始まり
アカネは、どことも知れない場所で目を覚ました。
固いベッド、木製の床と壁、天井は高く、窓ガラスは厚みが均一でないのか景色がゆがんでいる。
さらに調度品は粗悪なものばかりで雑草のような花が植えられた欠けた花瓶、立てつけが悪いのかギシギシと音を立てる箪笥、テレビなどの電化製品は見当たらないが照明はLEDのように明るい。
『おや、目を覚ましたようですね』
アカネは声の方に意識を向ける、それと同時に枕元に置かれていた一本の棒を握りしめる。
それは暖炉用の火掻き棒であり、殺傷能力は鉄パイプと同程度だろう。
『元気なのはわかりました。
まずは警戒を解いてください。
取って食う気なら寝ている間にそうしています』
声は女性の物だが、その姿が見えない。
周囲を見渡して、地震の五感も第六感もフルに起動させてもアカネは声の主を見つけることはできなかった。
『まあいいや、えーとまず貴女は自分が死んだことについて理解していますか』
アカネは思い出す。
祖父が死んだこと、そのかたき討ちのために議事堂に乗り込んだこと、かたき討ちはしたもののその帰りに軍隊と交戦したこと。
そして、自身の頭を打ち抜かれた時のあの感覚を。
『覚えているみたいですね。
まあ貴女はそういう経緯で死んだわけですが。
それでだ、私は早い話が神様なんだけれど、暇つぶしのために君に新しい肉体を用意しました。
難しい事じゃありません。
ただ貴女には旅をしてほしいのです。
君の住んでいた場所とは異なるこの世界をね』
女はしゃべり続ける。
アカネが痺れを切らし始めるのも無視してだ。
それは、命とりだった。
「……ふっ! 」
アカネが手にしたを一振りするとパキンッという乾いた音があたりに響き渡った。
それと同時に、アカネの目の前にはガラスを割ったような亀裂が現れる。
『は? え? ちょっとまってぇぇぇぇ! 』
そのまま無造作に亀裂に手を差し込んだアカネは、無言のまま腕を引き抜く。
そこには白地のワンピースに身を包んだ女性がいた。
『ちょっと!
空間切り裂いて引きずり出すとか常識をどこに捨ててきたんですか! 』
ワンピース姿の女性がそう叫ぶ。
今アカネがやって見せた行為は空間を叩き割り、そこに手を差し込んで空間の向こう側にいるモノを呼び出す、ある種の魔法のような行為だ。
「あなたはだれ」
『神様ですよ!
正確に言うなら神様代行者の一人ですけど人間からしたら同じようなものです!
ナメクジとカタツムリ程度の違いです! 』
内心それはだいぶ違うと思いながらもアカネは質問を続けた。
その間も手にした棒は離さずにいつでも攻撃できるような姿勢を取っている。
対して女性は、アカネが平然としていることが気に食わないのか顔を赤くして吠えている。
「そろそろ本題を」
『……まあいいでしょう。
先ほども言いましたがあなたにはこの世界を旅してもらいたいのです』
「なぜ」
『あなたは強いですからね。
この乱れに乱れた世界の調停をお願いしたいと思っています』
女性が、少々ひきつった笑顔でそう言った。
その表情はアカネに腹を立てているからか、はたまたうそをつくのが下手なのかはわからない。
しかしアカネに警戒心を抱かせるには十分すぎた。
「……本心は? 」
「……やっぱりばれました? 」
「ばればれ」
「ですよねぇ……こんなやくざな仕事だから嘘くらいはうまくならなきゃいけないんですが……」
女性はよよよ、と泣きまねをして見せる。
その仕草はどうの入った物であり、なかなかの演技力が見て取れる。
また、先ほどまではスピーカーを通した響くような声だったのがいつの間にか肉声になっている。
「そんな茶番はどうでもいい。
私はこれから何をすればいい。
それと爺さんを殺した奴らはどうなった」
「ん? あぁあの人たちなら世界ごと消滅しましたよ」
女性の言葉に、アカネは顔をしかめる。
世界ごと消滅、それが本当ならば規模が大きすぎてアカネには理解できないことだからだ。
そもそも世界の定義が分からない。
「世界とは惑星の個体を指す物ではありません。
惑星の存在する宇宙空間、の外側にある空間。
これが世界です。
わかりやすく言うと水球の中にある気泡が宇宙で、その原子が惑星です」
その説明を受けて多少は理解したのかアカネがうなずく。
しかしなぜ世界もろとも、という事になったのかは理解できない。
「世界もろともの理由はいたって簡単ですよ。
貴女のような化け物が再び生まれる可能性のある世界なんて怖くて怖くて。
世界の外側に出られたら、最悪の場合我々が管理している世界すべての危機になりますからね」
「なら、なんで私をこんな所へ」
「それは簡単、危険なウィルスはワクチンを作るために保管して実験する必要があるという事です」
歯に衣着せぬ、というのはまさにこのことだろう。
女性は先ほどのひきつった笑みとは打って変わって心の底からといわんばかりの笑顔を見せた。
「それが本心ね」
アカネはその言葉を聞いて、女性と同じように笑顔を浮かべる。
ウィルス、害悪、そう呼ばれてなおアカネは笑顔だった。
「そうですね。
それでどうですか。
貴女はこの世界で生きることを望みますか、それとも心も体も氷漬けにして永遠に眠りますか」
「寝るのは死んでからいくらでもできる、というのは私の座右の銘。
だけど死んだ後で肉体を保持していたならば、それは生きているに等しい」
「なるほど、ではそんなあなたに選別を」
アカネの言葉に女性は両手を広げる。
その手の間に一瞬強烈な光が現れた。
あまりのまぶしさに一度顔を覆ったアカネだったが、すぐにその光は収まり、代わりに一振りの大太刀が地面に突き刺さっていた。
一つおかしな点を挙げるとしたら、大太刀は鞘に収まった状態で地面に突き刺さっているという事だった。
「これは……紅霞? 」
紅霞、アカネの祖父が加法として持っていた大太刀の名前だった。
その特徴は鍔も鞘も紅色であるという事。
アカネの祖父が命を落とした一因でもあり、値がつけられないほど高価なものだ。
「そう、あなたの家に代々伝わる刀。
貴女のおじいさんが殺された理由。
骨董品、芸術品としての価値はもちろん、その切れ味は鋼鉄すら豆腐のように断ち切る……のだけれどあなたにとっては……」
アカネという個人は剣術に関しては常識の範囲外にいる。
木刀や鉄パイプで人間を切り刻み、包丁で東京タワーを輪切りにして、ライフルの弾を弾く。
挙句の果てに火掻き棒で空間を切断するという離れ業までやってのける。
もはや冗談のような存在である。
「それで、保存といったけれどどこに保存しておくつもり」
「神の箱庭、と呼ばれる世界ですよ。
とにかく安定した世界を、という事です。
ただまあ……さっきの水球の例えを出すなら水そのものは安定しています。
氷のように動きのない世界です。
それ故に生物の進化が遅く、文明も発達していません。
そこは刀を使うものとして貴女には有利でしょうけどね」
その言葉にアカネは、少しむっとした様子を見せる。
同じ条件でないと優位に立てない、と暗に言われたように感じたからだ。
自称神の女性としては、そのような気持ちは山のようにあったためアカネの感覚は正しい物だった。
「あちらを立てればこちらが立たず、という事で世界構造は非常に安定しているんですが、その中は非常に荒れ放題です。
たとえるなら物凄く硬い箱に宝石もゴミもまとめてぶち込んだような感じですね」
その例えは非常にわかりやすいが、反面嫌気がさすような内容だった。
玉石混合といえば聞こえはいい。
しかし、混ざっているものがゴミから宝石までとなると、それも神が言うゴミだ。
ろくでもない物が混ざっているのは言うまでもない。
「参考までに、ゴミってどんなの」
「うーん、他の世界で大量無差別殺人を行った人とか」
「私のことか」
「あなたの場合は卓越した技能があるので宝石の方ですね。
ゴミなのは技術もないくせに大量殺人したやつとかです。
まぁ……そういった輩は大抵ゴミらしくモンスターとなって世界を徘徊していますけどね」
その言葉を聞いてアカネは首をかしげる。
モンスター、ゲームや漫画ではよく見かけるが平和な日本人としてはその様な存在を見たことがないからだ。
「産めや増やせや、足りなければ他種族でも男でも攫ってきてヤッちまえなオーク。
穴があれば何でもいい、触手。
男は溶かす、女は服だけ溶かす、ある意味危険生物スライム。
こんな感じですね。
あと普通のところだとドラゴンなんかはモンスターの代名詞ですね」
妙に艶めかしいモンスターのラインナップにげんなりしつつ、ドラゴンという単語にアカネが反応した。
アカネが祖父から習っていた剣術の中には【龍殺し】とまんまな名前の技もあったからだ。
「ドラゴンなんかは偉人がなることが多いですけどね。
でもその大半は自堕落な生活を送っているニートです。
後は強大な力を得て有頂天になったバカが悪竜として暴れまわっているくらいですね。
そういった輩には構わず【龍殺し】撃っていいですよ」
「わかった」
そう言ってアカネは手に持った火掻き棒をよりいっそう強く握りしめる。
「わかった、その世界で旅をするのは構わない。
けれど拠点がほしい紅霞はもらうとしても、サバイバルは未経験だからいつでも使えるものがいい」
「あ、じゃあこの家あげます。
これ私たち神かそれに属するものがこの世界に来る際に使っていたんですけどね。
そもそも神様が降臨することってほとんどないんですよね。
けどこの家って割と便利なんですよ。
暖炉は燃料いらず、証明は自由に消せるし切れることもない。
家具がぼろいのは……まあ数百年単位で放置されているんで仕方ないですね。
あといつでも好きな時に来られます。
……あ、これがないといけませんでした。
はいどうぞ」
そう言って女性はアカネの左手を取り、薬指に指輪を近づけた……ところで顔面を火掻き棒で殴り飛ばされた。
紅霞で着られなかったことを幸運と思うべきか、いきなり鉄の棒で殴り飛ばすのをやりすぎとみるかで話は変わってくるが、アカネは満足そうな顔をしていた。
その手にはちゃっかりと掴み取った指輪がある。
銀でできているらしいそれは、一点の淀みもないが小奇麗な細工もないシンプルなものだった。
「……その指輪をはめて開けとかオープンって強く念じるとここにこれます」
ほほをさすりながら起き上った女性が、指輪の説明をする。
その後、設備についての説明を受けてアカネは紅霞を腰に差した。
もともと身長の低いアカネにとって大太刀は腰に差すには長すぎるがそれでも腰に差したのは祖父の影響だろうか。
「それでは、適当な食料や金銭はここの倉庫にありますからね。
家から出たら適当に人目のない場所に転移すると思いますので、頑張ってくださいね」
「あ、ちょっといい」
「ん?
なんですか? 」
「奥義【神殺し】! 」
そう言ってからアカネは腰の刀を引き抜いた。
体全てを使い引き抜かれた刀は目視不可能な速度で女性に襲い掛かった。
「ふぉおおぉぉおぉぉ!? 」
しかしそれは女性が身をかがめることで躱され、その代償として刀を振りぬいた先にあった箪笥を刀がすり抜けた。
「惜しい……」
「惜しくないです!
というかなんですか今の! 」
「奥義、神様だけを殺す」
アカネの言葉は淡々としたもので、ためしで撃ってみたといわんばかりだった。
その様子に女性はため息をついて何も言わずにアカネの明けた空間の亀裂へと帰っていった。
それと同時に亀裂は、何もなかったかのように消え去り後にはアカネのみが残された。




