2-10 因果応報
クリス達はオルランドへの帰路を歩んでいた。
潮の香りがするマーセルの町から離れたとき、クリスはなんだか少し寂しい気分を感じたものの、気のせいだと思うことにした。
そして帰路では何事もなく帰れるかとクリスは期待していたが、残念ながらそうはいかなかった。
不意の出来事が起こった場所へ差し掛かったとき、目の前に兵士達の姿があった。
クリス達は警戒しながら馬車で近づいていくと、その姿に気づいた兵士達に呼び止められた。
「ちょっといいかな」
「はい、なんでしょうか」
馬車を止め、アリスは何事かという表情で返事をした。
「貴方たちはどこからやってきたのかな」
「私たちはこれからプロヴァンからオルランドへ帰るところですが、それが何か」
「この辺りでの出来事を聞いたことはあるかい」
その言葉にクリスはピクリと反応したが、たまたまアリスがクリスを庇うような立ち位置であったため兵士は気づいた様子はなかった。
「いえ、そのような話は聞いたことがありませんが、何かあったのでしょうか」
「うーん、まあ話しても大丈夫か。実はな、この辺りで騎士達が亡くなったらしいのだ」
「亡くなったらしい?」
「ああ、というのもだな。遺体らしきものがあるのだが、真っ黒こげで、残っていたのは鎧などの武具でね。消息がわかっていないものから判断するしかないのだ」
「はあ、そのようなことがあったのですか」
「不思議に思えるだろうが集団で焼死なんて考えられないからな。それに死んだのが庶民ならともかく亡くなったのは騎士だ。襲われたとしてもそれなり力もあればそうやすやすと死んだりしないだろう。それに」
「それに?」
「剣できりあったのであればどこかしらに血痕などもあっていいはずなのだが一切なかったんだよ」
「不思議なこともあるのですね」
「まったくだ。こんな事今まで聞いたことがない」
アリスが平然と話している中、クリスは震えていた。
現場の近くということもあり、クリスはあの出来事のフラッシュバックを起こしていたのだ。
そしてクリスは震えが止まらず思わずクリスはアリスの腕を掴んだ。
アリスは突然クリスに腕を掴まれてピクリと反応すると、クリスの様子を見て驚いていたが、状況を察したアリスはクリスを抱きしめた。
「あ、悪いな。恐がらせてしまったか」
「ええ、そうみたい」
兵士はクリスが不思議な話を聞いて恐がっていると思ったらしい。
申し訳なさそうにしていた。
「これ以上彼女に話を聞かせるのは酷だから私たちはそろそろ失礼させてもらってもいいかしら」
「ああ、それもそうだな」
クリスが震えている様子を察した兵士は無関係と思ったのだろう。
道をあけて馬車が通れるようにしてくれた。
クリスはアリスが抱きしめてくれたことで不思議と震えは収まってきており、歩ける程度にはなっていた。
そして先にカルヴァンが馬車を先導して通過し、その後からアリスとクリスが乗り込もうとしたときだった。
「あれ?アリスじゃないか」
そこには一人の男性が立っていた。
クリスは誰かわからず首を傾げたが、アリスは知っているらしい。複雑な表情を浮かべていた。
「あら、エリック」
「こんなところで出会うとは奇遇だね」
「ええそうね。で、何かようかしら。私たちはさっさとオルランドへ帰りたいんだけど」
「そうつれないことを言わないでくれよ。まあ、いつものことか」
「そうね。それでは御機嫌よう」
「いいのかな」
「何がですか」
「まあいいや、俺たちはこの犯人を探しているんだけどアリスは何か知っているかい」
エリックは笑みを作りながらアリスに聞いた。
その様子からエリックが何かを知っていることは明白だった。
「私には関係のないことでしょ」
「ああ、そうかもね。でもそれなら大人しくちょっと待っててね」
エリックはそう言うと兵士達に何やら話し、撤収していった。馬を引き連れた来たエリックを除いて。
「さて、それじゃあ俺もお供しますよ」
「いらないわよ!」
アリスとエリックの様子を呆然とクリスは見ていた。
「あ、あの」
「何かな、黒髪のお嬢さん」
「お二人は知り合いなんですか?」
「何を隠そう俺たちはつきあ」
「大学の知り合いよ」
クリスの問いに答えようとしたエリックを遮りアリスが答えた。
「そ、そうなんですか」
「あ、君がもしかして噂の?」
エリックはクリスを興味深そうに見てきた。
アリスが遮った件は特に気にしていないらしい。
「えっと、私はクリスティーヌと申します。アリスさんからはクリスと呼ばれています」
「なるほど、やはり君がクリスか」
「ご存知なのですか?」
「ああ、君も有名人だからね」
「私が、ですか?」
「うん、やはりアリスが言うように気づいていないんだね」
エリックはアリスをちらりと見て、再びクリスを見た。
クリスは言っている意味がわからず首をかしげてアリスを見ると、アリスは困った表情をしている。
何かエリックにアリスが話したことがあるのは確かなようだった。
「ま、まあそれいいじゃない。これ以上じっとしているのも何だから進みながら話しましょう。その様子だとどうせエリックもついてくるんでしょ」
「ご名答。さすがローズ商会会長様。ローラン王国の薔薇姫と呼ばれるだけのことはありますね」
「そんな呼び方されたこと無いわよ!」
アリスとエリックにとってはいつもの会話なのだろう。
様子からアリスとエリックがそれなりに仲のよい知り合いであることがわかった。
こうしてエリックの加わった一行はオルランドへの帰路を進んだ。
その帰路ではエリックとカルヴァンが護衛となり、一行は特に何の問題もなく進むことができた。
もっとも、その最中アリスは再三にわたりエリックから求婚を申し込まれてすべて断っているいるようであったが。
クリスはその様子が気になってアリスにエリックとの関係を聞いてみた。
すると、エリックとは大学の知り合いということ、貴族であることを話してくれたものの、あまり多くの ことを話したがらなかったため、深く聞くことはできなかった。
クリスはちらりとエリックを見てみる。エリックは一言で言うと美男子だった。
金髪で少し華奢な体つきではあったもの動きは優雅で言葉遣いも気楽に話せそうな雰囲気を持っていた。もっともアリスへの求婚を見てしまったため、少し軽そうという不安要素は付き合うにあたっては致命的な欠点にも思えたが。
クリス達の道中はいたって平和だった。
そして旅もいよいよ終わりを告げるオルランドの城門が見えてきたときだった。
「申し訳ないんだけど、ちょっと馬車を止めてもらってもいいかな」
「ええ、だけどどうして」
アリスはエリックの言葉に不思議に思いながらも馬車を止めさせた。
そして馬車からアリスとクリスが降りると、エリックも馬を下りてやってきた。
「ちょっと大事な話があるからそちらの護衛さんには外れてもらってもいいかな」
アリスは何かを察したのかカルヴァンを馬車の前方に向かわせ人が来ないか監視をさせに行った。
「さて、そろそろいいかな。あの事件だけどアリスは何か知っているね」
「なんのこと」
「知らないふりはやめておいた方がいいよ。ちゃんとアリス達が出て行った日付も把握しているからね」
「なぜあなたが知っているの」
「まあ成り行きでね。騎士の10名が平時に焼死したんだ。原因を調べることなったんだよ。で、近くに負傷した人が止まったりしていないか調べたときに近隣の宿で」
「私たちが泊まっていたということね。それでも他の人だっていたんじゃないかしら」
「まあね、でもあのときそちらのクリスの表情を見てわかったよ」
その言葉を聞いてアリスが動揺していることがはっきりとわかった。
どう頑張ってもエリックに言い逃れできそうにない。
その様子を見たクリスは覚悟を決めた。
「アリスさんは関係ありません」
クリスはアリスを庇うように前に立ち、エリックを睨んだ。
「なるほど、君も噂はどうやら本当のようだね。それだと君が彼らを殺したんだね」
「はい。そうです」
「嘘はついていなさそうだね。ではどうして?」
「彼らが私たちを襲おうとしていたからです」
クリスの回答に納得がいったのかエリックは笑顔で頷いた。
「なるほど、そういうことか。でもどうやって彼らを殺したんだい」
「それは……」
「それは?」
エリックの表情がさっきとは違い真剣な表情になっていた。
クリスは呪文を唱え、水を傍にあった木に向かって放った。
クリスの動きに異変を察したエリックは身構えていたがクリスの様子に驚いた表情を浮かべた。
「なるほど、納得いったよ。君は魔女だったんだね」
「エリックそれは違うわ。クリスは私を守るために仕方なくなのよ」
エリックの言葉にアリスは割って入ろうとしたがクリスが行く手を阻んだ。
クリスとエリックに険悪な空気が漂う。
「ああ、わかっている。だから俺を狙わなかったし火ではなく水をだしたんだろう。でも君がもし魔女なら俺は君を殺さなければならない」
「では、エリックさんは私を殺すんですか」
クリスはエリックに問いかけた。
その問いに対し、エリックは両手を挙げた。
「いや、そのつもりはない。騎士の集団を全滅させたんだ。俺はまだ死にたくない。それに君を魔女として捕まえるつもりもない」
「ではなぜこんな質問をしたのですか」
「それはな」
クリスはエリックを睨んだ。
エリックはその様子を楽しげに見ると、アリスをみてニヤリとした。
「アリス。俺を支援してくれないか」
「お断りよ」
アリスはあっさり否定し、クリスが庇うのを振りきり前で出た。
クリスは身構えたがエリックは楽しそうだった。
「君ならそういうと思ったよ。だから条件をつけよう。まず、クリスの件は俺がうまく取り計らおう」
アリスはエリックを睨み、無言のまま頷かなかった。
「信用していなさそうだね。じゃあ、とっておきの秘密を教えてあげよう」
エリックはニコニコしながら話を続ける。
「屋敷に留守を任せていた人。ローラだっけ?あの人はロザリー・オーウェンだね」
エリックの言葉を聞いてアリスは固まる。
「大丈夫だ。ロザリー・オーウェンの身柄をどうこうするつもりはない。むしろ、冤罪を主張して爵位の継承を認める取り計らいを行おう。これで彼女もオルランドでは自由の身になるんだよ。君の大事な部下達を助ける。それが条件なら文句無いだろ」
「……婚約は申し込まないのね」
「脅迫で形だけの婚約とか俺の方から願い下げだね。実力で勝ち取ってみせるよ」
そう言うとエリックはアリスにウインクした。
クリスはアリスが身震いした気がしたが気づかなかったことにする。
「わかったわ。その条件をのみましょう。だけど、どうして私たちなの」
「それは君たちが信用できるからだよ。事実を知ってなおロザリーを庇うアリス、主人を守ろうとするクリスティーヌ。そんな商会の責任者が協力してくれるのであれば、支援を受ける側の名声も自然と上がるんだよ」
「それでもローズ商会は新興商会よ」
「飛ぶ鳥も落とす勢いを見せているのによく言うよ。それに貴族と言ったって戦時になれば商会にお金を借りたりするのは世の常だからね。窮地であっても勝機があれば助けてくれる商会じゃないと困るのさ」
「まるでこれから戦争でも起こりそうな言い方ね」
「世の中何が起こるかわからないものだよ」
「それもそうね」
こうして約束が終わるとエリックは一足先にオルランドへ去って行った。
クリスはただ呆然とやりとりを聞いているしかなかった。
そしてうまく取り計らうの意味を後日、身をもって知ることになるのだった。




