3-2 巡礼への道(新たな出発)
騎士団が結成されるとロザリーを護衛として、旅立ちの準備が進められた。
当然ながらバラ騎士団の団長がクリスだったため、再び入浴場は一時休業となってしまい、貴族たちは落胆していたが、自らがロザリー子爵を指名してしまったこともあり、誰も文句を言う者はいなかった。
バラ騎士団の団長はクリス、副団長としてカルヴァン、アリスは補佐で王都から支援という役回りで決まった。
当初、ロザリー子爵はクリスがついてくることに遠慮していたものの、クリスを連れて行かないならアリスが商隊を連れて行くと言い出すと、さすがのロザリー子爵も折れた。
こうして巡礼メンバーが決まった。
ロザリーを筆頭にクリス、カルヴァン、メアリ。そして御者としてユリックが付いた。
ん?ユリック?誰?
クリスがユリックについて覚えがなかった。姿を見てみたが容姿等も一般的で、いまいち存在感が薄い。もしかしたら孤児院にいたかもしれないが、毎日通っていたわけでもなかったのでクリスも全員は覚えていない。
カルヴァンに聞いてみると、どうやら同じカルロスの孤児院出身でカルヴァンが休暇中に騎士見習いになったことを報告しに帰ったときについて来たそうだ。そして、アリスの了承を得て現在は小間使いとして働いているらしい。
馬の扱いに関しても、ローズ商会での荷物運び時に操作した経験があるらしく慣れている様子だった。
そして、なぜかクリスの様子を見ては尊敬と憧れの眼差しで見てきている。
どこかであったかしら。
クリスは思い出せず、首を傾げたがユリックがこちらを見ているのでの笑顔で返す。
やってから気づいたが、傍から見れば微笑みながら首を傾けた少しあざとい感じになったかもしれない。
ユリックは顔を赤らめて俯いてしまった。
人員は5名と小規模であったため、馬車には改造が施されロザリーとメアリの乗るスペースとは別に食料などの物資も乗せられた。
想定される旅の日数は片道2-3週間。クリスが旅支度をしている最中に自身が中心になって動く不思議な地図を思い出し、持ってきたおかげで道に迷うことはなさそうだった。
そしていよいよ旅立とうかというとき、クリスはアリスに呼び止められた。
「クリス、忘れ物よ」
そういってアリスから渡されたのはローズ商会の石鹸だった
「これは?」
「もし、貴族の屋敷や裕福な商人にお世話になったときのものよ。ついでに宣伝もよろしくね」
その言葉にアリスには敵わないとクリスは思うのであった。
こうして始まった旅。
馬に騎乗したクリスを先頭に、一行は道を進んだ王都オルランドから南へと進み、途中、いくつかの町によっては食料、衣類や靴を買い足したり宿に泊まって一服した。
そして、ロザリーはなぜアリスがクリスを旅に連れて行くことを薦めたのかを改めて理解する。
旅の途中、一行は水に困ることがなかった。旅にとって水は何よりも大切なものではあるが、日持ちや重量の関係であまり量を持つこともできない。実際ロザリーの馬車も定期的に町で補充できることもありあまり積まなかった。しかし、制限をすることもなければ宿に泊まったときでも水浴びの水に困ることさえなかった。
加えて、道中食べ物を焼いたり、水を温めたりする作業も火の着火に時間がかかって困ることがなかった。
また、それら部分の手配は団長のクリスが行っており他のものは団長に作業させる訳にもいかず進んで全員作業をした。
しかし、それでは普段の雑用を任されてきたメアリの立場がなかった。
メアリはこの日の為に旅にあたっての知恵を集めいろいろと準備をしていたのだ。そして旅がどれだけ大変なことなのかも理解していた。だからこそ、食事や水といった管理からロザリーとその他の人の身の回りをできることはやろうと意気込んでいた。
それなのにこのメンバーときたら団長のクリスは水や火をしてきてくれる。カルヴァンは自分で身の回りをして休憩中では散歩と称して食料を調達してくる。ユリックも雑務になれているのかメアリーをサポートしてくる。ロザリーも身の回りができることを考えればまったく持って手のかからない人ばかりだった。
その様子に気づいてロザリーは苦笑いしてあえてあまりしないようにしていたが料理ばかりは誰もメアリにはかなわなかったらしい。
クリスが水と火を用意してくれるので、日中の食事には旅では贅沢な温かいスープが振舞われ、メアリはみんなの健康を気遣いながら料理に精を出していた。
こうして平穏に旅を続けていると、ようやくクリス達はラングドッグ辺境伯領にまで到達した。
ラングドッグは王都オルランドの南側に位置し、プロヴァンの調度西側にある土地でガイア帝国と山を挟んで国境を守っている地域で、プロヴァン、オルランド方面からの巡礼者が多く通る道ということもあり、活気があった。
もっとも、王都からの巡礼であればさらにその西にはラヌルフがあり、そちらが最短路だったものの、前回の噂の件もあったためクリス達はこちらの道を選んだのだ。
クリスは旅をながら現地を視てあることに気づいた。
ラングドッグはガイア帝国との国境を守っているということもあり、軍が駐屯し、殺伐としたイメージがあった。
しかし、実際は国境をはさんでいるからこそなのかその周辺には宿が多くあり、繁華街の人の往来も多かった。
その理由の一部に巡礼の道だったことも理由だろうが平和な今はここが国境付近だと信じられないくらいだった。
クリス達は宿の手配をすると今日はここで一休みすることになった。日はまだ明るかったが明日からは国境を渡りガイア帝国の領土を進むことになるのだ。そのことを考慮しての一息だった。
ロザリーも何日も馬車に揺られているのは疲れるのだろう。休むことが決まると安心した様子だった。
「あの、クリスさん」
「なんでしょうロザリー様」
「これからランドック辺境伯に挨拶しに行こうと思うのですがクリスもついてきてもらえませんか」
「私は一向にかまいません」
クリスは笑顔で答えた。クリスからすれば子爵の警護はあたりまえのことなのだがロザリーはまだ使用人だったころの意識が残っているらしい。旅から数日が経過してもクリスに頼むときはどこか遠慮がちだった。
こうして、ロザリーとクリスはランドック辺境伯の屋敷へと向かった。
そこに立っていた門番を通して伝えると、ロザリーとクリスはすぐさま待合室まで案内された。
そこで少し待つとしばらくして従者らしき人がやってきてロザリーとクリスは応接室へと案内された。
その応接室では既にランドック辺境伯が待っていた。
「はじまして。私がロザリー・オーウェンと申します。この度巡礼の道中にランドック辺境伯の領土を通ることになりましたのでその挨拶に参りました」
「私は巡礼の護衛をさせていただいております。バラ騎士団団長のクリスティーヌ・ローランと申します。」
そういうと、ロザリーとクリスは礼をした。
一方のランドック辺境伯はまさか20歳にも満たない女性2人でくるとは思っていなかったらしく、出会った直後は驚いた表情ををしながらも挨拶を返してくれた。
「わざわざご足労いただきました。私がこの土地の領主をしているセオドールと申します。他の方はみなランドック辺境伯又はランドック伯と呼んでおりますのでそちらの呼び名でけっこうです」
ランドック辺境伯は爵位が上なはずだったが特に威張るわけでもなく謙虚だった。
しかし、年齢は初老になろうかという見た目と歴戦の騎士という風貌をもっており、言葉遣いと態度には大きな差があった。
「つかぬことをお伺いしますが最近の状況はどうでしょうか」
ロザリーは早速話しを始めた。ガイア帝国との状況と巡礼者の状況確認が目的だった。これから国で言えば敵地に入るのだ。不穏な状況であれば引き換えしたり警戒する必要があった。
「そうですね。それといってガイア帝国とは小競り合いは発生しておりません」
ランドック辺境伯からその言葉を聞いて安心する。
だが、ランドック辺境伯の言葉とは裏腹にあまり表情は芳しくなかった。
その様子に気付き、クリスは念のために確認をすることにした。
「あの、失礼かもしれませんが何かございましたか」
「ん?ああ、まあ伝えて不安にさせることを言うつもりはないのだが伝えておいた方がいいかもしれないな」
「と、申しますと」
「最近、巡礼の者から聞いた話なのだが巡礼までの道中でローラン王国の貴族や商人が襲われる事件が何件か起こっているらしい」
「それは昨今よくある話なのでは」
「ああ、まあそれはそうなんだがどうやらこれまでと違うようでな。通常の盗賊であれば襲う目的といえば金品や身代金目的がほとんどなのだが、今回の場合は襲われた者は貴族、庶民問わず皆殺されているんだ。そして不思議なことに殺した犯人に関する情報がまったくないらしい」
「じゃあどうしてその事件がわかったんですか」
「それは殺された人がそのまま放置されているからだよ。ただ、通常そんなことが繰り返されれば犯人から逃げた人からの情報がありそうなものなのだがガイア帝国に聞いてみてもまったくわからないらしい」
「そんなことが」
「ああ、だから余計に不思議なんだ」
そういうとランドック辺境伯は渋い表情をした。
そして再びためらいがちにロザリーとクリスにたずねてきた。
「あと、その件とは別の話になるのだが」
「はい、かまいませんが」
クリスの了承を受けてランドック辺境伯の表情が和らいだ。
「実は、ローズ商会の噂はこちらまで届いていてな。もしよければだが屋敷に構えた入浴場をみてもらえないだろうか。それに家には子供がいてな。息子や娘と会ってもらえると助かる」
「ありがとうございます。ただ、私はロザリー様の警護が任務となっておりますのでロザリー様の付き添いということであれば喜んで」
「ああ、かまわない。むしろ私はオーウェン子爵を敬意を持っていてな。ロザリー様とは別で直接お話したと思っていたのだ。そのときに話そうかと思っていたがロザリー様も復帰したばかりで何かと大変だっただろう。希望があれば後援も約束しよう」
「ありがとうございます」
ロザリーは驚いた表情をしながらも礼を言った。
今さらになってクリスは気づいたが、どうやらロザリーの父オーウェン子爵は忠臣で有名だったのかもしれない。プロヴァン辺境伯の件といい今回の件といい爵位では彼らよりも下にも関わらず敬意を持たれていることは明白だった。
こうして応接室での話し合いは一旦終わり、クリス一行は一度宿に戻ってから召集をかけ、全員でランドック辺境伯のもとへ向かった。
そしてカルヴァンに事前に向かわせて一行が到着すると、なんと屋敷の前でランドック伯爵以下従者や使用人、家族が出迎えてくれた。
その様子を見て慌ててクリスは馬を下りる。乗馬したまま向かうなどどう考えても頭が高く、悪目立ちするだけだったからだ。
そして一行がランドック辺境伯のもとへ着くと屋敷の人たちがざわつき始めた。それも無理はないだろう。
ロザリー以下メンバー全員の年齢は20歳未満。しかも子爵と団長が女性。
こんな集団をランドックに仕えている人達は見たことがなかった。最初にあった門番も驚いている。
しかし、その状況はすぐに打破された。ランドック辺境伯のご令嬢が最初に声がをあげたのだ。
「まあ、あなたがバラ騎士様なのですね」
どうやらバラ騎士の噂は王都だけではなくこのランドックまで広まっているようだった。
その言葉を聞いてクリスは恥ずかしくて居たたまれなかったが失礼するわけにはいかない。
必死にご令嬢に笑顔を向けた。
こうして、薦められるままに屋敷へと案内され、各自部屋を用意された。
とは言っても、バラ騎士団はロザリーを守ることが役目。クリスはカルヴァンと交代でロザリーとメアリのいる部屋の前で見張ることになった。そしてクリスが見張っていると何やら視線を感じる。
「こまったなぁ」
ちらりと見てみると先ほどのご令嬢がずっとこっそりと覗いていたのだ。
何事もなければいいのだけど。
そう思ったクリスの願いは届かなかった。
ロザリーとクリスはランドック辺境伯に呼ばれた。
向かってみると、そこにはランドック伯爵以下3名の男女がいた。
「紹介しよう。左から次男レオン、三男ルイス、長女フローラだ。長男については現在王都に出向いていてな」
「そうだったのですか。私はロザリー・オーウェンと申します。そして後ろにいるのがクリスティーヌ・ローランです」
お互いに改めて自己紹介の挨拶をすませる。
「それでな、突然の話で申し訳ないのだがお願いがひとつあってな」
「どういった内容でしょうか」
「フローラがそなた達について行きたいといって聞かないのだ。巡礼に一緒に連れて行ってもらえないだろうか」
ランドック辺境伯がちらりとフローラを見て申し訳なさそうにロザリーを見た。
一見すれば無理なお願いのようにも見えるがランドックは王都とアストゥリアス教国とはちょうど中間地点だった。ここから先はガイア帝国の領土を通るといっても平時であれば王都との危険はさしてかわらなかった。あのときの話がなければ。
念のためクリスはランドック辺境伯に確認をとる。
「ですが、道中は危険だと伺いましたが」
「ああ、だからレオンとルイスもつける。また、ここからは補給も厳しいだろうからその補給物資と馬車、御者もつけよう」
「しかし」
「頼む。フローラも女性と言ってもこの要所を守る家の娘だ。剣術は一般兵士よりもできる。それに……」
ランドック伯は何かを言おうとしていたがためらっている。
その続きの言葉をクリスは想像がついた。おそらく、メンバーの子爵、団長が女性なのだ。
そのせいフローラが変に意欲的になってしまったのだから断らないで欲しい。
そう顔に書いてあった。
「……わかりました」
ロザリーが少しためらいながらも了承した。
「しかし、ロザリー様」
「クリス、これは私の命令です」
「……わかりました」
このメンバーはロザリーが代表。ロザリーに反対する権利などクリスにはなかった。
「おお、それはよかった。それでは早速準備をさせよう。よかったなフローラ」
「はい、お父様」
ランドック辺境伯は喜んでいるようだった。
そこは父親として心配するところではとクリスは思ったがそのための追加2名なのだろう。
巡礼もできるいい機会だと思ったのかもしれないと思うと妙に納得ができた。
こうして一行は新たにフローラ、レオン、ルイスが加わることになった。
驚いたことは3名とも馬に乗っていたことだ。フローラもちゃんと乗馬できるらしい。これで食料を積んだ馬車が1台増えることになったものの、状況としてはクリスを先頭にロザリーとメアリの馬車とそれを操るユリック、荷馬車が続き、右にフローラ、レオン、左にカルヴァン、ルイスが続いた。
ロザリーの警護としては先ほどと打って変わってかなりそれらしい警護体制となっていた。
しかし、クリスはそんな状況に複雑な心境だった。
後ろからずっと約2名の熱い視線を感じていたのだ。
しかしクリスにはその視線にどう応えていいのかわからない。仕方なく気づかない振りをして進むことにした。
そんなこともありながらもようやくガイア帝国とローラン王国の国境へとたどり着いた。




