4-9 遥か彼方へ
一方クリスと分かれたアリス達は夜道を駆け抜けていた。
と言っても夜道で乗馬に不慣れなアリスとベルもいたため全力で疾走するわけにはいかなかった。
そのため、スピードは馬車の全力疾走とそれほど変わらなかったものの、横転の危険を考えれば現在の方が幾分安全だった。アリス達はひたすら目的地を目指しながら走る。
「あと、どれくらいあるのかしら」
「おそらくこのスピードであれば夜明けには」
アリスとフローラはお互いに声を張りながら話をしてみるが夜道は思った以上に大変だった。
なんせ、暗闇で先が見えない中で走っているのだ。アイリスが先導しているとはいえ前方に何と出くわすかわからない状況で不安の中を走っていた。
そして、しばらく走っていると後方より馬の駆ける音が聞こえアリス達に緊張が走る。
剣を抜き身構えるユリックとルイスだが、彼らがが抜けてしまえばほとんど無防備になってしまうためアリス達は他すら走り続けた。
そして暗闇から徐々に近づいてくる音とその姿を確認しユリックが声をあげた。
「カルヴァンさん!」
迫ってきていたのはカルヴァンだった。そのことを知ったアリス達は一安心する。
しかし、そこにはなぜかクリスの姿が見当たらない。
「カルヴァン、クリスは」
アリスがそう叫ぶとカルヴァンはアリスの馬に近づけて報告をした。
「それがクリスさんは足止めすると言って」
「そんなぁ、それじゃあどうしてあ……」
そこまで言いかけてアリスはその先を言うのをやめた。カルヴァンの顔を見たときその顔に涙が流れていたのだ。カルヴァンの気持ちを察すればつらいのは置いてきたカルヴァンの方だった。
アリスは言葉を改めてカルヴァンにやさしく言った。
「わかったわ。カルヴァンありがとう」
アリスがそう言うとカルヴァンは顔を俯けて後方へと下がっていった。
その姿を少し眺めていたときアリスはあることに気付いた。
「ルイス様!」
呼ばれたルイスはアリスの元へと近づいてくる
「やっぱり」
「はっ?」
アリスは自分の考えを確かめるとルイスは考えに気付いていないのだろう首を傾げている。
一方その様子に気付いたのかアイリスはちらりとアリスを見たがそれ以上は何も言ってこなかった。
「いえ、何でもないわ。ルイス様、お願いがあるの」
「はい、何でも言ってください!」
ルイスは今のところ何もできず歯がゆい気持ちだったのだろう威勢よく返事をした。
「先に行ってレオン様と合流して!クリスの話によればこの先にレオン様以下ランドック兵がいるはずなの。その兵を連れてきて。目印としてぶつからないようにできれば松明をつけてね」
「わかりました!」
ルイスは了承すると前方へと駆け抜けて行った。
アリス達は二人乗りが複数いるため早歩き程度のスピードだったがルイスであれば騎士として乗馬の訓練をしてきていた。
そのためもっとスピードを上げて駆け抜けていくことができたのだ。
「こんなことにも気付かないなんて」
アリスは自身に愚痴をこぼしたものの気付いただけまっしなのかもしれない。アリスはそう思うことにしてとにかく逃げた。そしてひたすら逃げていると後悔が押し寄せてくる。
アイリスの言葉を聞いていれば。そう思うと胸がはちきれそうだった。
「アリス、後悔は後にして」
「え?」
アイリスに呟いていたつもりはなかったのもの口にしていたのかもしれない。
「ごめんなさい」
「その言葉も後でいいよ。それより今は最善の方法を考えようよ」
アイリスはどこまでも前向きらしい。その言葉がどこかクリスと似ていると思ってしまったが、今はそんなことを思っている場合じゃなかった。
今、最善の手はレオンとルイスが合流していることを信じて早急に合流することだけだった。そして、合流が出来次第、クリス救援部隊と送る。その編成を先に決めておくことにする。
兵士の士気を考えて指揮官はルイス、副官はカルヴァン。その編成でクリス救援へ向かい足手まといとなってしまう自分たちはレオン達と越境する。
自身で足手まといと認めることは悔しかったが現実を受け入れれない者が行動を起こすことほど危険なものはなかった。ましてやアリス自身が下手に戻ればその動きのせいで帰って救援が遅れたり危険を大きくする可能性が高かった。そして、恋愛関係を知ってしまったため、レオンとベルだけは何としても生き残らせることは必須条件であり、主人としての役割だった。
編成内容を決め、これで問題がないことを確認すると今度ややることがなくなってしまった。
そして再びクリスが無事にいてくれるようにひたすら祈るのであった。
その様子を知ってか知らずかアイリスはただじっと前を見て手綱で馬を操っていた。
……あれからどれくらい時間がたったのかしら。
実際にはそれ程時間は経っていないのだろうがアリスは焦っていた。
クリスを助けるためには速くレオンのランドック隊と合流する必要があった。ただ、合流するために進めば進むほどクリスと別れた地点から離れていってしまう。そしてその後に合流できたとして再び道を折り返してもらわなければならないのだ。
クリスがそう簡単にやられたりしないと信じてはいたものの、大勢で襲撃されれば相手は兵士なのだから時間が経つことに危険が増していく。ましてや巡礼の旅の話を聞いて、魔法を使う回数に応じてクリスが疲弊していくことをアリスは知っていた。
苛立ちを募らせながらもどうすることもできずにいるとふと何やら前方より光が見えた。
「あ、あれは」
期待と不安を感じながら光の姿を警戒しながら見守る。数は数十程度。もしラヌルフ伯の派遣した兵士だったらそこでもう終わりだったからだ。
アリス達は馬を止めて横に向き、いざとなれば引き返すことも考えながら灯りを見守る。
そして徐々に近づいてきた明かりの姿から現れた姿は。
「っく!」
レオン達ではなかった。
予期せぬ遭遇だったのか相手もこちらの様子を見て驚いている。
慌ててカルヴァンとユリックが前衛となり、剣を構える。
もはや戦闘は避けられそうにない。そう覚悟したときだった。
突然相手の後方より悲鳴が聞こえる。
「は、反乱?」
普通に考えれば数十名の隊で反乱など早々に起こるとも思えなかったが敵の隊で何かが起こっていることだけは確かだった。
そしてその理由は程なくしてわかることになった。
「レオン様!それにルイス様も」
敵前衛を後方から破ってきたのはレオンとルイス率いるランドック隊だった。
「アリス様、よくぞご無事で」
アリスとアイリスが馬から降り、レオンとルイスも一旦馬を降りた。
そして二人はアリスが無事だったことを確認すると笑みがこぼれた。二人はアリスを守るようにしてしばらくの戦闘の後、兵士達は降伏し、武器を捨てた。兵士達の所属を確認したところ。ラヌルフ辺境伯の守備兵でアリス達一行を足止めし、拘束するようにと言われていたそうだ。ところが最初に来たルイスが闇夜に紛れて守備隊を突っ切ってしまったため、仕方なく戻りながらアリス達を捜索していっていたそうだ。
そして偶然アリス達を発見したタイミングで後方からレオンとルイスの部隊に襲撃され、もともと商人達を拘束する程度の士気だったラヌルフ守備隊は戦意喪失。聞いた話から辻褄を合わせるとだいたいそんな感じだった。
ただ、今は合流を喜んでいる暇など今のアリス達にはなかった。
「ルイス様、カルヴァンお願いがあるの!クリスの、クリスの救援に向かって!」
アリスはそう叫んだ。そして、レオンとルイスは頷くと速やかに隊を二つに分けルイスとカルヴァン率いるクリス救援隊とアリス達を無事に送る保護隊と別れてすぐに移動することなった。
レオン達が連れてきた兵士は100程度だったため二手に別れると50人ほどとなってしまいクリス救援に向かうにしてはやや心許なかったがアリスはクリスが魔法を使えることを知っていたためその数であってもクリスがまだ少しでも魔法が使えればなんとかなると判断した。
こうして、一行は二手に分かれ、救援隊は馬に乗った騎士のみの編成として向かっていった。
そのときだった。
「あれ?アイリスは?」
レオン達が去った後からアイリスの姿が見当たらなかった。
兵士達に周囲を探索してもらったもののアイリスの姿が見当たらない。
アリスを乗せていた馬も見当たらずルイスについていったのかも。
そう考えるほかなかった。しかたなくアリス達はクリスとアイリスの無事を信じながら、ラヌルフ領を離れていった。
――それから数日後
アリス達は護衛に囲まれながらも無事に王都オルランドへと到着した。
疲労したレオンの姿を見てロザリーが驚いたりベルの俯いた姿とカルヴァンが見当たらないことにウィリーが困惑していたが、結果がでるまで下手に希望を持たすようなことも言えず、ローズ商会は沈黙を続けた。
そしてアリス達が帰宅を果たしてから数日後。
ルイスとカルヴァンが王都オルランドへと帰ってきたが、そこにはクリスとアイリスの姿はなかった。
カルヴァンからの報告によると、あの後、カルヴァン達はアイリスと合流はしなかったらしい。
そして、クリスとラヌルフ兵の戦闘後がいくつもあったものの血を流して死んでいるか焼け焦げて死んでいるラヌルフ兵ばかりでクリスの姿どころか女性の姿すら見あたらなかったそうだ。ただ、戦闘があったと思われる場所にクリスが落としたと思われる一冊の本があったのでカルヴァンが持ち帰ってくれた。
一方でランドック辺境伯が密かに諜報員を送っていた者の情報からも女性を捕まえたという報告はあがっていないらしい。そのことについてはレオンが秘密裏に教えてくれた。
つまり、クリスとアイリスは行方不明だった。
「いったいどこへ……」
あの周辺は平野でだったし少しいけば森や畑が広がっている。うまくやればもしかしたら身を隠せたのかもしれない。しかし、あれだけの兵を前にして全滅させれたのだろうか。
クリスが連れてきたアイリスがいなくなったことも考えれば、それはあまりにも希望を持つにしてもあまりに小さい希望だった。
「約束したのに……」
アリスはローズ商会の窓から外を眺めた。そして、いつのまにか頬に涙が滴り落ちていった。




