3-3 巡礼の道(大地の道)
国境は難なく通過できた。道中は山道ではあったものの、幸い徒歩の者がいなかったため順調にすすむことができた。
また、道中は比較的人通りが多くいたって平和だった。
国境の山道を越えた後は、のどかな平原が続き国家が違っても同じ言語であったため、宿に困ることもなかった。
クリスは無事に進んでいることにひとまず安心していた。
途中で盗賊が現れることも警戒していたが、この様子であればそれも起こらずにアストゥリアス国へたどり着けるかもしれない。
成り行きで騎士団団長になっているがクリスは剣術が苦手だった。それに今はフローラやレオン、ルイスもいる。これだけのメンバーの前で魔法を使うわけにもいかなかった。
こうして何も起こらないまま進んでいくと、加わったフローラが休憩の合間にクリスに話しかけてくるようになっていた。
当初は伯爵ご令嬢ということもあり、クリスはかなり遠慮していたも。
しかし、フローラが積極的に話しかけてきたこともあり、フローラは実はレオンやルイスとも剣術では引けをとらないこということ、貴族令嬢でありながらあまり社交場へは興味がなかったことを知ることができた。
そして、クリスを知った理由も、若干15歳の若さで女騎士の地位を手に入れたらしい。その話をランドック辺境伯から聞いたことがきっかけだとわかった。
なお、そのときのフローラはただの興味をもっただけだったものの、噂を聞けば聞くほど謎に包まれているクリスが気になり、実際にあって惚れてしまったとのことだった。
さすがに惚れてしまったと聞いたときクリスは
「え?私、女ですよ」
と素の返答をしてしまったがフローラとしてはそんなことはどうでもいいらしい。
「なら、私のお兄様方と結婚して頂ければ私は義妹になれるんですね」
と嬉しそうにしていた。そのとき思わずクリスはレオンとルイスを見たが、二人とも苦笑いするのではなくむしろ恥ずかしがって顔を俯けていた。
さすがにそのときは見かねたのかロザリーがアリスの了承が必要でしょうねとさりげなく間に入ってきてくれたおかげで話の方向がかわり、何とかなったがフローラはアリスに説得する気満々のようであった。
能力もないのに担ぎ上げられた人の気持ちがわかった気がする
クリスは内心そう思ったが、それでも今はバラ騎士団の団長なのだ。ローズ商会のためにも名声を下げるわけにはいかず、ただただ平和に道中を終えることを願った。
こうしてガイア帝国の道を半分ほど進んだくらいだろうか。
少し大きな町につき、クリス達は宿に泊まることになった。
ロザリーの護衛は人員が増えたこともありレオン、クリス、ルイス、カルヴァンが交代でロザリーを見張りを行うことになった。
そしてクリスが仮眠をとっていたときのことだった。
何かの物音が聞こえ、クリスは目を覚まし、とっさに耳を澄ませる。
ギシッ
非常に小さい音だったがそれは床のをゆっくりと歩く足音だとわかった。
部屋に誰かいる!
クリスはそのことに気付き起き上がろうとすると、突然何者かに両腕を押さえつけられた。
騎士になったとはいえ普段はただの経理責任者のクリスは腕力がなかったために簡単に押さえつけられてしまう。そして、運悪く腕を押さえつけられてしまい。近くの護身ナイフも使えず、魔法も唱えられそうになかった。
まずい!
そう感じて足掻こうとしたとき、ふいに押さえつけてきた相手と目が合う。
「め、メアリさん!?」
「しっ!」
そこにいたのはメアリだった。メアリはクリスが話しかけようとすると手でクリスの口を塞いだ。クリスは状況が理解できずただただ驚く。
「ごめんなさい。でももう少しだけおとなしくしていてください」
そう言うとメアリはクリスから手を離した。
「ど、どうしてメアリさんが」
「あの、少し外へ出ませんか」
「あえ?ええ」
どうやら襲うつもりでやってきたわけではないらしい。
すんなりとメアリは離れてくれ、クリスとメアリは密かに外へでた。
そして、周囲に誰もいないことを確認するとメアリは話し始めた。
「実は、最近ロザリー様の元気がなくて」
「そうだったんですか。気づきませんでした。長旅で疲れたんでしょうか」
ロザリーはずっと馬車で旅をしていたのだ。疲れているのであれま少し休憩した方がいいのかもしれない。
でも、それを理由ならなぜ夜中にとクリスは不思議に思った。
「いや、そうではないと思うんです。ただ」
「ただ?」
メアリは何やら躊躇っているようだった。
「なんと申し上げればよろしいのか難しいので直接確認していただけませんでしょうか」
「私がですか?」
そういったことならメアリが対応することだと思ったがその理由もあいまいなものであった。
「はい、今回に関しては私にはどうしていいかわからなくて」
「……わかりました」
いまいち歯切れの悪いメアリに疑問を抱きながらもクリスは了承した。
そしてメアリが帰ったことを確認した後、クリスは早速行動に移した。
今の時間の見張りはレオンだった。
「レオン様、ロザリー様に用事がありますので交代します」
「団長、わかりました。それでは失礼します」
レオンは顔を赤らめながらも快く交代に応じてくれた。
そしてレオンが去っていったことを確認してからクリスは扉をノックした。
コンコン
「夜分にすいません。クリスです」
「……クリスさんですか。入ってきてください」
ロザリーの許可を得てクリスは入室するとロザリーは微笑んでむかえてくれていた。
夜中ということもあり既に就寝しているかと思ったが、ロザリーは窓辺の椅子に座り外を眺めていた。
「少し話でもよろしいでしょうか」
「ええ、かまいません。どうぞこちらの椅子に座ってください」
そういうとロザリーの向かいの椅子を勧めてくれ、クリスは椅子に座った。
メアリに言われてことが気になりロザリーの様子を見てみたが確かに少し疲れたような悲しそうな雰囲気があった。
「長旅での馬車は大変だったでしょう」
「ええ、そうですね。でも初めていろいろな景色をみることができて楽しいです」
「それならよかった。馬車では普段メアリさんとはどんなお話をされたりしているんですか」
「そうですね。景色の話をしたりとかアストゥリアス国がどんなことろだろうかといった話でしょうか」
「そうだったんですね。私もその話に参加してみたかったなあ」
「あら、クリスさんも興味があるんですか」
「ええ。でも警護中は話をしている余裕はないんですけどね」
「そうなのですか」
そう言うとクリスは苦笑いした。その様子を見てロザリーは何かを考えてるのか手を顎に添え、少し間を空けてから言葉を続けた。
「でしたら、クリスさんの後ろに乗せてもらえませんか」
「え?しかし」
それではいざというとき戦えない。
しかしロザリーの考えは違うようだった。
「実はクリスさん剣術は苦手だということは存じています。おそらく襲われたとしても下馬してから魔法で戦われるのではありませんか」
「うっ」
その通りだった。乗馬はできるようになったもののクリスの技量では乗ったまま戦ったり魔法を唱えたりすることはできないし、できたとしても魔法で馬が驚いて落馬する危険もあった。
「それに、私も一度馬に乗ってみたかったんです」
「でも……そんなことをしたら私がメアリから怒られそう」
「団長なのに使用人を恐がっていらっしゃるんですか」
「いや、ええ、まあ……」
クリスは苦笑いするとロザリーは意外そうな顔をし、クスクスと笑った。
「お恥ずかしい、やっぱり私は団長に向いていないのかもしれませんね」
その言葉を聞いたロザリーが驚いた顔をしクリスをまじまじと見つめてくる。
「クリスさんもそう思うことがあるんですね」
「私はいつもそんな感じですよ。今でも私が団長でよかったのかやローズ商会の経理責任者としてやっていけているのかたまに不安になります。あ、でもこれはアリスさんには内緒ですよ」
そういうとクリスは人差指を口元に当ててロザリーにウインクした。
その表情にロザリーは驚いていたが、すぐに笑顔にかわった。
「ふふ、わかりました。実は私も子爵となってからずっと悩んでいたんです。私、子爵としてやっていけるのかって。でも誰も相談できる相手もいないですしましてや女性の子爵なんてほとんどいないし。私、ずっと不安だったの。だって今までこれまで復帰できるなんて思ってもみなかったから。ずっと使用人としてやっていくものだと思っていたから……」
その声は最初は元気でやさしい声だったが少しずつ弱弱しくなっていった。初めて聞くロザリーの不安だった。
しかしクリスがその気持ちを察するにはあまりに立場が違いすぎた。そのためクリスは気持ちはわかるなんて言葉や慰めの言葉を軽々しく言うことができなかった。思わずクリスは沈黙してしまう。
それでもクリスに今できることを知っていた。アリスがしてくれたように。
クリスは立ち上がるとロザリーの傍により抱きしめた。ロザリーは少し驚いていたようだったがやがてクリスの腰に手を回すとかすかに泣き声が聞こえた。
クリスはやさしく頭を撫でながら抱きしめ続けた。ロザリーの涙が止まるまで。
クリスがアリスから教わったこと。それは本当につらいときは泣いたっていいということだった。
ただ、ロザリーはそれができなかった。アリスに対してはよき使用人としてあり続けようとし、子爵となってからも一人で頑張ろうとしてメアリに頼らなかった。そのことをおそらくメアリは気づいていたのだろう。
だからクリスにお願いをしてきた。ローラン王国から離れたこの場所で。
ロザリーはしばらく泣いていたがやがて泣き疲れたのだろう。やがてうつらうつらとし始め、クリスはロザリーに抱きかかえてベッドへと移して毛布をかぶせてあげた。途中に目を覚ましてしまったようだっ たが手を握って見守っているとロザリーは再び目を閉じ、少しすると微かに寝息が聞こえてきた。
その顔は涙のあとがあったものの以前よりも少しだけ穏やかな顔になっている。そうクリスは思うことにした。
そしてそこから少し見守っていたとき、ドアを静かに開ける人の姿があった。
メアリであった。その様子からは心配そうに見ていることがクリスにもわかった。
「あ、あの……」
「もう大丈夫ですよ」
クリスはメアリに微笑みかけるとメアリはおそるおそる近づいてきた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
メアリはクリスに誤ってきた。
「何をおっしゃっているんですか。私はロザリー様の警護を承ったバラ騎士団団長です。任務として当然じゃないですか。」
クリスはメアリに微笑みながら言った。そして一言付け加える。
「それにロザリーさんも大切な人だと私は思っていますよ」
当人に言ってなければセーフ!なんてことはなかった。そう言ったまではよかったもののなんだか急に恥ずかしくなってきた。
そして驚いているメアリに後のことを任せることにして、次の交代がくるまでクリスは部屋の外で見張りを続けた。
それにしてもどうしてメアリは夜中の仮眠中にやってきたのだろうか。
一歩間違えば手元にあった護身用のナイフを使いかねなかった。メアリはロザリーの状況に相当悩んでいたのかもしれない。そういえば女は愛に対して大胆になると聞いた気がする。メアリの主人に対する愛の表れなのだろうか。そう思うことで納得することにした。
そして翌日。
ロザリーはクリスと同じ馬に載った。配慮のため、お尻には宿でもらった毛布を加工し少しでも負担が少ないように工夫をして進んだ。そのことにより約2名から3名に視線が増え、普段より少し違うような気がしたが、クリスは気にしないことにしてロザリーと話をした。
もっともそれら視線が気にならなかったのには理由があった。
乗馬で二人乗りする場合、手綱を持つ人が後ろに乗るため現在クリスはロザリーの後ろにいた。そして先ほどからずっとロザリーの胸の谷間がときおりちらりと見えてしまうのだ。その状況にクリスは先ほどからずっと心理的ダメージを受けていた。
こ、これはあれだもん。鎧を着るときにあると邪魔だから。
私は騎士だから。そう、この方が通常の鎧を着れるんだから。
だから羨ましくなんてないんだから。
そう思いながら改めて自分の胸を見て、顔は笑顔を貫いたまま心の中でため息をついた。




