特訓開始
イブキ先生から特訓開始の時間を17:30分に指定された。
場所は防音設備の完璧なCALLroom。
「準備があるから先に行って待っててね」と先生は言ってたけど、特訓用のマシンとか用意してくれているのかな?
カリンは教室で本を読みながら僕を待っててくれるらしい。
どこでもいいから帰りにちょっとだけ寄り道していきたいなぁ。少しでも長く一緒にいたい。でもレドウォールドさんの邪魔が入っちゃう予感もする。
あの人、僕にカリンの支えになってほしいって言ったくせに、カリンのことを諦めろなんてことも言いだすし、言う事が二転三転してるのが気になるよ。でも言動にバラつきがあるのは、あの人もカリンのことを好きだから、っていう風にはなんとなく思えないんだよなぁ……。
偶然レドウォールドさんの頭の中を見通したキサラ姉さんが言ってた言葉も気にかかるし、もしあの最強の騎士さんがカリンのことを好きなら、もっとストレートに僕らの邪魔をしてくるんじゃないかなとも思うし。
こうして冷静に問題点を整理してみると、僕とカリンが付き合っていくのってお互いにかなりの障壁がありそうだ。
“ 恋愛は障害がある方が燃え上がる ”ってよく言われているけど、僕はそれは嘘だと思う。
それって障害を乗り越えられる自信、それをねじ伏せられる力を持っているからこそ、「見てろよ!」って感じで燃え上がるんじゃないの?
僕みたいに平均値に満たないどころか超低スペックな人間はそんな状況になったら萎えちゃう方が多数を占めるはずだ。自信がないから。
扉がスゥッと開き、CALLroom内の空気の流れが変わった。
イブキ先生だと思ってそっちに顔を向けた僕は何度も瞬きをする。
―― 見たことのない女の人だ。
腰まである長い髪、上は赤いラインが入った長袖のジャージを着ていて、下は黒のショートパンツ。
スラリとして、かつムチムチとした弾力感もありそうな白い太もも二本が裾から大胆にはみ出ていてすごく色っぽい。
その人は後ろ手で扉をロックした後でニコッと僕に笑いかけ、カツカツとハイヒールの音を鳴らしてすぐ目の前にまで歩いてきた。
……うわぁ背、高いなぁ……。
思いっきり見下ろされてるよ。僕より10センチ以上高いかも。そうだ、イブキ先生と同じくらい…、
「あっ!? もしかしてイブキ先生ですか!?」
「気付くの遅すぎよタイセーくん」
これ、カツラだよね!? イブキ先生はショートカットだもん!!
「わっ分かんないですよ! そんなのかぶってるし眼鏡もしてないですし!」
「フフッ、ちょっぴり変身してみちゃった。どう? こうすると私の感じ、だいぶ変わるでしょ?」
「はい、最初全く分かりませんでした……」
この人がイメチェンしたイブキ先生だってたった今分かったのも、ここで先生と会うってことになっていたから推測で見破れただけだ。
もしこの恰好の先生と街中ですれ違っても、いや、声をかけられても多分僕は分かんなかっただろうな。それぐらい別人のように雰囲気が違うよ。ビックリだ。
イブキ先生は髪を伸ばした方がいいな。
眼鏡もかけない方がいいし、ショートよりロングの方が全然似合ってる。背が高いからこれぐらい長い髪でも全然野暮ったく見えないし。
それにしても今日は大人の生脚に遭遇する確率が凄いことになってるよ。ミズノさんに続き、イブキ先生もだもん。特にイブキ先生なんか背が高いから、先生の方を向くと長い脚が僕の視界の下半分を完全占拠してきちゃってる。
「じゃあ始めましょうか」
イブキ先生は数歩後ろに下がり、手近にあったチェアーを引きよせるとそこに腰を下ろして「こっちにいらっしゃい」と僕に向かって手招きをした。慌てて「よろしくお願いします!」と挨拶をし、もう一脚、別のチェアーを引きよせる。
「あ、タイセーくんは座らないで。私の前に立ってくれる?」
「分かりました。ここでいいですか?」
「ううん、もっと私の方に寄って。届かないから」
届かない? 何が?
「片手を出して」
―― 右と左、どっちを出すか迷った。
問題無く使える左か、それとも少し不自由な右か。
力を発動させる特訓なんだから、問題なく使える手の方がいいのかな……?
よし決めた。
掌を下に向け、左手を先生の方に出す。
すると先生は僕の左手をそっと取り、自分の喉元近くにまで優しく導いた。
「さぁ集中よタイセーくん。これから余計な事は一切考えちゃダメ。いい?」
「わ、わかりました!」
「まず手を大きく開いて。こうして指と指の間をできるだけ離すの。そしてそれぞれの指先を手の甲に近づけるようなイメージで出来るだけ後ろに反らしてごらんなさい」
指示通り、大きく手を広げ、指先を手の甲側に逸らしてみる。
物理的に指先をいくら一生懸命逸らしても手の甲にはどうやっても着けられない。だけどこの動作をすると掌の表面全体が張り詰めるから、自然と神経が集中していくような気がした。
「うん、いいわね! はい、じゃあ次はここよ。この部分をよく見て」
桜色のマニュキュアをしたイブキ先生の指先がさした箇所は、先生が着ているジャージのファスナーの先端、銀色に光る引き手部分だった。
「タイセーくん、これなんていうか知ってる?」
「ファスナーですよね?」
「この金具の部分はスライダーって言うの。タイセーくん、掌をここに近づけて」
「こ、こうですか?」
イブキ先生の鎖骨付近目がけて腕を伸ばし、指を後ろに逸らしている掌を金具部分にまで接近させる。
「はいそこでストップ。じゃあその体勢のままでこのスライダーを一番下までさげて見てごらんなさい」
―― えええええええええええええぇぇ――っっ!?
「何をそんなにビックリしてるの? これは念動力の特訓よ? 直接手を触れないでこれを素早く下ろせるようになることがタイセー君がPSIを使えるようになる第一段階の目標です。これをクリアすれば次はもう少しハードな第二段階に進むからそのつもりで」
ものすごくキリッとした凛々しい表情で、僕の特訓を段階別に行う事を宣言してきたイブキ先生。
だけど、それって私情入ってませんっっ!?
「さぁどうぞタイセーくん。掌に意識を集中するのを忘れないようにね」
「まっ待って下さい先生! もし僕がそれを下げることができたら中が見えちゃうんですけど、先生はその中にTシャツとか着てるんですよね!?」
「ううん、何も着てないけど?」
「着てない!?」
ほらみろやっぱりじゃんっ!! 絶対イブキ先生の私情入ってんだろこの特訓!!
「何考えてんですかイブキ先生!! じゃあ先生はその中ハダカってことじゃないですか!!」
「あらごめんなさい、先生、嘘を言っちゃったわ! ブラはちゃんとしてます! 安心してねっ」
―― 安心できるか!!!!