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1-2 少女との出会い

 はっ!


 俺は目を覚まして起き上がる。

 感じたことのない不規律な振動で身体のあちこちが痛く、そして気だるい。

 が、そんな身体の悲鳴を気にしている場合じゃない。


「……ここは?」


 周りを見渡すと、床は木の板、周囲は覆うように白い布に囲まれていて箱状の荷物がいくつかあった。そして目の前には退屈そうにしている先ほど出会った少女がいる。

 俺が身体を起したのを確認したのか、少女は心配そうにこちらへ寄ってきた。


「目を覚ましたのね。大丈夫?」

「はい、ありがとうございます。ところでここは?」

「私の馬車の中よ。今はまだ町へ向かっている途中よ」

「そう、なんですか」

「驚いたわ。突然倒れてしまうんですから」

「すいません。ご迷惑をおかけして」


 どうやら突然倒れた俺をそのまま放っておくわけにもいかず、行き先も同じ方向だからと一緒に乗せてくれたらしい。やはりいい人なのかもしれない。


「いいのよ。それより」

「はい」

「あなたはこれからどうする予定なの」

「えーと、この紹介状の先の宿屋で働かせていただこうかと思っています」


 俺……いや、今はもう私か。私は紹介状を少女に見せた。

少女は紹介状を眺めると考えだし、そして思いついたようにこちらを見る。


「ねえ、よかったら私の下で働いてみない」

「え?」

「私の下で働いてみないと言っているの」

「で、でも」

「泊まる部屋なら私が用意するわ。それにその宿屋も私の商会の取引先のひとつだから話しておいてあげる」


 商会……どうやら少女は商人らしい。いや、見た目から考えると少女の両親が商人なんだろう。少々強引な気がするけれども商人の娘とはそういうものなのかもしれない。少女は私を屋敷の使用人か何かにしたいという事だろうか。

 考えてみたけれども知らない宿の住み込みと知り合った少女の屋敷の使用人なら後者の方が不安が少ない気がした。


「でも、お……私がいてもご迷惑ではないのしょうか」

「当然働いてもらうわ。それに泊まれる場所も用意してあげる。だから問題ないと思うわ」

「どういった仕事内容でしょうか」

「それは後で伝えてあげる。嫌だったら話の後で断ってくれてもいいわ」


 その話を聞き、私は頷いた。働く内容はまだわからないけど助けてくれた親切な少女のもとで住み込みで働けるのだ。後で考えなおせるのなら不満もなかった。

それを確認した少女は満足げに頷き、向きを変えるとと馬車を操縦している人に話を向ける。


「ねえ、いいでしょ」

「私に聞かれましても」

「わかったわ。私から話をします。その準備だけよろしくね」

「かしこまりました」


 どうやら馬車を操縦しているのは彼女のお付きか何からしい。了承を確認して満足したのか彼女は再びこちらを見て話し始めた。


「決まりね。私の名前はアリス。アリス・ロジャースよ。歳は十三才。あなたの名前は?」

「私の名前は……」


 そういえば、名前はなんだっけ。記憶を遡って見るとすぐに思い出した。というか今さらながらどうして最初に思い出さなかったんだろう。今さらながら知らない間に女である事を現実逃避していたことに気づいた。


「私の名前はクリスティーヌ。クリスと呼んでください。歳は十二才です」

「わかったわクリス。よろしくね」


 こうして女神様の紹介状はまったく機能することなく、アリスのところで働く話がすすんでいった。

 いや、都市へ向かう意味では機能していたのか?……まぁ、どっちでもいいよね。





 彼女、アリスはカルロスの町についていろいろと説明してくれた。カルロスは自由交易都市であること。特定の国の領土でないこと。

 その代わり、町が兵士を雇っていて、領主の代わりに総督と呼ばれる人がいること。領土は小さいものの、三国に通じる道がある平地の要所であること。

 周りは西にローラン王国、南にガイア帝国、東にライン連合国とそれぞれ国に囲まれており、要所でありながらいずれの国もこの都市に侵略すると利害の関係で干渉をするため、緩衝地帯として比較的平和であること。

 都市は城壁に囲まれており、総督が行政や兵士を管理し、税の徴収も同様であること。カルロス周辺の道は交易のためにかなり整備されていること。


 どうやら商業組合から発展した都市国家のようだ。

 なるほど神様は中世と言っていたけど世界が違うと発展の仕方も異なるらしい。


 ちなみに北は船が通れる大きな川が流れていて、川沿いに同じような都市国家がいくつか存在するそうだ。そしてそのまま流れにのって船で下れば2~3日で海まで行けるらしい。

 もっとも、海辺はローラン王国とライン連合国の干渉で小競り合いも珍しくなく、治安が悪くなっているのであまりおすすめできないとのことだった。


 お金は金貨、銀貨、銅貨があり、小銭として銅貨、食品や日用品は銀貨、高級品は金貨で支払われ、交換レートでは銅貨(推定二〇〇円)、銀貨(推定一,〇〇〇円)、金貨(推定一五,〇〇〇円)、純金貨(推定一二〇,〇〇〇円)といった比率で交換できるらしい。それよりも大きな取引では金塊で行われるそうだ。ただ、世界観が異なるためか物価がやや高く日当は銀貨十枚程度でパンは一日分で銀貨二枚分らしい。

 また、微妙な価格設定や税の徴収時に起こる微妙な端数に銅貨を使用して価値の調整を行なっているとのこと。

 曜日に関しても五日が勤労日、一日が休日で一周。それを三六〇日分繰り返してプラス五日が神様の感謝祭で一年となるらしく、ずれもないので閏年はないらしい。

 まぁ、田舎の農家では休日だろうが勤労だろうが結局ははたらくんだけどね。そういった話を情報収集も兼ねてしていた。

 アリスの方もお……私がよほどの世間知らずの田舎育ちと思ったのか、丁寧にひとつひとつ説明してくれるのは非常にありがたかった。


 ……なお、話の流れで財布の中身を確認したら銀貨五枚だったのはショックだったけど。

 五千円だけ持たせてで世界に放り出すとか神様なのにケチすぎないか。


 それは心にしまうとし、はやり旅路ではよく話しかけられたこともあって、この町の人はみんな親切なんだろうか。そんなことを考えていると


「あと、忠告しておくけど、人をあまり信じすぎないようにね」

「え?」


 見透かされていたのかと思い驚く。


「やっぱりね。まあいいわ、どうせすぐにわかるだろうし」

「はあ」


 お……私はさっぱりわからず首を傾げていると、馬車が止まった。

よかった。そろそろ体が辛かったのだ。休憩だろうか。

 そう考えていると、突然やたらと体格がいい大男が馬車を覗き込んできた。


「ひっ!」


 クリスは驚いて悲鳴を上げる。よく見ると兵士が馬車の中を確認してきたのだ。アリスは特に驚くこともなく嫌そうな顔をしている。


 いや、普通は驚くでしょ!日本人の感覚で言えば、停車している車に突然体格のいい軍人さんがドアを開けて見てきたような感覚だよ。


「おやおや、証明書に載っていない人がいるじゃねえか」

「クリス。証明書を見せてあげなさい」

「えっ、ああ、はい」


 男はニヤニヤしながらこちらを見ていた。アリスはさっさと終わらせたいらしく、嫌悪感をだして男を一瞥しつつ私に促してきた。

 証明書、証明書……あれの事か!私は慌てて証明書を渡す。


「あと、通行税として銀貨十枚ね」

「は、はい・・・え?」


 慌てて財布をみると、血の気が引いた。……足りないのだ。銀貨五枚しかもっていなかった。


「もしかして足りないのかな。仕方ないなぁ。それだったらちょっとこっちに来てもらおうか」

「え?」


 俺も元とは言え男である。ニヤニヤしている姿から考えていることがわかると頭が真っ白になった。捕まってしまうのか……それとも。


 ああ、女神様どうしてもう少し用意してくださらなかったんですか。


 そう思いながら顔を俯く。

 男の言うことを聞く選択肢しかない。

 おずおずと暗い気持ちになりながら馬車から降りる準備をする。そんな絶望的状況を打破したのはアリスだった。


「おかしいでしょ!通行税は銀貨三枚なはずよ!」

「新参者に対しての税が代わったんだよ」

「ならその責任者を呼びなさい」

「うっせえな。小娘は黙っていろ」

「黙っていられますか!責任者を呼びなさい」

「うっせえな」


 アリスは少し間を置き、兵士をにらむと低く力のこめた声でいった。


「それがロジャース商会の娘だと知っていての発言ですか」

「え?」


 兵士は呆然とする。そして何かを察したらしい。

 慌てて取り繕い始めた。


「そ、そそそ、そうだんったんですか」

「ええそうよ」

「こ、これは失礼致しました。では彼女はお付きの方だったんですね。それならどうぞ。え?税ですか?わ、私が代わりに払っておくんで大丈夫です」


 兵士は逃げていった。そして再び動き出す馬車。

 私はただ呆然としていた。


 あれ?払わずにすんだ。ラッキー……なのかな?

 それよりアリスさん、目がマジ怖いです。


「……ふう」


 気を張っていたのか怒りの矛先を吐けないで困っているのかアリスはため息をついていた。


「あ、ありがとうございます」

「いいのよ。小型の荷物用の馬車にしたのがよくなかったわ。ね、私が言ったことがわかったでしょ」

「は、はい」


 アリスは私に笑顔を向ける。


 ……アリスさん少し顔が引きつっています。まだ怖いです。


「あのー、ロジャース商会についてですが」

「ああ、あれね。この都市では三商会が力を持っていてその一角が私のところなのよ」

「ひぇあ!」

「何その声」


 予想外の驚きのあまりに声が引きつってしまったが、それが面白かったらしい。アリスは私の悲鳴に驚いた後、爆笑していた。

 私はといえば、恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じた。


「青くなったり赤くなったり面白い子ね」

「え?私がですか」

「他の誰がいるのよ」

「それも、そうですね」


 二人で笑い。そしてもう少し雑談をしていると、ようやく馬車は止まりアリスの屋敷へと到着した。

 そのころには日は傾いておりだんだんと暗くなりつつあった。


 ……もう馬車はしばらく乗りたくないかな。おしり痛い。





アリスの日記

 今日、ローラン王国近くにある教会で勉強が終わり、久しぶりに屋敷に帰ることになりました。その途中、少女と出会い、話してみると突然気を失ってしまいとても驚いたわ。そして仕方なく馬車に乗せて気がついた彼女の様子を見て気づいたの。私が商会の娘だと気づいていないことに。チャンスだと思ったわ。

今まで私に関わってくる人なんて商会の影響力を目的とした人ばかりだったし、それ以外の人とは関わることも難しかったんですから。

身分を隠して誘ってみたところ。彼女は悩みつつも了承してくれた。名前はクリス。理想どおり年齢も年下だったわ。その後、いろいろあってクリスは私が商会の娘だと知った後も媚びへつらう態度をとることはなかったわ。こんなこともしかしたら初めてかもしれない。

ちょっと変わった娘だけど彼女とは楽しい日々が送れそうな気がする。なんとなくそう思うの。主従関係になってしまるけれど仲良くできるといいな。


補足:門番の兵が気づかなかった理由に、馬車が荷馬車だった事があります。ただし、クリスが知っているはずがないので説明はしていません。また、アリスが荷馬車を使った理由に王都から帰宅中(留学からの帰郷)で荷物がたくさんあったという事情もあります。

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