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2-7 分岐点

 入浴場事業も順調に進みつつあったある日、クリスはアリスが屋敷に帰ってくるとすぐに呼ばれた。


 コンコン


「クリスね。入ってらっしゃい」

「失礼します」


 クリスが入るとローラもいた。そしてアリスがなにやら悩んだ表情をしている。


「お待たせしました。どうかされましたか」

「ええ、話しが長くなりそうだからちょっと座って頂戴」


 アリスに促され、クリスはソファに座った。


「落ち着いて聞いて頂戴」

「はい」


 いったい何があったのだろうか。


 アリスのただならぬ様子にクリスがゴクリと息をのんだ。


「プロヴァン辺境伯からプロヴァンのマーセルにある屋敷に来て欲しいと頼まれたわ」

「え?どうして」

「なんでも取引に関する話をしたいそうよ」


 クリスは驚いた表情をした。クリスはプロヴァン領が南方にあり、原材料の一部を取り寄せている程度しか知らない。

 また、ラヌルフ辺境伯との出来事から考えてもプロヴァンへ向かうことは危険としか思えなかった。


「しかしなぜ」

「さあ。ただ、来れない場合は取引は今後の継続できないと言われたわ。もしかしたらラヌルフ辺境伯が絡んでいるかもしれないけど」


 ローズ商会としては行かないという選択肢を選ぶことはできなかった。石鹸の原材料として使用していたオリーブ油の調達元になっていたためだ。

 もし、ここで供給がとまってしまったらせっかく経営が順調になりつつあった状況が一気に厳しくなってしまう。


「それとね。ラヌルフ辺境伯についてだけど、最近王都オルランドではラヌルフ辺境伯に関する良くない話があるの。そう私たちに流されていた噂と同じでラヌルフ辺境伯がガイア帝国に裏切るという噂ね。しかもローズ商会を陥れようとしたのもラヌルフ伯という噂も流れているわ」


 人を呪わば穴二つとは正にこのことだろう。

 ラヌルフ辺境伯がローズ商会を陥れるために流した噂が巡り巡って戻ってきたために、ラヌルフ辺境伯自身が窮地に陥ったようだ。

 もし、あのときクリスが提案してた離間を実行したらどうなっていたのだろうか。クリスは少し身震いをした。


「そして、もうひとつ。そのラヌルフ辺境伯はローラのお父様を陥れた犯人だったこともわかっているわ」


 その言葉にクリスは反応した。よく考えればローラの話と今回の出来事は良く似ていた。

もし、今回の出来事がなければ永遠に知ることがなかっただろう。こうして警戒すべき相手を知ることが できたことを考えれば返って良かったのかもしれない。


「それでアリスさんはどうしようと考えておられますか」

「そうねえ。私たちにとっては悪い話ではないのだけど、今回の噂の件もあるしラヌルフ辺境伯との関係がはっきりとわからないと難しいわね」

「そうですね」


 クリスは俯いた。何かあったときプロヴァン辺境伯への訪問を穏便に済ます方法が思い浮かばなかった。


「やはり、クリスも良い案はないのね」

「すいません」

「いいのよ。この状況なら仕方ないわ。それに」


 アリスはクリスに笑顔を向けた。


「どうせならプロヴァン辺境伯領で販売店と工房を作っちゃえばいいのよ」

「え?」


 クリスはアリスの言っている意味がわからず首をかしげた。


「プロヴァン辺境伯が私たちに敵対心を感じているかもしれない原因はラヌルフ辺境伯が運営している商会の利益が関係しているわ。つまり、そこを買収するか、同程度の規模の工房や販売所を誘致することにしてプロヴァン辺境伯と交友を持てばいいのよ」

「そんなにうまくいくものでしょうか」

「そうね。平時ならうまくいかないかもしれないわ。でも今はラヌルフ辺境伯に悪い噂が流れている。せっかく私たちの名前を使われていることだし使ってみるのは悪くない判断なんじゃないかしら」


 アリスが笑顔でクリスに言った。

 その様子を見たクリスは思わず身震いをした。


 ああ、アリスさん怒っている。


 アリスの笑顔に引きつっていることにクリスは気づき、余計なことは言わないことにした。


「わかりました。それでは私も付き添ってよろしいでしょうか」

「ええ、かまわないわ。それにもとよりそのつもりよ」

「ありがとうございます。それでは私は準備がありますので失礼します」


 クリスは会長室を出るとさっそく準備に取り掛かった

 そして王都運営報告にはローラが担当し、ベルが情報収集、販売はウィリーが任され、必要に応じてアリスへ報告してもらうことになった。ローズ商会設立後であれば、この空白期間で運営が止まることもあったが継続できる状況を知るとローズ商会がそれだけ大きくなってきたんだなと実感できた。

 もっとも、残念ながら入浴場はクリスが不在となるため、その月の会員費は無料とし、入浴場のみは一時休止となった。それもで貴族からの要望があったため、入浴場以外は運営することにはなったが。


 こうして一行はプロヴァン領のマーセルへと出発した。

 メンバーはアリス、クリス、カルヴァンの3人。

 道中はいたって平穏だった。そして、この日も何事もなく進むかと思われた3日目、道中をしばらくの進んでいると、事件は起こった。


「止まれ!」


 前方から男達が現れると街道を塞がれてしまい、アリス達の馬車は停止させられた。


 何事かとアリスがクリスと馬車を降りて現場へ行くと、護衛のカルヴァンが身構えている。

 そして、その先を見てみると、なにやら武装した集団がいた。


「なにか御用でしょうか」

「おう、お嬢さんがリーダーさんかな?」

「ええ、そうですが何か?」

「荷物をすべて置いていってもらおうか」


 どうやら彼らは盗賊らしかった。

 十人ほどの人数ではあったものの隊列が整っておりただの盗賊にしては明らかに不自然だった。


「あら、困りましたわ。これらからプロヴァン辺境伯へお会いしに行くだけでしたから特に対した荷物はないのですが」

「そんなこと知ったことか。見た目からしてどこかのお嬢さんか。もし金目のものがないのであれば身代金という手ありそうだな」


 盗賊らしはへらへらと笑いだした。

 値踏みするような目つきに思わずクリスは嫌悪感で身震いする。


「あら、その金目の判断基準は何なのかしら」

「そんなの決まっている。宝飾品のことだよ」


 一行は残念ながらそんなもの持ち合わせていなかった。


「そんなの私たちは持っていませんよ」

「だったら身代金になるかな。まあ、それができないならあんた達を売り払うかもしれないが」


どちらにせよ。アリス達にとって到底選択できるようなものではなかった。


「盗賊騎士め」


 アリスは男達を睨みながら小声で呟いた。


「盗賊騎士?」

「騎士の称号をもっているのに平時に街道で盗賊行為をしている集団よ。行商や旅人をこうして襲っているのよ。抵抗すれば皆殺し、抵抗しなくても略奪したうえ強姦や身代金目的で拘束されるのよ。下手な盗賊よりも訓練されていて強い分たちが悪いわ」


 アリスが毒づきながらクリスに説明した。

 彼らが騎士だと知りクリスは驚きを隠せなかった。


「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさと決めな」


 明らかにアリス達が絶望的な状況だと誰もが思った。

 クリスを除いて。


 どこで覚えた知識なのかはわからないが騎士というのは騎士道にのっとり弱い者を守る存在だと思っていたから。

 ところが今目の前にいる騎士はどうだろうか。守るどころか盗賊まがいの行動をしている。

 そしてアリスを窮地に追いやっている。


 こんなやつらを許していいのだろうか。


 現状を思えば思うほどクリスの心は怒りに満ち溢れていた。

 しかし相手は総勢10名。火の魔法で一発で全滅させれる自信がなかった。

 アリスをちらりと見てみると悔しそうな顔をしている。


 ……どうすれば。


 クリスは歯を食いしばった。

 周囲を見回してみたが、ここは森となっていて左右は木に囲まれている。

 小道のため、密集して前方では5人1列となって道をふさいでいる男たち。


「一か八か」


 アリスを庇い、カルヴァンを見るとカルヴァンは身構えていた。

 おそらくアリスかクリスの指示があれば、この絶望的な状況でも戦うつもりなのだろう。

 しかし、彼が暴走して突っ込んだりしなくて助かった。

 クリスは思わず表情に笑みをこぼした。


「何笑って嫌がる!」


 その様子に気づいたのかリーダーらしき男が叫んだ。

 男たちはじりじりと近づいてくる。


 今か!?


 男たちはアリス達がたいして抵抗できないと判断しているのか油断していることがクリスにもわかった。

 クリスは相手に気づかれないようにタイミングを見はかり呪文を唱えた。


 放たれた火は火炎放射器のように放たれ前にいる男たちに襲い掛かった。

 まるでクリス達の怒りを表すかのように。

 突然の出来事に男たちは慌てた。しかしどうすることのできずに、灼熱とも思える炎に巻き込まれていった。

 クリスは魔法を放つとき、アリスに見えないようにもう片方の手で庇い続けた。


 クリスの目の前に繰り広げられた光景はまさに地獄絵図だった。

 突然の炎によって身を燃やされている。そして鎧の下に服を着ていたせいで、服にも火が引火し、

 男たちは鎧の内側から炎に包まれた。そして服を脱ごうにも鎧が邪魔をして服をうまく脱げない。

 もはやアリス達を襲う戦意ははなくただのたうち回り。聞こえるのは絶望に満ちた悲鳴。


 しばらくして炎はおさまったものの、そこには鎧の他に黒く固まりと一部に白いものが見られる物体が残り、焦げ臭いにおいが立ち込めていた。

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