4-2 みんなで入浴
翌週、仕事を終えたクリスはこりずに再び入浴場へとやってきた。
目的はただ一つ大きな入浴場に一人で独占している気分を味わうためだった。普段の入浴でもよかったのだがやはり大きい入浴場は格別な気がしてそう簡単にやめられるものではない。
つまりクリスははまったのだ。いつものように衣服を脱ぎ、入浴場へ入る。
「あ、クリスも来たのね」
「なっ!?なんでいるんだよ!?」
意気揚々と入浴場に入ってみると既にアイリスが入浴していた。
「まま、いいじゃない、ついでにアリスやロザリー達も呼んでおいたんだよ」
「あ、そうなんだ。だったら……え?今なんて?」
うんと頷いていたクリスが硬直する。
「だから他の人も呼んでおいたよ?」
「えっ!?」
思わずクリスは振り向いて更衣室へ戻ろうとしたが既に手遅れだった。
更衣室に物音が聞こえてきていた。そして膠着しているクリスをよそにほどなくして人が入ってくる。
「あら、クリスはもう来ていたのね」
「は、はい」
入ってきたのはアリスだった。続いてロザリー、ベル、メアリ、フローラが続く。
「フローラさんも加わったしこういう主要女性メンバーで一緒に入浴というのも悪くないわね」
「そ、そうですね」
クリスは引きつりそうな顔を必死で抑えとりあえず笑顔でアリスの話に相槌を打っておく。
こうして全員が身体を洗い湯船に入浴を果たすとアイリスの言葉をきっかけに再び恋愛トークが始まった。
「ベル、そういえば最近どうなの?」
「実は……先日ついに誘われたんです!」
キャーキャー喜びの悲鳴をあげるベルとアイリス。クリスは昨日しったばかりだったが周知の事実だったらしい、周囲の反応はいたって冷静だった。
そして、その様子を羨ましげにロザリーとフローラは見てため息をつきながら何やら会話していた。
「ベルさんいいなあ」
「本当ですよね。だって私達は……」
ご令嬢の定めなのだろう。貴族の娘である以上政略結婚が当たり前。好きな人と結婚できる可能性などかなり低いのだ。そのことを知っているロザリーとフローラからはベルの様子を羨ましそうに見なていた。そして少し悲しげな表情がみられ、メアリはロザリーの様子を心配しているようだった。
「すごい差を感じるわ」
アリスの呟きに同じことを考えていたクリスは思わずアリスを見る。
「アリスさんもそう思いますか」
「ええ」
そしてお互いに目を合わせると苦笑いした。
どうやら貴族令嬢組、恋愛トーク組、主従(恋愛下手)組にきれいに分かれてしまったらしい。
そう思うと複雑な気分だったがクリスはあることに気がつく。
あれ?今がチャンスなんじゃないか。
クリスが前々から気になっていたがアリスに聞けないことがあった。それはアリスに好きな人がいるかどうかということだった。
クリスはのどを鳴らしちらりとアリスを見てみるとクリスの様子に気がついたらしい。クリスに顔を向けると首をかしげた。
その様子にクリスは意を決し聞いている。
「アリスさんは好きな人はいるんですか?」
「え?私?そうねえ……」
そういうとアリスは少し考えた様子を見せた後、クリスを一瞬だけちらりと見てから答えた。
「いないわ」
その返答にクリスは安堵し、胸をなでおろす。
「クリスは?」
「私もいないです」
特に考えることもなく素直に返答した。好きな男がいないのは事実だった。
するとアリスから意外な返答が待っていた。
「あらそう?カルヴァンとけっこういい感じだと思ったんだけど」
「え?どうしてですか?」
「だって巡礼でカルヴァンの手当をして一緒に帰ってきたじゃない」
そう言うとアリスがクリスの顔をじっと見てきた。
「あ、私もその話を聞きたい!」
「私もいいかしら」
その話を聞いていたたしい。ベルとロザリーが突然割り込んできた。
アイリスは内容を知っているので苦笑いしていたが、どう話すのか興味があるらしい。
困惑するクリスに助け船を出す気はまったくないようだった。
こうして、クリスは帰路についてすべて報告させられた。
当初、戦闘の話やクリスがカルヴァンとの命を大切にしようという話や身体を拭く話までは何やら盛り上がっていた。クリスも早く話しを終わらせたいためポイントだけを話していたのがたまたま彼女たちが興味を持つだろうポイントばかりだったのだ。だが、その後から何事もなく帰路を続けて無事にオルランドへと帰ってきた話になるについて徐々に盛り上がりは失せ、場の空気は沈黙へと変わって言った。
言わずもがな、クリスが話終えた後の反応はフローラを除いてかなり不評だった。
「せっかく場を作ってもらえたのに……」
「やっぱり……」
「カルヴァンのへたれ!」
「これはもしかしたら?」
「落ちはつけなさいよ」
「アイリスさん!?これはどういうことですか」
アイリスの変なセリフと最後のロザリーのアイリス批判を除き、カルヴァンの恋愛の奥手ぶりの批判は相当なものであった。そこから女性陣によるカルヴァンのへたれに対する陰口を生々しくを言い合っていたが。そこはクリスは聞いていないふりをすることにした。
ただ、今の話の問題はそこではなかった。そのやりとりでも不満を解消できなかったロザリーがアイリスに不満をぶつけた。
「アイリスさんにあれほど頼んだじゃないですか!」
「え?だって気配すらないんだよ」
「それだって方法が」
「いやだって、なら何でカルヴァンは」
「ま、まあまあ」
無理やりお膳立てされても困るのでアイリスとロザリーとのやりとりに仲裁しようと入ったクリス。
しかし、それがいけなかった。アイリスとロザリーがクリスを見ると
「「全部クリスが悪い!」」
「え?ええー!!」
なぜか仲裁したクリスに集中砲火が向かってきた。
困ったクリスはアリスに助けを求めるとニコリと微笑んだアリスは話しに割り込む。
「そういえば、ロザリーはどうなの?」
「え?わ、私ですか。でも私は貴族になりましたし自由には……」
「そうは言っても気になる人くらいはいるんでしょ?」
そのアリスの問いに対してロザリーは黙り込む。
そして、その様子を見て話しに割り込んできたのは意外にもフローラだった。
「ああ、そういえば兄様と仲良かったですよね」
その言葉で全員の目がロザリーへと向いた。
「えーと、たしかクリス様と別れたの帰路からだったかしら」
悪い顔をしてニヤけながら言うフローラに慌てるロザリーはあからさまに何かある様子だった。
「わ、私はレオン様が……あ」
「そうだったのですか!」
「そうだったのね」
「どうぞどうぞ」
驚きの声をあげるアリスとメアリ。他のメンバーは呆然としていた。もっともフローラだけは薄々気付いていたらしく反応だけ違った。
こうして話はロザリーの方向へと向かいキャーキャー言い合っていた。
しかし、どうにもアイリスの様子がおかしい。
クリスはアイリスにこっそりと近づいて聞いてみることにした。
「どうかしたの?」
「うーん、ちょっとね」
そういうとアイリスははにかんだ笑顔を作る。
どう考えても様子がおかしいのだが、その理由をアイリスは話したくないらしい。
何だかどこかで見覚えがあるような……
クリスはアイリスの視線を辿ってようやく意味を知った。
しかも昨日までアイリスが特にそんな理由を見せていない理由も。
「アイリス、私たち仲間だよね」
「え?ええそうね」
「これからもずっと仲良しだよね」
「クリス、貴女何言っているの?」
そういう言われてクリスは視線を顔から胸元へと落とした。
それにあわせてアイリスも同じように見る。
「ば、ばっかじゃないの!気にしていないから」
そうアイリスは言ったがその声に気がついた他の人たちが近づいてくるとアイリスはクリスの後ろに身を隠すようにした。
そして、心配したアリスがアイリスに問いかける
「どうかしたの?」
「な、なんでもないわ」
どうやらアリスはクリスが何か言ったと思ったらしい。間違いではなかったもののその理由を二人が話せるはずもなかった。
「「の、のぼせそうだから」」
呆然とするアリスを置いて、そう言うとクリスとアイリスは一足先に入浴場を後にした。




