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4-4 月が綺麗ですね

その晩、クリスは眠れぬ夜を過ごしていた。

今さらながらアリスに言われたことが心に響いていたのだ。


「どうしてこんなに心が痛いのだろう」


クリスが振ったカルヴァンやユリックも同じ気持ちだったのだろうか。

そう思うと申し訳ないとも思ったが今さら取り消しても結果は同じだろう。

アリスとの出来事を思い出すだけで涙が溢れてきた。そして涙が枯れるまで泣き続けた後もいっこうに眠れなかったため、クリスは寝ることを諦めて、以前と同じように屋敷の庭へと向かった。

念のために護身用のナイフを所持しているものの、軽装で庭に出ると普段よりも肌に風を感じることができた。そして心地よい風に髪をなびかせながらゆっくりと庭を歩いてみる。


今まで庭のことなど気になどしたこともなかったがいざ歩いてみると庭の手入れはきちんと行われているのかきれいに見えた。


こういう時間も悪くないかも。


クリスはそんなことを思いながら歩いていると近くにあったベンチに座る。

そして、空を眺めてみるときれいな星空が見えた。


「今、流れ星を見つけたら何を願うのかな」


柄にもないことを考えてる。

性別の変更、アリスとの恋の成就、カルヴァンやユリックと話す前の時間まで戻るように、それとも元の世界に戻れること……そういえば前の世界でなんで独立して会社で何作ったんだっけ。

そう考えていると不思議と心が晴れて冷静になっていく気がした。


「あれ、クリス?珍しい」


不意に聞こえた声の方向を見てみるとアイリスがいた。


「夜空でも眺めて流れ星に願い事でもするつもりなの?」


クリスの考えを見抜いていながらもどうでもいいと思っている表情をしながら近づいてきた。


「ああ、それができたらいいななんて思ってた」

「そう、隣に神様がいるのに」

「性別を間違えたり、転生させるような神様にお願いしたら次はどうなるかわかったもんじゃない」

「あらひどい。私悲しいわ」


アイリスはそう言いつつも怒ってはおらず、退屈なのかつまらなそうにしていた。

そして、少しの沈黙が流れた後、アイリスはクリスの正面に立った。


「ねえ、私はクリスのこと好きだよ」

「それ、慰めているの?」

「じゃあ、男だったどう返事する?」

「わからないよ。なんでそんなことを聞くの?」

「さあね」


そういうと笑顔を見せ、くるりと方向転換してアイリスは屋敷へと立ち上がって去っていった。

女神様に慰められた気分だった。しかし、頼んでいないためか助けるつもりはないらしい。


「何しに来たんだろ」


クリスは去っていくアイリスを眺めていた。そしてアイリスの返答した自分の言葉に気づく。


あれ?これって私がアリスさんから貰った返答とさしてわからないような。


思わず苦笑いをかみ殺す表情をして、アイリスが去っていくのを見守った。

そして、アイリスの姿が闇夜に消えてすっかり見えなくなったときだった。


コン


非常に小さい音であったものの微かに石の道を靴で歩くときの音が聞こえた。

クリスはその音に反応して顔の向きを音のした方向に向ける。

誰もいなかった。念のため護身用に持っていたナイフを手に取り、再び耳を済ませる。

しかし次は何も聞こえなかった。

仕方なく、クリスは音のした方向へと歩んでゆく。

これでもクリスは団長なのだ。万が一にも放置をしてローズ商会会長のアリスとロザリー子爵のいる屋敷に夜間に侵入者が現れたとなればそれは大問題だった。

一歩、また一歩と警戒しながら近づいてみるものの先ほどから音は一向にしない。


「気のせいだったのだろうか」


そう思いかけたときだった。目の前に何やら人が隠れている姿がわずかに見えた。

いや、当人としては隠れているつもりだったのだろう。ただいかんせんワンピースのような形状の白い衣服は夜道で隠れるにはあまりに目立ちすぎた。

衣服から女性ということがわかり一安心するが、まだ相手がだれだかわからない。クリスは襲われる警戒だけは怠らずに一歩ずつゆっくりと近づく。

そして、その姿と顔を確かめた瞬間クリスは驚いた。


「あ、アリスさん!?」

「あ、えーと、その……」


その姿はアリスだった。ばれたのが気まずいのかアリスは罰が悪そうな表情をしながら苦笑いをしていた。

そしてクリスがアリスの手をとり立ち上がらせる。


「え、えっと……まあ、こんな場所で話すのもなんですから私の部屋まで来ますか」

「え?ええ」


思いついた言葉にアリスが了承したのでクリスは自室までアリスを招いた。

部屋に招こうと思ったのは単純に夜に隠れていたせいか手をとったとにアリスの手が冷えていたように感じたためだった。

それに事情を聞くにしても目の前に屋敷があるのに誰かに聞かれるかわからない夜の庭でわざわざ話を聞く必要もなかった。


クリスはアリスを部屋に招くアリスが落ち着くまで待ってもらい、小さな調理場で自前の魔法で火をつけて、水を沸かすとハーブティーを作ってアリスに渡した。


「魔法、便利ね」

「ええ、こういうとき私もそう思います」


クリスは先にハーブティーを先に一口飲み、アリスも渡されたハーブティーを一口飲む。

先にクリスが口をつけたのは単に飲んでも安全と示すためだったが、アリスは特に気にしてる様子はなかった。


「これは?何かしら?飲んだことがあるような」

「ああ、安眠できると聞いたハーブティーです。あまり美味しくないですがロザリーさんお勧めなんで。名前は……忘れました」


そう答えるクリスは苦笑いした。アリスも同じく名前を思い出せないようで微笑んでいる。


「こうやって一緒に一服するのは久しぶりね」

「そういえばそうですね」


いつの間にか忘れていたが、こうして一緒に一服するのはカルロスの事業計画を練っているとき依頼だった。


「なんだかあのときがとても昔なように感じます」

「そうね。私も同じよ」


そう言うとお互いにハーブティーを一口飲んだ。

そして少し沈黙と気まずい空気が流れる。こういうとき何を話していいのかわからなかった。

そして、最初にその空気を破ったのはアリスのほうだった。


「ねえ、クリス。もし、私がクリスを振ったとしてもクリスは私を守ってくれる?」

「当然ですよ。だって私はアリスさんのおかげで今の居場所ができたんですから」

「ありがとう。でもあなたはそれでいいの?」

「え?」


クリスはアリスの言っている意味がわからずカップの手が止まる。

そしてアリスはカップをテーブルに置くとクリスの目をじっとみて言葉を続けた。


「クリス、私もあなたのことが好きよ」

「アリス……さん?」

「でも、私にはその気持ちがよくわからないの。それって恋人?友人?それとも主従関係?ねえ、クリス。私はどう返答すれば正しいのかしら」

「アリスさん?」

「クリス。私はクリスを失いたくないの。ただ、そんな理由で返答したら気持ちに応えられていない気がして……」

「アリスさん」

「わからないの。クリスにどう返答すればいいのか。でも私にとってはクリスは大切な存在だから……」


そこまで言うとアリスの目から涙が零れ落ちた。そのときクリスは気付いた。これがアリスなりに考えてだした結論なのだと。アリスもまたクリスのことを大切な存在と言ってくれたことだけで嬉しかったがその気持ちを知るためにアリスを泣かせてしまったことにクリスは後悔した。

そして、クリスはアリスを優しく抱きしめる


「アリスさん私もあなたが好きです。そして他の誰よりもあなたのことを信頼しています。私はアリスさんの従順な従者として何があってもあなたを裏切らないし命を懸けてみせます。だから……」


クリスは耳元で宥めるように言った。そしてクリス自身にも言い聞かせるように。そうしないとクリスも泣いてしまいそうだったから。

アリスは強い人ではなかった。だからこそ本来であればクリスが気付かなければいけなかった。恋人とか従者とかそういった形にこだわるのじゃなくアリスの傍で支えていく存在であるべきことに。


もっと早く気付いていれば。


クリスは、泣き続けるアリスを宥めつづけた。そして、徐々に涙が収まっていくのを確認したあと、そのまま部屋へ返すのも先程の言葉を偽っている気がしたのでクリスのベッドへと寝かせた。

そしてクリス自身はアリスが落ち着くまで椅子を用意して見守っているつもりだったが。


「従順な従者なんでしょ」


アリスのその一言に根負けし、結局一緒にベッドで寝ることになった。

あのときのように手を繋いで。お互いの顔を見守るように。


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