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3-4 虹の大聖堂

ロザリーがクリスの馬に乗るようになってから移動のペースは少し遅くなった。

というのも、ロザリーは馬に乗ったことがなかったためクリスがあえてペースを落としたからだった。

また、適度に休憩をいれなれば、お尻が痛くなることをクリスは経験から十分承知していた。しかも今は旅の途中で大聖堂のあるアストゥリアス国まであと一歩の距離までいるのだ。

聖地についてロザリーに何かあればそれこそ問題だった。

こうしたクリスの配慮も加わり、ゆっくりながらも一行はようやくアストゥリアス国へとたどり着いた。

平穏に、そして何事もなく。


アストゥリアス国。この国は国家創始の地らしい。魔物がたくさんいた世界から人が人としていきることができるようになった戦争によってガイア帝国、ローラン王国、ライン連邦ができあがった。

そしてそのアストゥリアス国には創世の神様として『アイリス』が祭られている。

そのため伝説の地となっている大聖堂には教皇が独立しており、それとは別に国の統治者として総督が世襲でいることになっている。実質的に統治、防衛は総督が担っていて教皇は特に統治等はしていないものの寄付とは別に税収の一部を教皇が受け取り、実質的に教皇によって教会としての中立国を成り立たせているらしい。そのため、隣接する国がガイア帝国のみとなっているがローラン王国やライン連合との外交関係もあり併合が行われないでいる。

そのことをロザリーがひとつひとつ教えてくれた。

フローラ、レオン、ルイスからすれば常識の話らしいのだがクリスは田舎出身。出会いからの流れを知っているロザリーが丁寧に教えてくれたことはクリスとしては非常に助かることだった。


そしてたどり着いたアストゥリアス国。

一行は最初に総督の元へ赴き、挨拶を済ます。

そしてその後客人としての場所を与えられクリス達は休むことになった。

クリス、メアリはロザリーがこの後に大聖堂への礼拝準備があったため、その準備と警護に追われることになった。

ただ、他のメンバーはせっかく聖地に着いたということもあり襲われる危険も少ないことから礼拝が終わるまですの二、三日は自由行動となった。


こうして、ロザリーが礼拝を済ませるまでの間に先にフローラ、レオン、ルイスは礼拝を済ませ、ユリックもカルヴァンの冥福を祈るために祈りに行ったらしい。


「クリスさんは祈りに行かれないのですか」


先日の件もあってだろう。ロザリーはごく自然な質問をしてきた。


「いえ、私は大丈夫です」

「そうなんですか。でもせっかくですしお祈りされた方が・・・」

「うーん、私はあまりそういったことをしないので。と言いますかお祈りしたいこともありませんので」

「そうなのですか。孤児院の寄付にも熱心だったと聞いたことがありましたから私はてっきり」

「ああ、あれは・・・いや、なんでもないです」

「あら?どうされたんですか」

「いえ、この話をしたときにアリスさんに呆れられてしまったので。まあ、人それぞれということで」


クリスとて学習するのだ。アリスに呆れられたは伝えずそれとなく誤魔化すことにした。

こうしてあとの時間はロザリーと他愛のない話をし、買い足しから返ってきたメアリも加わり雑談をした。

ちなみにその後の話しで聞いたことによるとメアリも買い足しの前に礼拝しに行ったらしい。

理由は単純でロザリーと一緒に礼拝はできないからだった。


翌日クリスはロザリーに付き添って大聖堂へと向かった。

外見は石で作られ中はただただ広くアンティークな内装でありながらステンドグラス、蝋燭の一つ一つが優美で贅沢に彩られていた。

「すごいわよね。この大聖堂を建てたのが誰かもわからないそうよ」

「え?人が建てたんじゃないのですか」

「内装はそうらしいけど、神様が建てたという噂もあるそうよ」

「そうなんですか」


そんな話をしているとようやく礼拝所に辿り着きクリスはロザリーに続いて前に進み、目の前に祈る姿の女神様の石像があった。

その女神像の前でロザリーが祈りを始めるとクリスも続いた。


そういえばその礼拝堂に会った神様の姿をどこかで見たような。

クリスは祈っているふりをしながら頭の仲で思考をめぐらした。









「あれ?ここは」


辺りを見回すと真っ暗で何も見えなかった。

その場所、どこかで見たような。

そんなことを考えているとどこからともなく声が聞こえた。


「ようやくこられたのですね。クリスティーヌ」

「誰?」


突然、光が差し込み徐々にその光から人影らしきものが見えた。

その姿はまさしく先ほどみた女神様の姿だった。


「これでどうでしょうか。えーと、女神様?」

「そんなところです」


そういうと女神様は微笑んだ。


「もうここへは来ないかと思っていました」

「え?どういうことなんでしょうか」


クリスは神様が言っている意味が理解できず首を傾げる。


「ああ、そういえば記憶を失っていたのでしたね。一から話すのも大変なので一旦記憶を復活させてあげましょう」

「そんなことができるんですか」

「ええ、以前は記憶をなくすといいましたが正確にはロックして思い出せないようにしているだけでしたので。ロックを解錠しちゃえば思い出せますよ」

「そうなんですか・・・でもち」


クリスはちょっと待ってと言おうとした。これから自分の過去がわかるのだ。心の準備が欲しかった。

しかし、女神様は案外せっかちらしい。無常にもクリスの話を聞き終えるより早く行動に移してしまった。

一気に記憶が開放されていき、過去のことが思い出されていく。


なぜ、魔法が使えるのかということ。

異世界へと転生してしまったこと。

自分の肉親についてのこと。

前世は男だったらしいこと・・・え?男!?


「私・・・男だったの!?」


クリスはショックのあまり膠着する。


「ああ、その反応も斬新ですね。以前は女になったことを嘆いていた感じがありましたが今度は男だと知って驚いていますね。人間て案外順応性が高いんですね」


女神様がクスクスと笑っていた。

その様子に女神様が性別を間違えたのが原因でしょうがとツッコミを入れたかったがクリスは堪えた。


「で、何で私を呼んだんでしょうか。私は死んだの?」

「そうでしたね。まず死んだかの質問ですが、死んでません」

「じゃあどうしてここに」

「それはですね。今回は神託を与えるためですよ。ここに来たら神託を与える。最初からそのつもりだったんですよ」

「え?でもそんなこと一言も・・・」


クリスは記憶をたどって見たが思い当たる箇所などなかった。


「言いましたよ。『今度はちゃんと信仰心も持ってくださいよ』って」

「そんなのわかるわけないじゃない!」


どんだけその言葉から連想しなければならないか。

それに信仰心を持ったところでよほど信仰心が高くなければ、道中も命懸けの巡礼に行く可能性なんて低いだろう。


「そうですか。信仰心を持った人がここに来るとなっているはずなんですがおかしいですね」


確かに女神様の言うことは間違ってはいなかった。しかし何か違う気がする。

クリスは納得がいかない表情をした。


「それで神託とは何なんですか?」

「私をあなたの傍において社会見学させて欲しいの。方法は女神の像に触れること。お願いね」

「え?それって本当に神託なの?必要なの?え、ちょっと・・・」


神様が笑顔でそういうとクリスの意識が遠のいた。







「・・・ス。・・・リス!クリス!」


クリスは我に返った。そしてふと顔を見上げると目の前にはロザリーが心配そうにこちらを見ている。


「クリス、どうしたの。そんなに長いこと祈って。私は祈り終わっているわよ」


クリスが周囲を見回すと後ろで不思議そうに待っている人がいた。

また、ロザリーもクリスをおいて退出するわけにもいかず現在に至るようだった。


先ほど起こった内容を思い浮かべる。


「お、思い出した・・・」

「え?思い出した?何を?」


ロザリーの言葉は残念ながらクリスには届いていなかった。

クリスはどんどん思い出していくこれまでの出来事が。

ようやく記憶を取り戻した。それもすべて。しかし、クリスがロザリーに反応できなかったのは単に記憶が戻ったからというわけではなかった。

むしろ忘れていたかったかもしれないことまで思い出してしまったからだ。


男とか男だったとか男であったとか。


そのことに思わず頭を抱えたくなったが。そうしているわけにもいかなかった。

神託の内容に従うとすればこれから女神像に触れなければならないのだ。

社会見学という何か変なセリフを言っていた気がするが仮にも神様なのだもしかしたら深い意味がある可能性だってあった。

それにこのまま戻ってしまえばせっかく戻してもらった記憶も再び失う可能性だってあるのだ。クリスは覚悟を決めるしか選択肢がなかった。


「ロザリーさん、少しだけ待っていてもらっていいですか」

「え?ええ」


クリスはロザリーの了承を得るとニコリと微笑む。

そして立ち上がると女神像へと近づいていく。


「ちょっ!クリスどこへ行くの!」


その様子にロザリーが慌てる。祈りをささげる対象の像に触れるなどあっていいはずがない。

よくて破門、最悪ローラン王国の外交問題にまで発展しかねなかった。

しかし、クリスは躊躇なく像の前に進み手を伸ばす。


その様子に気がついた参拝者や牧師、警備兵が慌ててかけよってきた。

しかし間に合わない。まさかローラン王国からの使者で護衛の騎士団団長がそんな行為をするなど思わなかったのだろう

クリスはあっさりと女神像に触れることができた。


「なんてことを」


ロザリーは驚きのあまり口をあてて絶望しかけたときだった。

大製堂に空に虹がかかりだす。そして石像が眩く光り始めた。

その光景はクリスが一番知っていた。

そしてその石像は徐々に色がつきやがて人の姿となった。

その姿を確認し、クリスは跪いて言葉をかけた。


「お迎えにあがりました。アイリス様」

「それが私の名前なんですね」

「そういうことです」

「わかったわ。よろしくねクリスティーヌ、いえクリス」


女神様はにっこりとクリスに微笑んだ。


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