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3-8 黒の道

クリスの目の前に繰り広げられた光景はまさに地獄絵図だった。

人が炎に身を包まれただのたうち回っている。そして聞こえる悲鳴。

その事実を証明するかのように何かが焦げる異臭がする。


「助けてくれ!」


聞き取れたのはその声だけだった。中には声にならない悲鳴を上げているものもいる。その様子をただ呆然とクリスは見つめていた。


「どうして・・・こんなことに」


その光景はどこかで見た記憶があった。思わず自分の手を見て、再び目の前の光景を見てみる。炎に包まれた人がゆっくと、そして確実に近づいてくる。


「く、来るな!」


クリスの悲鳴で言うことを聞くはずもなく、ゆっくり一歩、また一歩と近づいてくる。

徐々に大きくなっていく助けてという悲鳴、そして焦げ臭い臭い。

クリスは恐怖を感じ一歩また一歩と後ずさる。


「来るなああああ!!」


そして手を出し呪文を唱えようとする。

それがいけなかった。炎に包まれた人が伸ばされた手を掴む。その瞬間灼熱に溶けていくような激痛が手に走った。

あまりの痛さに意識が遠のいていくのを感じたクリスは何かが聞こえた。

それを最後にクリスは意識を失った。




目を開くと、目の前には窓辺から外の景色が広がっていた。

どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。慌てて握られた手を確認してみたが何の痛みも異変もなかった。


「夢・・・だったの」


そう呟くとぼんやりとした意識の中、ロザリーを見てみるとまだ寝ている様子だった。

起こさないように気をつけながら近づき、ロザリーの頭を撫でようとしたが、クリスは伸ばした手をを止め、再び降ろした。

夢だったとはいえなんだか手が汚れているような気がしたのだ。


「嫌な夢を見てしまった」


そう呟くとロザリーに触れるのはやめ、クリスは部屋を出た。そして、カルヴァンに後の警護を任せると自身は身体を洗うことにした。


クリスは何事もなかったかのように旅を再開させた。

今日も何事もなく続いた旅路かと思われたが、そうはならなかった。

その発端に気がついたのはアイリスだった。

クリスに馬をとめるように言い、その指示に従って馬を止めるとアイリスがはるは先の前方を指差した。

クリスはその指された位置を目をこらして見て見るとはるか先に広がっていたのは襲撃された後の状況だった。それも、様子から察するに数は一人二人ではなかった。

詳細は確認できなかったものの、赤い色が見えていることや動きがないことから既に何かが起こった後であることだけはわかった。


「どうしたの」


クリスの異変に気づいたのだろう。ロザリーが心配そうにクリスを見てきた。

そのことに気づいたクリスは慌ててロザリーに見えないようにし馬を横に向ける。

そして、急いでアイリスを馬から降ろし馬車へと移動させると護衛全員を集めた。


「クリス団長どうされましたか」


カルヴァンが心配そうに聞いてきた。


「すまない。この先に例の出来事があった後らしき光景があったので一旦みんなに集まってもらったの。みんな覚悟はできている」


クリスがそういうと他のメンバーは道の先に目をやり嫌そうな顔をした。

そりゃそうだろう。その様子から明らかに避けて通りたい気持ちが伝わってくる。


「なら違う道を検討してみようか」


そう言って各自に聞いてみたが知っているものはいなかった。

クリスは持っていた地図を開いてみたがあいにく分岐が少ない道中であったため、数日も遅れる大幅に遠回りとなるルートしかなかった。


「・・・別ルートだと大幅に遠回りとなりそう」

「でしたらいっそうのこと突っ切りますか」


レオンの提案に対して回りを見てみたが、あまり芳しくない反応だった。


「仕方が無い。カルヴァン、近くの町まで戻ってその領主様に報告してきてくれる。私たちは一旦周囲に誰かいないか確認してみよう」

「はい」


こうしてカルヴァンか近くの町へと急ぎ向かっていった。

そして、クリス達は周囲を見渡してみたが、特に人影などは見当たらなかった。

しかし、クリスは周囲の状況を確認しているときにあることに気づいた。

この道は峠道となっていた。そして襲われた地点はちょうど左が上りの切り立った崖となっており、右も下りの崖となっていた。そして今自分たちがいる地点が調度その入り口になっていたのだ。

おそらくここから登りきるまではその道が続いているらしい。ではその道で前後を挟まれてしまったら。

恐らく馬車なら引き返すこともできない。

クリスは嫌な予感がした。もし、あの出来事が計画的犯行だったら。そして、自分たちも見張られていたとしたら。

ふいに夢でみたことやアイリスに聞かれたことを思い出し、引き返したほうがいいと判断した。


「とりあえず、一旦引き返して調査をして見みよう。今の状況では警護以上の人員はいないし、大人数で襲撃を受けた場合に対処できないかもしれない」


クリスがそう提案すると、メンバーも襲われた後の道を無視して通り抜けることに抵抗があったのか。納得してくれた。

もっとも、道の様子からして誰かが処理しなければ馬車が通り抜けることができない可能性もあり、その作業を誰もやりたいとは思わなかったことも理由にあったのかもしれない。

それに下手に動かして襲撃犯と疑われでもしたらたまったものではなかった。

クリス達は一旦前の町に戻り、そこでカルヴァンと合流した。

しばらくしてからやってきたガイア帝国の調査隊へ案内することになった。

そして、フローラ、レオン、ルイスにロザリーとアイリスの警護を任せることになった。


「私が今回調査をすることになった警備隊所属で今回の調査隊長のヒースと申します」

「同じく警備隊所属で今回の調査副体長のセンピルと申します」

「私はロザリー子爵の警護を承っておりますバラ騎士団団長のクリスティーヌと申します」

「同じくバラ騎士団副団長のカルヴァンと申します」

「あなたが・・・噂のバラ騎士!?」


どうやらガイア帝国にまでバラ騎士の噂が広まりつつあるらしい。

ただ、そこまで驚かれるとさすがに失礼だと思いながらもクリスは表情にださないように微笑むことにした。

しかし、クリスのその行動にヒースとセンピルは顔を赤く染め顔を俯けてしまった。

なんとなく最近気がついたのだが、騎士は案外女性に対する耐性が弱いのかもしれない。単純な反応にそう思えてきた。


「それでは向かいましょうか」


こんな調子では日が暮れてしまう。やむを得ずクリスが催促するとヒース隊長

は慌てて取り繕い始め、一行はようやく現場へと向かった。そして現場にたどり着くとその惨状は想像以上に酷かった。


足がないもの、腹が裂けているもの、首を切り裂かれた者もおり、肢体の一部が欠損しているものがほとんどだった。さらに荷台を引いていた馬も同様に死んでいた。


その惨状にクリスは思わず血の気がひく。

これまでの記憶で自分以外の血が飛び散る惨状を見たのはこれが初めてだった。

その光景に最初は驚いていたもののそれに加えて漂う異臭からクリスは胃からこみ上げてくるのを必死に抑える。

目を逸らした先にいた兵士も顔を顰めており同様の反応だった。

調査隊に加わりクリス達も調べてみたものの、馬車の中身から商人らしいということとその荷物からローラン王国出身だろうということまではわかったがそれ以上のことがわからなかった。

こういった死体に関しては放置されることも珍しくなかった。しかし、クリスがローラン王国から来ていることもあってか調査隊は遺体を近くに埋葬をしてくれた。

こうして道は馬車も通過できる状況にはなったものの結局は犯人も犯行手口もわからなかった。


「いったい誰がこんなことを」


クリスがポツリと呟くと聞いていたヒースが話しかけてきた。


「噂をご存知ありませんでしたか」

「どういった噂でしょうか」


クリスが首をかしげるとヒースは真剣に話しはじめた。


「この辺りには最近魔物がでるようになったのです」

「魔物・・・ですか」

「ええ。普段は滅多に人を襲ったりはしないのですけどね。ただ、最近この辺りを縄張りにして活動しているらしいのです。そして賢いことに襲われた人が逃げ場のない場所で襲われることがほとんどです。今回の切り傷だってそうだ。明らかに人を殺すことを目的としているが刃物とは別の傷となっている。それに、教われるのは食料品を多く持っている者。だから遺体は残って食料とかだけが漁られている。馬が同様に殺されているのもそれが理由でしょう。食事中に他の旅人がやってきたから逃げたと思われます」

「え?それって」


つまり、クリス達が来たタイミングで逃げ出した可能性があるということだった。しかも食事の途中で。

そして周囲を見回してみるとクリス以下隊長クラス4名分の馬、5人ほどの兵士がいてその犯行現場にいる。

まずいんじゃないか。クリスがそう伝えようとしたとき、既に手遅れだった。


「前方に魔物が」

「こ、後方からも」


発せられた声に周囲に緊張感が走る。

クリスが前方と後方を見てみたがその数は数十匹に及んでいた。その姿は犬を獰猛にしたような姿だった。普段は襲わないと言われていたがこうして取り囲まれてしまった以上戦闘はさけられそうになかった。

しかし、下手に突っ切れば全滅はしなくても死人がでる。

だからといってじっとしてじり貧なのは明白だった。


今、魔法を使えば


魔物を追い払うことができるかもしれない。しかし、クリスはその選択ができなかった。

目の前にはまだ出会ったばかりのガイア帝国兵士、しかもこの場所はまだガイア帝国の地。つまり敵地なのだ。下手に行動をして魔女と疑われてしまえば今度はクリスがガイア帝国と戦闘することになりかねなかった。

さらに、運悪く隣にヒースとセンピルがクリスを庇うようにしている。

おそらくクリスが少女だと知っての行動だろうがその行動がクリスの判断を鈍らせた。

もしかしたら何とかしてくれるかもと期待を抱いてしまったのだ。その一瞬の躊躇いで好機を失ってしまう。じりじりと間合いを縮めてきた魔物たちが一斉に襲い掛かってきた。


しかし、ガイア帝国の兵士達だっておとなしく襲われるのを待っている理由もななかった。

調査隊隊長ヒースの命令によって引き返す方向へ突っ込むことになった


「全員突っ切れ!!!」


そうヒースが叫ぶとヒースを先頭にして後方にクリス、左右にセンピルとカルヴァンがつき、その後方に残りの調査兵が続く形となった。

突っ切る。その目的としては成功だった。前方にいた狼たちがヒースの乗る馬によって蹴散らかされすんなりと突破はできた。

しかし、もっと作戦をよく考えるべきだった。後ろにいるのは自分の足で走っている兵士達だった。

蹴散らかされて怯んでいた魔物達も後方から再び追いかけだし、走って逃げる兵士に襲い掛かっていく。

魔物と鎧を着た人の足の速さなど比べるまでもなかった。

兵士達も襲われれば必死で応戦はするものの逃げならが戦闘している人間の方が明らか不利だった。

一人、また一人と悲鳴と共に脱落し、その声を聞きながら逃げなければならない状況は惨めであった。

それでもあと少しで抜け出せるというとき、クリスがちらりと後方を見たときについて来ている兵士はもういなかった。おそらくもう助けられないだろう。そう諦めようとしたときだった。前方を走っていたヒースが突然馬をひるがえした。


「クリス様はそのままお下がりください。私はここで足止めします」

「何を言っているのです!なんのための犠牲だと思っているんですか」

「ええ、でも今なら助けられるかもしれない。だからクリス様達だけでも」

「待って!考え直して!」

「申し訳ございません」


そう言うとヒースは笑顔をクリスに見せ、魔物の群れへと突っ込んでいった。

しかし、それを巻き込んだ張本人であるクリスが許せるはずがなかった。

クリスも馬をひるがえしついていく。

その様子に察したカルヴァンもセンピルも。

4名だけになったとはいえ馬に乗っている者だけとなり、ただひたすら突っ込め魔物に対して有利ではあった。

クリスは慣れない剣を片手に振り回し、前方にいるヒースを追いかける。魔物の群れも走る馬には躊躇うのか切り抜けることクリスにもできた。

しかし、前方にいたヒースが突然前方馬と一緒に視界から消える。

馬がやられたことは明らかだった。クリス達が必死になってヒースの元へ駆けつける。


「間に合って」


しかし、その願いはかなわなかった。

馬から振り落とされて魔物群れに襲われたヒースはクリス達が蹴散らかしたときには既に傷も酷く息も絶え絶えであった。


「どうして・・・こんなことに」


クリスは手がわなわなと震えだし。怒りが収まらない。

そして何かがプツリと切れた気がした。

その様子に何かを察したのか、ただ囲い込むことにしたのか魔物達がクリス達を囲むが襲い掛かるのに躊躇っているようだった。

しかし、クリスはその状況を待っていたのだ。これ以上好機を見逃すつもりはなかった。


「カルヴァン、センピル少しの間だけひざ間づいて視界を空けてくれないかしら」


何かを察したのだろうクリスのその一言にカルヴァンとセンピルは従う。


「私はあなた達を許さない。一匹残らず根絶やしにしてあげる」


クリスはそう呟くとまずは前方に数回火の呪文を火炎放射器のように放った。一瞬で灼熱の炎に包まれる魔物達。その声から悲鳴とも思える泣き声が響き渡った。そして間髪をいれず、後方にも同様の魔法を浴びせる。クリスの周囲は一瞬にして火炎地獄と化した。


「ッ!」


クリスは急激な疲労感に襲われ思わず跪く。連続に魔法を放ってしまったせいだった。

クリスの異変に気づいた後方にいた魔物達がその隙に逃亡しようとする。

しかし、そんなことをクリスが許すはずがなかった。クリスは手を上に上げると再び炎を放ち、前方と後方の逃走路を火柱で包みじわりじわりと魔物達を追い詰め始める。

魔物達が狩場に選んだ狭い道が災いし狩る側から狩られる側へとなっていた。

逃亡するために火柱に突っ込んだものは炎に包まれ、クリスに突っ込んできた魔物はクリスが絶え間放つ火の魔法の餌食となった。

そしてそのどちらも選べなかったものはただただ逃げ惑い泣き叫んでいた。

こうして魔物が一匹、また一匹と倒れていったき、クリスは体力の限界が近づき一瞬だけ手に視線を移した。

その瞬間突然一匹がクリスに飛び掛ってきた。クリスは体勢を立て直し他の魔物と同様に炎を放ったがその魔物だけは怯まずに突っ込んできた。


こいつが大将か。


魔法では間に合わないと判断し、手にナイフを構えたときだった。


「危ない!!」


そういうとカルヴァンが突然クリスとその魔物の間に割り込んできた。

そしてもみ合いになった末に・・・カルヴァンが倒れている。


そして、再びその魔物はクリスを睨み、飛び掛ってきた。

受け身でクリスは持っていたナイフを魔物の喉元へ突き刺した。

覆いかぶさってきていた魔物は流血させながらもクリスを襲おうとしてきていたが、やがて力尽きて動かなくなった。

どうやらその魔物が最後の一匹だったらしい。

周囲を見回すと景色は文字通り真っ黒な世界が残っていて、魔物の姿はもうどこにもなかった。

そのことを確認するとクリスは力を振り絞り、よろよろと倒れているカルヴァンのもとへと近づき、やさしく抱き起こしてみた。

そのことに気づいたのかカルヴァンは少し目を開き、微笑んだ。


「すい・・・ません」


カルヴァンの身体を確認したが、血が地面を濡らしていっている。

急いで止血して助けなければ。そう思ったがクリスにはもう身体が動かなかった。

魔法を使いすぎたのだ。そして徐々に目を閉じていくカルヴァン。


「どうしてこんなことに・・・」


クリスは目の前の状況にただ呆然とするしかなかった。

何とかできたのだろうか。そう思い空を見ても目から溢れる涙を止める力も残っていなかった。

そしてクリスもカルヴァンの後を追うように意識が遠のいていった。

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