クリス、似合っているわよ」


 と言われれば。赤面をしてしまい。


「いえ、アリスさんの方が似合っています」


 と引き攣る笑顔を作って返事するのが精一杯だった。


……はぁ、こんな格好で王様や多くの貴族に姿をさらさなければいけないなんて。


 謁見を前にしてクリスは途方にくれた。

待合室で待つドレス姿でのアリスとクリス


アリス「ねえねえ、今どんな気持ち?」

クリス「うぅ、恥ずかしいです」

アリス「大丈夫。とってもかわいいわよ」

クリス「ううぅ……(善意しかない悪意って怖い)」



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