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3-1 はじまりはいつだって理不尽(3度目)

クリス:主人公、現在ローズ商会、経理責任者兼ローラン王国のバラ騎士

アリス:ローズ商会の会長

ロザリー:ローラ、元ローズ商会使用人。現在ローラン王国の子爵

メアリ:ロザリーの使用人。元ローズ商会メイド長。

ベル :ローズ商会のアリスとクリス側近の秘書。カルロス孤児院出身。

ウィリー:ローズ商会のオルランド販売責任者。カルロス孤児院出身。

カルヴァン:ローズ商会のアリスとクリスの護衛。カルロス孤児院出身。

エリック:ローラン王国第2王子。国王ヘンリーの子供。


プロヴァン辺境伯:ローラン王国南東プロヴァンを統治。マーセル商会を支援。

ラヌルフ辺境伯:ローラン王国南西ラヌルフを統治。ローズ商会とは対立。

ランドック辺境伯:ローラン王国南ランドックを統治。上記2名とガイア帝国を監視。


ローズ商会:王都オルランドで石鹸事業、入浴事業を営む。会長はアリス。

マーセル商会:プロヴァンで石鹸事業を営む。ローズ商会の関連商会。


ローラン王国:王都オルランド。国宝は賢王ヘンリー。特産、紋章はバラ

ガイア帝国 :ローラン王国南方にある広大な海洋帝国。特産、紋章はオリーブ



 クリスはバラ騎士となってからもこれまで通りすごしていた。

 ローズ商会の石鹸事業は堅調に推移しており、マーセル商会も順調にガイア帝国向けへの販売を開始しつつあった。

 加えて入浴事業も順調に推移していた。

 ただ、入浴事業に関しては水や火の準備をクリスが行っていたため、不在のときは休業ができるようクリスが事業責任者となることになった。


 こうして事業も順調に進んでいたある日、アリスから呼び出しがあった。


「失礼します」

「あ、クリス。今日もお疲れ様。入浴場の調子はどう」

「はい、おかげさまで順調です。それにマーセル商会の無香料石鹸は男性の騎士から特に人気が高いですね」

「そう、それならよかった。これでマーセル商会の基盤も安定してきそうね」

「はい。ところでご用件とは何でしょうか」


 クリスは周囲を見回してみるとアリスの他にロザリー、メアリ、ベルとローズ商会がローラン王国へ本拠地移転してからの女性主要メンバーが勢ぞろいしていた。

 そして、アリスはクリスからの質問を受け、満面の笑みを浮かべている。

 その様子から事業経過を聞くために呼んだことではないのは明らかだった。


「用件はたいしたことじゃないわ。みんなで無礼講の入浴をしましょう」

「え、入浴?みんなで?」


 クリスは突然の提案を受けて驚く。周囲はその様子を見て苦笑いしていた。


「ええそうよ。以前クリスが言っていたじゃない。多人数での入浴は案外楽しいって」


 そう言われてみればそんなことを言ったような気がする。

 しかし、クリスはわけあってあまり一緒に入浴したくなかったため、困惑を誤魔化すため苦笑いした。


「もう既に他のメンバーからは了承を得ているわ。あとはクリスが了承するだけよ。もちろん時間はクリスが空いている時間に合わせてあげる」


 アリスは満面の笑みでクリスを見ている。

 一見すればクリスに断る選択肢を与えているようにも見えるが、既に外堀は埋められている。

 どう考えても断ることが許される状況ではなかった。


「わ、わかりました」

「よし、決まりね。じゃあ日時は来週なんてどうかしら」


 先ほど時間は合わせてくれるといったが既に決めている時間があるらしい。

 クリスは断ることもできず、夜でということだけお願いし了承した。


「よし、それで決まりね。営業時間の都合もあるでしょうから各種手配はクリスお願いね」

「かしこまりました」


 こうして入浴会の日程が決まった。

 何か起こって中止になればいいのにとクリスは心の中で願ったが、世の中そういうときほど何も起こらないらしい。

 清々しいまでに平穏な日々は続き一緒に入浴の日がやってきた。


「さあ、みんな入りましょう」


 時間となって全員が集まったことを確認するとアリスが先頭になって更衣室に入っていく。


「あら?どうしたの?」


 アリスが見回すと他のメンバーは恥ずかしがり服を脱ぐのを躊躇っていた。

 そりゃそうだろう。女性同士とはいえ肌を晒すのだ。それもお互い知った中で上下関係もある。

 躊躇うのも無理はなかった。


「もう、みんな無礼講と言っているでしょ」


 アリスは状況を察したのか一番に衣服を脱ぎ始めた。

 その様子を見てベルも主人一人を裸にさせまいと追従する。そうなるとその様子を見ていたロザリーとメアリ順に続いた。


「ほら、クリスあなたもさっさと脱ぎなさい」


 クリスはその様子を見て呆然としていたが、アリスに言われて我に返り、慌てて続いた。そして一行はようやく入浴場へと入っていく。

 夜間になったが、もともと入浴場は温度と湿度を維持するために蝋燭の明かりが中心になっていて夕方と明るさはほとんど変わらない。また、今回は客となるご令嬢や貴婦人が利用した後であったため、一度 湯抜きをした後に水は再度クリスが入れなおした。

 そのため、薪などの燃料と時間が余分にかかってしまったが、ローズ商会の会長が入浴するのだ。それくらいの贅沢は許されるだろう。そのため入浴場のお湯はきれいな状態だった。

 慣れというものは恐ろしいもので、最初は恥ずかしかったものの入浴場に入って各自身体を洗っているとだんだんと意識することはなくなってきていた。加えて軽く身体を洗った後に湯船に入ってしまえば身体から疲れがとれてリラックスしていくのが感覚としてわかった。

 周囲も同じ楽らしく最初はみんな無言で身体を洗っていたものの湯船に入ったあたりから各自ちらほらと会話も始めている。


「たしかにクリスが言っていたように多人数での入浴も悪くないわね」

「ええ、ほんとそうですね」


 アリスとロザリーが会話を始める。


「でもやっぱり私には一緒に入るなんておそれ多いかと」

「はい、私もなんか場違いな気が」


 メアリとベルは主人と一緒なのは気が引けるらしい。

 入浴は楽しんでいるようだったが先ほどからちらりと何度も各主人に視線をあわせては恥ずかしがって顔をそらせていた。


 一方のクリスは全員のある部分を見ていた。


「みんないいなぁ」


 クリスはぽつりと呟く。

 クリスが入浴を嫌がっていた理由。それは胸の大きさだった。

 普段仕事をしていればそんな話になることもないし、意識してみることもない。

 しかし、入浴場では話は別だ。どう足掻いたって目がいく。


 この胸囲の格差ばかりは如何に知恵を絞ろうともクリス自身どうすることもできなかった。


 悔しくて口もとを湯船につけてぶくぶくと泡を作ってごまかす。

 そんな様子を察したアリスが話しかけにやってきてはくれたものの、隣に座られてしまえば目に見えてわかる差にクリスは余計に胸が痛かった。

 楽しげに話しかけてくるアリスに察せられないようにクリスは相槌を打っていると、周囲もだんだんとアリスに集まり始める。

 どうやら持っている人は持っていない人の気持ちがわからないらしい。


 うぅ……まるで精神攻撃を受けている気分。


 必死に気取られないように笑顔で誤魔化すクリスにとっては生きた心地のしない時間が続いた。

 一方、同じ入浴時間を過ごしていたアリスやロザリーは先ほどクリスにちょっかいをかけてくる。

 後でベルから聞いたことだがクリスが恥ずかしながら入浴する姿が異常なくらいに絵になっていたらしい。

 アリスとロザリーはクリスをいじりたいという加虐心を必死に抑えて、会話をしていたのだ。

 そしてとりおり身体を近づけたり胸を触ってきたりして大きさがどうだの肌触りがどうだのとキャッキャッしている。

 そしてその二人を見守るメアリやベルは主人をクリスにとられた感覚に嫉妬したらしい。協力してアリスとロザリーを煽っていた。

 そして、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にさせながら恥ずかしがって縮こまるクリスにアリスが思わず呟いた。


「可愛い」


 クリスにとってはそれが止めのセリフとなった。


「すいません。のぼせてきたみたいなんでお先です」


 そう小声で言って逃げるように退出した。その姿は騎士というよりも猛獣から逃げる小動物のようであった。

 そんなこんながあってからアリスがよくクリスを入浴に誘うようになってきた。

 同じような目にあうのはこりごりだったため、何か逃れる方法がないかと思案に明け暮れていたとき、クリスは騎士になって依頼初めてエリックから呼び出しを受けた。

 言葉のとうりであれば本来であればエリックの居る応急へ向かうのだが、今回はエリックの要望により、入浴場にある待合室で話を行うことになった。


「やあ久しぶり、クリスティーヌ。いや、バラ騎士さん」

「お久しぶりですエリック様」


 クリスはバラ騎士という言葉にピクリと反応したが無視することにした。

 クリスは呼ばれるようになってからもひたすら表舞台に姿を現さず、ローズ商会で仕事をこなしていた。

 しかし、噂などすぐに収まるとおもっていたクリスのあては外れてしまった。そのことがなぜかご令嬢からはアリスを立てて慕う忠臣に見えるらしく評判に尾ひれがついて人気が陰るどころかは上がる一方だった。

 それもこれも実はすべてエリックが原因だとアリスから聞いている。あることないことを言って自身がご令嬢から言い寄られるのを逃げるのに使っているらしい。クリスとしては迷惑な話だったがエリックはローラン王国の第2王子、言い返すことができるはずもなかった。


「さて、少し雑談をしたかったところだけど今回は急ぎなんで用件だけ伝えるよ」

「はぁ、雑談なんてお互いしたことがない気がしますが。用件、ですか?」

「ああ、あまりよくない話だ」


 エリックはそういうと複雑な表情をした。クリスは表情で嫌な予感がしたため嫌そうな表情をした。


「嫌そうだね。まあ、仕方ないか。今回の用件はロザリー子爵の護衛だ」

「護衛?」


 クリスとて騎士になった身だ。剣術や乗馬が得意という訳ではないが、ロザリー子爵への護衛であれば嫌がる理由はない。

 エリックがよくない話といったことを不思議に思い、クリスは首を傾げた。


「ああそうだ。ただ、それがただの護衛ではないのだ。聖地のあるアストゥリアス国までの一緒に行ってもらう。そこでアストゥリアス大聖堂で巡礼し、アストゥリアス国のレオン教皇に挨拶をするのが仕事だ」

「どうしてそのようなことをロザリー様が」

「さあな、ただこの巡礼は外交として毎年行っているんだ。ただ、表向きは任命されれば名誉なこととされているが、貴族たちは皆嫌がって押し付けあっているのが現状なんだ。そこへ子爵になったばかりで貴族に後援の無いロザリー子爵に白羽の矢が当たったわけだが、その中にはロザリー子爵を快く思っていない令嬢も多いからな。なんせ人気のローズ商会とバラ騎士、そしてこの俺と繋がりがあるんだ。影ではいわれのない嫉妬や恨みを買うことをも多かったんじゃないかな」

「そんなあ!ロザリー様は何も私達に」

「ロザリー子爵がそんなことを貴女やアリスに言うと思うか」


 おそらくロザリーなら言わないだろうことはクリスにもわかっていた。それでもクリスが出会ったとき、ロザリーはいつも笑顔挨拶してくれていたのだ。

 これまで気づかなかった自分が情けなくなりクリスは歯を食いしばった


「護衛の件はわかりました。具体的な内容を教えて貰えませんか」

「そうか、やはり乗り気になったか」


 エリックは顔をニヤリとさせた。その様子からクリスはエリックがクリスが護衛をやる前提で、ある程度準備してることが嫌でもわかってしまい思わず苦笑いする。


「決定しているメンバーは現時点でロザリー子爵とクリスだけだ。しかし、ロザリー子爵だけでは身の回りに問題があるだろうから使用人としてメアリが参加することになるだろう。そして護衛もクリス1人では問題があるから男手として見習い騎士のカルヴァンにも付いていってもらう。馬車は聖地巡礼なのでこちらで用意しよう。ただ、馬車を動かす御者はそちらで見つけてもらいたい。あまりこちらで準備をしてしまうと逆にロザリー子爵の肩身が狭くなってしまうからな」

「わかりました。それではアリスさんとロザリー様に相談してみます」

「そうしてくれ、あと今回の件を受けてクリスには一時的に騎士団の団長職をつけることになった」

「え?」

「ただの護衛では爵位の持たないクリスは行路のガイア帝国や目的地のアストゥリアス国などで何かと問題があるんだ。深く考えず形式的なものと思ってくれていい。それに団長と言っても現時点で認めたメンバーはクリスを含む定員5名までで貴族でないもの限定だ。おそらくカルヴァン辺りは団員になりそうな気がするが貴女の好きなように決めたらいいよ。あ、そうそう騎士団の名前は団長から拝借してバラ騎士団となる予定だから」

「……わかりました」

「それじゃあよろしくね」

「ご足労いただきありがとうございました」


 クリスはエリックを見送ると、待合室の席に一人座りため息をついた。


「次は護衛か。どれくらいの旅になるんだろうか」


 とはいえ、ロザリーがこんな目にあったのはクリスにも責任の一端があったし、ロザリーを助けない理由もなかった。

 クリスは気持ちの整理をすると、急いでアリスのもとへ向かった。


コンコン


「アリスさん、只今よろしいでしょうか」

「クリスね。大丈夫よ」

「失礼します」


 クリスはローズ商会の会長室へ入室した。

 アリスは笑顔で迎えてくれ、クリスも笑顔で返した。


「アリスさんは、本日エリック様より聞いたのですがロザリー様がアストゥリアス大聖堂へ巡礼に行かれる件を聞きましたか」

「え?知らないわ」


 クリスの言葉を聞き、アリスは急に表情が変わる。

 その様子を確認しクリスはアリスにエリックから聞いたことをすべて話した。


「そうだったの……」

「はい、なので私にロザリー様の護衛の許可をいただきたくお願いに参りました」

「わかったわ。許可します。ところで騎士団の団員は決まっているの」

「いえ、まだ決めてはいませんがカルヴァンを誘おうかと思っています」

「そう、ならその団員に私を加えて貰えないかしら」

「アリスさんを、ですか?」


 クリスは驚いてアリスを見るが、アリスは楽しげにしながらクリスを見ていた。

 その様子からただの冗談でないことがクリスにもわかった。


「どうして」

「どうしてって楽しそうだからよ。護衛に参加できなくてもいいわ。でも後援として参加するには問題ないでしょ。それに団員になっておけばいざという時に助ける大義名分となるわ」


 どうやら諦める気はないらしい。

 クリスからすれば、会長が部下になるのはおかしな話なのだが会長の要望とあれば断ることも失礼だった。


「わかりました」

「ありがとう。団長さん」


 そういうとアリスはニッコリと笑顔になった。

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