1-0 すべての始まり
「……やっとできた」
俺はグッと拳を握り締めた。
長かった。本当に長かった。実際に製作を始めて仕様に3年、作成に5年。俺は30歳になろうとしていた。
作っていたのはAIプログラム。作ると決めてからは会社員として勤めながら通勤時間と帰宅後のわずかな時間を活用して仕様を作成した。
仕様が完成してからは会社から独立し、システム開発を受けながら時間を作って製作し続けた。そして今日、遂に完成したのだ。
完成の余韻にひたりながら時計を見てみると時間は午前2時を回っていた。
「ようやく報われる」
完成を噛み締め喜びに浸りながら俺は呟いた。
今さらながら辛い過去を振り返る。このシステムを思いついたのは高校生のとき。周りに気づかれないようにしながら遊ぶ周囲にわき目も振らず必死に勉強をし、志望の大学へ行くために成績上位を維持し続けた。
大学ではサークルも入らずに図書館で必死に必要知識を集め、理論を組み立て続けてきた。
こうしてできた草案は相談しても笑われ、就職後の会社勤めでは同僚に馬鹿にされ、上司には否定された。
ならばとAIプログラム作成のために独立しても、開発資金を作るために商談をした取引先に笑われた。何社も何社も。協力を求めた従業員からも事業に集中してくれと呆れられた。
それでも、それでも諦めずに試行錯誤をしながら作り続けた。そんな日々も今日で終わりである。過去の苦労がようやく報われる。言いようのない感情がこみ上げ胸が熱くなる。やったぞ!俺はやったんだ!と。
「……そろそろ寝るか」
しばらく余韻に浸っていたが、安堵から急激に疲れと眠気が襲ってきた。
これからはもう悔しさを耐え、無理に頑張る必要はないのだ。会社の一室に用意した簡易の休憩所で眠ることにした。明日は久しぶりに自宅のベッドで寝よう。そんなことを考えながらソファに寝転がると程なくして意識を手放した。
どれくらい寝たのだろうか。目をあけると真っ暗だった。
身体が軽かったのでかなり寝ていたような気がしたのだが、あまり時間は経っていないのかもしれない。
暗い中、ソファから上半身を起こし周囲を見渡してみる。
「え……」
俺は目を疑った。周りを見ても何もなかったのだ。文字通りの真っ暗だった。
「もしかして、夢なのか」
夢なら納得できる。というかそれ以外に考えられることがない。
ならば歩いて見て回ってみるか。意を決して立ち上がった。
すると突然光が差し込み、徐々にその光から人影らしきものが見えてきた。
「お目覚めになりましたか」
その人影はどうやら女性らしい。女性らしい優しい声で俺に言ってきた。
「あ、ああ」
「大切なお話がございましたのでお待ちしておりました」
どうやら待たせていたらしい。光はやがてやさしい光となり女性の姿がはっきりと見えた。
その姿はまるでアニメの世界にでてくるような美しい女神様だった。
ただ、年齢は12歳くらいであろうか。とても若く……というより幼く見えた。
「お待たせしてすいません」
「いえ、こちらの都合で申し訳なく思っております」
「ところで大切な話とはなんでしょうか」
「はい。それではお伝えさせていただきます」
俺は頷き、意思を確認した女神のような女性は話を続けた。
「あなたには死んでいただきました」
「ああ、そうなんですか……え?」
言っている意味がわからず呆然とする。
ふと我に返り、慌てて手や足を見て触るが感触もあり、動かすこともできた。
よかった。大丈夫だ。
とりあえず全身満足なことにほっとした後、疑いの目で女性を再び見た。
「ご納得いただけましたか」
「いや、無理ですよ」
「そうですか……そうですよね」
「ええ、そりゃ突然言われてもね。ところであなたは?」
「はい。私は創造主です。人でいうところの神様ですね」
「……」
それ笑うところですか。こんな夢を見るとは俺は邪気眼かもしれない。確かにアニメは好きだしこんなことあればいいなとは思っていたけど。
あぁ、夢で見てしまうほど悪化してしまったのか。なんだか急に心が痛くなった。
「ところでここはどこなんですか?」
「ここですか?そうですね、どう説明しましょうか。人間界でいう死後の世界といったとことでしょうか」
「そうな……え?死後?」
「そう、死後の世界です」
この自称神様の女性はどうしても俺が死んだことにしたいらしい。
いやいや、死にましたで「はいそうですか」と納得しないでしょ!
ましてや日本だけでも秒単位で人が死んでるはずなんだ。世界単位で考えれば人がポンポン現れてごった返しているはずだ。死後の世界がそもそもどんなのかは知らないけど。
とはいえこのままでは話が前に進みそうにない。
俺は仕方なく話を合わせてみることにした。
「えーと、それではなぜ死んだんでしょうか」
「私があなたを死なせました。死因は……人の世界では心筋梗塞となるかもしれませんね」
「俺、あなたに殺されたの?何で?」
「あなたが作ったAIプログラムと呼ばれるものが理由です。本来であればAIプログラムを破損すればよかったのですが、あなたが存命されますと再び作ってしまわれるかもしれませんので」
「AIと言ったって他の人も開発していますよね。何で俺だけ」
「そうですね。ただ、あなたが独自で作られた『創造機能』に少々問題がございまして……その機能を応用するとあらゆる創造を可能になるのが時間の問題となり、転移やそれらを応用した魔法と呼ばれるものが可能な世界となってしまうこと。このAIは人を堕落させ、いずれAIを搭載されたロボットが人を排除しようとすること、私のところへ干渉する恐れがございました」
AI機能恐るべし。てかそんな機能はつけていないはずなんだけど。応用すればできるのだろうか。俺ってすごい。
……いや待てよ。
「ということは」
「はい、申し訳ございませんが、そのプログラムは完全に消去させていただきました」
あぁ、俺の苦労はなんだったのだろうか。夢なら早く覚めてほしい。
てか俺はこんな悪夢を所望した覚えはないぞ!
視界がぼやけ、目から汗が流れてきた。
「お気になるのでしたらご確認させてあげましょうか」
「いや……いいです」
俺は崩れ落ち、手を地面につけて顔をうな垂れる。
自称神様は鬼か悪魔なんじゃないだろうか。
人生を賭けたのシステムを消去しておきながら「確認しますか」とか。
どう考えても俺に止めを刺しにきてますよね!
「いえ、私はあなたの世界の鬼でも悪魔というものではございません」
「はい、そうですか……え?」
「ですから私は鬼でも悪魔でもありません」
俺は驚いて自称神様を見る。平然を装っているが少し不機嫌そうだ。
俺の考えているのがわかるのか。
てか突然俺の思考を読むのやめてください。
「そうですか。申し訳ございません」
「……結局読むのね。いや、それはいいや。それで、俺はどうなるのでしょうか」
大事な事なので俺は今後の身の上を確認する。
涙なしでは語れない苦労を台無しにされたのだ。そのままでは引き下がれない。例え夢であっても。いや、夢であったらむしろ目覚めてくれ!
「そうですね……。うーん、ちょうどあなた好みであなたの地球とよく似た星があり、そこは地球に住む文明より古い……。えーと、人の時代で申し上げますと欧州の中世にあたるところがございますので、そちらで転生するというのはどうでしょうか」
「あのー、今の世界で再びはダメなんでしょうか」
「申し訳ありませんが、今の世界ですともう一度作られても困りますので」
なるほど、それもそうか。理不尽ではあるが正論だった。
「はい一応、他の生物という選択肢もございますが、どうやらそれらは嫌みたいでしたので。例えば生命力ではGとか、野生以外だと猫とか」
……Gとか想像もしたくないです。それに猫だって野生では生きていくのが大変そうだし、ペットだと生殖器をなくす手術をする事が多いと聞いたことがある。
想像するだけで血の気が引いた。野性で生きていける自信なんてないし、ましてや生殖器が無くなった人に飼われるだけの人生なんてごめんだ。
どうやら選択肢はあるようで無いらしい。
「はい。そういうことです。なお、その世界は地球で反省……地球と異なり火薬、化石燃料、ウランといった人が大量殺戮や汚染する資源を排除されていますので生物としては住みやすいかと思います」
なるほど、だから中世に近いのか。
原料がなければ鉄砲を作れないし、化石燃料を使う産業革命もそう簡単にできないもんな。
ましてやそんな状況でAIなんて一生かけても作る基盤ができそうにない。
………いや、木炭を作ればできるか?でも俺は発電所の作り方は知らないし。
コンピュータの部品をイチからそろえるのだけで生涯かけても揃えれる自信もない。
「そうなんです。ただ、このまま転生というのもあなたの文明からの生活力を考えると大変かと思いますので3つほど能力を追加させていただこうかと思います」
なるほど、少し癪に障る言い方だったけどそれはありがたい。
蘇生させてくれればもっとありがたいんだけどね!
これで第二の人生が決まるかもしれないのだ。
数分ほど慎重に考えていると、ふと疑問が思い浮かんだ。
「あの、転生後は言葉や服装とかはどうなるのでしょうか」
「はい、転生後の世界の言葉は到着した地の言葉を習得された状態となります。言語は大陸ごとに共通言語になっておりますのでご安心下さい。
また、服装は庶民レベルの服装や荷物等を初期装備された状態で基礎知識は持っています。
ただ、家族等は記憶の調整に不都合が生じるといけませんので一人田舎から都市へ状況中で一通の紹介状を持って旅の途中となります。
なお、この世界では魔物と呼ばれる存在はございますが魔法はございません。
道具を使って生活しているのもあなたと同じ人と呼ばれる種族だけです」
なるほど、設定としては特に矛盾もなく始められるらしい。まだ夢かもしれないんだし設定という言葉でいいよね。それに説明であった魔物も道具を持てないということは猛獣と大差ない存在なのかもしれない。
とりあえず出だしから言葉がわからないとか最悪の事態はないようなのでほっとする。
「わかりました。ありがとうございます」
「はい。能力はお決まりになりましたか」
「はい」
俺は定番の提案をすることにした。まさかこんなところでアニメ知識が役に立つとは思わなかったが。
「魔法は使えるようになりますか」
「魔法ですか。魔法と申しましてもいろいろございますから……絞っていただければ可能なんですが」
「なるほど、それでは火の魔法と水の魔法をお願いします」
「それなら……はい、わかりました」
自称神様は少し悩んだが了承してくれた。
「あとひとつはどうされますか」
「そうですね」
どうやら魔法1つにつき1能力だったらしい。
俺は少し考え慎重にあとひとつを選んだ。
「記憶を記憶を引き継ぎたいです」
「記憶ですか。AIプログラムに関する部分は消去しますがよろしいですか」
「仕方ないですもんね。はい、それで大丈夫です」
そう30年を費やした記憶。時は金なりという言葉がある。勉強も経営も頑張ってきたのだから記憶を引き継げれば知らない世界でも何かの役にたつかもと考えたのだ。
「わかりました。では火の魔法と水の魔法、記憶ですね。魔法に関しましては無限に使えてしまいますと何かと問題がございますので使うことに体力を少し消費させていただきますね。また砂漠といった特定範囲で水がほとんど無い場合は水魔法は使えないようにさせていただきます」
「体力はどれくらい消費するんでしょうか」
「えーと、あなたの体力に換算すると五十メートルを全力疾走した感じでしょうか」
「わかりました。ありがとうございます」
その程度なら問題ないだろう。俺は少し安心した。
「わかりました。その他細かい知識等に関しましては現時点でのあなたの知識レベルに応じて再設定させていただきますね」
「はい。ありがとうございます」
俺が了承すると自称神様は微笑んだ。
俺は昔から歴史が好きなおかげで地理や歴史等記憶に関わる部分は得意だし、数学もできる。大学は経営学部を行っていたのでそれが反映されるのは大変うれしい。高校生のころに頑張った過去の俺に感謝した。
ひと安心していると、ふと再び疑問が思い浮かぶ。
「あの、質問いいですか」
「はい、お答えできる範囲でしたら」
「あなたのその姿は本来の姿なんですか」
今後一生知ることができないのだ。これは確認しておくべきだろう。
「いえ、これは本来の姿ではございません。そこそも神の定義も人がかってに作ったものですし。この姿はあなたに説明しやすいように姿を合わせていただいています。ただ、あなたの今後住む世界の女神として祭られている姿ではあるので、そう考えて下さってもけっこうです」
なるほど、わかったようなわからなかったような。
「神罰とかはありますか」
「私が干渉することは余程のことがない限りございません」
無いらしい。じゃあなんで俺が死ぬことになったんだろう。いや余程のことだったのだろうか。
それはそれで誇らしいような悲しいような……
「他に何かございますか」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「そうですか。それでは転生を始めますね」
そう言うと自称神さ……神様は笑顔を見せ、なにやら呪文らしきものを唱えている。
「お行きなさい。人の子よ。再びあなたに祝福があらんことを……」
徐々に意識が遠のいていく中、俺はその言葉を聞いて頭が真っ白になっていった。
「……ふう」
私はため息をついた。
何のため息か。それは私の失態に対してだった。
AIプログラムが原因で死なせたなんていいうのはまったくの嘘なのだ。
単純に下界を見てみたくなって、たまたまコンピュータと呼ばれるディスプレイから姿を出してみたときに、力の調整を間違えて、近くに居る人の魂を肉体から離してしまった。
ただそれだけである。とはいえ、失敗は失敗。仕方なく理由を作り、IAプログラムの消去と彼の魂を転生させるという救済でなんとかすることにした。
初期に三つ付けたのは単に自分の失敗に対する負い目なだけだった。
「それにしても、納得してくれたようでよかったわ。まぁ、人と対面して話すのなんてはじめて人を作ったとき以来だし、たいして日は経ってないのだけど知性でだいぶ違ってはいたようね。なかなかの傑作かもしれない」
どうせ誰も褒めてくれないので自画自賛していると、ふと疑問が起こった。
「……あれ?そういえば人は性別を作っていたわね。あの人はなんだったかしら?」
……うん、考えるのはやめましょう。どうせ別の世界なのだから問題ない。
「違っててもそれはそれで面白そうですし」
うんうんと納得し、再び作業へと戻ることにした。
なお、彼が作った『創造機能』が女神がコンピュータから姿を現した元凶で、本当ならその時点で戻すこともできたはずなのだが、それは女神様も彼も知る由も無かった。