剣鬼の誕生
『あーすごいなこれ』
雲の上、そう呼ぶにふさわしい場所で女は呟く。
彼女が見ているのは小さな水たまりであり、そこからは下界、つまりは地上で生活する人々を見ることができる。
早い話が彼女は神に近しい存在であり、暇つぶしに数多くある世界の一つを覗いていたという事だ。
『うわ、東京タワーが輪切りになった。
……えっと航空機が剣圧で切り落とされた。
戦車が細切れに……あれただの包丁なのに何あの化け物』
女が見ているのは、地上で包丁を振り回す女だった。
それだけを聞くと痴情の縺れから刃物を振り回している危険人物としか想像できないが、実際はその数段上を行く危険人物だった。
包丁を振り回す女、名は高垣アカネ、幼いころから祖父の元で修業を積み、剣豪と呼ぶにふさわしい実力を持つ女性……だったのだが、愛する祖父が国家間の事件に巻き込まれ惨殺された事でアカネは怒りに身を任せた。
初めは木刀や鉄パイプで事件の関係者を惨殺していたが、数人を刻んだところで壊れてしまった。
もともとはモノではなく鈍器だったそれらで人を切断する、というのは離れ業であると同時に武器に多大な負荷を与える。
ならばと思い、手近な商店で奪った包丁を両手に持ち捕獲、もしくは捕殺しようと迫る警官隊を片端から切り捨てた。
そのうち警官隊は制圧用の特殊部隊へ変わり、最後は軍隊による包囲網が敷かれた。
しかしアカネはそれを気にすることなく、また近隣への配慮もせずにあらゆる方法で『敵』を切り刻んだ。
『あ、でももうだめか。
スナイパーが……うそでしょ包丁で防いだよあの化け物……』
アカネは祖父から対拳銃用の戦闘方を教わっていた。
しかしそれは不規則に動き回り、相手の筋肉の動きを読み取って決して狙いをつけさせるなという物であり、銃弾を弾くという方法は教わっていない。
そもそも銃に対して剣で挑むことがナンセンスであり、そのような場合は逃げの一手、というのが祖父の教えだったがアカネはそのあたりの理解が浅かった。
銃の最大の利点は相手の射程外から攻撃が可能という事にある。
しかしあくまでもそれは最大の、であり利点は他にも多数存在する。
それは数の優位性。
剣や槍といった近接武器に共通して言えるのは1対多数の戦闘の場合、1人を取り囲んだところで同時に攻撃できる人数には限りがある。
対して弓や銃のような遠距離攻撃可能な武器は同時攻撃が可能だ。
それは取り囲んだ側の人間が仲間を打たないような配置にされている限り無制限に増えていく。
アカネはそのことを失念していた。
一人が打ったら防がれる。
二人が撃ったならかわされる。
ならば、30人が相手ならば。
回避先を予測した射撃であればどうなるか。
結果は言うまでもない。
『おぉ、当たった』
雲の上で女が声を上げる。
先ほどまではすべての攻撃をさばいていたアカネだったが、四方八方から放たれる銃弾の雨をよけきる事ができず、脚に一発の弾丸が当たった。
それは、機動力を生かした戦いをしていたアカネにとっては大きな隙となる。
『……ここまでか』
そう女は呟いて水たまりから目をそらした。
その予想は正しく、次の瞬間にはアカネの頭部は数発の銃弾を受けて熟れた果実のようにはじけ飛んだ。
その傍らには砕けて散らばった包丁と、弾き落とされた数発の弾丸が転がっていた。
『でも……いい暇つぶしを見つけたかも』
女の声は、まさしく上機嫌と呼ぶにふさわしい物だった。




