1-10 教会
ローラン王国の王都から出発して数日。
クリスはようやくカルロスに到着した。
本来ならすぐにでもアリスに会いに行きたいところではあるが、到着した時間が運悪く早朝であったこともあり、クリスは先に孤児院に寄る事にした。
一ヶ月ぶりだろうか。最初はお忍びで来て、個人的な寄付と子どもたちに勉強を教えたりしていたものの、今はローズ商会が寄付を始めているはず。
もしかしたら美味しい物でも食べて楽しくすごしているのかもしれないな。
「お久しぶりです。マリアさん。」
「あら、クリス様、お久しぶりです。」
「やだなぁ。様はやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか。」
「ふふふ、そうでしたね。それにしても早朝に来られるのは珍しいですね。」
「ああ、ローラン王国から帰ってきたところだからね。」
「そうだったのですか。」
マリアはいつもニコニコと話してくれる。クリスにとっては癒しの存在だ。
「あ、そういえば、先日アリス様がいらっしゃいましたよ。」
「アリスさんがですか。やはり忙しくなったんですね。」
「いえ、何やら疲れているご様子でしたが少し事情が違う気がしました」
「そうなの?」
「はい、それで手紙を預かっております。」
マリアはクリスに手紙を渡した。
クリスは手紙の内容を確認する。
「えっ?」
内容は驚くべき内容だった。
アリスが結婚すること。
相手はロジャース商会の営業責任者でありカルアヴァ-ト商会の次男ダリルであること。
クリスに裏切りの嫌疑がかけられていて、クリスが屋敷に戻れば幽閉される可能性があること。
やりとりをするのであれば孤児院の子をつかってくれれば屋敷を通れるようにしていること。
そして最後に付け加えられた内容には結婚の場所と1週間後の日付が記述されていた。
そして最後に一言付け加えられていた。
『助けて』と。
クリスはアリスの異変に気づけなかった不甲斐なさと結婚に対する怒りで手が震えていた。
マリアは心配そうにこちらを見ている。
こんなとき、この場を切り抜けられる人はどうやって対処した。
クリスは必死になって考える。
考えろ、冷静になって考えるんだ。時間は幸い少しだけある。
まだ感情的に動くべきではない。
冷静になれるよう自分に言い聞かせる。
そして少しずつ頭が冷えてゆくのを感じると深呼吸をし、結婚相手であるダリルについて考え始める。
相手はダリルと書いてある。ロジャース商会の営業責任者・・・そういえば以前アリスから話を聞いたことがあった気がする。
クリスは記憶を遡る
そう、そう言えばアリスが愚痴を言っていた相手。確か馬車のリース料の件だった。料金がどうのこうのと言って再三に値上げしてきた相手だった。
再三にわたる値上げでアリスが憤慨していたので記憶に残っていた。
ロジャース商会がどうしてあこまで値上げを再三求めてきたのかアリスは不思議がっていた。
そういえばダリルの金回りがいいという噂をどこかで聞いたような・・・あのときは気にも留めなかったがもしかして。
クリスは手紙を書き、孤児院の子に早速お願いした。渡す先はアリスの兄、アランである。
そして、孤児院で返事ただ返事を待った。
待つというのはこんなにも時間が長く感じるものなのだろうか。
昼すぎようやくに返事が返ってきた。
『用件はわかった。深夜、薔薇咲き誇る場所で会おう。必要なものはすべて用意する。 byアラン 』
薔薇咲き誇る場所。つまりローズ商会の工房で会うということらしい。
わざわざこんな言い回しをしたということはローズ商会の名前をだせないのかもしれない。
クリスは深夜まで待ち、工房へ向かった。
夜間の治安は決して良いものではなかったが、幸い孤児院で黒のフードを借りることができたので、隠れながら比較的安全に向かうことができた。
久しぶりの工房はいい香りがした。
「久しぶりにちゃんと入浴しようかな」
そして工房で魔法を使って水と用意し火を起こし入浴した。
急ぎの馬車ではさすがに入浴までできなかったので、久しぶりの入浴は気持ちよかった。
入浴しながら考えていたが、魔法など平和な日常では水を用意するか火をくべるときの着火くらいしか使う場面などないのだ。
そんなことを考えていると少し気持ちが落ち着いてきた気がした。
入浴後、工房の事務室で待つこと数時間。
ようやく一人の男が姿を現した。
その姿はアラン。手には書類を大事そうに持っていた。
クリスは笑顔でアランを出迎える。
「お久しぶりですアラン様」
「よう、ここは薔薇の香りがすごいな。」
「まあ、工房ですからね。」
「それもそうか・・・それより噂は聞いているのか。」
「ええ、アリスさんから貰った手紙にありました。嫌疑がかけられているとか。」
「ああ。で、実際はどうなんだ。」
「そんなことする理由がないじゃないですか。それに信用していないなら、アラン様もわざわざの来ないでしょ。」
「まあな。クリスがカルロスに来る理由もないしな。」
「おっしゃるとおりです。」
「それで、言われてきた書類は持ってきたぞ。いったい何に使うんだ。」
「証拠集めですよ。」
「証拠?お前が冤罪という証拠か?」
アランは不思議そうな顔をする。
「やだなあ。私が冤罪かなんてどうでもいいんです。主人を助けるために決まってるじゃないですか。」
「この書類にその方法があるのか?」
「それを今から確かめるんです。アリスさんとダリル様を婚約破棄させる条件は何ですか。」
「そりゃ、犯罪行為があった場合かロジャース商会を陥れる行為があった場合だろう。」
「ではその条件を両方満たせば、何の問題も無い。ですよね」
クリスの目が怪しく輝き、口がニヤリと笑った。
「あ、ああ」
「今週だけ帳簿をお借りさせていただいてもよろしいでしょうか。」
「ああ、ただしそれ以上は無理だからな。」
「はい、結婚式までに決着がつきますので十分です。」
「わかった。気をつけるんだぞ。」
「アラン様もご無事で」
クリスは礼をすると顔はこれまでどおりの笑顔であった。
その顔を見るとアランも安心したのかそれ以上は何も言わず、帰っていった。
こうして書類を調べること数日。
カルロス教会にて、ついにアリスとダリルの結婚式は始まった。
結婚式は式を急いだため、当人達と、その親族、カルヴァート商会とロジャース商会の重役のみの出席で行われた。
そして牧師の司式により式は着々と進み、
「・・・そこで、出席の皆さんのうち、この結婚に正当な理由で異議のある方は、今ここで、それを申し出てください。今、申し出がなければ、後日、異議を申し立て、二人の平和を破ってはなりません。」
牧師が席を見て回り、誰も異議を唱えないでいるのを確認して次へ進もうとしたとき
教会の扉が勢いよく開いた。
「ちょっと待ったー!」
そこには、アリスの王子様が・・・ではなく一人の黒髪の少女が異議を唱えた。
「ク、クリス!」
「貴様!どうしてここに。」
「私はクリスティーヌ。ローズ商会会長アリス様の従者です。」
その少女は入場すると律儀に礼をし、言葉を続けた。
周囲も騒然となったが、彼女の言葉が続けられると静かになった。
「従者なら黙ってろ!」
ダリルが叫んだ。
クリスはダリルを一瞥し、アリスのもとへ近づく。
そして、跪くとアリスを見て話しを続けた。
「アリス様、どうして結婚について私に話してくださらなかったのでしょうか。」
「え?どういうこと。私は手紙を送ったわよ。」
「ローラン王国にいた私のもとへですか?」
「ええ、ロジャース商会の者に頼んだわ。」
「残念ながら私のもとへは届いておりませんでした。」
「え?」
アリスは驚いた顔でロジャース商会の者を見た。ロジャース商会の役人は顔を見合わせざわつき始めた。
続いてダリルを見るとダリルは目を逸らした。明らかに何か隠している。
周囲がざわつき始めたがクリスが、コホンと咳をすると再び周囲は静まり返った。
「とは言え、私はこうしてローズ商会の者として無事にアリス様のもとでたどり着くことができました。もし、アリス様がこのご結婚を望むのでしたら私は祝福させていただきます。しかし、もしあのときの言葉が本当なのでしたら私は全力でアリス様をお助け致します。」
そういうとクリスはアリスにウインクし、笑顔を返した。
アリスは驚いていたが、やがて笑顔になり眼に涙を溜めてクリスに抱きついた。
そしてアリスはクリスの耳元でこう言った。
「助けて」
その言葉を聴き、クリスはアリスの顔を見る。
アリスはコクリと頷いた。
やることは決まった。
クリスは立ち上がりダリルを睨んだ。
「ダリル様、あなたはローズ商会とロジャース商会の馬車の利用料において、横領を行っていましたね。また、ローズ商会での手紙を不正に破棄していましたね。この神聖な教会のもとで、私はダリル様を告発します。そして、そのことを理由としてアリス様との婚約破棄をしていただきます。」
突然の内容に出席者からざわめきが起こる。
一方のアリスはこれまでの言動をしっているから神聖という言葉に吹き出しそうになっているがここはスルーしておく。
「でまかせだ!私はロジャース家の営業責任者だぞ!たかが従者の言うことを信用などできるか。」
ダリルがそう叫ぶと、カルヴァート商会の人達がそうだそうだと言い始めた。
その様子を確認すると、クリスは持っていたポシェットから書類を取り出す。その書類はロジャース商会とローズ商会の帳簿であった。
「こちらがその証拠になります。これらは不正があった部分の帳簿になり、これらを取引の取扱者はダリル様となっております。」
「でまかせだ!そもそもお前はロジャース商会の帳簿を見れない。持ち出していたならそれは問題だし、本物としても疑わしい。」
ダリルが反論すると、最初はざわついていた周囲もやがて同調し始める。
「いいえ、それは本物です。」
その空気をその一言が破った。
客席にいた、アランが立ち上がり、そう答えたのだ。
「なん、だと。」
「私が渡しました。ロジャース商会経理部長の私が言っているのです。信憑性は十分でしょ。」
周囲はふたたびざわつき始めた。
ダリルの顔が青くなっていく。
そしてダリルは2、3歩後ずさると顔を俯け片手を後ろへとやった。
ナイフを隠してる
そう判断したクリスは呪文を唱え始め片手でアリスを庇う。
ダリルが前に駆け出すと共に周囲に悲鳴が上がる。
助けようにも観客は彼らのもとから距離があり、クリスはまだナイフを手にとっていなかった。
間に合わない!
誰もがそう思った。
そして次の瞬間
カラン、カラーン
ダリルの手元からナイフが離れ、少し離れたところに落ちていた。そしてダリルは水浸しとなっていた。
護身術で唯一よかった反射神経が幸いし、ダリルが手を後ろにやったときにとっさに唱えた魔法が間に合ったのだ。
ナイフがはじかれたのは手に直接水圧がかかったためである。
細く勢いのある水が彼の手元へ直撃し、予想していなかったダリルはナイフを弾き飛ばされたのだ。
そしてずぶ濡れになりながらダリルは呆然としていた。まるで何が起こったのかわからないと言わんばかりに。
周囲も何が起こったのかわからず呆然としていたが、クリスがアリスを引っ張って逃げ出すとロジャース商会の人達が我に返り、慌ててダリルを取り押さえにかかった。
逃げている途中、アリスは顔を赤くしてこう呟いた。
「ありがとう。どうか私と・・・」
クリスはアリスが何か言おうとしているのを感じ取り振り返ってアリスの顔を見た。
そのとき、クリスは何かが見えた。
危ない!
そう思い、振り返りながら必死にアリスを庇う。
そして体に鈍痛が走った。
痛みは一瞬だったのかもしれない。
いや、よくわからなかった。
急に体が重くなり、思うように動かせない。
思わず体を跪かせてしまう。
アリスを見てみると、彼女は驚いた表情をしていた。
彼女がなにやら叫んでいるがわからない。
体が倒れないように、意識が飛ばないようにするので必死だった。
「ねえアリス、何を言っているの。わからないよ。」
そしてその元凶と思われる激痛があった場所に目をやると。
お腹?いや、胸だろうか?ちょうどその間の左腹にナイフが刺さっていた。
どうやら刺されてしまったらしい。視界がぼやけているが血が滲んでいるのがわかった。
どうして?誰が?
疑問に思うことはあったが、今はアリスを守ることが先決だ。
アリスの様子を見る限りではおそらく大丈夫だったのだろう。
「よかった。」
クリスはにっこりを笑顔をつくり、よろよろと立ち上がった。
体は鉛のように重いが、まだ動かすことができる。
今はアリスを非難させることのほうが先決なんだ。
ナイフはそのまま抜かず、アリスを安全な場所へと避難させた。
んだと思う。
そこからは何も覚えていない。
逃げている途中、遠のく意識の中でアリスが何かを言っていた気がする。
涙を流しながら。
でもさ、俺はアリスに泣いて欲しくないんだよね。
女の子が泣いている姿ってなんだか胸が苦しくて、どうしようもない無力感が辛くて。
「ねえ、笑ってよ」
そう呟いたらさ。アリスが笑ってくれたんだよ。涙を流しながら。
笑顔を見れてよかった。
そう思うと何だか安心してしまい、俺は再び意識が遠のいていく。
なんだろう、この幸せな気持ちは。もしかして俺はアリスのことが・・・
ああ・・・なんだか眠くなってきた。もう痛みもわからないや。
目の前が真っ暗になっていく。
ごめん、最後まで付き添えそうにないや。
その後、ダリルは罪人者となった。容疑は横領である。また教会での傷害行為はロジャース商会の名声を貶める行為としてほどなくして両家合意のもとで婚約は破棄された。
アリスとクリスの出来事は、政略結婚に割り込んで連れ去る話は美談として女性の憧れる物語となった。そして中には、話に尾ひれがつき、クリスがいつのまにか騎士になっていたり、男の娘となっていたりするものもあり、なぜか剣を片手にといった戦闘まで語られているものなど、アリスとクリスが知れば愕然とする内容が広まっていたが、幸い彼女たちが知ることはなかった。
エンディング1(少女の忠実な従者)
第1章を読んでくださりありがとうございました。
私は中世で生きていけるんでしょうか(仮)は結論から言うとだ第1章では生きていけませんでしたENDになっています。振り返ってみればクリスが護身術をもう少しちゃんと習得していれば生き残れたと思うんですが、そこは日本人なので刃物で襲われる経験なんてそうそうありませんでしたから回避できませんでした。いや、あっても困るんですけどね。
ただ今第2章を執筆中なんですが、少々時間がかかりそうなので毎日投稿はここまでとし、1週間ほど更新の間をあけるつもりです。
クリスは死んじゃいましたが物語がよいENDとなるよう頑張りますのでまたの機会があれば読んでいただければと思います。
ありがとうございました。




