4-5 休日
いつの間に眠ってしまったのだろうか。
朝日の光と心地よい温かさににクリスは目を覚ました。しかし、目の前にアリスの姿が見当たらず、手も握っていないためか心なしか寂しさを感じた。
ただ、この温かさは何なんだろう。薄々感ずきながらそろりと胸元を見て見ると。
アリスが居た。しかもまだ眠った状態で。
眠っている間に何があったのか。寝ていて知らないことを呪いたくなる気持ちを抑えつつ状況を確認してみる。幸いお互いに軽装ながらも服を着ていたことからたぶんきっとやましいことは何もなかったと思うことができた。そのことに一安心して寝顔を見ているとスヤスヤと眠っている目の前のアリスを抱きしめたい衝動に駆られてしまった。。
どうしよう
クリスが手をアリスの方へ持って行こうか悩んでいると突然ドアからノックの音が聞こえた。
心臓が止まるかと思うほど驚いたクリスは慌ててベッドから飛び起きる。
その動きにアリスも目が覚めたのだろう、目をこすりながらクリスの顔を見ると
「おはよう」
そういってアリスは笑顔をクリスに向けた。
「あ、おはよう」
クリスも笑顔をアリスに返したものの今はそれどころではない。
ドアを開けるべきかどうか悩んでいると再びノック音が聞こえた。
「あれ?クリス、でないの?」
アリスは不思議そうな顔をして首を傾げる。そして代わりにでようと思ったのかドアの方へと向かっていく。
「え?あ、ちょっと!」
クリスはアリスの行動を止めようとしたが手遅れだった。
一足先にアリスがドアを開ける。
「クリスさ……あ、アリス様」
「おはようベル」
どうやらノック音の主はベルらしかった。
「ああ、クリス様の部屋にいらっしゃったんですね。心配したんですよ」
「ごめんなさいベル。次からはちゃんとあなたに伝えるように気をつけるわ」
「ああ、いえそこまでは。でもよかったです」
「あら、そんなに心配だったの」
「はい、てっきり連れ去られたのかと思って」
「……ある意味そうかもしれないわね」
「え?」
アリスがそう呟くとベルは不思議そうに首を傾げた。
「いえ、何でもないわ。それより今日は休日だったわよね」
「ええ、そうですが?」
「もう少しクリスの部屋でゆっくりしてもいいかしら」
「ええ、かまいません。それでは食事は部屋にお持ちしますね」
「ごめんさい。お願いね」
アリスはそういうとドアを閉じ、クリスに顔を向けると笑みを返してきた。
よく考えてみればアリスとクリスは女同士。長年一緒にいたことを考えれば一緒に寝ることくらいは一度や二度あったとしても問題になるようなことではなかったのだ。
そして、そのことにようやくクリスは気づいた。おそらくそのことをアリスは知っていたのだろう。ベッドまでもどってくると笑顔をむけてきた。
「ねえ、膝枕して」
「え??うん」
クリスは意味がわからなかったがとりあえずうなづく。
その返答を聞いたアリスは笑顔で寝転んできた。
何だか猫がが膝元にいるような感じがした。そしてなんとなくクリスはアリスの頭を撫でてみる。
アリスは心地良いのかくすぐったいのか少し甘い声をだしていたものの、ちらりとクリスを見たあと再び目を閉じる。そのまま眠るつもりらしい。
髪の毛が少しこそばゆいがこれまでまるでお姉さんのように頼りになるアリスの頭を撫でているのはそれはそれで嬉しかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。幸せな時間を満喫しているとドアからノック音が聞こえる。
コンコン
そしてドアを開けてベルが入ってきた。
「お食事をお持ちしました」
二人の様子に少し驚いていたもののベルはクリスに微笑むと食事をテーブルにおいてくれた。
その途中、ベルがテーブルに食事を置いた音でアリスは目を覚ましたらしい。
「ありがとう。ベル」
そういうと眠そうに目を擦りながらアリスは微笑んだ。
こうして、朝食を済ませるとアリスとクリスは雑談をした。
「姉妹だとこんなことしたりしたのかしら」
「どうなんでしょうね」
そう言うとクリスは微笑んだ。クリス自身はほんの少しだけ母の記憶があったがこの世界の記憶では作られた記憶。前の世界の記憶では男だったので姉妹同士の会話がどんなものなのか知らなかった。
ただ、今の時間が楽しかったのでそれでいいかなとクリスは思った。
そこでクリスは気付く。
あれ?これって何だか恋愛から遠のいているような……
そう思ってアリスの顔を見てみたが。アリスは笑顔で髪型について楽しそうに話をしている。
聞くべきかと少し迷ってしまったが、楽しそうに話すアリスの様子を見てクリスはやめることにした。
アリスとクリスは主人と従者であることは違いなかったし、お互いを想う気持ちがあるならわざわざ何かの言葉に当てはめるような関係である必要もなかった。
食事も終え、先ほどまで髪型の話しをしていたアリスの提案により、クリスの髪型をいろいろと試行錯誤してくれた。クリスは流行が疎かったため、結局アリスが気に入った少し高い位置でポニーテールにすることで落ち着いた後二人で屋敷を歩き回ることになった。
これまでクリスは休日は本を読んだり書類の整理、武術の稽古に余念がなかったもののアリスと一緒に歩いてみるとまた違うことがあった。
途中であったベルは今日は朝だけの仕事であったらしい。普段より少しおしゃれをしてどこかでかけるようだった。
その出かける先はアリスもクリスも想像がついていたのでべるには「いってらっしゃい」としか言わなかったし、ベルも恥ずかしげに「いってきます」と言って嬉しそうに出かけていった。
続いて、ロザリーのもとへと向かっている途中、メアリが窓辺から外を覗いている姿が見えた。
「メアリさん」
「あ、アリス様とクリス様」
「どうかされたのですか?」
「あ、いえ」
そういうとちらりと窓の外を見て顔を俯ける。
アリスとクリスは首を傾げながら近づいて、メアリが見ていた方向を見て見ると庭の方にロザリーの姿が見えた。
「あら、何をしているのかしら」
アリスが首を傾げるとメアリが指を口元に当てた。
そして、少しじっと待ってみているとどこからともなく人影が現れた。
「れ、レオン様!?」
周囲を少し警戒しながら現れたのはレオンだった。
そして、二人は出会ったら挨拶を交し合ったかと思うと仲良く話している。
「つまりこういうことなんです」
「ああ、そういうことですね」
「ええ、そういうことなのね」
貴族では政略結婚が当たり前だったがロザリーに関してはそれも回避できるかもしれないし、それはそれでいいことなのかもしれない。
二人が仲良く話す様子を少し見て、微笑ましく見ているメアリの姿を見ていると、これ以上邪魔しては悪いと思ったアリスとクリスは移動することにした。
こうして見て回ってみるとどうやらあちらこちらで恋が芽生えているらしい。
今さらながら気付いて驚く。
その様子をみて少し気になりちらりとアリスを見てみたがアリスは微笑んでいた。
その後は剣術の稽古のためにクリスはアリスと移動するとカルヴァンとユリックが稽古の練習をしていた。
「あら、いたのね。私も混ぜてちょうだい」
「クリスさん、はい喜んで」
ユリックは少し気まずくしていたもののカルヴァンは普通に応じてくれた。
一緒に来ていたアリスは見学をするつもりらしい。近くに座れる場所を見つけてそこでクリスを見守っていた。
しばらく稽古に汗を流していたが、もともと力の差が歴然としており、運動神経もそれ程よくないクリスはすっかりカルヴァンには勝てなくなっていた。クリスも日々鍛錬を積み重ねて多少上達しているはずなのだが素質がないことはどうにもならないらしい。そのことに少し恥ずかしがりながらもアリスを見てみるといつのまにかアイリスも加わっていた。
そして何やら楽しそうに会話している。
どうやらアイリスはアリスとも仲良くできているらしい。よくクリスのもとにいたので少し心配していたものの無用の心配だったことを知った。そんな様子を微笑ましく見ていたときだった。
「クリス、危ない!」
アリスにそう言われて正面を向くとカルヴァンが隙をついて攻撃してきていたのだ。
クリスは咄嗟にかわして体勢が崩れたカルヴァンの背後へとまわり稽古用の剣で首元を当てる。
「……ま、参りました」
カルヴァンのその言葉で勝敗は決した。
どうやら本来の反射神経は悪くないらしい。ただ、剣術としては普通に戦えば勝てないのでそれが役立つかと言われれば、自身の命がかかっていなければできないことを意味していたが。
何にせよアリスの前で1勝を勝ち取ったクリスは満足していた。
そして、稽古のあとに水浴びを軽くして、再びアリスとアイリスと合流すると今度は庭で散歩をし、夕食をとった。あとはそのまま三人で今度はアリスの部屋で一緒に話すことになり、そのまま三人一緒に寝てみた。
左からアリス、アイリス、クリスの順に寝ており、大きめのベッドとはいえ3人ではさすがに窮屈ではあったものの、心地よさそうに寝ているアイリスをアリスと眺めていると自然と笑みがこぼれた。
こうして、クリスの休日は終わっていった。




