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2.正義の道中

「そういえばさ、何で藤次郎は役人なんか目指したの? どうせ中央出身以外は木端役人にしかなれない、っていうのに」

 中央街道をしばらく進み、農業特区にある宿場に差し掛かったあたりだった。それまで黙っていたアキが急に尋ねた。

「余計なことばかり知っているな、お前は。まあいい、教えてやるよ。……俺が役人を志したのは正義のためさ」

「正義のため、ねえ」

 老舗らしい宿の、古めかしい提灯の脇を通り過ぎる。

「笑うか?」

 諦め気味に問う藤次郎に、アキは笑う素振りも見せなかった。いぶかしむ彼にアキは更に問いかける。

「役人に正義があると思ってる?」

「権力は使いようさ。少なくとも、万人を救うために権力を行使するならば、清廉潔白な正義だ」

「……誰かの受け売りみたいね」

 その一言を聞いた瞬間に藤次郎の表情が曇る。

「俺の昔の恋人の言葉だよ」

 次々と見える宿の看板を吟味しながら、藤次郎が言った。その声色は感情を押し殺していた。

「なるほど、ねえ。清廉潔白の正義、か……」

「おかしいか?」

「いえ、奇遇だな、ってね。私も正義の味方を目指している。……清廉潔白で無いけどね」

 にやりと笑ってアキが宿の一つを指さす。良い宿を見つけたらしい。

「そういえば、お前どこまで行くんだ?」

 藤次郎が尋ねた。宿賃が足りるのかどうか気になったのだ。この少女が宿賃を持っているとは到底思えない。

「ああ、言ってなかったっけ? 父親の頼みごとなんて嘘よ」

「え? は? おい、ちょっとまて……!? それって俺が――」

「そうね。人さらい、ってことになるわね、あんた」

「――は!?」

 思いもよらない回答に絶句する。しばらくの間、藤次郎は口を開けたままだった。

「万人を救うためならば、いかなる手段も厭わない。それが私の正義よ」

「おい、おい……!! じゃあ俺はどうなるんだよッ!?」

 思わず大声をあげかけた藤次郎の唇に、指が触れた。騒げばいらぬ注目を浴びる、と言いたいのだろう。現に通行人の一部は既に藤次郎に不審な目を向けていた。

 落ち着き払ったアキが諭すように言う。

「そんなに狼狽しなくてもいいわ、これはあくまで始めの一手よ。私が正義を実行するためには、あんたが不可欠だった。中央でない、外を知るあんたがね。だから――」

「俺に犯罪者になれ、っていうのか? 正義のためならば他人の意志を踏みにじっていいっていうのか!? ――あいつとの約束も反故にしろ、そう言いたいのかッ!!」

 何もかも見透かすようなアキの物言いは、藤次郎の神経を逆なでした。衆目が集まるのも気にならなかった。

 人が少しずつ集まってくる。その様子を見た藤次郎の足が一気に崩れおちた。もうどうしようもない、そう思えば堰を切ったように涙がこぼれおちてくる。号泣だった。

 事が分からない群衆が顔を見合わせた。なぜこの男が泣いているのか、そもそも少女と何を争っていたのか、全く分からない。

「どうか……されました?」

 人垣を通り抜けて老人が藤次郎に話しかける。藤次郎は首を横に振るばかりだ。見かねてアキが口をはさむ。

「持っていた二人分の旅費が詰まった財布を、私が落としてしまって……。兄共々、今日の晩にどのように過ごせばよいのか途方に暮れていたのです」

「おお、それは気の毒な……」

「で、せめても明るく振る舞おうとほんの冗談を言ったら、根が生真面目な兄が泣きだしまして」

 くだらない、と集まっていた人々の間に白けた空気が流れる。興味を失った人々はまた思い思いに歩き出し、あっという間に藤次郎とアキ、そして老人が残された。

 いまだ泣きやむ気配のない藤次郎に、老人が柔らかい声色で提案する。

「これ、若いの。財布は明日に探すとして……、そうだな今日はワシの家に泊めてやる。往来の真中で泣くのは良しなされ」

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