覚醒と後悔 ― 2 ―
「おっ、ここにいたのかよタイセー! 俺らと一緒にメシ行こうぜ! そんで食い終わったらまた女子のロッカールームに突撃しねぇ? もちろんお前が首謀者でさ!」
「タイセーが仕切るなら俺も乗るわ! 今回は俺らの先導ヨロシク!! 頼りにしてるぜ!!」
「タイセーがリーダーなら女子は誰も怒んねーからな! むしろお前に見せたがってる女もいるぐらいじゃん!」
エエエエエエエッ!?
なっ、なに!? 突然現れてなんなのこの人たち!? そもそもこの人たちって誰!? フルリアナスの制服を着ているのと、襟元に付いている校章で僕と同学年でここの男子生徒だってことぐらいしか分からないんだけど!?
「あっあの、君たち一体誰…」
「そうだタイセー、忘れちまう前に言っとくわ。お前にタイガから伝言あったぞ」
「タイガ!?」
―― だからちょっと待ってよ! そのタイガって誰さ!? もう本気で訳が分からないよ!!
「ん? 何そんなに驚いてんだ? 別に大した伝言じゃねぇよ。“ すんません師匠、今日の昼は野暮用があるんで師匠と戯れる事ができないッス ”だとよ」
「何が野暮用だよ。どうせまたイブキに空気拳骨を喰らってるだけだろ? で、タイガの奴、今回は何やったんだ? また調子こいて透視で女子の裸を見ようとしたとかか?」
「まぁそんなところじゃね? あいつも懲りない奴だからなぁ。でもよ、あいつもあれで結構苦労してるらしいぜ?」
「あの能天気野郎がか? それにあいつんちって超金持じゃん。なんの苦労があるってんだよ?」
「それがよ、あいつ、親に決められた許嫁がいるらしいぞ」
「イイナズケッ!? それって婚約者のことだよな!?」
「まぁ俺も噂で聞いただけだから本当かどうかは知らねーけどな。でもよ、ガチの話だったんなら親に勝手に決められるなんて嫌じゃね? その女がとんでもねーブスだったりしたらどうすんだって話だよ。な、タイセーだってそう思うだろ?」
「ぼっ僕!?」
皆で盛り上がってるところを大変申し訳ないけどさ、そうやっていきなり話を振ってきたり、内容がさっぱり分からない僕を置いてきぼりで先に進めないでよ!! 僕は今イブキ先生と特訓中……、あれっ!? よく見たらここってグラウンドじゃん!! なんで僕いつの間に外に出てんの!? イブキ先生はどこ!?
「なんだ、タイセーもお前らも知らないのかよ? タイガの嫁ってここの生徒だぜ」
「ここの生徒!? 誰だよッ!? つーかなんでお前がそんなこと知ってんの!?」
「ん、俺はこの間ヒマだったんで屋上でこっそり盗聴してたらたまたまタイガとそいつの会話を拾っちゃったんだ。あ、ソースが俺だってことは言わないでくれよな。校内でこれやったのバレたら俺もタイガと同じ運命を辿ることになっちまうからさ」
「分かったから早く言えよ! 何年の女子だ!?」
「俺らと同じ。ほら、ちょうどあそこにいるじゃん。あの木の下に立ってるぜ」
「マジ!?」
ものすごいスピードで男子の一人が指さした方角に全員が顔を向けた。
つい僕も同じようにそちらに視線を送った。
そして口から心臓が瞬間ダイブするぐらい驚いた。
「あれってタカツキじゃん!! あいつがタイガの許嫁なのかよ!?」
「あぁ。でもタイガとは全然気が合わないみたいだぜ。俺が盗み聞きした時も二人で思いっきり言い争ってたからな。タカツキは見かけはイケてるだけにタイガも辛いとこだよなぁ」
カリン!! なんでそこに一人でいるの!? どうして僕の所にこないでそんな遠くからこっちを見てるの!? っていうかタイガって男子が君の婚約者なの!? で、その男子と僕は知り合いで僕はその男子から師匠、って呼ばれてるってこと!?
何がなんだか分からない!!
それともこれは夢!?
でも上空の太陽がぎらつく暑さやすぐ近くの芝生の青臭い匂いをはっきりと感じるんだけど!?
「……なぁ、タカツキの奴、こっち見てね?」
「あぁすげぇ見てんな……。もしかしたら今の俺らの会話聞かれたんじゃね?」
「マジ!? じゃあ俺が盗み聴きしたことがあいつにバレたってことかよ!?」
「こっちにガンつけてるし多分そうじゃね? あーあ、タカツキ相手じゃお前なんてワンパンでマットに沈められんだろなぁ」
「とりあえずご愁傷さん。悔いは残さず逝けよ?」
「お前ら人ごとだと思って冷てーぞ!! いいさ、俺にはタイセーがいる! おいタイセー!! ここはお前しかいない!!」
またいきなりこっちに振ってきたっ!! さっきからなんなんだよ一体!!
「学園一モテる男のお前ならどんな女子だって言いなりにさせることができんじゃん!! もしあの冷酷女が俺に制裁を加えようとしたらその時はお前のモテオーラと超能力で俺を庇ってくれ!! 頼む!!」
ハァ!?
学園一モテる男!?
どんな女子だって言いなり!?
何言ってんの!?
言っとくけど僕は「学園一のダメダメっ子」とカシムラさんに名付けられたくらい何にも出来ない人間で、女子のみならず男子からもバカにされてきてんだよ!? それともこれって皆でよってたかって落ちこぼれな僕をからかってイジめてるってこと!?
いや、そんなことより僕はイブキ先生とCALLroomで特訓中だったんだ!! なんでいつのまにか校舎の外に出ていてしかも放課後のはずなのに太陽があんなに高い位置にいるんだよ!?
もしかしてここはパラレルワールド!? 僕、パラレルワールドにトリップしちゃったの!?
「……早く行こ、タイセー」
―― ヘ?
すぐ後ろから聞こえてきたとってもか細い声。
振り向くとそこには。
「コ、コシミズさん!?」
ヨナ・コシミズだ!!
八つ当たりしたことを謝んなきゃ、って思ってたコシミズさんがなぜか僕のすぐ後ろに立ってる!!
「あの子たち、君のこと待ってる。早く行こ」
エ!? エ!? あの子たちって誰!?
っていうかどうしてコシミズさん、僕のジャケットの裾を掴んでるの!?
「君なんて嫌い」って僕に言ったじゃん! 僕が君に八つ当たりをして、君のハンカチを叩き落としちゃったから、僕の事を嫌って避けてたんじゃないの!?
「早くタイセー。昼休み終わっちゃう」
な、なんかよく分かんないけど、とりあえず今がハンカチを返すチャンスだ!!
「コシミズさん昨日はごめんね! それとハンカチ返すよ!」
ジャケットの左ポケットに手を突っ込んだけど指先に何も当たらない。
あれ!? 僕は左利きだからハンカチなんかは必ず左ポケットに入れてるはずなんだけど記憶違い!?
急いで右ポケットにも手を突っ込んだけどやっぱりそっちにも何もない!
どうしよう!! もしかして落としちゃった!?
「ハンカチ……? それって青いハンカチのこと?」
「う、うん、手を怪我した時に君が貸してくれようとしたやつなんだけどでもごめん! 僕、君のハンカチ落としちゃったかも!」
「君が何を言ってるのか分からない。だってそれならもうとっくに君から返してもらった」
「ええっ!?」
なんで!? 僕は君に返した記憶が全然ないんだけど!?
「早く行こ。時間ない」
「わっ!?」
コシミズさんに手を掴まれた!!
本当に今日は一体どうなってるの!?
「見ろよ、タイセーはやっぱすげぇよな。あの根暗でとっつきづらいヨナ・コシミズですらああやってタイセーを独り占めしようと必死だぜ? 女好きのタイガがあいつを師匠と崇めるのも頷けるわ」
「でもそれって当然の理じゃね? うちの学園最強の男を女どもがほっとくわけねーもん。シッポどころかケツだって乳だって自分の振れるもんは振りまくるだろ」
「羨ましいよなぁ……。おーいタイセー! 明日はメシ付き合ってくれよー? 男同士の友情も大事だぞー!?」
そっ、それはよく分かるけど!! 今までぼっちだったから誰よりもよく分かってるけど!!
だけど皆本当にどうなっちゃってんの!? そんで僕はこれからどこに連れていかれるの!?
あ、そうだ!!
カリンは!? カリンなら今のこの異様な状況を説明してくれるはずだ!!
「カ…」
大好きな女の子の名前を口にしかけたけど、最初の一文字だけで言葉が止まってしまったのは、カリンがすごくさびしそうな顔をしていたからだ。
ど、どうしたのカリン!?
いつもの君ならとっくに怒ってる場面だよね!?
だって僕に近寄る女の子は力づくで全部排除するってあれだけきっぱり断言してたじゃん!
ねぇほら見てよ! 僕、他の女の子と手を繋いでるよ!? しかもこの子にどこかに連れて行かれようとしてるよ!?
なのに、なんでそんな顔して黙って見送ってんの!? なんで止めに入ってこないの!? もしかしてもう僕の事好きじゃなくなったの!?
ねぇカリン! こっちに来てよ!! カリンってば!!
コシミズさんに手を引っ張られながら何度も後ろを振り返る。
でもカリンは物憂げな表情のまま、木の下から一歩も動かないで僕とコシミズさんをただ見送るだけ。
本当に皆どうしちゃったのさ!?
「コシミズさん! 僕をどこに連れてくの!?」
「いつものところ」
「いつものところ!? どこ!?」
「……今日のタイセー、なんかヘン」
違う僕じゃない!! おかしいのは君たちのほうだよ!!
「きっと君はまだ完全じゃないんだね」
「それどういう意味!?」
「あんなこと、普通の人なら耐えられない。でも君は強いから今こうしてここにいる。そして私はそんな今の君が好き」
「ぶはっっ!! ごほごほごほごほっっ!!!!」
ぼっ僕、今なにげに告白された!?
しかもヨナ・コシミズに!?
唖然とする僕にコシミズさんはほんのちょっとだけ、おそらく真正面から見ている僕じゃないと分からないぐらいの小さな笑みを見せる。
「タイセー、君はもう苦しまなくていいんだよ。君はこれから先だけを見ていけばいいの。疲れているなら私が側にいて君を見守ってあげる。君が望むだけ、ずっと」
「僕を、見守る……?」
「うん」
……どうしてだろう。
コシミズさんのこの言葉で今まで慌てふためいてパニックになっていた気持ちが一瞬で落ちついた。
普段滅多に喋らない女の子からこんなに優しくいたわられたからかな?
「タイセー、少し休んだほうがいい。来て」
コシミズさんが自分の制服の胸元に手を寄せた。やがて僕の顔に二つの柔らかいものがそっと押しつけられる。
少しふにふにしてていい匂いがして、しかも直接肌を押し当ててきてるような気がするんだけど、ま、まさかこの感触ってコシミズさんのおっぱ……。
「……タイセーくんっ!! タイセーくん!! 目を覚まして!!」
後頭部の方角から「しっかりして!」と僕を呼ぶ女の人の声が何度も振り落ちてくる。
パチパチと瞬きをしてみて初めて自分が目を閉じていたということに気がついた。
ぼんやりと開けてきた視界にはスラリとした二本の少し柔らかい生脚。
「タイセーくん!? 気がついたのね!? あぁ良かった!! いきなり倒れるからビックリしたわ!!」
イブキ先生は嬉しそうに叫び、僕の頭を抱きしめる。
どうやら先生のスライダーを破壊した直後、僕は一時的に気を失って椅子に座っていた先生の白い太ももの上に顔面から崩れ落ちてしまったみたいだ。
ってことはさっきのあれってやっぱ夢だったんだな。いや、夢っていうより妄想か。
カリンがあんなに暗いわけないし、コシミズさんに告白されるだなんてもっとありえない。
きっとあれは、“ 友達がほしいなぁ ” っていう小さい頃からぼっちだった僕の願望が生み出した悲壮な妄想で、コシミズさんが出てきたのは、彼女に謝んなきゃ、ハンカチを返さなきゃ、っていう気にかけていた部分があったからだったんだろう。
……うぅ、なんかさっきの妄想を思い出しただけで泣けてきたよ。
力が発動できるようになってカリンにふさわしい男にちゃんとなれたら、次は男の友達を作る努力をしてみなくっちゃ。ぼっちはもう嫌だ。
イブキ先生に頭をぎゅうぎゅうと抱きしめられながらそんな新たな目標も打ち立てる。うん、やっぱり先生おっぱい大きい。
でもさっきの妄想、気分良かったなぁ……。
学園一のモテ男だとか最強の男だとか皆にあんなに持ち上げられてさ。
どうせ妄想だったならあそこで何か力を発動してみれば良かった。小さい頃は発火が得意だったからこの学園を丸ごと一気に灰にしちゃったりとか、ミラクル級の禁断技なんかもあっさり出せちゃったりしたかもしんないのに。
でも今は目の前にあるこの結果だけで充分だよ。
さっきのは完全に僕の妄想だったけど、これだけは違う。
イブキ先生の大きなバストの間にあった銀のスライダーは粉砕されてもうどこにも見当たらない。
例えわずかな成果でもこれは僕が自力でPSI能力を出せた証。
絶対に変わる事の無い事実なんだから。