3-0 そして私にできるコト
「どうしてこんなことになったのだろう」
クリスは物思いにふけていた。
今、こうしてローズ商会で仕事を続けていられる。
これはすべてエリックのおかげだった。そう、確かにエリックは約束を果たした。それは間違いない。
それでも、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
そんなことを考えていると、クリスの仕事部屋にカルヴァンが入室してきた。
「クリス様、アリス様がお呼びです」
「わかった」
カルヴァンに返事をし、クリスは書類をしまうとアリスのもとへと向かう。
カルヴァンも一緒にクリスについてくる。
「ねえカルヴァン」
「何でしょうクリス様」
「貴方はこれでよかったと思う」
「私にとっては考えられないくらい光栄なことです」
「そう」
カルヴァンは出来事を喜んでいるらしい。
水をさすのも悪いと思いクリスはそれ以上のことは聞かないことにした。
コンコン
「クリスね。入っていらっしゃい」
「失礼します」
クリスが入室するとアリスがこちらを見て微笑んだ。
そして、その場には見慣れたアリスの姿ともう一人、これまでとは服装がまったく異なる女性がいた。
「これはロザリー様、お元気そうですね」
「クリス様もお元気そうで何よりです」
ローラことロザリーは子爵となっていた。父親オーウェン子爵を冤罪だったことにするのは国王としての威信に影響があるため、当時逃亡したロザリーはオーウェン子爵に反発したために暗殺を怖れて行方をくらましたことになった。そして、父を諌めた忠国の令嬢として子爵を継ぐことになったらしい。
この話はさすがのクリスも無理がある話だとは思ったものの、貴族というのは事なかれ主義が多いのか、それもとオーウェン子爵の冤罪を知ってなのか、誰も反発する者はおらず、ロザリーは無事に復帰をはたした。
ではなぜそのロザリーが今もローズ商会にいるか。それはローズ商会と同じ屋敷に住むことになったからだった。
アリスはロザリーの復帰に伴い、屋敷を出ようとしたものの、ロザリーに引き止められた。というのもアリスたちが出て行ってしまえばロザリーを後援してくれる貴族は今のところいない。
そのため貴族の人脈が出来上がるまで穏便に日常を送るためには、貴族と繋がりのあるローズ商会の助けが必要だった。そのことを理解したアリスは快く了承し、ロザリーとアリスはこれまで通り仲良くしているようだった。
クリスは笑顔でロザリーと挨拶を交わすと今度はアリスがクリスに声をかけた。
「クリス、騎士叙任式お疲れ様。そしてカルヴァン、騎士見習いになれてよかったわね」
「「ありがとうございます」」
そう、クリスは15歳になった日、騎士となった。
いや、正確にはエリックの計らいによって騎士にされてしまったと言った方が正しいのだろう。
クリスは騎士になどなるつもりはなかったし、それ以前に本当であればクリスが騎士になるなど不可能であった。
エリックがローラン王国の第2王子でなければ。
通常、騎士になるには相応の身分又は相応しい功績がないとなれないはずだった。
そこでエリックは盗賊騎士を殺したことが国王からエリックを通じて討伐命令があったことにされ、現場の調査は秘密裏にクリスの功績の検証だったとされた。
そして話の辻褄を合わせるためには一人でやったとするには無理があったので、カルヴァンも参加したことになり、クリスとカルヴァンは半ば強制的にエリックの下に見習騎士として配属された。
クリスはこのときになって初めて実はエリックがローラン王国の第2王子を知り、驚いたことは言うまでもない。
ただ、クリスが見習騎士となったと言っても名ばかりで、エリックによってクリスはこれまで通り仕事をこなす事が許されていた。
それでも、騎士となる以上は乗馬は必須なため、訓練をさせられてクリスはなんどもお尻が痛くなる思いをした。
加えてエリックは貴族のご令嬢から人気が高いらしく、見習い騎士とは言え女性だったクリスは嫉妬をもらう羽目になり一層エリックを嫌うことになった。
もっともエリックから好かれていたせいで嫉妬を買っていたアリスは、ご令嬢の嫉妬から逃れられたことでむしろ喜んでいたらしいが。
こうしてようやく馬も乗れるようになった頃、クリスが15歳になったタイミングで騎士へと叙任させられたのだ。
本来であれば、異例で実現できないものであった。しかし、エリックが第2王子だったことに加えてローズ商会の名声も手伝い、エリックが後押しすると反発も特に無くあっさりと騎士へとなってしまっていた。
騎士となっても平時が続く状況でこれまでどおりアリスの元で働くことが許された。当初はエリックのもとにいたカルヴァンもクリスが騎士になったタイミングでクリスに配属された。
「それにしてもしてやられたわね」
「ええそうですね」
クリスとアリスは苦笑いした。
こうしてクリスが騎士にされたのには理由があった。
それはローズ商会片腕のクリスがローラン王国の騎士となっている。つまりローズ商会は名実ともにローラン王国支援を約束している状況を内外へ公言すための演出だった。戦時になれば国を守るのが騎士の務め、そのクリスをローズ商会が支援しないはずがなく、アリスとクリスはエリックにまんまと嵌められてしまったのだ。
そう言ってもアリスはローラン王国で商会の地位を確立し、ロザリーは子爵へ、クリスは騎士に、傍から見れば羨ましい状況だった。
「そういえば、最近社交場で話題になっていることをクリスは知っている?」
「いえ、私はあまりそういう場には参加しませんので」
「あ、アリス様も聞いたのですか。例の騎士様についてですよね」
「ロザリー様も聞いていたのね」
ロザリーとアリスはお互いに笑顔で顔を合わせクリスを見た。
「え?」
エリックとの件で散々嫉妬を買っていたのだ。思い当たる噂など容易に想像がついた。
クリスは顔を青くした。その様子を見てアリスは微笑んだ。
「おそらくクリスが想像しているのとは違うわよ」
「どういうことでしょうか」
クリスは首をかしげてアリスを見た。
アリスは楽しげにニコニコとしながら話を続けた。
「そういえばクリスはあまり社交場には顔をだしていなかったわよね」
「ええ、まあ嫉妬を買うだけですから」
「そこでエリックがクリスのカルロスの教会話や今回の件について美談として話してしまったのよ」
「どうしてカルロスの話をエリック様が」
「あなたは知らないのでしょうけど、カルロスでは有名になっていたのよ」
「そ、そんなあ。でもそれが話題と何の関係が?」
カルロスでそんな話が流れていると知りクリスは驚きを隠さなかった。
アリスはクリスの様子を見て、笑いをこらえながら話を続ける。
「クリス、気づいている?貴族は政略結婚が常識なの。好きじゃない相手と結婚させられようとしているときに、教会から連れ出してくれるのは夢のような物語なのよ。ましてやあなたが表舞台にでようとしないから貴族の間では理想がどんどん膨らんで謎の騎士様になっているの。そしてそのご令嬢たちがあなたを何と呼んでいると思う」
「さあ、検討もつきません」
「あなたのことをバラ騎士と呼んでいるそうよ」
バラ騎士誕生の瞬間であった。
クリスはこれから降りかかるであろうご令嬢達の理想や期待を想像し、崩れ落ちた。
その様子を見てアリスもロザリーも苦笑いしている。
こうしてクリスはローズ商会のもと、アリスの忠臣として騎士の使命をこなしていくことになるのであった。
エンディング2(忠臣のバラ騎士)
読者の皆様、ここまで読んで下さりありがとうございました。
習慣というのは恐ろしいもので、小説の投稿日を優先にしたため、第2章では質が落ちてしまい、記憶喪失や人を殺す話に対する心理的描写で、なかなか気持ちを共感しにくい部分があったかと思います。申し訳ございません。
その点は後日修正をしますが、基本となる話が変わることはございません。
また、第3章に関しては仕事の都合上少し時間をいただきまして、2週間後目安に予定しております。ただ、現時点では終わり方が中途半端になっておりますので、その部分は3-0だけ2、3日後に上げることでにエンディング2を用意し、第2章で飽きた人が気持ちよく打ち切れる状態にはしようとは考えております。
なお、第3章は第2章で世界観が広がったので話が大きく動きます。そのため、掲載時期がずれる可能性もございますが気長に待ってもらえればと思います。




