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4-1 はじまりはいつだって理不尽(じゃない……といいなあ……)

クリスは入浴事業をフル活用していた。

記憶が戻ったクリスは女性と入浴すべき状況だったが、生憎というか残念ながら感情も女性に近いのに男性という自覚があるため一緒に入るのに抵抗があった。もっとも身体も感情も女性なので男性と一緒に入浴することはもっと嫌だった。

そのため、営業日はクリスは一人で入浴を行うために貴族たちの入浴時間が終わった後の残り湯で入る風呂ことにしている。これで屋敷の入浴でアリスやロザリー、他の使用人と鉢合わせることがなくなったし、大きな入浴場に一人で独占する気分を味わえることは仕事疲れの癒しもあってなかなか爽快であった。


「いい湯だな~」


クリスがそう呟きながら顔を天井へとむけた。こうして上を眺めながら好きな格好でくつろぐのが気持ちいい。


他の人にでも教えてあげようか。


そんなことをクリスが思案していると突然入浴場の入り口が開く音がした。気付いたクリスは咄嗟に身構えるが入浴中なので手元に武器がない。他に誰もこないと思っていたのだ。身を隠すものすらなかった。

やむを得ず警戒しながらそろりと湯船に隠れながら相手を確かめる。するとその人影はこちらに気づいていないのか辺りをキョロキョロする姿が見えた。

しかし、湯煙のせいてその人影が誰かはっきりと見えない。かろうじてわかったこと。

少女?少年?身長はまだ小さく、胸のふくらみもあまりないように見えたが股間を確認して女性だとわかるととりあえずほっと一安心する。

そして近づいてくるにつれてはっきりとしてくる姿。


「アイリス!?」

「あ、クリス。いたいた」


アイリスは周囲を見回していたが、クリスを見つけるとニコリと笑った。


「いたいたじゃないよ。びっくりしたじゃない」

「そうなの?私はクリスが入っていくのが見えたから驚いてないけど謝って」

「いやいや、そりゃ驚かないでしょうよ。てか何で私が謝るのよ」


クリスがそう抗議するとアイリスは舌をだしてとぼけた。そして、周囲を見回してからクリスに話しかけてきた。


「まああま、そんなことはいいじゃない。それにこんないい所を隠しているなんて水臭いなあ」

「え?あ、まあね。ちょうど教えてあげようかと考えていたところだったけど」


その言葉にアイリスは反応し、ニコリと微笑んだ。


「そうだったんだ。だったら一緒に入ってもいいよね」

「え、ええ。でもアイリスは知っているでしょ」


クリスは以前は男だったのだ女の人が知ったら少し抵抗があるだろうと思った。

ただ、アイリスの考えはそうでもなかったらしい。


「だから?今のクリスは女じゃない。興味ないよ」


そう言うとアイリスは嬉しそうにしながら湯船に入ってきた。


そういうものなのだろうか。じゃあアリスにも同じことを伝えれば受け入れてもらえるのだろうかとクリスは考えたが残念ながらそのことを伝える勇気がなかった。

一度告白をして拒絶されてしまえば立ち直れそうにない。アリスはそんなことをしないだろうと思っていたとしても言えるかは別の話だった。

気持ちよさそうにしているアイリスをちらりと見てみたがアイリスは先ほどの話よりも湯船を楽しんでいる様子だった。


「ああ、いい湯だな~」

「……なんかおっさん臭い」

「そういうクリスも同じようなセリフを言っていたりして」


そう言い返すとアイリスは特に怒ることもなく引き続き湯船を楽しんでいる。

なお、図星だったクリスは言い返す言葉もなく顔を半分湯船につけて睨んでいたが楽しんでいるアイリスにはまったく意味を成さなかった。

そして、少しの間お互いに無言で湯船を楽しんでいると今度はアイリスから話しかけてきた。


「ねえ、クリス」

「……」

「結婚相手は見つかったの?」

「ぶはっ!!」


クリスは油断して口を半分湯船に潜っていたせいであやうく湯船の水を飲みそうになる。

その状況からかろうじて回避するとクリスは驚きの目でアイリスの顔を見た。

アイリスは笑顔ではあったものの表情を崩しておらず真剣に聞いているようだ。


「け、けけけ結婚?」

「ええ、あなたの大好きな主人のアリスさんだっていつか結婚するのよ」

「……わかってる」

「本当にわかっているの?

「……」


クリスは答えることができなかった。

これまで、命を懸けたときの多くにアリスがいて、辛いときや不安なときにアリスが助けてくれた。

でも今でも恋愛的な意味で好きなのかと言われればよくわからなかった。


「クリス、あなた心の一部が男なんでしょ。今のあなた、格好悪いわよ」

「……」


格好悪い、その言葉が胸に刺さり、クリスは少し苛立った。ただ、それでも言いたい放題のアイリスに返す言葉がなかった。


正論だったから。


そして少しの間沈黙のときが流れたとき、再び入浴場の入り口が開く音がした。


今度は誰!?


一人で楽しむ予定だった入浴時間がアイリスの説教時間へと変わって不機嫌だったクリスは更に苛立ちながらも入ってきた警戒して人影を見た。

そしてアイリスと同じようにキョロキョロしながらやって来る。

そしてようやく姿を確認できた相手はベルだった。しかも服を着て入ってきていた。


「ベル!?どうしてここに」

「く、クリスさん!?」


ベルはクリスの姿に気がつくと驚いた表情をした。

そして隣にいるアイリスにも気付き、安心した表情をする。


「あ、アイリス様。クリスさんとご一緒していらっしゃったのですね」

「うん、ねえベルも一緒に入ろうよ」

「え?でも」


困ったような顔をしながらベルはちらりとクリスを見た。

一応ローズ商会の上下関係もあるしかねているようだった。

そして、その様子を見かねたアイリスが先に話しめる。


「その様子なら私を捜していたんでしょ。クリスもこうしてサボっているんだし大丈夫だって」

「さ、さぼってないし!仕事後だし!……まあ、いいか。せっかくだしベルも一緒に入りましょう。それにそのままだと服が濡れてる状況になりそうだから入浴している間についでに乾かすといいわ」

「え?あ、はい!ありがとうございます」


クリスがそういうとベルは笑顔になり嬉しそうにしながら更衣室へと戻っていった。

その様子からどうやら本当はベルも入浴場に入りたかったらしい。

アイリスはそのことを最初から察していたらしく笑顔でベルを待っているようだった。

そしてほどなくしてベルがやってきた。ベルが湯船に入ったのを確認したアイリスはベルに話しかける。


「そういえばベルは好きな人がいるんでしょ?」

「え?」

「え?」


3人になって早々アイリスはいきなり恋愛トークを始めた。


「ど、どうしてそれを」

「さあ、どうしてかしらね~。どうせここには私たちしか居ないんだし言っちゃいなさいよ」

「じ、実は……」


ベルは顔を赤らめて少し躊躇った後、意を決したように顔を上げてを話を続けた。


「ウィリーのことが」


そこまで言うとベルは顔を湯船に沈めた。よほど恥ずかしかったのだろう。顔は真っ赤だった。

そしてベルは湯船から顔を上げると今度はアイリスに問いかけた


「あ、アイリスさんは好きな人いるんですか」

「欲しい!」

「いや、そこは欲しがるところじゃないから!」


クリスが思わず突っ込む。そして慌てて口を塞ぐが手遅れだった。

ベルの視線がアイリスからクリスへと移る。


「じゃあ、クリスさんは?」


二人の視線がクリスに集まる。ベルは既に語ってしまっているのだ。その話を聞いてしまった以上適当にはぐらかしたり嘘をつくわけにもいかない。

でも言っていいのだろうか。というは自分に好きな人はいるのだろうか。そう思うとクリスは悩んで言葉に詰まりたらりと汗が流れる。


「クリスさんの場合は……カルヴァン?」

「え!?」


クリスの返答を待てなかったベルは予想をしだす。


「いや、アリスじゃないかな?」

「ふぇっ?」


ベルの言葉にアイリスも予想を言う。


「ああ、確かにその線もありそうですね」

「ええっ!?」


い、いいの!?女同士だよ!


「でしょ。まあフローラあたりが許さないでしょうけどね」

「ああ、確かに。レオンさんやルイスさんも実はそう思っているらしいですしね」

「え?ええ!!」


クリスに対してのはずなのだが当のクリスが置き去りされて話は進んでいく。

その話をクリスはただただ驚きながら聞いているしかなかった。

そして二人が思う存分話した後、ついにアイリスから留めの質問が来る。


「で?ところでクリスは誰が好きなの?」

「の、のぼせてきたのでお先にあがりま~す」


そう言うとクリスは慌てて湯船から立ち上がり出口を目指す。

その様子を見送っていたアイリスとベルは呟いた。


「逃げたよ」

「逃げましたね」


などと言っていたが既にたじたじとなっていたクリスは本当にのぼせてしまったのかふらふらとしながらも入浴場を後にした。


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