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4.救われる正義

 走る、走る。足跡が消えるほどの雪ではない。追跡は簡単だった。

 徐々に山に近づいていく足跡を、焦りにはやる足取りで追っていく。

 そして、見つけた。平坦な山際に彼女が立っていた。まっさらにつもった雪原の中、アキは震えることなくそこにいた。

「やっと見つけた……!」

「来たわね」

「……どうして?」

「無論、藤次郎を救うためよ」

 押し殺すような静かな声でアキが宣言する。その目には強い意志があった。

「このままでは凍傷を起こす。だから――」

「私は……、私は大丈夫」

 アキの口調が変わる。別の誰かを演じるような、そんな響きが確かにあった。その言葉は藤次郎の言葉に対する応答か、それとも緊張する自身に言い聞かせるためか定かでなかった。

「藤次郎、私は君を救わねばならない。かつて君が、私を救ったように。私も掲げる正義を執行し、君を救ってみせる」

 力強い、二度目の宣言をする。そこにいるのはもはやアキで無く、別人だった。

 そして同時に、その別人は藤次郎のよく知る人物に他ならない。

「いや、まさか。そんなはずは……。でも、その口調、……こ、小春?」

 アキの口調や態度、その全てが藤次郎の恋人、小春に似通っていた。似ているなどの規模ではない、まるで魂を下ろしてきたかのような……。

 くだらない演技ならば突き放せた。しかし背丈も、体格も全く違うはずのアキが、不思議と藤次郎には小春と瓜二つに見えた。理性では彼女がアキと分かっていても、涙をこらえることが出来ない。

 それほどに、真に迫っていた。

「ううう……、なんで。何で……?」

 藤次郎が膝から崩れ落ちる。そのまま上半身も倒れそうになるが、駆け寄ってきた彼女が抱きとめた。

 うめきながら涙を流す藤次郎の頭を、優しく撫でていく。

「彼女に、言えなかったこともあっただろう? それが君の枷になっている。君を自由にするための約束が、却って君を縛っている」

「でも、でも……!」

「伝えてくれ。一言残らず私に、小春に伝えてッ!」

 撫でていた腕がぎゅっ、と力が入る。膝から下が感覚を失うほどに冷たいのに、アキの腕の中はまどろむほどに暖かかった。

「……」

「……」

「……俺は、俺はあんたの事が大好きだったッ! 何を捨ててもいいって思ってた! でも、いざという時に動けなくて……、そうしてあんたは殺された」

「――そうだな」

「だからこそ、あんたみたいになりたくてっ……! 二度とこんな思いをしないと誓って……!! 揺らいでッ、情けなくて、でも……諦められなくてッ!!」

「……本当によく、がんばった」

 感慨深げにそう言って、アキが藤次郎の頭を包むように上に向ける。

「私も、救われた。藤次郎に、君に、その愚かしくも剛直な正義に救われた」

 優しく微笑み、瞼を下ろす。彼女の唇が藤次郎の額に近づき……。

 触れた。

「全く……、趣味の悪い救済方法だよ。本当に……」

 涙をぬぐいながら藤次郎が言った。すぐさまアキが反論する。

「最初に言ったでしょ、手段は厭わないってね。心残りは消えたでしょ?」

「ああ。まあ、な」

 口づけの後、すぐさま藤次郎は我に返った。耳元で鈴が鳴ったように、ハッキリと分かる演技の終わりだった。もはやアキの顔に彼の恋人である小春の面影はない。全て藤次郎の見ていた、都合のよい夢と言われても納得するほどに突然と消えた。

「ねえ、藤次郎。私は……小春さんになれたかしら?」

「……さすがに、細かな違いを挙げればキリが無いぞ?」

「やっぱり、推測と盗み聞きじゃあ無理があるか。私もまだまだ、ってところかしらね」

 あっけらかんと言う。まんまとアキの狸寝入りに騙されたらしい。

「でも、小春の温もりは確かにあったよ」

 穏やかに笑って、藤次郎はアキの髪の毛をなでた。あの懐かしい温かさが少し恋しかった。

「そっか、なら……よかった」

 先ほどまでの緊張が解けたのか、アキが雪原に倒れ込む。ぼんやりと空を見ていた。

「……私は、あなたに救われた」

 それは演技をしている時も言っていた言葉だった。

「誰も助ける者も来ず、ただ屈することしかできなかった。でもあの日、まっすぐな正義に救われた」

「……」

「決して交わることのない、対極の正義に救われた」

「対極、か」

「これは私なりの恩返し。そして――」

 再び立ち上がり、アキは山の方に向かって歩いていく。厳寒期の山に、何の用意も無く入れば間違いなく命はないだろう。

「おっ、おい。馬鹿っ! 何を――」

「……人さらいになった原因は、全く関係のないところで見つかる。そうすれば疑いの目は藤次郎には向かないわ」

「本当に――、度し難い阿呆だ……ッ!」

 歩いていくアキの腕を、走って掴み取る。

「お前がいなくなってどうする? 万人を救うんだろ、その前に野垂れ死んでどうする!?」

「でも、このままだと藤次郎は――」

「言い方を変えるぞ。せっかく成就した、俺の正義の生き証人だ。死人に口なしで苦労を泡にしてたまるかッ!」

 まっすぐに目を見据え、言い聞かせた。高さの違う目が、じゃあどうやってごまかすのよ、と言いたげだ。

「ああぁ、そうだな……」

「名案じゃなきゃ走って行くわ」

 一つ深呼吸をして藤次郎は落ち着くことに努める。二度、三度と繰り返すと、団兵衛の言葉が思い出される。

「そうだな……。駆け落ち、でどうだろう?」

終わりです、ありがとうございました。

以下、部活動会誌に掲載した後書きです。


 古代中国の陰陽思想には、陰のものが存在することで陽が存在する、逆もまたしかり、という前提がある。対となるそれらは互いに争うもので無く、むしろ調和するものである、という非常に興味深い発想だ。

 作中、万人を救う行為、として二人の対極の価値観を描いた。しかし皮肉なことに自身の推す方法では、決して自身を救うことが出来ないのが彼らの正義である。故に調和して初めて万人を救ったことになる。

 陰の中の陽、また陽の中にある陰になぞられるように、強固な意志を貫くための核は案外、自分とは真逆の思想が鍵なのかもしれない。適当なお話は以上、みなときでした。


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