2-2 予期せぬ出会い
回復に専念してから更に一ヶ月。クリスはようやく普通の人と同じことができるまでに回復していた。
そして、クリスはお忍びで孤児院へ足を運び、アリスに紹介する予定だった3人と会った。
もしローラン王国へ拠点を構えることになれば、ついてくる人達も一緒にローラン王国へ行くことなる。
そうなるとカルロスへ帰れる日も限られるし、そもそもついて行きたくないと思うかもしれない。
マリアに案内され3人がやってきた。
「お久しぶり」
「「「クリスさん」」」
ロジャース商会に戻ってから音沙汰が無かったので心配してくれたのかもしれない。
対面すると3人の表情が笑顔で緩むのを感じた。
「3人とも元気にしてた?」
「「「はい」」」
相変わらす3人は仲が良いらしい。
3人のことを思い浮かべる。
ベルは茶色の髪をしたしっかり者の女の子なぜか他の2人の男の子を引き連れているリーダー。
カルヴィンは喧嘩早いものの、正義感の強い男の子。孤児院を少しでも助けようと意気込んでいた。
ウィリーは他の二人を支える知性派の男の子。他の二人よりも大人しいもの成績は一番優秀だった。
クリスは真剣な顔になり、3人を見た。3人は大事な話だと気づいたのか表情に緊張感が伺える。
この3人をクリスが選んだのは、この気転だった。気転というのは習ってできるもでのはない。だからこそ、クリスは他に成績以上に3人を評価していた。
「ベル、カルヴァン、ウィリー、大事に話になります。ロース商会はおそらくもう少ししたらローラン王国の王都オルランドへ拠点を移すことになります。そしておそらく私はカルロスへもう戻れないかもしれません」
「それって……」
「はい、私はカルヴァート家に敵意を向けられています。ローズ商会としては工房を続けたり、孤児院への寄付は継続していくつもりですが私がこの孤児院へ私が向えるのはカルロスを出るまでのあと数回だと思います」
クリスは一度言葉を止め、三人を順に見た。
3人はクリスを見て、次の言葉を待っている。
クリスは再び話を続けた。
「そこであなた達に考え、そして選んでもらいたいことがあります。それは私と共にローラン王国のオルランドへ向かうか、この孤児院へとどまるかです。おそらく孤児院が心配だったり、カルロスへ愛着があるかと思いますので強要するつもりはありません。もしカルロスで働きたいできれば取り計らいます。ですので次回会うときにまでどうするか3人でよく話して決めて下さい。」
「……わかりました」
リーダー各のベルが返事をした。おそらくこれからどうするか話し合うことになるのだろう。
クリスはローラン王国での彼女らの待遇についてはあえて話さなかった。
聞けば答えるつもりではいたものの、住む先は王国。異国へ住むというのはそれなりに覚悟が必要だし、商業都市と違い、貴族の力が強い国へ住むのはそれなりに大変なことだと考えていたからだ。
クリスは必要なことを話すと、後は3人やほかの孤児院にた子ども達と軽く雑談をして孤児院を後にした。
そしてそれから数日、ローズ商会の仕事をこなしつつ、本拠地移動について、必要な準備を再稼動していたとき。
クリスはロジャース商会のウィリアム会長から呼び出しを受けた。
コンコン
「クリスです」
「……お、クリスティーヌか。入ってきなさい」
クリスが会長室へ入ると既にアリスがいた。
アリスは何やら深刻そうな表情をしている。おそらく何かあったのだろう。
「何か御用でしょうか」
「ふむ。いきなり本題に入るが落ち着いて聞いてほしい」
「わかりました。何でしょうか」
「うむ。申し訳ないが、クリスティーヌにはカルロスを出ていってもらわなければならなくなった」
やはりその話か。
クリスは既に覚悟していた。
目を覚ましてからアリスが匿ってくれている話はしてくれていたし、傷も既に癒えている。
むしろ1年半程度しかいない従者の私をここまで匿ってくれていたことを感謝すべきだろう。
「わかりました。いつまでに出発すればよろしいでしょうか」
「物分りがよくて助かる。期間は今月中までだ。屋敷内にいたダリル派でカルヴァート商会に情報を流していたものは既に一掃できているが、カルロス内のローズ商会工房が再稼動していることもあり、彼らも再び何らかの動きを見せるだろう」
「わかりました。ではなるべく早く出発するようにします」
「うむ。そしてクリスティーヌよ。もうひとつ頼みがある」
「なんでしょうか」
「アリスも一緒に連れていってくれ」
「それは……よろしいのですか」
驚いてクリスはチラリとアリスを見た。
同じ反応をしたアリスと目が合う。
その様子をみたウィリアム会長は微かに笑みを見せ話を続けた。
「アリスと私からの頼みだ。このまま残れば逆恨みした者にアリスも命を狙われるかもしれない。その状況を考えれば今ローラン王国で活動したほうが安全だろう。それにローラン王国への本拠地移転の話しは既に了承しているのだろう。クリスティーヌと一緒に居るのだ。先日の件もあるし、その方がアリスも安全だろう」
「わかりました。命に代えましても守って見せます」
「その言葉に偽りがないのは知っておるが、おぬしが死ぬとアリスが悲しむので死なない状況を作ることに努めて欲しい」
「わかりました」
こうしてアリスとクリスはローラン王国へ出発することが決まった。
ロジャース商会にあったローズ商会本部は返還され、工房については今後のやり取りを継続するために存続された。
そしてロース商会は工房からの収益で孤児院への寄付は継続することにし、早々に準備を行なうとアリス一行はローラン王国へと向かった。
メンバーはアリスとクリスとアリスの使用人ローラ、孤児院からは希望してきたた3名(ベル、カルヴァン、ウィリー)、そして工房のベテラン3名の計9名である。
孤児院メンバーはクリスが会いに行ったその日に既に決めていたようで、むしろ待ちわびていたようだった。
一行は馬車をロジャース商会から借り、商隊を組んでロジャース商会の名目でローラン王国へと向かった。
これらはウィリアム会長の発案により、移動中にカルヴァート商会が妨害するリスクを減らすための配慮であった。
そしてそこではクリスの魔法が密やかに大活躍となり、水や火で特に困ることもなく、一行は無事にローラン王国の王都オルランドへ到着した。
屋敷ではメイド長のメアリが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
そういって頭を下げていたメアリが一向に目を向けると驚いた表情をしだした。
「ロザリー様?」
「え?メアリ?」
ローラとメアリが驚いたようにお互いを見合っている。
メアリがローラのことをロザリーと言っているのを見て、アリスとクリスが不思議そうな表情をする。
そしてメアリが申し訳なさおうにアリスに言った。
「あの、アリス様、クリス様。大切なお話しがございますのでこの後よろしいでしょうか」
「え、ええ。大丈夫よね。クリス」
「え?ああ、はい、私も大丈夫です」
「じゃあ、新しい会長室の話をすることにしましょ」
「かしこまりました」
アリスは何かを察したのかクリスに了承を取ると、すぐにクリス、ローラ、メアリ屋敷の会長室へと向かった。
と言っても、アリスは屋敷に来たのが初めてだったのですぐにメアリが先導した。
他のものは呆然としていたが、アリスの様子に察したのか余計な口出しをするものはなく休憩することにしたらしいそれぞれが各部屋に割り当てられ、休憩をしにいった。
そして、アリス、クリス、メアリ、ローラは会長室に集まった。
「それで、話と言うのは」
アリスがローラとメアリを見ながら話を切り出す。
「それは……」
「それは私からお話しいたしましょう」
メアリを遮りローラが言った。
おそらくローラはアリスと長いこと一緒にいた自分が話したほうがよいと判断したのだろう。
アリスもクリスもうなずいた。
「この子爵邸がなぜ空き家になっていたかご存知でしょうか」
「噂では何か問題を起こして失脚したと聞いているわ」
「半分正解です。」
「あれは数年前。ここに住んでいた子爵様はあらぬ容疑をかけられました。その容疑はガイア帝国との内通です。その容疑は冤罪でしたが当時の子爵様はただの噂として国王陛下がそのようなことを信じるはずがないと取り合わず、何もしなかったそうなのです。しかし、それから数年の月日が経ってもその噂はやみませんでした。」
「デマゴギー」
クリスがポツリと呟き。ローラは頷いた。
「ええ、子爵様はローラン王国の忠実な臣下でした。しかし、真面目であるがゆえに忠実にしていれば陛下がそんな噂を信じるはずがないと思っていました。しかし、噂というのは恐ろしいもので、どんないい加減な嘘であっても何年間
もその嘘が続けば、やがてその嘘を信じる者も出始めました。そして一人、また一人とその噂を信じる貴族が増えて」
「段々噂が本当のように思われるようになってしまった」
アリスが呟く。ローラは頷いた。
「そうです。
そしてある日、陛下はついに動きました。子爵様は謀反の容疑で幽閉され、失望の中亡くなりました。しかし、その容疑で捕まえようとしている王国兵士から逃げ出した女性がおりました。そして、その女性はある少女に助けられました」
「もしかして」
「はい。私の名前はロザリー・オーフェン。今は亡きロバート・フォン・オーウェン子爵の一人娘です。そしてそこにいるメアリは私専属の従者です」
ロザリーはアリスとクリスを見ながらそう言った。
二人の反応を見るのが怖いのかメアリは顔を俯けている。
「ローラ。いえ、ロザリー様少しよろしいですか」
「アリス様。今は爵位はありませんしこれまでどうりでお願いします」
「ではロザリー。あなたは容疑は冤罪と言ったわね。どうしてそう思うの」
「私の父は陛下を尊敬していました。そして毎日のように陛下に忠誠を尽くすように言われ育ってきたのです。そして噂が流れたときも否定して忠実にしていれば陛下がそんな噂を信じるはずがないと最後まで信じて私に言っておりました。そのような父がどうして国を裏切りましょうか」
「そうなの」
「私の話を信じる信じないはアリス様にお任せします。一度アリス様に救われた命。アリス様にいらぬ容疑がかかるようでしたら私を王国へ差し出してください」
ロザリーは凛とした姿勢でじっとアリスを見ながらそう言った。アリスも同様にロザリーを見ている。
「ロザリー。私がそんなに信用できない?」
「いえ、そんなことは」
「ではどうしてもう少し早く教えてくれなかったの?」
「それは……」
「ロザリー。よく聞きなさい。私は信用できる人しか傍に置いておくつもりはないの。私がロザリーをロジャース商会の使用人のままにして私の従者にしなかったのはそのためよ」
「では」
「ええ、今日をもってロザリーはいなくなってもらいます」
「アリスさん!」
ロザリーが俯き、アリスの発言に思わずクリスは叫んだ。
アリスはクリスを目で睨む。
「クリス、少し黙ってて」
「でも」
「いいから黙って最後まで話を聞いて」
アリスはクリスを宥めるように言い、クリスは黙った。
「ロザリー。あなたにはその覚悟がある」
「……はい、アリス様がお望みとあれば」
「あら、よかった」
「メアリ、あなたはどうなの」
「……私は、ロザリー様に従います」
「それでけっこうよ。決まりね」
重い空気が場を支配し、誰もアリスに反論する人はいなかった。
「それでは準備がありますので」
ロザリーが部屋を退出しようとする。
「待ちなさい。話はまだ終わっていないわよ」
「……はい」
ロザリーは立ち止まる。
「クリス。これは命令よ。ロザリーいなかった。いいわね」
アリスはニヤリと笑みを作りながらクリスに言う。
クリスは何を言っているのかわからず一瞬呆然とするが、その意味はすぐにがわかった。
「ええ、決まっているじゃない。今日をもってロザリーはいなくなった。そしてここにいるのは私、クリス、ローラ、メアリ。依存はないわね」
「はい」
その言葉を聞いてクリスは迷わず返事した。
アリスは笑みを浮かべ、ローラとメアリを見る。
「あなた達二人も了承したのだから問題ないわよね」
「でも」
ローラがアリスに反論しようとする。アリスはローラを睨んだ。
「あなたは私に嘘をつくつもりなの」
「いえ、そんなつもりは」
「なら命令よ。今日をもってローラと名乗りなさい。ロザリーという名前は私をだましていた罪として使用することを禁止します。」
ここにいる全員が理解した。
下手に負い目を負わせないようにするためにアリスがあえてこのような芝居をうっていることを。
そしてローラが変に負い目を感じないようにあえてアリスが命令していることも。
「アリス様」
「何よクリス」
「もうこれ以上、下手な芝居を打たなくてもみんな理解していますよ」
「え?なんで芝居と……じゃなかった。芝居じゃないわよ。私は本気なんだから。だからローラはこれまでどおり働きなさい。いいわね」
「はい、アリス様」
ローラは安心したのか嬉しそうに頭を下げ、ほっとしたのかメアリは泣いていた。
そしてアリスは芝居がばれたことが恥ずかしいのか顔を赤くしている。
かく言うクリスは満面の笑顔を浮かべていた。
こうしてローラはロザリーという名前を捨て、アリスの専属使用人となった。




