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4-7 教会の女神

和解の締結は日中に行われることになった。

その詳細のやりとりについてはルイスが間を取り持つことになったので、仲介役は事実上ランドック家のもとで行われることになった。そのおかげかローズ商会側もラヌルフ辺境伯側も対立の雰囲気がでることもなく粛々と日程調整のやりとりが行われた。


そして、和解締結の日。同時刻にお互い姿を見せた。

ローズ商会側はアリスを契約者、クリスが護衛となった。一方のラヌルフ側はラヌルフ伯が契約者、護衛に重装備の初老の男性が付き添っていた。

お互いに挨拶を交わすと粛々と契約書の内容にサインを始める。


内容を要約するとこんな感じだった。

・ローズ商会はラヌルフ伯の噂に関する無実を認める。

・ラヌルフ伯はローズ商会の噂に関する無実を認める。

・両者は相互に協力し合い。友好関係であることに依存がないことを認める。

・両者はローラン王国発展のために力を合わせる。

・ラヌルフ伯はローズ商会の領内への営業、運営を認める。

・バラ騎士団とラヌルフ伯は両者を尊敬し、お互いの友好を深めることを約束する

・両関係は本契約を持って確認し、その仲介者ランドック家が証明とし、神に誓うものとする。


その内容の曖昧ぶりをみればなんとも言いがたい内容だったが、契約書など所詮は文章が羅列した紙切れ、そういう意味では契約は内容よりも公に和解を示せる程度の意味でしかない。つまり、その後守るかどうかは当人達しだいだった。


強いて拘束力で言えるとすれば、ラヌルフ辺境伯が約束を破ればローラン王国かランドック家が批難するだろうがそれも政情次第だった。契約書など国が安定して絶対的力を持ってるからこそ成り立つもの。ましてやラヌルフ辺境伯は爵位の割に公爵家と大差ないほどの領土と権力を持っていた。ローズ商会は所詮商人だったので理由をつけてその気になればいつでも破られる覚悟が必要だった。


こうして、形だけの契約は何の問題も起こらず無事に終了した。

そのことにクリス達はは一安心した。しかし、その笑顔を見せる前のアイリスの表情をクリスは見逃さなかった。

契約が終わり、みんなが宿へと戻るとクリスはアイリスの元へと向かった。

さっきの表情のことを確かめるために。


「アイリス?」

「あら、クリスどうしたの?」


アイリスは相変わらずの笑顔で返してくれた。

そしてクリスが一人なのを確認すると部屋へと入れてくれた。


「とりあえず、無事に終わりそうだね」

「ええ、そのようね」


笑みを浮かべているアイリスだったがその目はどこか悲しげだった。


「あのさ、アイリス」

「何?」

「来てくれてありがとうね」

「何よ気持ち悪い」


アイリスはクリスを睨んでそう言った。

クリスは心にグサリと刺さった気がする。


「そ、そんな言い方はないでしょ」

「女なの女を好きになるクリスにはお似合いの言葉よ」

「うぐっ……」


アイリスの言葉が更に深く心に刺さったが言い返す言葉もなかった。


「そんな下らないこと言っている暇があったらアリスの所にでも行きなさいよ。ほらしっしっ」


どうやらアイリスはアリスのもとへ向かわせたいらしい。取り合えず言うこともいったので部屋を出ようとする。そして、ドアを閉じようとしたときちらりとアイリスを見たら追い払う手とアイリスの口元が微かに動いて何か言っているのが見えが何を言っていたのかわからなかった。


そして、クリスは気を取り直すと言われたとうりアリスの元へと向かった。


コンコン


ノックをした後、少ししてドアが開く。


「あら、クリス」

「様子を見にきました」

「そう、入って」


そう言うとアリスは部屋へと入れ、二人は椅子に座った。


「……私の選択は正しかったのかしら」

「どうしたんですか。アリスさんらしくもない」


部屋に入れてくれてそうそうにアリスは弱音を吐いた。

その様子に驚きながらも一度抱きしめ、頭を撫でる。


「……アイリスがうかない表情をしているから」

「アリスさんも気付いていたんですか」


アリスは少し驚いた表情をし、クリスを見た。


「大丈夫です。それに何かあったらこれがありますから」


クリスはそう言って、抱きしめた身体を話すと腰元の剣を見せた。


「これは?」

「アイリスがくれたものです。いざというときのためにって」


そういうとクリスはウインクをした。クリス自身も不安がないこともなかったがアリスを安心させることが第一だと考えたのだ。


「そう……それなら、安心ね」

「ええそうですともなんせ女神様直伝の剣ですから」

「それ、言葉が少し変じゃない」


そういうとアリスは微笑んだ。クリスにとって今アリスに一番して欲しかったのはその笑顔だった。

クリスも不安だったのだ。だからこそ今はアリスに笑っていて欲しかった。ただそれだけの話だった。


そしてしばらくの間他愛のない話を続け、出発は翌日の朝ということになった。

本来であればそのままアリスと一緒に寝てしまいたかったが、敵地ではそうしている訳にもいかず、部屋を退出した。そして、クリスはレオンのもとへと向かい部屋のノックをする。


「く、クリス様」

「しっ!頼みごとがあるから部屋に入れて」


クリスが小声で話すと察したレオンが部屋に入れてくれた。


「いかがされましたか」

「レオン、今からあなたにお願いがあるの」


ルイスの目がクリスをじっとみる。


「今すぐ出発してランドックに兵の準備をお願いしたいの」

「それって……まさか」

「いいえ、今回は確証がないの、でも念のためにね。だから襲撃があった場合に怪しまれずに助けに来られる程度の兵力でかまわないの。お願いできるかしら」

「……わかりました」


レオンはそれ以上クリスに聞かなかった。

そして、すぐさま準備をして夜道を出発していった。


部屋でその様子を眺めながらクリスは思案していた。

現状のアイリスの様子を見ていれば恐らく襲撃は帰路の可能性が高い。

そして、今自分がレオンに頼んだ内容を考えると不安なのはラヌルフ領をでるまでの2日間。

予定どうりいけばそこで領の境目で待機しているレオンと合流できる計算だった。

ではラヌルフ伯が襲撃するとすればいつどのような形で襲撃するのか。


クリスは過去の出来事を思い出す。そうアリスとカルヴァンと一緒にプロヴァンに出向いたときにあった襲撃のことだった。


「決まりだろうな」


クリスは手を眺めながら呟いた。以前は魔法で先頭していたし数も少数だからなんとかなっていた。

しかし、今回はどうかわからない。それを証明するかのようにアイリスは剣を用意してくれたのだ。

それが意味することは近接戦があるかもしれないということだった。


「つまり、この手が血に染まるのかもしれないのか……いや、もう染まっているのか」


そう思うとクリスは手が震えてきていた。

また人を殺すかもしれない。それを回避できるならしようと努めてきたはずだった。

でもたった一度、アイリスの忠告を聞かなかったばかりに再び自ら手の手で人を殺めてしまうかもしれない。ましてや次に死ぬのは自分の番なのかもしれないのだ。考えるだけでもひどい不快感に襲われた。


「こういうとき何も考えずに殺せる人が心底……羨ましくもないか」


相手が悪人だからと何も考えずに人を殺せるのであればそれじゃあ殺人鬼とたいして変わらない。

そう思うと震えている手も不快感も不思議と安心感があった。

まだ自分が人である。そう思えた気がして。


そして、クリスは夜道を歩いてアキテーヌにある別の小さな教会へと向かった。

敵地の夜道に歩くなど無謀に見えるかもしれないが、ラヌルフ伯の性格を考えればアキテーヌで事件を起こすわけにはいかないだろう。そんな不確定な自信があった。


そして、教会へとたどり着くと見慣れた姿があった。


「アイリス!?」

「あら、クリスどうしたの?」

「ちょっとお祈りにね」


クリスがそういうとアイリスは驚いた表情をした。


「あら、じゃあ明日は雨……雪か嵐かしら」

「ひどいなあ。せめて帰り道まで天気は晴れであって欲しいね」


クリスは散々神様を頼らない宣言してきたのだ。ここまで言われるのもやむを得なかった。


「話、聞きましょうか」

「お願いします」


そういうとアイリスはクリスの前に立った。

クリスはアイリスに跪き手を合わせて祈る体勢をとる。そしてクリスは目を瞑った。


「……それで、あなたの願いは」

「アリスさんを守ってください」

「……それがあなたの願いなのね」

「はい」


そしてクリスはしばらくの間祈りを奉げ、目を開けてアイリスを見た。

そのアイリスの表情はやさしく微笑んでいてとてもきれいに見えた。


「アイリス、一緒に帰ろうか」

「ええ、そうね」


こうしてクリスとアイリスは一緒に宿へと帰った。

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