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4-8 空の雨

翌朝、天気は晴れ。クリス達は宿に集合すると出発を始めた。

アリス達はレオンが居なくなったことに気付いたものの、クリスがレオンに頼みごとをしたことを話すと納得してくれた。


そして始まった帰路。

段々と小さくなっていく町を後ろにクリス達は帰路を急いだ。当面の警戒は領外にでるまで。さすがに町から近い位置で日中から襲撃はないと思われたがクリスの緊張感が伝染してしまったのか護衛組は皆無言だった。もともと無言が多かったのでよく考えればさして変化がない気もしてきたが。

アイリスは道中の馬車の中でアリスやベル、フローラに順に話していた。

話題の内容は尽きないのかこの地域の特産品、おいしい食べ物から髪型、ファッション、恋愛話に至るまでいろいろと話しているようだった。なぜ話の内容を知っているかというとその声が馬車の外にまで聞こえているからなのだが、時折聞こえる陽気な声は護衛しているものたちの緊張感と苛立ちを不思議と和らげてくれているようだった。

そう、まるで旅を楽しんでいるような。まるでそう錯覚させるほどアイリスは陽気に話をしていた。

そして日中、特に何も起こることもなく、予定どうり宿泊予定の町までたどり着く。

本音を言えばもう少し進みたいところではあったものの日は既に傾いており、これ以上進めば夜道を進むか野宿になる危険があった。

クリス達は宿に入り食事等を済まさせて休む。ただ、今回は荷物もまとめたままとなっており、いつでも出れる準備をした状態で休んでいた。加えて一人見張りをつけて交代で警戒を怠らず周囲を見ていた。


それからどれくらい時間がたっただろうか。

急に駆ける音がなり続いてドアを開ける音が聞こえた


「クリス」


アイリスの声にクリスは飛び起きる。


「わかった。他の人にもすぐに伝えて。あと馬車も馬と放しておいて」


クリスは内容を聞かなくても察しがついていたのですぐに指示をだす。逃亡するには馬車から馬を切り離したのは馬車では逃亡にあまりに不向きだったからだ。

内容を聞いている時間さえ惜しく感じたのだ。クリスはアイリスから貰った剣を携えてすぐにアリスの元へと向かう。するとアリスと一緒にベルがいた。どうやらずっとアリスと一緒にいたらしい。

アリス達を誘導しながら外へと向かおうとすると途中フローラとも合流する。

そして外へ出るとカルヴァン、ユリック、ルイス、アイリスは既に出発の準備ができているようだった。既に馬に乗り宿への襲撃に備えていた。その状況にクリスは急いで指示を出す。


「アリスさんとアイリスは私の馬に乗って!フローラ様はベルの一緒に乗るのよ。そしてユリックもう一頭の馬に乗って、私はカルヴァンの馬に乗るから」


慌てて全員を乗馬させる。アリスとアイリスに関して不安があったものの予想どうりアイリスは馬の操作ができるらしい。巧みに操作するとクリス達は襲撃前にひっそりと駆け出した。

ひっそりとした理由に関してはこの襲撃を伝えてきたのがアイリスからだったからだ。アイリスの力なのか襲撃前に知ることができた。そして、アイリスの誘導に従うことで敵の間をなんとか抜けて出くわすことなく道中へと戻ることができた。

そしてちらりと背後を見て赤い色と煙が見えた。その様子から何があったのか察するまでもなかった。

一行はクリスを再び先頭にして駆け抜けていった。このまま駆け抜ければレオン達の待っているところにたどり着ける。そこが今のクリス達にとってのゴール地点だった。

しかし、このままうまくいくかに思われた逃走も落胆へと変わった。

前方に人影が見えたかと思うといきなり何かが飛んできたのだ。

飛んできたものにクリスは剣を振り、叩き落とす。正確には剣がクリスに命令する形で動いていただけなのだが。

その落としたものが矢だと気付く。


「カルヴァン、止まって!」


そう言うとクリスは馬から降り、矢が飛んできた方へと駆けていった。目の前には弓と剣を構えたものが数十名いた。その内、弓を構えているらしき者が10名ほど再び弓を構えようとしている。


間に合わない。


判断したクリスは呪文を唱え、前方へ向かって炎を出す。

灼熱の炎によって弓兵の放った矢は方向がずれたらしい。クリスに向かってくる矢は再び叩き落しながらクリスは一気に近づいていく。

これまでであれば躊躇っていたのかもしれないが今はそんなことを考えている余裕すらなかった。

この身は剣に守られているが今殺さなければアリスが、仲間が死ぬ。躊躇う理由の方がなかった。

ただ、それでも罪悪感による不快感は来るらしい。吐き気を堪えながら燃える兵士と逃げ惑う兵士に追い討ちをかけていく。


「今です。アリスさん達は駆け抜けて!」


そう叫ぶと今度はクリスは前方に勢いよく水を放ち、アリス達が駆け抜けれる道をつくる。火傷を負った兵士達の中には息のあるものもいたが、馬が転倒しないように吹っ飛ばすように放ったため前方を塞いでいたものは炎に包まれているか吹っ飛ばされて意識を失っているものたちが倒れていた。

とはいえ、あいたのは道の中央のみ、左右にはまだ兵士がいるようで不穏な音が聞こえていた。

クリスは暗闇で視界が悪い中でアリス達が駆け抜けようとしているのを確認するとクリスは左右にも炎を放った。そこから悲鳴と共にいくつかの矢が放たれたもののその矢のほとんどはアリス達には当たりそうになかった。ただ、一本を除いては。


その一本が駆け抜けるアリスの元へと向かっていた。


「アリスさん!!」


そう叫びながらクリスはアリスの元へ駆け寄ろうとするが到底間に合わない。


ダメか


悲痛な叫びをクリスがあげたときだった。アリスに当たるかと思われた矢が止まった。いや、正確には垂直に下へ落ちた。。

その出来事を呆然と眺めてしまったが誰がそうしたのかをクリスはすぐに察した。おそらく一緒に馬に乗っていたアイリスだった。

そしてアリス達が駆け抜けたのを確認し、クリスも後方から気だるい身体に鞭を打って駆け抜けていく。

すると、駆け抜けた後に一騎カルヴァンが待っていた。


「クリスさん早く!」

「カルヴァン……」


おそらくクリスを乗せるつもりなのだろう。

ただ、クリスはカルヴァンの馬に乗ることができなかった。


別に後方から迫り来る音が聞こえていたから。

逃亡したことを知った宿を襲撃していたグループがやってきていたのだ。しかも先駆けなのか馬に乗って。


「カルヴァンは先に行って」

「しかし」

「これは団長命令だ!いいからはやく!」


クリスがそう叫ぶとカルヴァンはまだ少し躊躇っているようだった。

そこで仕方なくクリスは一度ため息をつくふりをしつつ深呼吸をすると凜とした姿勢で余裕があるような姿を見せた。


「大丈夫、私は必ず追いつくから。私が本気を出すのにあなたは邪魔なの」


そう言ってクリスがニコリと微笑むとカルヴァンはまだ少し躊躇っていたもののアリスたちの元へと向かって行った。

そして振り返ると兵士たちが馬に乗ってクリスに襲いかかろうすぐそこまでと駆けてきている。


「もうなんか身体がむかむかして不快感極まりないけど、みんなあなた達のせいだから」


クリスは怒っていた。身体の不快感、疲労感、後悔。それに加えて先ほど焼き殺した兵に対して不快感を少しずつ感じなくなってきていることにも何かを失っている喪失感。そのすべてがクリスを苛立たせていた。

クリスは道を塞ぐように立つと迫り来る騎馬兵に対して再び炎の呪文を唱えた。

これまでに以上に盛大に放たれた炎が勢いよく騎馬兵へと襲い掛かる。

そしてぶつかったかと思うと馬が暴れ出し、乗っていた人が炎に包まれながら落馬する。その光景に兵士達に士気が下がってくれればと思ったが残念ながらそううまくはいかないらしい。その後に続いて人が押し寄せてくる。


「忠実な部下なのか、仲間を殺された怒りなのか、私をただなぶり殺しにしたいのか……たぶん、全部だろうなぁ」


感心しつつも追撃する様子を確認したクリスはもう一度、炎の魔法を放つと自身も後退を始める。

もともとアリスを守るための足止めが目的なのだ、これからもやって来る馬を順にダメにしていけばアリスたちが逃げれる確立が上がるし、万が一前方に敵がいてもカルヴァン、ユリック、ルイスが女性陣を守ってくれるだろう。それに最後の希望としてフローラやアイリスもいる。

そう考えれば多人数で押し寄せてきている今こうしてクリスが生き残っている状況を作りながら後方からの襲撃をひたすら遅らせることが一番だった。


「それに死なない約束もしたし……」


少し魔法を使いすぎたのかクリスの身体はかなりだるく。息も上がっていたもののまだ戦える。

自身の状況を確認し、後退していると炎が治まったのか再び人が駆け寄ってくる。

時折闇夜に紛れて矢が飛んでくるがアイリスがくれた剣のおかげで当たりそうな矢は幸い叩き落すことできていた。

そして、間合いが詰まってくれば再び炎を放ち足止めをする。その繰り返しだった。


クリス自身、死んでしまえば殿の意味がなくなってしまう。そんな生きてこそ価値がある防衛は魔法と剣があるクリスにとってもうってつけだった。







そう思ったのはかれこれどれくらい前の時間だろうか。


…もうこれで何回目だろう。


最初こそ、魔法を放つ回数を数えていたものの、徐々に迫ってくる者の数が増えている気がした。

実際には闇夜に襲撃を任せられる人数を考えればそんなことはないはずなのだが、追撃してくる兵は炎の魔法の特徴がわかってきていいるようだった。

一定の距離をあけて追い続けて魔法を放つ瞬間に後方や左右に避けている気がするが、そのことをクリスには確かめようがなかった。


おそらく魔力切れ待ちなんだろうな……


事実クリス自身、魔法を使いすぎて既に体力も限界だったのだ。

どうやら人は限界をむかえると目を空けていることすら気だるく感情も感覚も無くなってくるらしい。

身体は既に走る力もなく歩いているが、ふらふらして後退できている気がしないし確かめる力もなかった。ただただ身体が悲鳴をあげていた。

そして、先ほどから間合いをじりじりと詰めてくる相手に当然魔法を唱える力などなかった。

周囲を見回してみるが既に日も昇り始めているらしい。

真っ暗だった形式も徐々に日が昇り始めてくると敵影の姿が見え始めてくる。


「このままじゃ……」


日が明けてしまえば今いるのがクリス一人だと敵に見えてしまうだろう。

闇夜であれば伏兵を考慮していただろうが一人だとばれて、ふらふらな状態を見られて一斉に襲い掛かられてしまえばもはや魔法の唱える力も残っていないクリスにとって残された道はひとつしかなかった。


「……死んでしまうのだろうか」


いっそ死んでしまった方が楽なんじゃないだろうか。その考えが先ほどから何度もちらついている。なんとか動いていたのもアリスを助けようと思う気持ちのおかげだった。しかし、日の光が見えてしまい、もう大丈夫だろうと思ってしまったらしい。足がついに止まる。

そして、もう一歩も後退できそうにない思ったクリスは仕方なく振り返ってみる。

敵影もその姿に気付いたらしい。同じように止まったかと思うと何やら準備を始めているようだった。そして朝日と共に敵影から光の反射が見えた。


「あれは……矢?なのだろうなあ……」


そう思ったとき、敵影から何かが飛んできた。


ヒュン―― シュン――


クリスの左右や足元に矢が刺さる。何本かはクリスの近くを通ったせいか風を切る音が聞こえた。


「へたくそ……」


剣を握っていたが振り回すことはなかった。幸いクリスに当たらなかったらしい。そして思わず呟く。


「アイリス、予想どうり今日の天気は、雨みたいだ……柄にもないこと、するもんじゃないな……」


クリスは思わず苦笑いする。そして次の矢を構えている姿が見える。

耳元からは前方から近づいている兵やまだ遥か遠くからだが馬に乗ったものの足音も聞こえてきている。


「これまで……か」


そう呟いてため息をついてみるもののクリスはまだ立っていた。

すでに立っている感覚もなく意識もはっきりとしていないが自分の往生際の悪さに再びクリスは笑みをこぼす。


「最期に、一仕事できるかな……」


飛んでくる矢を眺めていると次第に意識が遠のいていった。


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