4-3 告白
帰路、クリスはアイリスと一緒には帰らず気分転換に夜道を歩いてから屋敷へと戻っていっていた。
本当に長湯をしてのぼせてしまったため、火照ったからだを冷ましたかったのだ。アイリスも怒っていたのか長湯にのぼせたのか一休みしてからアリス達と一緒に帰るといっていた。
これでもクリスは騎士の身。最近は一人でも夜道でも歩いて帰ることもできるようになっていた。所持している剣もロングソードでは少し重かったためショートソードを少し細くして軽量してもらっている。 なお、剣の素材は同じなために戦闘での耐久力に難があったものの、通常のショートソードでも重いため、そうでもしなければクリスがナイフしか持ち運ばなかったためだった。
もっとも、その剣を扱えるかと言われれば実は護身術程度の剣術しかないクリスはどちらにしてもちゃんと扱えなかったのだが。
そんなクリスが歩いていると、屋敷から出てくる人影が見え、こちらの様子を見たかと思うと走って近づいてきた。
「あれ?クリス様」
そう呼ばれて警戒を解いて顔を確認してみると旅で見慣れた顔だった。
「ユリック!?」
「覚えていてくださったんですね」
そういうとユリックは笑顔で返してくれた。
「こんな時間に何しているの?」
「ああ、これはウィリーさんに少し頼まれごとをしまして」
クリスはユリックの手を見てみると何やら荷物を持っていた。
ただ、男性とはいえ夜道なのにそれ以外何も持たず、ユリックはあまりに軽装だった。
「そうなの、だったら夜道は危険だから送っていきましょうか」
「え?でも……」
クリスがそう言うとユリックは何やら躊躇っているようだった。
何を躊躇っているのかとクリスは不思議に思っていたが、少し考えてようやく気付く。
どう考えても性別として立場が逆だった。
わ
「うーん、じゃあ、私も興味あるから連れてって」
「え?は、はい」
ユリックもとくに断る理由もなかったのだろう。クリスがそう言ってみると渋々ながらも了承してくれた。
そして向かった先は販売所の応接室でそこにはウィリーとカルヴァン、レオン、ルイス、エリックがいた。
「おお、ユリック来たか……てクリス団長!?」
「あら、みんなは何しているの?」
クリス達が入浴場で女子会をしていたとき、こちらはどうやら男子会をしていたらしい。
別に群れたいわけじゃないけど男同士でわいわいするのが好きなのはクリスも過去に経験があったのでなんとなく理解できた。
そして、慌てているということはどういった話をしているのかも。クリスは適当にちゃちゃを入れてみることにする。
「おや?その慌てようはエッチな話でもしていたんですか?」
「ぶはっ!」
クリスの言葉を聴いたレオンは酒を飲んでいたのか盛大に噴き出す。
その正面にいたルイスは一瞬にしてアルコール臭くなった。
びしょぬれになったルイスはレオンを睨むが着替えるために何も言わず一緒に席を外す。
なお、クリスの場を読まなかったと思われる発言でカルヴァンとエリックは目を白黒させ、ウィリーは恥ずかしそうにしていた。
そうか。この時代の女性がそんな発言をしたらはしたないんだ。
そう気付いたが既に手遅れだった。場は少し気まずい雰囲気へと変わりつつあった。
「と、ところでどんな話をしていたの?」
「え、えーとですね」
カルヴァンが何か返そうとしているようだがいまいち反応が悪い。
諦めてウィリーがを見ていると困惑した表情をしている。場を切り替えるのは厳しいか。
クリスが諦め顔でエリックを見てみると既に表情を変え、何やら悪い顔をしてニヤニヤしていた。
「そういえば、クリスは婚約とか取り交わしたりしているの」
「そんな話にすらなったことないかな」
エリックの突然の問いにクリスはばつが悪そうにしながら答えた。
「カルヴァン、チャンスじゃないか」
「チャンス?」
エリックの言葉にクリスは首を傾げるが少し考えてみて思い当たることがあった。
「クリスさん。えっと……」
「え?ちょっ」
カルヴァンはクリスの目をじっと見て口を開いた。
これはまずい。そう思いちょっと待ってと言いつつカルヴァンの口を手で塞ごうとしたときだった。
「僕と付き合ってください!」
そう言ったのはカルヴァンではなかった。
クリスは驚いて声のした方を振り向く。するとそこにいたのはユリックだった。
「え?ユリック何を言って」
「クリス様のことがずっと好きだったんです。クリス様がカルロスの孤児院で文字を教えてくれたときから。でも、必死に勉強をしていたらクリスさんが居なくなってしまっているし、カルヴァンさんと出会えてようやくクリス様とお会いできたと思えば騎士団団長になっていて……そしてやっとお会いできたのに話もできなくて……でも、でも今日お話することができたから。その、そのチャンスを他の人に渡したくなかったんです」
「え?ええ、そうなのね。え?」
ぎこちない返事をするクリスだったがそれも致し方なかったと思ってもらいたい。その場にいたカルヴァン、ウィリーも呆然としており、この状況を作ってしまったエリックですら困惑した表情をしていたのだ。
その様子から実はユリックがクリスのことを好きだったというのは誰も知らなかったのは明白だった。
「だから、クリス様。僕と付き合ってください」
どうやらカルヴァンと対立する覚悟で告白する前に思い切ったみだいだったがなにぶん状況がよくない。雰囲気も何もあったものではなかった。
初めて受ける告白にただただ圧倒されクリスが返事をできないでいると、最初に我に返ったのはカルヴァンだった。
「ちょ、ちょっと待て!」
その声を聞き周囲もクリスもカルヴァンを見る。
今度はなに!?
クリスがそう思ったときだった。
「俺もクリスさんのことがずっと好きだったんだ」
カルヴァンは顔を真っ赤にさせながらそう言った。
クリスはその状況に呆然していた。この状況で告白を継続されると思っていなかったのだ。クリス自身改めて振り返ってみたけどそれらしきイベントもそこまで強行する理由も思い当たらなかった。ましてやこの状況での告白ではロマンチックな雰囲気などまったくなくエリックに餌を与えているようなものだった。
どうしてこうなった!!
クリスは理解が追いつかずに困惑していると、エリックがニヤリと笑い提案を始めた。
「じゃあ、決闘して決めればいいんじゃない」
エリックの唐突な話にクリスは慌てて反論する。
「ユリックはまだ騎士じゃない。だから決闘は無理!」
「じゃあ決闘ではないただの勝負でやればいいじゃないか。怪我が気になるのなら」
「それは……」
クリスはそこですぐに否定することができなかった。そこで否定すれば次に言われるのはクリスが決めることになりそうだったから。
クリスが無言で黙っているとレオンとルイスが戻ってきた。
「あれ?みんな何しているの?」
不穏な様子に気がついたルイスが問いかけると、エリックが淡々といきさつを話す。
そして、最後に一言を加えた。
「カルヴァンとユリックがクリスをかけて勝負するらしい」
「じゃあ、僕も混ぜてよ。フローラに頼まれてたんだ」
「ふぇっ!?」
こうして、ルイスも何故か加わることになった……なんてことをクリスが許せるはずがなかった。もとよりクリスになって今まで一度たりとも男性にモテたことがなかったのだ。どう考えても展開がおかしいことだらけだった。
「て、ちょっと待って!」
「なんだよ」
「これって私をからかっているの?」
「それは本人たちに失礼じゃないかな」
エリックがちらりとユリックとカルヴァンを見る。クリスも見てみるが真剣な表情に見えた。
「ご、ごめんなさい」
「まあ、動揺する気持ちはわかるよ」
「で、でも!ほら何ていうかこうそれらしきイベントというか出来事もなかったと思うし……あ、いや、ちゃんと孤児院での出来事や巡礼の旅の出来事はちゃんと覚えているよ。それに仕事ぶりとかも……そうしゃなくて、えーと、そう!本人である私が置き去りなんですけど!」
「そう言われれば……」
「そうだったかも……」
ユリックとカルヴァンが顔を見合わせ納得した表情をする。
とりあえず勝負は回避できそうでクリスは一安心する。
「じゃあ、誰と付き合うの」
「え?……あ」
エリックのその一言でクリスに注目があつまった。
勝負を回避しようとして自ら墓穴を掘ってしまった。
ちらりとユリックとカルヴァンを見てみるが彼らは真剣にクリスを見ておりもはや言い逃れはできそうになかった。
そして、クリスは意を決して言う
「ごめんなさい!私好きな人がいるの!」
その言葉を聴いたユリックとカルヴァンは驚いた表情をする。
そして、他ならぬクリスも驚いていた。好きな人がいる。そう言った瞬間胸に何かつっかえていたものがとれたようにすっきりしたのだ。
ただ、カルヴァンには思い当たるところがあったらしい。
「それって……もしかして」
その言葉にクリスは頷いた。
すると続いてエリックも思い当たるところがあったのか納得した表情になる。場はすっかりさめてしまった。そう思いクリスは申し訳なく思っているとするとカルヴァンは笑顔になり、「傷心会だ!」といってなぜかクリスを巻き込んでその日は遅くまでみんなで盛り上がった。
そんなことが会った翌日。
クリスはアリスに呼ばれた。
「クリス、説明してもらえるかしら」
「何のことでしょうか?」
「エリックから聞いたのよ。全員まとめて振ったらしいじゃない」
「え?あ、ああ……」
もう既にアリスの耳まで届いているらしい。
「どうして振ったりしたの?クリスは貴族じゃないのだし、彼らなら交際してみてもよかったと思うのだけれど」
「それは……」
クリスは顔を俯けた。
答えられるはずがなかった。ユリックやカルヴァンから告白されたときに気付いてしまったのだ。どんなに隠せても自分には偽ることはできない気持ち。いっそ告白して楽になりたいが今言ってしまえばそこで主従関係も今の居場所もすべて壊れてしまうかもしれない。
契約関係で言えばアリスは決してそんな理由でクリスを解雇したりはしないだろう。そういう人だ。ただ、クリスの恋もアリスが同じ想いであって初めて成り立つものだった。ましてや女性同士での恋愛などそう成立するものでもないし世間も認めるはずもなかった。
だからクリスは自分自身も知らずに気づかないふりをしてきたのかもしれない。今のままでいい。そう思って満足することにしてきた。
クリスはぐっと堪えて手を握り締める。その反応にアリスはため息をついて言葉を続ける。
「クリス、あなたまだ誰とも付き合ったことないでしょ。ルイスはともかく好意をもってもらったんでしょ。それによく知っている人なんだしクリスに好きな人がいないなら付き合ってみてもいいと思うの。何だったら私が間を取り持ってもいいわよ」
「それは……」
目の前に好きな人がいて、その人から交際を取り持つと言われるのが辛かった。アリスはクリスのことをそういう目では見ていない。そう言っているように聞こえたから。
アリスのその言葉にクリスは歯を食いしばった。その様子に気づかなかったアリスが再びため息をついた。
「クリスらしくもない」
アリスの言葉にピクリと反応し硬直する。
らくし……ない?
アリスは何をもってらしくないと言ったのだろうかとクリスに疑問が起こる。
アリスは何を知っているのだろう。だったらどうしてこの苦しい気持ちを理解してくれないのだろう。次々と沸き起こる疑問や感情が溢れ、クリスは飲み込まれていく感覚に襲われていった。
そして一度あふれ出した感情はどんなに頑張っても抑えることは容易ではなかった。
「私の気持ちなんて知らないくせに……」
「え?」
クリスの呟きが聞き取れなかったのかアリスがキョトンとした表情をしてた。
そしてクリスがじっとアリスを見ると何を思ったのかアリスは笑顔を返してきた。
「クリス、好きな人がいるなら私に相談でしてくれていいのよ」
「……できませんよ」
伝えたい気持ちを押し殺し、手をさらに強く握って必死に抑える。
余計な言葉を言ってしまわないように。感情がこぼれてしまわないように。
「そう……私ではなたの力になれないの……」
そう言うとアリスは悲しそうな表情をした。
その表情を見てしまったクリスは心がゆれた。今言ってしまえばすべて解決するんじゃないか。アリスを傷つけないで済むんじゃないか。楽になれるんじゃないか。そう思った瞬間すべての思考が停止し、感情が溢れ出る感覚とともに声を震わせんがらアリスの問いに答えた。
「だって……だって私はアリスさんが好きだから」
「え?」
クリスの言葉を聞いたアリスが呆然とした表情をする。
そしてその表情は見る見る驚いた表情へと変わって言った。
「く、クリス、何を言っているの。だ、だって私達は女性同士だし」
「だったら!だったら私が男であればよかったのですか!」
アリスが言い終えぬうちにクリスは反論した。
溢れてしまった感情をクリスはとめられなかった。
「そ、それは……」
クリスの問いに対してアリスは返答を躊躇っていた。そして顔を俯ける。
その様子を見たクリスは急激に冷静になっていき、とんでもないことを言ったことに気づく。
アリスを攻めるつもりも悲しませるつもりもなかった。なのに今の状況はまったくもって最悪な状況だった。
「すいません。忘れてください……それでは仕事がありますので」
かろうじて出た言葉でそう言うクリスは礼をしてと部屋を出た
そして、部屋を出たクリスは目から涙が滴り落ちてきていた。
どうしていいのかわからなかったから。
クリスは袖で涙を拭うと周囲に誰もいないことを確認し、再び自室へと戻っていった。




