止まれショタコン
「言ったはずよねタイセーくん? 特訓の内容は私に任せてもらうって。あなただってそれを了承したはずでしょ?」
今は別人のような容姿のイブキ先生は頬をぷぅっと膨らませ、僕を軽く睨んできた。
先生の瞳の色ってかなり薄めの茶色なんだなぁ。いつもの伊達眼鏡をかけてないせいでそれがよく見て取れる。先生、明日からこの恰好でくればいいのに。男子生徒の人気も上がるよたぶん。
「タイセーくんちゃんと聞いてる?」
「聞いてます」
「それならどうしてそんなに腰が引けてるのよ。まさか特訓に怖気づいたとか?」
「そんなことないですよ! 僕が言いたいのは、この特訓方法って先生の私情みたいなものが入ってないかってことです」
「何言ってるのタイセーくん? そんなの入ってるに決まってるじゃない。入りまくりだけどそれが何か?」
―― おい!! 隠す気ゼロかよ!! 嘘でもいいからそこは一応否定してくれよ!! 特訓が受けにくくなるじゃん!!
「イブキ先生、他の特訓方法」
「ないです」
「…………」
「何と言われようともないったらないんです。断固としてこれでいきます。そのつもりで」
すごいや、ここまで堂々と悪びれることなく私情を前面に押し出してこられると、苦笑いしか出てこない。
イブキ先生のやってることってもはや完全に職権乱用なんだろうけど、どうしても引けない事情ってやつがある僕はこの特訓を受けなくっちゃ。イブキ先生がこれしかないってダダをこねるなら黙って従うしかない。
「分かりました。先生がそこまで仰るならそれで構わないです。この特訓で僕もサイコキネシスを使える事ができるようになるんですね?」
「絶対できるとは断言しないわ。でもねタイセーくん、サイコキネシスに限らず、PSIを使いこなすにはまず欲求を高める事が大切なの。“ 何かをしたい ”っていう強い欲望が能力を発動させる重要なキーになるの」
「先生の仰りたい事は分かりますけど、でも何かをしたいっていう欲求と先生の着ているそれを引き下げることとに何か関連があるんですか?」
「あるに決まってるでしょ! 逆にあなたの中でイコールで繋がらない事が不思議だわ。だってタイセーくんがこれを下ろす事ができたらどうなる? はい答えてみて」
……なんか授業を受けている気分になってきた。質問レベルは恐ろしいほどにくだらないけど。
「どっどうなるって、先生の裸が見えちゃいますよね?」
「はい正解。でも厳密にいえば裸じゃないけどね。さっきも言ったけどブラ付けてるし」
「そこは何度も繰り返さなくていいです」
「それってブラも取った方がいいってこと?」
「なんでそういう解釈になるんですか!?」
「今は私が質問しているんです。タイセーくん、あなたが私に恋愛感情を持っていないのは知ってるわ。でも例えそうだとしてもよ? 労を介さないで女性のあられもない姿が見られたら嬉しいなぁって男の子なら普通は思わない? はい、また答えてみて」
ちょっそれすごく答えづらいですイブキ先生!!
担任である先生の前で「ハイ! 見たいです!」なんて元気よく答えられないですよ!!
「止まれショタコン」
マズい!! 無意識で思っていたことを口に出しちゃった!!
慌てて口元を押さえる。でも今のって自分の声にしてはすごく女性っぽかったような……。
そして気付けば目の前のスラッとした生脚が二本から四本に増量している。
「ミズノさん!?」
どうやって鍵のかかったこの室内に入って来たのか分からない。分からないけど、いつの間にかミズノさんがCALLroom内にいた。
シヅル姉さんに似た切れ長の目をさらに細め、ミズノさんは手にしていたカルテみたいなものでイブキ先生の後頭部をパシリと軽く叩き上げる。
「まったく……。心配で来てみれば案の定ね」
「いった! 何するのよサユリ?」
「それは私の台詞よ。まさか初日からここまで暴走するとは思わなかったわ。あんたどんだけこの子に魂抜かれてんのよ?」
そしてミズノさんは今度は僕に目を向けると冷めた声で一言。
「タイセーくん、カードキー」
「あ」
「すぐ返しに来てって言ったでしょ? もう放課後なんだけど」
「すっすみません! すぐにお返しします!」
すっかり忘れてた!!
慌てて制服のポケットにしまっていたカードキーを返すと、ミズノさんは不機嫌そうな顔でそれを胸ポケットにしまう。
「サユリ、どうしてタイセーくんにカードキーなんか貸してたの?」
「はぁ!? あんたのためでしょうが!」
「私の?」
「そーよ! あんたネームプレートのことをこの子に喋ったんですってね!? 何考えてんの!? クビになっても知らないわよ!?」
ミズノさんの怒鳴り声が室内を走る。でも当人はケロッとした顔で、
「大げさね~。クビになんてならないわよ。だってそこまで必死になって隠すようなことじゃないじゃない。生徒の間でもプレートに何かが隠されてるっていう噂はあるらしいし、随分昔に生徒が遊びで分解して秘密がバレたこともあるって聞いたけど?」
「もうっぜんぜん分かってないわねイブキ! 私はね、開示不可と決められていることを守れないあんたのその意識の低さが問題だって言ってんの! 受け持ちの生徒を好きになったっていうのはイブキ個人の感情だから抑えられない部分もあるだろうしそれはまぁいいわよ! だけどあんたも教師ならさ、踏み越えていいことと悪い事の線引きぐらいきちっとしなさい!! 情けないわよ!!」
―― うわぁ、大人が大人に本気で叱られてるところ初めて見た……。
ミズノさんって優しくて温厚な人だと思ってたけど怒ると怖いなぁ。さすがのイブキ先生も少ししゅんとしてる。
うちのシヅル姉さんも本気で激怒したらこんな風に怒鳴ったりするのかな?
……いややっぱそれは無いな。姉さんなら小汚い家畜を見るような蔑んだ目で、「どこまでも屑な生き物だなお前は」辺りをボソリと呟く光景しか想像できない。
「それとイブキ、なによこの特訓方法は!? 完全にセクハラじゃないの!」
「セクハラじゃないわ! これは純粋な特訓だもんっ!」
「純粋な特訓? よく言うわ。その特訓にかこつけてわざわざそんなカッコまでしてタイセーくんに自分の服を脱がせようなんて恐れ入るわよ。イブキ、あんたそこまで本気でこの男の子のことが好きなの?」
「えぇ好きよ。おかしくなりそうなぐらいに好きっ」
「はぁ~……、私が思ってた以上に重症ねこれは……」
あ、あのー……。
まいったな、僕、今どういう顔をしていたらいいの? メッチャ気まずいんですけど……。