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2-3 嵐の前の静けさ

 工房での指示や会計処理は専らクリスがこなし、貴族への営業はアリスがこなしていた。

 幸いローラは失踪後、数年が経過していることや髪型も変えたことから使用人が子爵の娘だと気づく貴族はほとんどいなかった。これもローラが失踪したのがまだ若く、当時の噂の影響で社交界にもあまり参加していなかったこが理由かもしれない。

 そのためアリスは慎重に身元が割れないか警戒しながらも少しずつローラをいろんな場所へ連れて行っているようだった。


 そこでローラは大活躍だったらしい。

 アリスやクリスは決して貴族の社交場について明るくなかった。しかしローラは元とはいえ貴族出身。 ローラがアリスに礼儀をひとつひとつアドバイスすると、たちまちアリスの社交場でのやりとりは円滑になり、交渉もよりスムーズに進むことになった。

 そして、そのことに気をよくしたアリスから聞かされ、傷もだいぶ回復したクリスはアリスのすすめで ローラから社交ダンスの手ほどきなどを習うはめになった。


「うう、しんどい」

「そんなんじゃ一曲も踊りきれませんよ」


 クリスは泣き言にローラは苦笑いしながら叱咤してくる。どうやらクリスは他の女性よりも運動神経があまりよくないらしい。普段すごしている分にはあまりわからないのだが、ダンスのような決め細やかな動きや正しい姿勢を叩き込まれるとクリスはすぐに根を上げ、ローラやたまに様子を見に来たアリスに笑われてしまう。

 そこで頑張れればクリスも凡庸ながらもそれなりに上達できるかもしれないが、クリスにはどうしても社交ダンスの重要性が理解できなかった。

 それでも一曲も踊れないと言われるとそれはそれで悔しかったので四苦八苦しながら練習は続けた。


「はあ、疲れた」


 クリスは屋敷の自室に戻るとベッドに思いっきり身を投げて、うつ伏せになりながら置いていた日記も読み直した。


 現状程度の仕事であれば記憶のないクリスでもなんとかなったものの、過去のことを考えれば今の知識ではいざというときにアリスの力になれそうにない。

 幸い、日記には単語ごとに簡単な説明や例が載っているので読んでみればわからなくもなかった。それでもすべて自分がかいたはずの日記や用語ノートに関してまったく身に覚えのない言葉が多数あり、そのことはクリスが一番困惑していた。


「いったいどこでこんなことを覚えたのだろうか」


 正直な感想だった。ABC分析、プロダクトライフサイクル、科学的管理法、複式簿記、兵法。自身の知識にあっても記憶にないことがたくさん記載されいる。しかも、その多くはアリスも知らないらしく誰が名付けたのかもわからない言葉もあったりした。


 それでもきちんと読んでみれば心得となるものが多く、言葉の多くに記憶がなくてもなるほどと納得できるものが多かった。

 また、知識としては既に持っているらしく読んでいてもわからないと思う内容は不思議となかった。そのおかげでクリス自身も実践活用をすることができたが経験がないものに関しては推測で試してみるしかなかった。


 こうしてクリスは仕事の合間にダンスの練習、仕事が終われば日記を読んで過去の知識を再度学びなおす日々が続いた。


 幸いその間は特に仕事で何も起こることもなくローラン王国へ移ってから、ギルド加入の終わり、ローズ商会は無事に開始できていた。

 ローズ商会は至って順調だった。王都オルランドよりもカルロスに近いものはカルロスから生産、販売し、王都に近いところは王都オルランドで製造、販売した。また、貴族達が王都に集まれば、それら在庫を王都内に収容し、販売した。また、屋敷の増築にあたり、アリスが交流という名の営業をしながら渡せるように屋敷内にも少なからず在庫も持つこともした。

 また、これら在庫管理は販売管理では孤児院にいた子供達はそれぞれが活躍した。彼らは功績しだいで今後の孤児院に寄付や雇用に関しても決まると伝えると、俄然やる気になってくれた。

そして、彼らは忠実に働く人材であり、大切な仕事でアリスやクリスが忙しいときに仕事を任せられる人材となった。

 3人のうち、唯一女性だったベルはクリスの身の回りの雑務をこなし、お客さんが来ればクリスの状況にあわせて雑務処理を代わりにしてくれた。また、他の二人への伝達もしてくれている。

 カルヴァンも同じく雑務をこなしていたが、腕っ節が強かったこともあり、アリスやクリスが出かけるときの護衛としてついてきてくれている。そしてローラン王国へ着てからは訓練を行いより腕を上げていた。

 ウィリーは情報収集が得意らしく、王都にできた販売店の店長をやってもらっている。また、人身掌握も得意なのか、最初は年齢さもあり苦労はしていたももの、気転な速さや大らかな態度が好感され、若いながらも店長として人気を集めていた。そして、販売店の店員がそれなりにいい年の女性が多かったことも幸いし、下手に特定の従業員に関わりを持ちすぎないおかげでかなり可愛がられているらしい。


 アリス達と一緒に移ってきた職人達も新しい工房でも順調に仕事をしているようだった。最初こそ屋敷に住んでいたものの、彼らは生活が安定し始めると各自賃貸を借りて自由に住み始めた。


 こうして、ローズ商会のローラン王国への本拠地移転は無事に進み、売上も順調に伸びていっていた。

 その中で、競合他社の出現があったり、偽物の商品を作ったりする商会が発生したものの、カルロスから王都オルランドへ移動したおかげでこれまで以上にローズ商会は貴族と繋がりを持つことができた。加えてローラによるアリスの支援も手伝い、得意先の貴族と共に確立した独自商品に対してわざわざ争う商会はなく、ローズ商会の確固たる経営を揺さぶることはなかった。


 貴族向け経営は安定し、庶民向けの販売所もサイズや品質を選べるようにしたことで買い求める裕福な住人や商人から人気がでてきた。また、王都以外でも販売開始を行なっていったことによってローズ商会の名声が日に日に広まっていた。こうして至って順調かと思われたローズ商会も新興であればこそ嫉妬を買うことだってある。


 ローズ商会に対してある噂が王都で流れ始めていた。

 そして、それを最初に知ったのは、孤児院から販売店の店長まで出世したウィリーからであった。


 コンコン


「失礼します。至急お話ししたい話ししたことがございまして」

「様子からしてそのようですね」


 クリスの部屋にウィリーは慌ててきたのか息は上がり、衣服も乱れていた。

 その様子からしてかなり大事な話であることはすぐに察しがついた。


「ちょうどよかった。これからアリスさんのところへ向かう予定があるのであなたもきなさい。」

「わかりました」


 クリスはウィリーを連れて会長室へと向かう。

 中に入るとちょうど仕事が終わったのか、アリスとローラが雑談をしているところだった。


「失礼します」

「やってきたのね。あら、後ろにいるのは」

「彼はローズ商会で販売店の店長をしているウィリーです。大事なお話しがあるとのことで連れてきました」

「ええ、名前は知っているわ。ついでに言うと評判もね。その大事な話とは何なのかしら」


 アリスがにこやかに言うとウィリーに向かっていった。

 ウィリーは嬉しかったのか顔を赤らめているものの、用件を思い出したのか再び慌てた表情になる。


「大事な話とはローズ商会の噂についてです。これまでであれば噂と言っても多少のことでしたら聞き流していたりするのですが、今回の件はかな悪質な噂で一応お伝えしようと思ったしだいです」

「で、その噂の内容は」

「ローズ商会がガイア帝国のスパイなのではないかという話です」

「……」


 アリスはじっとウィリーを見ていた。クリスやローラも同様だった。

 ついに来た。アリスは何か考えているようだったが、クリスは何も考えがうか場無かった。どう反応していいのかわからず困惑する。


「その噂はどこからでしょうか」


 今度はローラがウィリーに聞いた。


「先日ご贔屓にしてくれているお客さんから話を聞きました。一応確認のために、販売員の人にもそれとなく何か噂を聞いたことがあるかと聞いてみたところ、同様の噂を聞いたことがあるとのことでした」

「流言」


 その内容を聞き、クリスは思い付いたポツリと呟く。

 その状況に似たことを何かの兵法書で読んだような気がした。その様子に室内にいる全員の注目がクリスに集まった。


「流言……なるほど。誰かがローズ商会を蹴落としたい人がいるということね」

「おそらくそうかと思います。だた、今の情報だけではではなんとも」

「そうね。さっそく調べてみましょう」

「今回の調査はおそらく私は直接動かないほうがよさそうね。クリス、ウィリーは噂の出所を可能な限り調べてちょうだい。そしてできる限り火消しの話題を作ってちょうだい」

「わかりました。早急に対応します」

「噂は初動ですべてが決まるわ。くれぐれもよろしくね。そしてローラ、あなたには貴族方面のお願いしたいことがわるわ」

「どういったことでしょうか」

「それは後で話すわ。メアリを呼んできてちょうだい。今すぐによ」

「わかりました」


 こうして、各自噂の出所を探るため、行動に移り始めた。



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