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3-6 大聖堂のある町

新たに女神アイリスが加わった。


しかし、クリスの予定は変わらなかった。

今日は、騎士団の役割とは別にローズ商会として内務担当者に会う予定となっている、しかし、それまで少し時間に余裕があったためクリスは考え事をしていた。


こういうとき、一般的な世界なら神様から聖剣のひとつでももらったりするのだろうか。


クリスはそんな想像をしてみたが伝記や神話の妄想にすぎなかった。

どうやら目の前の現実は厳しいものらしい。新たに何かもらえるわけでもなく、女神様は本当に単に社会見学がしたいだけのようだった。

現に今も楽しそうに窓辺から外の景色を眺めていた。

そのアイリスの姿を微笑ましく思いながら、クリスは改めて現状を考えてみる。


記憶を思い出した。アイリスが仲間になった。それはいい。

身体は女性。それもまあいい。今さら変えようもないのだ。

今の問題は心が女なのか男なのかだった。


「この世界では女スタートだから女?いや、でもその前の世界を考えると男か?でも身体は女だし・・・」


自分の性別をはっきりとできたらどんなに楽だろうか。

普通ではありえない状況にクリスはため息をつくと、その様子に気づいたアイリスが口を挟んできた。


「さっきから女男女とうるさいですよ。そんな優柔不断な人じゃあモテませんよ」


少し呆れた様子でアイリスはクリスに文句を言った。

どっちの性別を対象にしてモテないと言ったのだろうかとクリスは思ったが、重要なのはそこではない。

思い切って話を聞いてもらうことにした。


「いや、まあ将来のことを考えるとね」

「え?宗教では基本的に同姓結婚は禁止していますよ」


アイリスは真顔で淡々と言った。当然クリスもそんなことは知っている。


「いや、別に信者じゃないし。てか誰も同姓結婚なんて言ってないでしょ」

「じゃあ、男性との結婚を考えているということですか?相手はだれかしら。護衛の誰かかよれよりも前のカルロスの人?」


言われてみればこの世界では自身の結婚してもおかしくなかったことに気づく。

そしてふと今まで出会った。年齢の近い男性を思い出してみた。カルロスの経理長アランや護衛のカルヴァン、販売責任者のウィリー、フローラの兄レオン、フローラの兄ルイス、アリスの事が好きなエリック、なぜかクリスに好意を持っているユリックを順に思い浮かべてみたが、誰とも恋愛に発展するような出来事がなかった。


「やだ、私まだ恋愛イベントが発生していな・・・て、なんで結婚の話になっているんですか。私はまだ仕事に集中したいから」


別段意識していたつもりはなかったものの、思わぬテンプレセリフを言ってしまったがすぐに後悔することになった。


「それ、ただの言い訳ですよ。あ、でも相手がア」

「私が悪かった!やめよう!この話はやめましょう」


クリスはアイリスが言おうとしている最中に口を挟む。せアイリスは不服だったみたいだがそれ以上話をするつもりもなかったらしい。

ジト目をした後、アイリスは再び窓の外の景色を眺め始めた。


まあ、今悩んでいてもしかたないか。


クリスはとりあえずそう思うことにして、結論は後回しにすることにした。


時間を確認すると既に時間となっていた。

クリスはローズ商会として交易担当者のいる屋敷へと向かった。

今回はアリスに頼まれたお使いをするためだ。

出かけるときにカルヴァンから付き添いの申し出もあったが。アイリスと結婚の話をしたことを思い出し、恥ずかしくなったクリスは思わず断ってしまった。

もっとも、大聖堂のある町なため、護衛は必要なかったが。

交易担当者の屋敷につくと、クリスは応接室へと案内された。


「はじめまして、私が担当のフィース・セジウィックと申します。」

「ローズ商会の経理責任者と入浴事業を担当しております。クリスティーヌ・ローランと申します」

「ローズ商会?そうなんですか。それでご用件とは?」

「実は、ローズ商会にある石鹸をご提案しようと思いまして、販売の許可をいただきに参りました」

「ほう、石鹸ですか。とは言っても既に流通しているものですからねえ。どのようなものですか」


クリスがローズ商会の石鹸を渡した。


「こちらがその石鹸となっております。香りがついた石鹸となっております」


そう言われ担当者フィースが石鹸の香りを確認する


「たしかにいい香りだ。しかし、女性には人気がでるかもしれないが、聖職者や男性が多いここではどうだろう」

「そうおっしゃると思い、無香料のものも用意しております」


そういうとクリスは別の種類のものを渡した。


「なるほど。それでどうやって運営したいのかな」

「そうですね。契約を結んで定期的に購入していただければ嬉しいなとは思っています」

「しかし、距離がなあ。ローラン王国からの距離を考えるとけっこう高額になるんじゃないか」


フィースは一見それらしい疑問をなげかけてはいるが取引する気がない又は譲歩を狙っていることは目に見えていた。


「では、どういった形をご所望ですか」

「そうですね。こちらの国でも運営をされてはいかがでしょうか」

「つまり、この国でも工房を作れと」

「そこまでは申しませんがご希望があれば取り計らってさしあげますよ」


どうやら最初から狙いはそこだったらしい。

しかも、どこか見下したニヤついた表情と言い方にクリスは嫌悪感を感じた。

もっとも、この様子だと男であれば会ってすらくれない雰囲気であったため、こうして商談できるだけでもまっしなのかもしれないが。


クリスはアストゥリアス国で工房や商会を置く気はなかった。

そもそもカルロスのときにローラン王国で工房を作ったのは消費者と調達地がローラン王国で基盤となる土地だったからだ。

たいしてアストゥリアス国はガイア帝国に隣接する小国。市場規模や外交、制度を考えても工房を持つメリットがあまりなかった。

強いてメリットを言えば教皇様を通じて各教会からの需要が見込めるかもしれないが、ひとつの町にいくつも教会があるわけではないし、聖職者を通じて人気が上がると思えない。むしろ神の名のもとに何を言い出すかわからなかった。


「ありがとうございます。ただ、今のところ工房の追加は考えておりませんので」

「そうなのですか。それだと厳しいかと思いますね」

「なら仕方ないですね」

「そうですか、残念です」


交渉決裂だった。相手もあまりやる気がなかったのだろう淡白な反応だった。

こうして、クリスは早々に退出して部屋へと戻り、窓辺から外を眺めながら肩を落として悩んだ。


「今回は成果なしか」


アリスはいつもこんな営業ばかりしているんだろうか。

そう思うとなんだか会長もやっているアリスにとても大変な仕事をさせているような気がした。

それでも、現状の結果をみればそのアリスの力になれていない状況で終わってしまったが。その現状を改めて認識し、クリスはため息をついた。


「とはいえやることはやったのだ」


気持ちを切り替えようとふと外を見てみるとアイリスとカルヴァンとユリックが歩いていた。

そういえば、今日のロザリー警護はフローラ、レオン、ルイスだった。非番だったカルヴァン達に頼んで観光に行っていたのだろう。

その帰り道らしくアイリスは何やら楽しそうに話していた。

そして、窓辺から眺めていたクリスに気づいたらしく、笑顔で手を振ったかと思うと走って建物へ入り、クリスの部屋に入ってきた。


「あれ?クリスはもう商談とやらは終わったのね」

「ええ、まあね」

「あ?その様子だと商談はうまくいかなかったんでしょ」

「え?」


図星だったため、クリスは思わず驚きの表情になってしまう。

その様子を見たアイリスは予想があたったことを嬉しそうにしていた。


「図星のようね。ねえ、私にもその商談とやらをやらせてよ」

「いやいや、そんなに甘くないから」

「ふーん、でも一回だけ、ね?」

「残念ながら今はその商談の予定がないの」

「それなら大丈夫よ」


そう言うとアイリスは任せなさいと言わんばかりの表情をして、クリスの手をひき町中へと出かけた。

そして連れてこられた先は教皇がいる建物だった。


「え?ここって」

「さあ、入りましょう」


アイリスがそう言ったかと思うとクリスの手を引っ張りどんどん奥へと進んでいく。

辿り着いた先は何やら格式の高そうな部屋だった。


「さあ、入りましょう」

「え?ちょっ」


アイリスに言われるままに入ったその先には教皇がいた。


「あ・・・アイリス様」

「こんにちは。教皇様」


教皇は少し顔が引きつっている気がしたが、アイリスは満面の笑みで挨拶し、話を続ける。


「今日は商談を持ってきてあげたよ」

「商談?でも教会ではそう言ったお話は」

「いいじゃない、女神が了承しているんだよ」


言われてみれば確かにそうだ。クリスは思わず納得してしまったが本来納得できるはずがない。

しかし、女神様がそう言ったのだ。教皇も返す言葉がないらしく渋々指示に従うことにしたようだった。

ここからはアイリスの独壇場だった。

アイリスに急かされアストゥリアスでローズ商会の商品を販売したいという説明をするとあっさりと了承し、教皇側から担当者へ話をつけてくれることになった。

アイリスはその様子をずっと満足げに眺めながら。クリスが持っていた石鹸の香りを楽しんでいるようだった。

また、アストゥリアス国では大衆浴場というものが混浴であったために禁止されていると聞き、ローラン王国での男女別の入浴場について説明をすると、それに関しては教皇も興味があったらしく。

最終的に、契約するまでに至った。


このあまりのスピード契約にクリスは商談が終わった後の帰り道、まだ信じられずにいた。


「ね?商談やらせてみてよかったでしょ」

「ああ、でも」

「でも?」

「おれは半分脅迫に近かったような」

「何言っているの。じゃあ根回しや知り合いだったら違うとでも言うの。今使えるものを最大限に利用するのが商売なんじゃないの」

「え?」


クリスは驚いて立ち止まり、まじまじとアイリスを見る。アイリスは相変わらず無邪気な笑顔だった。


「これが、あなたの考え方なんでしょ。ルール内でできる手段はすべて尽くすことが」

「あ、ああ。まあ、商売にルールや規制があっても平等はないからね」

「だったらこれでいいじゃない」


そう言うとアイリスは再び歩き出した。

たしかに言われたとおりだった。クリスは自分の考え方の小ささに改めて気づかされた。

そして、クリスはアイリスに一言いいたくなった。


「ありがとう。アイリス」


そう言うとクリスは笑顔をアイリスに向けた。


「どういたしまして」


アイリスは笑顔で返してくれた。

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